野獣
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11部分:第十一章
第十一章
「どうやら今のところは何もないようですね」
「このまま出なかったらいいんですけれどね」
ガイドが息を出して笑いながら言った。
「それでは捜査の意味がありませんよ」
僕は彼に苦笑して言った。
「怖いですから」
彼は困った顔をして答えた。
「それはそうですけれどね」
気持ちはわかるがそれだと話ははじまらない。実は皆ムングワには会いたくはない。けれど見つけ出さないといけないのだ。よくあるパラドックスである。
僕達はそのまま街中を調べ回った。だがやはりムングワの影も形も見当たらない。
「今日は出ないのかな」
僕はふと思った。その時だった。
「!?」
小路に何かを見た。
「あれは・・・・・・」
間違いない、店の奥にいた女の人であった。
「ここは店からはかなり離れているのに」
僕は不思議に思った。女性はそのまま小路に消えていった。
「どうしました?」
三人は僕に尋ねてきた。
「いえ、さっきね」
僕は店でみかけた女性が小路にいたことを言った。
「よりによってこんな時に・・・・・・」
彼等は顔を見合わせた。
「小路に行きますか?」
僕は彼等に尋ねた。
「行かなくてはならないでしょう」
館員と医者はいささか強い声で言った。
「あまり行きたくはないですけれどね」
ガイドは情ない声で言った。
「これで決まりですね」
医者が言った。こうして僕達は小路に入った。
前は医者と僕が、後ろはガイドが見張っている。そして上は館員が見張っている。やはりムングワの奇襲が怖かった。
小路を出るとそこは街の裏道であった。左右に小さな塵が散らばっている以外は何もない。
「あれ」
医者が前を指差した。見れば一人の女性が前を進んでいる。
「あの人ですか?」
彼は僕に尋ねた。
「はい」
確かにそうだった。僕は頷いた。
僕達は追った。こんな時に一人でいるのは自殺行為だ。保護しなくてはならなかった。
裏道は今度は左右に分かれていた。すぐに見回す。右に見えた。
「それにしてもこんな道をよく知っているな」
ガイドはふと呟くように言った。
「私でもこんなところは知らないのに」
そういえば不思議だ。店から離れたこんな場所で一人で何をしているのだろう。しかもこんな時間に。
(おかしいな)
僕はその時妖気にも似た不吉な感触を覚えた。
女性は今度は左に消えた。十字路だった。僕達は左に曲がった。
「グルル・・・・・・」
そこで後ろから声がした。
「まさか!」
僕達は一斉に振り向いた。やはりそこにいた。
ムングワだ。奴は血に飢えた眼で僕達を睨んでいる。
「クッ!」
三人がすぐに銃を撃った。だが奴はそれより早く跳んだ。
僕達の上に来た。そしてガイドに襲い掛かって来た。
「クソッ、離せっ!」
ムングワは爪で引き裂こうとする。しかしガイドは銃でそれを防ぐ。
「させるかっ!」
そこへ館員が蹴りを入れた。靴の先端で奴の顔に蹴りを入れる。
これはかなり効いた筈だ。奴は後ろに跳び退いた。
「大丈夫ですか!?」
医者と館員が前に出る。僕はガイドに駆け寄った。
「ええ、何とか。攻撃は受けませんでしたし」
どうやら無事だったようである。とりあえずはホッとした。
だが前にはまだ奴がいる。牙と爪を剥き出し僕達に襲い掛かろうとしている。
医者が発砲した。だがそれを壁を三角に跳びかわす。恐ろしい運動神経である。
そして僕達の背に来た。慌てて後ろを振り返る。
「何て身のこなしだ・・・・・・」
流石にこれには困惑させられる。どうやらこの場所は奴にとっては格好の狩場らしい。
だが退くわけにもいかない。ここで遭ったが最後何とか始末しておきたかった。
それは容易なことではない。下手をしたら僕達全員奴の餌食とされてしまうだろう。背筋に冷たいものが流れた。
「気をつけて下さいよ」
医者は奴から目を離すことなく僕達に言った。
「軍用犬でもここまでの動きをするのはいませんよ」
「ええ、ライオンや豹でもここまでの奴はいませんね」
館員も言った。それは真実だろう。何よりも奴から感じられる気がそれを教えていた。
奴はとりわけガイドを睨んでいた。見れば後頭部の傷がまだ残っている。そのことを恨んでいるのだ。
「糞っ、さっさと死ねばいいのにな」
彼はそれを見て忌々しげに呟いた。
「俺はまだまだ楽しみたいってのによ」
そう言うと銃を撃った。だがそれはかわされた。
ムングワは上を三角跳びの要領で跳んでいく。そして建物に上に消えた。
「来ますよ」
館員は上を見上げながら言った。僕達は身構えた。
何時来るか、それが問題であった。おそらく奴は建物の上から僕達の隙を窺っているのだ。
喉が鳴った。唾を飲み干す音が聞こえる。
来た。やはり上からだ。
牙と爪を剥き出しにして降りて来た。まっすぐに僕達を睨んでいる。
「クッ!」
皆銃を乱射する。だが当たらない。
僕も身構えた。やらなければこちらがやられる。
僕はこの時はじめて引き金を引いた。そして銃が火を噴いた。
凄まじい反動だった。思わずその場に倒れた。
銃弾は散らばり奴に襲い掛かった。そしてその全身を傷つける。
「グオオオオオ・・・・・・」
奴は無様に地に落ちた。全身から血を噴き出している。
だが立ち上がった。そして形勢不利と見たか踵を返した。
「クッ、待て!」
僕達はそれを追って撃った。だがそれは当たらず奴は路の中に消えていった。
「しまった、逃げられたか」
僕達は歯噛みした。だが奴に深手を負わせることはできた。
「これで奴は暫くは動けませんね」
医者は路に残った血痕を見ながら言った。それは闇夜の中でも赤く光っていた。
「ええ、この血の量を見ると致命傷に近いですし」
館員もその血を見て言った。
「それにまた重要な手懸かりを手に入れましたよ」
それはこの血である。彼等はそれを見て会心の笑みを浮かべていた。
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