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伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚

作者:OTZ
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第四話 氷鳥と黒白の衣

―2月14日 午前10時 29番道路―

 最初のポケモンを受け取った二人は、いよいよ29番道路で全国の旅の第一歩を踏み出す。
 この日は北風が吹き、真冬らしい気候と言えど、空は青く澄んでいた。

「いよいよ、始まりか!」

レッドが晴れやかに言うと、エリカはレッドの目をしっかりと見つめて

「私はこれからどのような事があろうと貴方と一蓮托生の覚悟で、生死をともに致しますわ!」

 と、半ば大げさな事を言ってのけた。これにはレッドも若干たじろいで

「縁起でもないこと言うなよ……でもそれは大事なことだよな。それにしても、さっき気になったんだけどさ……」
「ウツギ博士の事でしょうか?」
「いや。違う、お前だよ。どうしてアサギの時、ウツギ博士をかばうような事したんだ?」

 レッドにとって、自分よりも長くポケモンと一緒に居る人がポケモンと離れる事に賛成しなかったことが不思議だったのだ。

「ああ。それについてはですね、一種の賭けのようなものですわ」
「賭け?」

 その単語に引っ掛かったのでレッドは注意しながら訊く。

「はい。ポケモンリーグから来るはずの手紙がオーキド博士から来ている……。手紙もあのように尤もらしく言い繕ってはいますが、ポケモンマスターは条件から鑑みれば強さを示す証。要は戦術、戦略が物を言う訳ですから、長年の相棒と別れる理由には成り得ませんわね」

 エリカは次々と一連の事象に対する私見を述べる。激情に駆られていたレッドには気付かなかったことなので、彼はまたも感心していた。

「ですから、この一件はオーキド博士の狂言ではないか……という結論に至り、狂言ならば戻ってくる公算が高い為、敢えて乗った訳ですが……思わぬ肩すかしを喰らいましたわね」
「おおなんと大胆な……。にしてもオーキド博士が嘘を? 一体何の為にさ、俺たちのポケモンを用いて何かしようってのか?」

 レッドからすればオーキド博士はポケモンをくれた恩師である。

「さあそれは分かりかねますが……。何はともあれ、こうしてポケモンを渡すことなく進める訳ですからウツギ博士には感謝しなければなりませんね」
「そうだな。にしても良い空だ! 思えば神様が味方してくれたのかもな」

 彼は大きく気持ち良さげに伸びをしながら言った。

「天佑と言われますか……。そうですわね。今回はそう思う事に致しましょう」

 エリカは餅でも飲み込むかのように苦々しい顔をしながらも、そう言って納得するに至った様子である。

「ところで、野生のポケモンが出てきたらどうする?」
「どうするとは? まさか修行のし過ぎで普段の戦い方をお忘れになられたのですか?」

 彼女は警戒しているのか恐る恐るレッドに言う。その様はなんとも愛おしい。

「いや、やり方聞いてるんじゃなくてさ、普通に使ってるやつ出して済ませるか、博士から貰ったポケモンを使うかって話」
「ああ……左様でございましたか。折角頂いたのですし、ここは貴方の言われる通りポケモンを鍛える事に致しません?」
「そうだな。少し時間はかかるけどそっちの方が恩に報いてる気がする……」

 等といいながら歩いていると、早速オタチが飛び出してきた。オタチはしっぽの上に乗り、警戒態勢になっている。

「か……可愛い。って違う違う……。貴方、早速ですわよ。一回目ですし、貴方にお譲りします」

 エリカは少し身を引きながら言う。帽子のつばに手を遣り、目深にかぶり直して彼女はレッドに視線を向ける。彼女はつばが広くリボンがついた白帽子を被っている。

「おう、悪いな。じゃ、早速……、行け! ヒノアラシ!」

 こうして、野生のポケモンと戦いながら二人は道を進んでいく。


―午前11時 ワカバタウン ウツギポケモン研究所―

 所戻って、ウツギはそろそろ良いだろうと思ったのかオーキドの方に連絡する。
 取次を経た後、オーキドが出る。

「おお、ウツギ君か。まだポケモンが預けられてないそうじゃが、どういう事かの?」

 オーキドはどこか疑った口調で話す。不機嫌な様子であることは声から聞き取れた。

「教授。それはこちらのセリフです。ポケモンリーグの許可、本当にとられたのですか?」

 ウツギとオーキドは大学から学生と教授の付き合いであった。
 その為、ウツギはオーキドの事を教授と呼び続けているのだ。尚、ウツギは現在エンジュ大学で教授も務めている。

