Re;FAIRY TAIL 星と影と……
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原作開始前
EP.3 ギルド加入、しかし……
前書き
更新遅れて申し訳ないです。
リメイク版第三話、どうぞ。
山を越え谷を超え、ついでに国境も超えて、ワタルとエルザは約一ヶ月の旅の末にようやく着いたフィオーレ王国のマグノリアの街に到着した。
街の最奥部に位置する大きな建物には妖精を模したマークが刻まれた旗が掲げられている。
それが二人の目的地である魔導士ギルド、妖精の尻尾だ。
その入り口で、ワタルは少し気圧されていた。
理由は、入り口まで伝わる祭りのような活気と、まだ日が高いにもかかわらず漂うアルコールと紫煙の香り――まるで居酒屋のような雰囲気が未知のものだったため、という事が一つ。
もう一つは……
「(これはまた……途方もない魔力だな)」
体質柄、ワタルは魔力を感じ取る事に長けている。
ギルドの中からは所属している魔導士のものと思われる魔力も幾らか感じられていたのだが、そのなかでも一番奥から感じられる魔力は凄まじいものがあった。
魔力に対する強い感受性ゆえに、ワタルはまるで山でも目の前にしているかのような圧力を感じていたのだ。
「これはまた……凄まじい所だな、エルザ」
口の中が渇き、唇をペロリとなめる。
今まで感じた事の無い程の魔力に恐れをなしたのではない。むしろその逆で、ワタルは無意識に笑みを浮かべていた。
今まで旅をして、世界は広いと思っていたけどまだまだだ。こんな力を持つ魔導士がいるなんて思ってもみなかった。自分の力はどこまでその人に通用するのだろう。自分はどこまでその高みに近付き、そしていつかは越える事が出来るのだろうか。
そう思ったが故の笑みと正直な感想だった。
「ここが……ロブおじいちゃんのいたギルド……」
「……エルザ?」
しかし、ワタルの言葉がまるで耳に入っていない様子でエルザは呟き、建物を見上げている。ワタルは彼女の肩を軽く叩きながら、もう一度声を掛けた。
「……な、なんだ?」
「大丈夫か? ぼおっとして……」
「大丈夫だ。まずはギルドマスターに会わないとな」
エルザはそう言うと、ワタルの手を引きながら入り口を通ってカウンターの方へ歩いて行く。
ワタルは慌てた。
巨大な魔力に当てられて高揚し、思わず失念していたが、自分の出自は万人に良い顔をされる類の物ではない。それどころか、既に滅んだとはいえ、一族の者たちの行いを考えれば疎まれても仕方のないものだ。実際、立ち寄った街で偶然出自を看破された時は石を投げられ追い出された事もある。
血で呪われた一族の末裔である自分を受け入れてくれるとは思えなかったのだ。
だから、エルザとの旅は此処までで終わりだと、胸の内に少しの寂しさを覚えながら、足を強引に止めて手を払うと口を開いた。
「お、おい、俺はまだ入るとは……」
「入らないのか……?」
また一人旅が始まるのかと、鬱屈した心境だったワタルは、見開かれた左目と声に込められた悲しげな色に思わず続きを飲み込んでしまいそうになる。
「おい坊主! 女の子を悲しませるのかァ?」
「そんなの男じゃねェゼ!」
「いいぞもっとやれ」
見慣れない子供が二人入ってきて、周りで酒を飲んでいた者たちは様子を見るかのようにざわめいていたのだが、これは面白そうだと踏んだのか、畳み掛けるように囃し立て始める。
「部外者でも関係なしか、このギルドは……」
鋭いのか、それともノリが良いだけなのか……とにかく、飛んできた様々な野次と変わらずこちらを見つめるエルザの眼差しに、結局ワタルは溜息と共に折れた。
「……ギルドマスターの許可が下りたらな」
「本当だな?」
「ああ」
「よし!」
エルザはワタルの返事に満足したのか、歩くのを再開した。
その後ろについて行くと野次や口笛がまた飛んだが、ワタルはもう気にしないことにする。
「(ホッとしているのか、俺は……?)」
