大切な一つのもの
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9部分:第九章
第九章
その立派な城に彼は以前いました。しかし懐かしさに浸っているつもりはありませんでした。
「それでは伯爵」
城の城門を伯爵に続いて馬に乗ってくぐるとすぐに彼に声をかけたのでした。
「姫はどちらに」
「今は何処にいるか」
伯爵はそれを受けて城門を守る兵士に問いました。
「今は広間におられますが」
「広間だな」
「はい」
兵士はそう彼に告げます。
「御会いになられますか?」
「うむ」
兵士の言葉に頷いたのは伯爵だけではありませんでした。琴の騎士もです。
「それでは伯爵」
「頼んだぞ」
伯爵はまた彼に言いました。
「姫を」
「はい、それでは」
琴の騎士は馬から下りるとすぐに広間に向かいました。その後を伯爵と五人の騎士達が続きます。広間まではかなり広かったのですが彼はそれを意識することなく進みました。
広間に着くと。そこには黄金色の絹のような豊かな髪に青いサファイアを思わせる瞳を持ったとても美しい女性がいました。白い奇麗なドレスを着て広間の中央に置かれた椅子の上に座っています。騎士は彼女の姿を認めて言います。
「姫・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
しかし返事はありません。姫は一言も言うことなく俯いたままでした。その姿はまるで人形のようです。
「この有様だ」
伯爵は呻くような声で琴の騎士に述べました。
「何も話さずに。どうしたものか」
「誰かが御覧になられたのでしょうか?」
「国中の名医に診てもらった」
「それでもですか」
「どうにもならない」
あまりにも暗く沈んだ言葉でした。その顔も同じですし五人の騎士達もです。
「これを何とかできれば」
「そうですか。ところで」
「ところで。何だ?」
伯爵は騎士の言葉に顔を向けます。
「何か考えがあるのか?」
「とりあえずですね」
ここで琴の騎士は言います。彼は剣も使いますがそれ以上に竪琴を奏でる方が多いのです。だから琴の騎士とも呼ばれているのです。
「このままでは姫様も寂しいでしょう。慰めに」
そう言って手に持っている琴を前に出してきました。ゆっくりと手に持ちます。
「これで」
「音楽か」
「はい、せめてこれで心を慰めさせて下さい」
伯爵と騎士達に言います。彼等に異論があろう筈もありませんでした。
「わかった。それでは頼む」
最初にそれを許したのは伯爵でした。
「せめて今は。慰めに」
「我々からも頼む」
五人の騎士達も琴の騎士に頼みます。
「君のその琴で」
「姫を慰めて欲しい」
「わかった。それでは伯爵」
また伯爵に顔を向けました。
「はじめます」
「うん、頼む」
伯爵は表情を少し消して騎士に述べました。
「是非共」
「わかりました。それでは」
こうして琴の騎士は竪琴を奏ではじめました。それは明るく奇麗な響きで広間を忽ちのうちに支配してしまいました。暫く奏でていると異変が起こりました。
「むっ」
最初に気付いたのは騎士の一人でした。
「まさか」
「ああ、ひょっとしたら」
他の騎士もそれに頷きます。
「姫の心にこの琴の声が」
「届いているのか」
「見よ」
伯爵が騎士達に声をかけました。エリザベートを指差しながら。
「顔が少しずつあがっていきている」
「ええ」
「確かに」
騎士達も彼のその言葉に頷きます。
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