「おかしなことを言うのう。手紙にきちと書いたではないか」

 オーキドはすっとぼけた様な口調で言う。

「教授が理事長であるならばともかく、手紙というだけでは信用に欠けます」
「君がいちいちそんな事を気にするでない。渡さぬまま旅立たせたと言うのならすぐさま走って呼び戻さぬか」

 オーキドの老いし声には段々と端々に威圧の気が交り始める。ウツギは数秒ほど黙した後

「明確な理由も無くトレーナーよりポケモンを取り上げる事など、私には到底出来かねます。一体何の目的があってこのような事をするのです?」
「言うたではないか。ポケモンマスターたるもの、様々なポケモンを使いこなしてほしいと願うのは当然の事じゃろう?」
「それは博士のお考えです。そもそも、ポケモンマスターを認定するのはポケモンリーグである以上、我々と友好関係にあるとはいえ蚊帳の外に居る我々が口出しをして良いのですか?」
「じゃから、そのポケモンリーグの許可を得たと……」
「ならば博士、私にホットラインを用いて理事長に問い合わさせて下さい! それで納得のいく返答を頂ければ二人を呼び戻し、オダマキ博士にも連絡して元の指示通りにするよう要請します」

 オーキドやウツギなどの研究者が所属するポケモン研究会はポケモンリーグとの関係が良い。
 その会長であるオーキドは理事長との直通回線であるホットラインを持っているのだ。そしてウツギの鬼気迫った懇願を聞いたオーキドは、数秒ほど黙った後、

「ホッホッホ……。脱兎のウツギなどと嘲弄されるほどいざという時臆病じゃった君が、そこまで言うようになるとはのう……。博士になって大分肝が据わるようになったかの」
「御世辞は結構ですから連絡を……」
「ならぬ。このホットラインは些細な事に使ってはならぬ決まりじゃ。大事な取り決めならばともかく、重役でもない若輩の君にこのような用事にこれを使わせるわけにはいかん」
「リーグで取り決められた事を尋ねるのを些細と申されるのですか?」

 ウツギの追及に対し、博士は平然とした声で答える。

「ならば訊こう。ウツギ君は既に決められたことを何度でも決めた者に尋ねるのかね?」
「納得できるまでは聞きますよ」

 その返答にオーキドは陥穽にかかったとばかりに返す。

「鈍いのう。時はそこまで待ってはくれぬ。世界は君の母親でも教師にも非ず! 博士であると自認するのなら、最後は自分の頭で考え行動するものじゃ」
「っ……、話を逸らさないで」

 論点がずらされていることを悟ったウツギは反論を試みるが全て言い終わる前に

「まあウツギ君がそこまで言うのなら、無理にとは言わん。じゃあの」

 と、糸を切るかのようにオーキドは電話を切った。

「教授! ……、切れてるし。ハァ、もう訳が分からん」

 ウツギは脱力したかのように椅子に座り、意味もなく座ったまま一回転した後、研究所の天井を見つめこの後の事を案じるのであった。

――――――


 あれから二人は野生のポケモンと戦いながら道路を進み、野宿と移動を繰り返して17日にヨシノシティに着く。
 

―2月17日 ヨシノシティ ポケモンセンター 宿泊所 13号室―

 ポケモンセンターの宿泊施設はいわばトレーナーの羽休めの場所である。
 二人の入った部屋は、一番奥に二つのベッド。その前には木の机に椅子が二つ、化粧台にテレビ、ユニットバスと必要最低限なものが揃ったところであった。

「あーやっと着いたか」

 レッドは着くや否やベッドに倒れこむ。
 備え付けの時計は18時を回っている。冬であるせいか窓の外は夜の帳を降ろしており、街の明かりが見えていた。

「貴方。だらしがありませんわよ……とはいっても私も疲れましたわ。何しろここまで歩くことなど無かったものですから」

 と言いながら、エリカは向かいのベッドに腰掛ける。

「お嬢様だなあ……。もしかして今まで全部車とかで来た?」

 レッドは興味本位で尋ねる。

「いえ、元々ジムに飾るお花を探しに行ったりはしていたので、そこまで普段運動をしていない訳ではありませんわ。しかし、流石に街と街を跨ぐほどには……」
「お花を探しにって……花屋とか行ってたの?」
「勿論それもありますが、時々は道路に出て摘みに行ったこともあります。しかしそのような場合でも全て徒歩という訳では無いので」
「空を飛んだりもしたの?」
「私のみならず、ジムリーダーは移動用に一匹は飛行ポケモンを持っておりますわ。それでもやはり多くの方は専門外なので忘れて行ってしまう方も少なからずおりますが」
「シロガネに来た時のお前みたいにか」