しかし、ワタルは沈んでいた心が軽くなったのを感じていた。
「(なぜ……いや、どうでもいいことだ。このギルドに、いやマグノリアにいられない事は変わらない。エルザとも……)」
別れることになる。
ワタルは妖精の尻尾のマスター、マカロフ・ドレアーと話している緋色の髪を見ながら、諦観と共にそう胸中で呟く。
少し胸が痛むのが何故かは分からなかったが……1ヶ月も一緒にいたからだろう――そう思うことにした。
「そうか、ロブの知り合いか……。ロブは……今、どうしておる?」
「――その、ロブおじいちゃんは……私を庇って……」
「……そうか……悪いことを聞いたな、エルザ。じゃが、もう大丈夫じゃ。妖精の尻尾はお前さんを受け入れよう。今日からここが君の家であり、ギルドの仲間は君の……家族じゃ」
何の前触れも無く現れた緋色の髪に右目に眼帯をした少女と黒髪の少年。
エルザと名乗った少女の方からもたらされた旧友の訃報に、ギルドマスターのマカロフは一瞬悲しそうな顔を浮かべたが、温かい言葉を彼女に掛けた。
それに同調するように、ギルドの者たちも彼女を歓迎して騒ぐ。
話の区切りがついたのを察して、ワタルは彼女に近づいた。
「話は終わったのか、エルザ?」
「ああ。……マスター、こいつもギルドに入れたいんだが……」
「おお、今日は二人も新人が増えるのか。こりゃ、歓迎のし甲斐もあるわい……お前さん、名は何という?」
「――ワタル。ワタル・ヤツボシです」
マカロフは嬉しそうにワタルに尋ね、ワタルも名乗ったのだが……ギルド内は水を打ったように静まり返る。
その次の瞬間……ギルド内はハチの巣を突いたような騒ぎになった。
ある者は驚愕し、ある者は困惑し、ある者は慌て、ある者は……ワタルを睨んでいた。
その全ては大人の魔導士で、子供のなかにはいつもの粗雑でも陽気な様子と違う大人たちの様子に不安を隠せないように見やる者もいた。
「え……皆、一体どうしたんだ?」
その中で一人、エルザは困惑して、ギルドの面々と無表情のワタル、そしてこころなしか険しい顔をしているマカロフを見比べた。
「エルザとやら……少しワタルを借りるが、良いか?」
「え……ワタルを、ですか?」
「俺なら大丈夫だ、エルザ。心配するな」
エルザはワタルを心配そうに見たが、彼が少しだけ笑ったので、マカロフの頼みを了承した。
「……分かりました」
「すまんな……ちょっと来てくれるか?」
「了解です」
そう言ってワタルはマカロフの後について、ギルドの奥に消えていった。
あとに残されたのは心配そうな顔をしたエルザと、固唾を飲んで見守る大人たち、そして彼らの後ろに隠れた子供たちだった。
ワタルがマカロフに連れてこられたのは、ギルド内の今は使われていない個室だった。
「ここなら誰にも聞かれないし、見られない。安心しなさい」
「……ありがとうございます」
「さてと、単刀直入に聞くぞ。お前さん、本当に“星族”の者か?」
ワタルはマカロフの問いに対して、黙って右の肩口に手を当てると、提灯のような光と共に、星形の刺青が浮かび上がった。
その答えに、マカロフは唸る。
「その刺青、事実、か……」
「旅をするにもコレのおかげでいろいろ不都合があるので、簡単な隠蔽魔法で隠していましたが……本物です」
生まれて間もないころに刻まれた刺青は一族の証。自らの力を示すために大勢の者を殺し、その命を喰らってきた業を示すもの。
そのルーツはイシュガル大陸の最東端。規模こそ小さいものの、魔力を感じ取る事に優れた体質を武器にした武闘派魔導士集団たる彼らは高い戦闘力だけではなく、目的のためなら命を奪う事を躊躇わない凶暴性と冷酷さも持っていた。
彼らが君臨していた極東はフィオーレに比べると魔導士が極端に少なく、そこに住む者は星族の力を当てにして依頼をする事で、星族は魔導士ギルドのような活動をしていた。問題だったのは、彼らは仕事を選ぶ事をせず、禁止されている暗殺依頼すら断ることなく遂行していた事だ。そんな星族の活動を魔法評議院が認可するはずも無く、当然闇ギルドである。
