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大切な一つのもの

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20部分:第二十章


第二十章

 都の騎士は南を目指していました。行く先は一つ、彼と縁のあるローマです。彼はそこに何かを感じ向かうことにしたのです。
「さて」
 彼は馬で南を目指しながら一人呟きました。
「何があるかな。それともないのか」
 そんなことを呟きながら都に入ります。するとすぐに教皇の宮殿に呼ばれました。
「どうぞこちらに」
「教皇様が御呼びなのですか?」
「いえ」
 それはすぐに否定されました。彼を呼びに来た兵士は指をゆっくりと横に振りました。
「生憎ですが別の御方です」
「教皇様の宮殿なのにかい」
「そうです。アドリアーノ様です」
「アドリアーノが」
 都の騎士の幼馴染みです。彼にとってはよく知った相手です。
「彼が一体。どうしたんだ」
「今この都も物騒になっています」
 兵士は暗い顔になりました。その顔で彼に言うのでした。
「貴族と教会の対立もあり。そして民衆もそれに加わり」
「また。都は荒れているのか」
 そのことを聞いた騎士の顔も暗いものになりました。この都ではこうしたことは尽きることがなかったのです。それは騎士がかつていた頃からそうでしたし今もそうだというのです。彼はそれを聞いていたたまれない気持ちになったのです。
「アドリアーノ様はイレーネ様との結婚を望んでおられます」
「イレーネとの」
 騎士の妹です。黄金色の髪に湖の瞳を持つ美しい少女です。ですが彼女は貴族達に守られています。アドリアーノは教皇に仕えているのです。つまり敵同士なのです。
「ですが。このままでは」
「できないのだな。教会と貴族に挟まれて」
「そうです。それをイレーネ様の兄上である貴方にどうにかして頂きたいのです」
 兵士はそう彼に訴えます。
「どうにか。できないものでしょうか」
「そうですね」
 騎士は自分の右手を口に当てました。そうして思案する顔になりました。
「一つ。考えがあります」
「考えが」
「そうです。民衆の前に行きます」
 彼はそう兵士に伝えました。
「そうして。この厄介事を解決しましょう」
「あの、それは」
 兵士は騎士が民衆のところに行くと聞いて顔を曇らせました。それはあまりにも的外れなことではないかと思ったからです。
「かなり。違うのでは」
「違うと」
「はい。教会と貴族の対立です」
 兵士はそのことを強調します。
「それでどうして民衆なのですか。ましてや彼等もまた」
「教会や貴族と対立していると」
「そうです」
 兵士の声が少し強くなっていました。
「三つ巴になっています。それなのに」
「だからです」
 しかし騎士の顔は明るくなっていました。もう既に問題が解決してしまったかのように。
「だからこそなのですよ。宜しいでしょうか」
「はあ」
 そう言われても首を傾げるばかりです。兵士には何が何だかわかりません。
「貴方はアドリアーノにそのまま教会にいるようにお伝え下さい」
「それだけですか?」
「そう、それだけです」
 やはり落ち着いた声で述べます。
「それだけなのです。では」
 騎士は曇りの消えた笑顔を見せるとそのまま踵を返しました。そうしてそのまま市街の方へ行ったのです。民衆がいる市街へ。
 
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