 レッドは冗談めいた笑みを作りながら言う。

「あ、あれは千慮の一失というものですわ! それはともかく……」

 故事に疎い彼は急によく分からない返しをされた為、混乱している。それで事態を切り抜けたエリカは

「御夕食、お作りしますわね」

 と言って彼女は先ほど仕入れてきた大根や長ネギ等の食材を持って台所に向かう。
 ポケモンセンターは諸々の衛生上の観点からか一切食事のサービスが無い代わりに各部屋に食器や調理器具を備え付けているのだ。
 料理の分担は野宿の時はレッド、それ以外の時はエリカという風に29番道路の時に決めている。

「お、おう。頼んだ……。さてと、俺はポケモンの世話でも……」

 と言った瞬間、備え付けの電話が鳴り響く。
 レッドがすぐに応じると、ポケモンリーグより電話が来ているというので、そこに繋げた。
 繋げると、聞き覚えのある男の声がする。

「ああもしもし? レッド君かい?」
「ワタルさん! どうもどうも、4日ぶり……でしょうか」

 レッドは少しばかり緊張しながら尋ねる。何しろ相手はポケモンリーグのトップである。

「ハハハ。そんなに畏まった声で言わなくてもいいさ。それで、ミカン君からリーグに上申があったんだけど……、ポケモンを取り上げると言われたんだって?」
「はい。そうですけど……」
「安心してくれ。僕はそんな命令追加してないから。オーキド博士から似たような事を言われはしたけど、認めてはいないからね」
「やっぱりですか……良かったあ」

 レッドは確証ある証言を聞けて、胸を撫で下ろしている。

「もしかして、ポケモン渡しちゃいないだろうね?」

 ワタルは少しばかり焦り気味に尋ねている。

「いいえ。ウツギ博士がやっぱりいいとか言われたんで……」
「そうかそうか、それは良かった。ところで今どこに居るの?」

 ワタルは声を軽い調子に変えている。どうやら渡してない事が分かって一安心したようだ。

「今ですか? ヨシノシティですよ」
「ヨシノか。あそこは春行くと桜が綺麗なんだけどね。それはともかく、次のジムはハヤト君か……。君なら難なく倒せそうだけど、まあ頑張ってよ」
「何か知っている事ありますかね」
「ここだけの話、彼は父親からリーダーの職を譲ってもらったばかりなんだ。まだ確か9か月とかだったかな」
「新人なんですか……。の割にはエリカは知っていましたけど」

 レッドは純粋な疑問をぶつける。

「譲る前からお供として何度か定例会には顔を出していたからね。ところで、彼、相当にエリカ君の事気に入ってるらしいから、あまり仲の良い所みせつけると癇癪起こすかもよ」
「う……肝に銘じます。ところでさっき難なくって言ってましたよね? ハヤトさんの強さはどんなものなんです」

 ワタルは数秒ほど間を作り、数回咳払いをした後

「と、鳥使いとしては相当だと思うよ。彼の芸は何度か見させてもらったけど本当に鮮やかだったし」
「あの、ポケモンの強さを聞いてるんですが」
「おっと、もう帰る時間だ! じゃあねレッド君! エリカ君にも宜しく。あ、あとポケギアの番号教えとくね。エリカ君にも一応回しておいて」
「は……はい」