魔導士ギルドが多いフィオーレでは彼らが活動する事は無かったが、星族の悪名は新聞や噂話に乗って大陸全土に響き渡っていた。
「2年前を境に、その名を聞く事は無くなったが……」
「……あの日、俺は盗賊の討伐依頼を受けて本拠地を出ていました。ところが、依頼を終えて帰ってきたら――――」
家族も仲間も、すべて死に絶えていた。出発前は当たり前に生きていた者たちが皆屍になっていた。
魔法と戦闘の修練は積んでいたとはいえ、子供一人ではギルドの運営などできるはずも無い。壊滅の原因を解明する事も出来ず、夜逃げ同然で放浪の旅に出たのだ。
覚えている限りで、そんな身の上話をしたワタルをマカロフはじっと見つめ、白い髭を撫でながらしばらく考えると、口を開いた。
「……はるばるこんな西方まで、何をしに来た?」
マカロフの問いかけには、ワタルが『ある』と確信していた拒絶の意思が込められておらず少し困惑したが、答えた。
「別に何も……。一ヶ月くらい前に、このギルドに入りたいっていう女の子と会ったからここに来ただけです」
「それは、あのエルザの事じゃな?」
マカロフは、黙して頷いたワタルの目をじっと見て、再び尋ねた。
「フム……その名を名乗ったのは何故じゃ? よもや、その名が及ぼす影響を認識していない訳でもあるまい。隠そうとは思わんかったのか?」
純粋な疑問だった。好悪のいかなる感情も込められていない――ワタルが未熟ゆえに読み取れないだけで込められていたのかもしれないが――マカロフのその質問から、ワタルは自分が試されているかのように感じ、少し考えると口を開いた。
「……どんなに偽ろうとも、俺が星族の末裔だって事は、誰にも何にも変える事が出来ない事実です」
確かに星族はその存在を大衆から恐れられ、疎まれた。その力の強力さ故に、そして力を振るう事に何の躊躇いも無く、殺しすら厭わなかったために。
その果てに滅んだのが自業自得の結末だというなら、その事実を受け入れるしかない。
それでも……。
「長子として生を受け、一族を背負う者になるべく育てられてきた」
星族という武闘派集団の頂点に立つために必要な力をつけるため、大人の戦士たちに叩きのめされながらも己を鍛えてきた。血反吐を吐きながら固い畳に叩きつけられ、さっさと立てと罵られる毎日に最初は不満を持ったものだが、我慢もできた。
それは厳しい修行の中で自分の力が強くなっていくのを実感したからだけではない。
究極の武を求め、武に生きた者たち――戦う事でしか己を表現できなかった者たちが鍛えた拳に剣、そして魔力は自らが歩んだ道程を言葉より雄弁に語っていたからだ。
自分が為し得なかった事を、お前が為してくれ、と。
「それを偽るという事は、先人たちを侮辱して否定する事だから」
彼らの行いは決して褒められたものではない。寧ろ100人に聞けば99人は顔を顰めるだろう。
それは、旅の中で出会った人々の心に刻まれた傷と恐怖がはっきりと物語っている。
けれど、その存在を否定するという事は自分の存在を否定するという事だ。
彼らの存在なくして、自分の存在はあり得ない。故に、例え愚かと罵られようとも、他の誰が彼らと自分を否定しようとも、自分だけは彼らの存在と業を認め、受け入れなければならない。
彼らが歩んだ道を、果たせなかった悲願と無念を忘れないために。
自分という存在の価値の有無など問題ではない。それができるのは、もう自分しか残っていないのだから。
故に忌み名を名乗ったのだ。己から進んで名乗る事は無くとも、自分を偽る事だけはしたくなかったから。
「……俺をどうするかは、あなたに任せます。でもあの子の、エルザの目だけは治してやってください。……俺からは以上です」
激しい炎のような眼の光とともに吐き出された一念から一転、ワタルは静かな口調でマカロフの判断に身を委ねる。
マカロフはそんなワタルを見ると、微かに微笑んだ。
「そうじゃな……なら、このギルドに入りなさい」