 レッドはハヤトの強さに疑問符を抱きながらポケギアの番号を書き取り、通信が切れた後に受話器を置く。

「貴方、どちらからでした?」

 割烹着を着たエリカが鍋に食材を入れながら台所より尋ねる。

「ワタルさんからだよ。どうやらあの手紙は嘘っぱちだったようだ」
「私の見立て通りでしたわね」
「うん。ところでさ……エリカ」
「はい?」

 レッドは半ば意を決しながら尋ねる。

「ハヤトさんって、強いの?」
「私、苦手なタイプの方と戦ったことはあまり無いもので……」
「そ、そうか……」

 レッドは顔を曇らせる。

「ただ、ここ最近ハヤトさんのご様子がおかしいとのお話は耳にしますわね。詳しくは存じ上げませんが」
「なんじゃそら……」

 その後、レッドはポケモンの世話をし、やっているうちに料理が出来上がる。

―午後7時ごろ―

 エリカの作った夕食はモツ鍋におひたし、きんぴらごぼう等々となんとも彼女らしい野菜中心の食卓になった。
 食卓にはレッドとエリカの他はポケモンたちが居る。

「お……おお」

 しかし、レッドは息を呑んでいる。
 なにしろ、料理が尋常でない程に美味しそうなのだ。例えばおひたしはほうれん草の深緑がとても色濃く出ており、上の鰹節とよく合っている。
 隣に居るピカチュウ等の手持ち達は早くも涎を垂らしていた。

「鰹節は本来ならば市販の物は使いたく無かったのですが、生憎削り器が無かったもので……。て、貴方、聞いておられますか?」
「お……、お前、どこでこんな腕を……」
「幼少のころに英才教育の一環として少々仕込んだ程度ですわ」

 少々仕組んだくらいでこの出来栄えである。レッドは危うく卒倒しそうになった。

「いや……うん。食べよう! 俺は腹が減った!」
「フフ、左様ですわね。いただきましょう」
 
 という訳で、いただきますを言った後、箸をつけた。
 もつ鍋のモツを食べて早速にでた感想は

「旨い!」

 の一言であった。レッド自身、それなりの料理の腕はあったが、これには到底かなわないと自覚した。

「有難うございます。かつてお母様にこの味でお出ししたら不味いの一点張りだったもので不安でしたけれど……」
「それは愛情で言ってくれたんだと思うぞ……。うわ、それにしても旨い、旨すぎる」

 エリカ自身も箸をつけながら、レッドや手持ち達、食卓全ての笑顔に安心したかのようにエリカ自身もほくそ笑んだ。
 カビゴンはあっという間に食べてしまいおかわりを再三要求したので彼女が驚いたりとその後も色々ありつつ、夕食を終えた。
 片付けを終えた後、レッドは風呂に入り、その後にエリカが入った。

―午後9時30分―

「お、いい球投げるなー。それっ」

 暇を持て余していたレッドはヒノアラシとピカチュウの二匹+一人でキャッチボールをしていた。
 とはいっても自宅より持ってきたテニスボールなので割れる心配はない。

「ピカピー!」
「ヒノッ!」

 ピカチュウからヒノアラシへと送球をしている。ヒノアラシはしっかりと受け止め、レッドに送る。
 ヒノアラシは力が強いのか、ピカチュウよりも少々受け止めるのに力を要する。
 とはいっても所詮は第一進化形のポケモンである。窓を割るような馬鹿力は出ないだろうと考えながらレッドは時間を潰していた。

「ふう……」

 20回ほど投げたところで、エリカのものと思しき吐息が聞こえたのでレッドは二匹で続けるよう手で合図し、エリカの方に体を向ける。
 二匹は頷いて了解の意を示し、パシパシと距離を開けたり縮めたりしながら続けた。

「おう出たかエリ……」

 と言いながらエリカの体を見る。

「はい。やはりお風呂と言うのは気持ちの良いものですわね……」

 彼女はカラスの濡れ羽色の髪をバスタオルでふきながら答える。エリカは緑に水玉のパジャマ姿であった。
 つまり、今までは露出が抑えられていたグラマラスなボディラインが出てきているのだ。
 レッドの網膜はその美しき女体を焼き付け、二度と冷める事は無かった。

「……、貴方? 目が点になられておりますが……」

 彼女は黙してしまい、かつ異様な反応を見せたレッドを気にかけている様子だ。
 当のレッドの心中には思春期特有の飽くなき性欲が一気に湧き出ていた。
 頃合いどころではない、熟柿は落ちたとばかりにレッドはエリカに尋ねる。