「ッ、本気ですか? 俺を……星族の末裔をギルドに入れる意味、マスターのあなたなら分かるはずです。なのに、何故……?」
ワタルはまさか、と目を見開くと、マカロフに理由を聞く。
旅の途中、街の中で誤って星の刺青を見られてしまった事をワタルは思い出した。その街に解除魔導士が探し物の依頼で訪れていて、不幸にもその魔導士が偶然ワタルの隠蔽魔法を解除してしまったのが理由なのだがこの際それはいい。
露呈した結果、人殺しと悲鳴を上げられ、家族を返せと罵倒を浴びせられ、出て行けと石を投げられた。これまで知識でしか知らなかった大衆が星族に抱く恐怖をその身で知り、誰かに心を許す事も頼る事も出来ずに孤独に押し潰されそうになりながら、旅をするしかなかったのだ。
驚愕の理由はそこにある。集団が自分を受け入れるということは、彼にとって信じ難い事だったのだ。
「ギルドとは、身寄りの無いガキにとっては家みたいなものじゃ。このギルドにも何人かそういう奴がおる。そして、妖精の尻尾はそれが例え悪人でも受け入れる。その者がギルドに仇なし、ギルドの仲間――家族を傷つけない限りはな……」
それに、と言ってマカロフはにやりと笑って言った。
「あのエルザという少女は随分とお前さんを慕っていたようじゃが?」
「……一目で分かる物なんですか、そういうの?」
「伊達に歳は喰ってないわい」
マカロフはそう言うと、さらに笑みを深くした。
「……分かりました。このギルドのお世話になります」
老人の浮かべた人懐っこい笑みにワタルは内心で溜息をつくと、内心ではまだ困惑していたが、妖精の尻尾に入ることを決め、マカロフにその旨を伝えた。
「ほう、良いじゃろう。ところで……」
「ところで?」
何を言われるか、と思って心の準備をしたワタルだったが……
「エルザとは……どこまでいった?」
予想外の質問に吹き出した。
「子供にそんなこと聞くのか、あんたは!?」
「ええじゃないか、そんなことは。……で、どうなんじゃ?」
「それこそどうでもいいじゃないですか……。それよりも、ギルドに入ったらやる事があるでしょう?」
何とかマカロフの質問攻撃をなんとか躱しながら、話を変えるワタル。
「おお、そうじゃった、そうじゃった。ギルドの者にお前さんたちを紹介せねばな」
少し赤い顔で話題を変えようとするワタルにマカロフは笑いながらそう言うと、ワタルと共に部屋を出たのだった。
ワタルはギルドに入ることを決めたが、それでも心配事が消える訳ではない。
「(マスターは受け入れてくれた……。でも、他の人は?)」
思い出されるのは、ワタルを見る大人たちの目。これまでの旅で立ち寄った街の大人たちの、ワタルを恐れ、否定する目だった。
加入を決意したとはいえ、きっと妖精の尻尾でもそうなるんじゃないか……。ワタルはそれを危惧していた。
「心配するな。妖精の尻尾はお前さんを受け入れる。必ずな」
「――ホント、何でもお見通しですね」
「言ったじゃろ? 伊達に歳は喰ってない、とな……」
ワタルの悩みを見透かしているように、マカロフは優しく笑う。
その笑顔にあてられたのか、ワタルは少し前向きに考えることにした。
信用はそう簡単に得られるではない。なら、自分で掴み取ってみせよう、と。
「ワタル! 大丈夫だったか?」
気が付くと元の大広間に戻っており、エルザが不安そうな色が浮かべながら話し掛けてくると、ワタルは思わず視線を逸らした。
誰かが自分の事を心配してくれることが、少しむず痒かったのだ。
「(こいつにも、心配かけちまったみたいだな……)ああ、大丈夫だ」
「それで……」
「慌てるな。マスターの発表を待て」
「……分かった」
何を聞かれるかは予想できたし、色々な意味であまり聞かれたくない事だったので、ワタルはエルザの言葉を制すと、彼女は不満そうだったがそれに従う。
それを見ると、マカロフはらしくもなく静まったギルドの面々に向かって声を張り上げた。
「……ゴホン。さて、この妖精の尻尾に新たな仲間が増えた。エルザ・スカーレットとワタル・ヤツボシじゃ!!」