「エ、エリカさ」
「はい」
「エリカは俺の事……、す、好きなんだよな?」
「な、何を急にお尋ねに……」

 エリカは顔を赤くしながら下を向く。その愛おしい動静にレッドの性欲は亢進するばかりだ。

「答えてくれ」

 レッドは立ち上がり、エリカの正面に立ち、緊迫感を多分に漂わせながら尋ねる。

「も……勿論ですわ」

 エリカは勇気を振り絞ったかのように言う。やはりまだ相当、好きという感情を曝け出すことに抵抗がある様子だ。

「だったら……」

 レッドは一歩ほど前進し、彼女の湯気と血潮で火照った顔に近づく。

「あ……」

 エリカはレッドの急な迫りに戸惑っている。

「抵抗しないって事は……いいんだな」

 と言いながら、レッドは唇を近づける。

「やめて……」

 エリカは蚊の消え入るような小さな声で言う。
 レッドは聞こえないのか否か、無視して更に近づける。

「やめてくださいっ!!」

 エリカは聞いたことが無いほど大きな声でレッドの求めを拒絶した。
 それと同時に彼女は数歩ほど後ろに下がる。その上、眼は潤んでいる。
 レッドは当然の事、途中から動静を伺っていた二匹も大いに驚いている。

「エ……エリカ?」
「私……。そう簡単に殿方に体を許してはいけない……そう教えられていますから」
「何でだよ……。エリカは俺の事好きなんだろ……。だったら!」

 レッドはそう言って進めようとしたが、エリカは頑なであった。

「私のお祖母様は仔細は教えて頂けませんでしたが、成り行きとはいえ体を許してしまい、お母様を生まれた際に大いに揉めたことがあったそうです……。『結婚の際、私と同じ轍を踏まない事。しっかりと見定め、相応と思った男とのみ結ばれなさい』これがお祖母様の遺訓ですわ。ですから、いくら貴方とはいえ、まだ私たちは4日程歩みを共にしたのみ……。お互いの事を知り尽くしてはいないのに、体を許すわけには参りませんわ」

 彼はしばらく黙った後

「そうかよ……。分かった」

 と言って彼は二匹をモンスターボールに戻し、不貞寝するかのように横になった。

「ごめんなさい……貴方」

 彼女も就寝準備をした後、向かいのベッドで電気を消して眠りにつく。

 部屋は、闇に包まれる。


 

 

―2月16日 午後3時 オーキドポケモン研究所―

 時は戻って、昼がた、ワタルはミカンの密告を受けた後、大変な剣幕でオーキドのもとへ向かった。

「どういうおつもりですか! 命令を改ざんした上、レッド君やエリカ君、ゴールド君にポケモンとの絆を引き裂くようなことをして!」
「いやーすまないね、ワタル君。ワシは悪気はなかったのじゃ」

 博士は恭しく頭を垂れながら謝意を示す。

「……、博士の顔に免じて今回は厳重注意ですが、今後同じようなマネをしたらどうなるか分かりますよね? 気をつけて下さい」
 
 ワタルはこうして去っていく。

―――――

 午後7時、研究員が誰もかれも立ち去った後、オーキドはある人物と密会していた。

「全くつまらぬ事で騒ぎ出すのう、理事長とやらも……、のうサカキ殿」

 オーキドはテープレコーダーに記録していたワタルの声をサカキに聞かせていたのだ。

「その通りだな。オーキド殿」
「じゃが。こうなった以上、この手は使えん、次の一手を打たねばならぬの」
「うむ。この間来ていた、変な髪型の研究員に依頼していたアレを使うのか?」
「いつ出来上がるかによるの。じゃが、所詮は搦め手じゃ。本丸は別にあるしのう」

 オーキドは老獪な笑いをしながら言う。

「我々は必ずや四年前……いや前年の雪辱を雪いでみせる! オーキド殿、頼んだぞ」
「分かっておるわい」

 こうして、夜中までその人物との会合は続くのであった。

―2月18日 午前7時 ヨシノシティ ポケモンセンター―

「あなた、朝ですわよ!」

 エリカに体を拒まれ、子どもじみた不貞寝の体を取りながら考えているうちに彼は眠りについていた。
 朝になるとレッドは滑らかな声で割烹着姿の彼女に起こされた。

「ん……、ああ、おはよう」

 レッドは静かに上体を起こす。揺さぶっていたのだろうか、胸のあたりに彼女の手がある。

「おはようございます。朝食の支度が出来ていますから、お顔を洗われましたらテーブルについてくださいね」

 彼女はレッドに微笑みをうかべた後、そそくさに彼の元を離れようとする。
 昨日のことなどまるで忘れてしまったかのようにそつなく家事をこなしているようだ。焼き魚だろうか、ほどよく焼けた香りが彼の鼻腔をつく。