「お、お願いします」
「お世話になります」
マカロフの紹介に、エルザとワタルは礼と共に軽く挨拶する。
ギルドの者はエルザには大きな拍手で歓迎したが、ワタルに送られたのは疎らな反応とひそひそ声だった。
「貴様等、何じゃその反応は! もっとしっかり歓迎せんか!」
「マスター、気にしないでください。信用はこれから勝ち取ります」
「そうか……すまんな」
「いえ」
ワタルがマカロフを宥めると、マカロフは嘆息した後で手のひらサイズのスタンプを取り出した。
「それは?」
「ギルドマークを押すスタンプじゃ。正式な妖精の尻尾のメンバーだという事を示す印じゃよ」
身分証明のようなものかと、マカロフの説明にワタルはそんな感想を抱いた。
このマークを入れるという事は、ギルドの名前を背負うという事だ。それはつまり、自分の行動が妖精の尻尾の行動として見られるという事。
迂闊な事は出来ないなと、ワタルはエルザが左の二の腕に青いマークを入れてもらうのを見ながらそんな事を考えていた。
余談だが、『あ、このギルド周りからの心象なんてどうでもいいんだ』と、評議院から送り付けられた文書の束――言うまでも無く、妖精の尻尾のメンバーが壊した物の請求書も含む――を見たワタルが思い知らされるのに、加入して一週間も経たなかった事を報告しておく。
それはさておき、ワタルはエルザの後で左肩に黒いギルドマークを入れてもらった。星族の証である星型の刺青が右肩にあるため、それに重ならないようにするためだ。
その後、ギルドの仕事に関する軽い説明を受けたワタルはマグノリアで暮らすためのアパートを借りるため、一度ギルドを出て行こうとしたのだが……
「おい、待てよ。新入り」
それを遮るように、右胸に紺色の紋章を入れた黒髪の、ワタル達より一つか二つ年下と思われる少年が声を掛けた。
黒いボクサーパンツ一丁のみという少年の身なりに少し面喰うも、ワタルは応えた。
「……何だ?」
「俺はグレイ、グレイ・フルバスターだ。俺と勝負しろ、新入り!」
「……ことわ……」
いきなり勝負を仕掛けてきたグレイと名乗る少年の挑戦に、ワタルは答えようとしたのだが……
「人の邪魔をするな、この変態が!」
「あだッ!?」
「……お、おい、エルザ……」
その前に、怒ったエルザの拳に殴られた。
ワタルはいきなりの展開にさらに面喰い、エルザを宥めようと試みるも、当の彼女は少年と口喧嘩を始めている。
「痛てて……何すんだ、お前!」
「何とはこちらの台詞だ! せめて服を着てから話し掛けろ! ここは変態のギルドか?」
「服って……あー! いつの間に!?」
「無自覚か、貴様!?」
黒いボクサーパンツ以外は何も見に着けていない少年に、エルザが怒りを強くする。
初日にこれ以上の面倒は御免だと、ワタルはやや強引に2人の間に割り込んだ。
「落ち着けエルザ。……グレイ、と言ったか? 悪いな、長旅で疲れてるんだ。勝負は受けるが、明日でもいいか?」
エルザを宥めてからワタルの提案に、グレイはそういう事なら、と言って引き下がった。
「分かったよ……でも、逃げるなよ!」
「誰が逃げるか、この変態が!」
「変態言うな!」
「なんでお前が言うんだ、エルザ……グレイ、逃げないから心配するな」
ワタルはグレイにそう言うと、エルザを再び宥めながら、ギルドから出て行った。
「大丈夫なのか、マスター? あいつは……」
「そうだよ、あいつは星族の末裔だろ?」
ワタルとエルザが出て行ってから、ギルドの大人を代表してマカオとワカバがマカロフに話しかけた。
青い短髪の魔導士、マカオと茶髪にリーゼント、サングラスにタバコといった一昔前の不良スタイルの魔導士、ワカバは、現在の妖精の尻尾の中核をなす存在だ。
そして、彼らの質問はギルド中の大人たちの総意でもあった。先程まで酒を飲んで騒いでいた面々も、神妙な表情で二人とマカロフのやり取りを見ている。
「心配するな。あやつは大丈夫じゃ」
「けどよ……イテッ!」
「心配するなと言っておろうが、このバカタレめ!」
尚も言い寄るワカバに、マカロフは杖で頭を打った。そして、他の大人たちを目線で黙らせると、静かに語り始めた。
「……ワタルの目を見た。穏やかで、優しい目じゃったが、同時に『恐怖』を知っている目じゃった」
「恐怖?」
マカオの疑問に、自分では気付いておらんようじゃがな、と答えたマカロフは言葉を続ける。
「孤独という名の恐怖じゃ。ワシらに受け入れられない事を恐れていたのじゃよ、あやつは……」
だから、こちらが裏切らない限り心配ない。そう言い切ったマカロフに、周りの大人は、マスターがそう言うなら……、と納得して下がった。
一人になったマカロフは思索にふける。
「(まだ、なにかあるようじゃが……嘘を言ったとも思えん)」
マカロフが想うのは先程ワタルが吐き出した心の内。
何かを隠しているのか、それとも何かが隠れているのか――それは分からなかったが、ワタルの心に嘘は無いと、マカロフには約80年生きてきた経験から言い切れる自信があった。
忌み名だろうと隠さず名乗り、自分の事よりもエルザの事を案じた誠実な少年だと感じたのだ。
「(星の一族……か。存外、噂など当てにならないものじゃな)」
星の刺青を持つ者に気を付けろ。奴等は金のためなら殺しをいとわない悪鬼だ。
新聞でその名を見る度に、親は子供に言い聞かせたものだが、それも過去の事。
特に魔導士ギルドの多いフィオーレでは星族が活動する事も無かった事と、闇ギルド、ゼレフの狂信者による子供狩り、そしてバラム同盟――星族以外にも魔法界が対処しなければいけない問題は多かったため、その名を口にする事も無くなっていった。
流れる時間で記憶は風化していき、人々から星族の存在が消えようとしていたその矢先に、ヤツボシを名乗る少年、ワタルが現れたのだ。
伝聞でしか星族の存在を知らないマカロフはワタルを警戒したが、蓋を開けてみれば孤独におびえる少年でしかなかった。彼の話に引っ掛からない所が無い訳では無かったが、ひと月も行動を共にしていたという少女に接する態度と彼女の治療を懇願した姿を見れば、マカロフにワタルを拒絶する事など出来なかった。
拒絶して孤独に突き落としてしまったが最期、少年の心は孤独に負けて闇に堕ちてしまう――そう感じたから。
まったく、これのどこが悪鬼だ。世間の評判とは程遠いと、1人になったマカロフは胸中で呟くと、クックッ……と愉快そうに笑うのだった。
= = =
「なあ、マスターと何を話したんだ?」
「お前が気にすることじゃないさ」
一方、ギルドを出たワタルたちは、彼がマグノリアで暮らすための借家を探していた。
因みに、エルザはワタルと一緒に住むつもりだったのだが、ワタルの必死の説得によって、不承不承ながらも女子寮に入ることになった。
以下の会話がこれである。
「何故ついてくる? 女子寮があるんじゃなかったのか?」
「別にお前と一緒でもいいだろう?」
「良くない! お前は女の子だろうが。男と一緒に住む、なんて軽々しく口にするんじゃない」
「私は気にしないぞ」
「俺が気にするの!」
エルザのあっけらかんとした言い様にワタルが叱るように言う。
「……ちぇ」
「ちぇ、じゃない。まったく……いいな?」
「分かったよ。なら、家探しは私も一緒にするからな」
「……まあ、それぐらいならいいだろ」
まあ、そんなこんなで二人でマグノリアの不動産を回り、ワタルは家賃9万Jの一軒家で暮らすことになった。
余談だが、その日の夜、ワタルはその家の予備の鍵が一つ無くなっていることに気が付かなかった。
おかげで、この後何日か、朝にエルザの襲撃という名の強制訪問を受けることになったのだが……まあ、そう大した事でもないだろう。
後書き
またもや文字数がリメイク前の二倍弱になってますね……
感想、意見等お待ちしております。
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