「なあ、エリカ」
「はい?」

 彼女はレッドの方に体を向ける。
 レッドは昨日の件について尋ねようとした。しかし、彼女が敢えて気にしない素振りを見せているのだとしたらと思い始め

「顔……洗ってくるわ」

 と適当な用事を思いついて彼はわざとらしそうにあくびをして洗面所の方へと向かう。
 彼女の方は少しばかり当惑気味になりながら受け流した。
 その後、彼らは朝食を済ませ、ヨシノシティを発つ。

―午前9時 30番道路―

 この日は少々雲がある晴れで、北風が吹きつけなんとも真冬らしい気候となっていた。
 二人は話をしたり、しなかったりとしながら野生のポケモンとも戦って北へ北へと進んでいく。

「次のポケモンを倒したあたりでヒノアラシが電光石火を覚えるかな……」

 草むらを抜けて10匹ほど倒した彼はそう呟く。

「あら、お早いですこと」
「そっちは?」

 二人は最初は交代交代で倒していたが億劫になって来たため、草むらごとで一旦分かれて抜けながら倒していくという方式で進んでいる。

「早々にギガドレインとどくどくを技マシンで覚えさせましたが、レディバやイトマルばかりが出てきて苦戦していますわ……」
「うわ悲惨だな……。傷薬多めに渡しておこうか?」

 レッドはリュックより20個ほど買い込んできた傷薬を見せる。

「お気遣い有難うございます。いつ切れるか分からないものですしね……」

 エリカは笑みを浮かべ、軽く頭を下げて受け取る。

「いいっていいって、それじゃ先に……」

 内心ちょっとした幸せを感じながら言っていると、短パン小僧が前に出ている。

「トレーナーだな! 俺と勝負しようぜ!」

 少年は勇気凛々な様子で勝負を仕掛けてきた。

「おう! 行け、ヒノアラシ!」

 レッドはすぐさまスイッチを切り替えて戦闘モードに入ってしまう。
 彼女の方はといえば初めて見る道路での対戦なのか少しばかり戸惑いを見せている。

――――

 勝負は10分も経たないうちに決する。レベル差のあるポケモンだった為仕方の無い事ではある。

「正直俺も大人げ無いとは思うが……。ルールだし悪く思うなよ」
「うう……、次は絶対勝ってやる!」

 少年は光を失わずにリベンジを祈願している。

「次……か。あるといいな。よし行くぞ、エリカ」

 少年はその言葉に目を白黒にする。彼女の方はさしったりな表情をしている。
 先に進もうとすると少年が呼び止める。

「あの! もしかして二人……いやお二人って」
「お二人? 何で急に改まって……あ」

 レッドは今になって自らのやった失態を悔いる。

「やっぱりそうだったんだ……。レッドさん俺、レッドさんの事すげえって思ってて、あのその……握手してください!」

 周りにいたトレーナーたちも気づいて二人の元に駆け寄る。
 こうして数十分ほど時間を取られて二人は先に進んだ。

「全く、不注意にも程がありますわね……」

 エリカは機嫌を損ねるというよりも呆れている様子だ。

「ごめんよエリカ。にしても伝わるの早いよな……」
「風の噂とは恐ろしいものですからね……。本当に風が吹き抜けるかのように俗耳に入ってしまうのですから」

 レッドは聞きなれない単語を耳にしたが、話の流れからそれに類するものだろうと判断し気にしないことにした。

「うん、気を付けるよ。それじゃあ先進もうか」

 という訳で二人は道路を更に進んでいった。
 二つの道路は存外長く、一週間ほどかかってキキョウシティに到着。
 何度か寝起きを共にしているうちにレッドの中から気まずさは消えつつあった。


―キキョウシティ
 格式高く、侘びを基調とした建物や文化財が立ち並んでいる。
 最たるものは北側の世界最古の木造建築物と名高いマダツボミの塔であり、トレーナーの鍛錬の場となっている。トレーナーズスクールもあり、初心者にも好まれる街である。
 一軒家がおおく落ち着いた街の印象を受ける。

―2月25日 午後1時 キキョウシティ マダツボミの塔―

 キキョウ第一の文化遺産であるマダツボミの塔。
 エリカ曰く塔の最上階まで上がって長老に会い、技マシンを貰う事がここに寄ったトレーナーの一種の風習という事だ。
 という訳で二人はキキョウシティに着いた後、マダツボミの塔に向かい、足を踏み入れた。

「ハァ……、エンジュでの仏閣も素晴らしかったですが、やはり1000年以上もの間、歴史を私たちに伝え続けるマダツボミの塔……。格が違いますわね」

 彼女は入る前から塔そのものに恍惚としていたが、入るとその度合いは増し、胸の前に手を組んで畏敬の念をこめたような息を深くついている。
 うっとりとしている彼女に心を時めかせ、一方キキョウでこれならエンジュに着いたらどうなってしまうのだろうと懸念を抱きつつ、レッドはあるものに注目する。

「なんであの柱動いてるの?」

 レッドは真ん中の動く柱について質問した。

「あれは巨大なマダツボミが動かしているとこの塔の御方は言っておられますが……」

 とエリカが続けて注釈しようとすると、二人の若い僧侶が横に入ってきた。

「その通り!この何世紀にも渡ってマダツボミ様が柱を動かしておられるのだ!」
「うわっ、なんだなんだ」

 レッドは突如入ってきた横槍に目を瞬かせる。

「それにケチをつける衆生は如何なる者でも押さえつけてくれよう!」

 若い僧侶は演技がかったような声で言って見せる。

「……とまあ熱心な門徒の方々がいらっしゃるので謎のままなのですよ」

 とエリカは繋げた。僧侶に関しては呆れているというよりも流している印象を受ける。

「フハハハハ!熱心な門徒か!」
「バカ!今のは皮肉に決まってんだろが!」

 そんな茶番を見たエリカは何を思ったか

「……、ではお聞きいたしますが、巨大なマダツボミがどうして幾多の地震にも耐え現在まで残り続ける事が出来るのか合理的かつ科学的な根拠をお聞かせ願えないでしょうか?」

 と、彼女はいたずらっぽい雰囲気の声で質問した。

「……、我らがマダツボミ様の法力を疑うとは許さん!行くぞチンネン!この不届きな衆生を成敗してくれよう!」
「……出家する前から思っていたが、お前は漫画の読みすぎではない」

 一緒にいた僧侶がそう言って遠回しに制止を求めようとしたが無駄に終わった。

「黙れ!、では、行け!マダツボミ!」
「……、行け! マダツボミ!」

 制止を試みた僧侶も南無三とばかりにポケモンを繰り出す。

「たく難儀な連中だ……、行け!ヒノアラシ!火炎放射!」

 その後、マダツボミは呆気なく焼け焦げましたとさ。
 このような戦果で塔内を進んでいった。

…… 

 最後は長老と戦い、見事勝利する。

「流石噂になられておられるだけの事はありますな。フラッシュの技マシンは貴方がたに相応しい……」

 長老とだけあって落ち着いている印象の人物である。

「噂って事はもうここまで知れ渡ってるんですね……。有難うございます!」

 フラッシュの技マシンを受け取り、各々のバッグにしまう。

「これからキキョウのジムに行かれるのでしょうが……。どうかお気をつけて」

 二人はマダツボミの塔を後にし、その足でポケモンジムへ向かった。

―キキョウシティ ポケモンジム―

 ジムに入ると例のおっさんが話しかけてくる。

「オース未来のポケモンマスター達!キキョウジムのハヤトはひこ」
「電気と氷、岩が弱点」

 レッドは最早定型句の解説に飽きが来ていた為、先取りして答える。
 しかしおっさんは想定内だったのかそれでも引く気配は見せず

「おー、流石。じゃこれは知らんだろう、カモネギに持たせると強くなる道」

 少々突っ込んだ問題を出したが、レッドは言い切らせる事無く

「長ネギ」

 と答えた。さながら早押しクイズである。

「個体によってはエンジュ産のクジョウネギ以外は好まないらしいですわ。中々拘りが強いですね」
「……」

 エリカにネタを取られたのか、おっさんは黙ってしまう。
 そんなこんなでやっていると上から青髪の着物を着た青年が舞い降りる。明らかに異色の格好な為、レッドはリーダーだろうと推察する。

「やれやれ、聞く相手を少しは考えようよ……」

 少年は嘲笑気味におっさんに語りかける。

「僕がここのジムリーダー。ハヤトだ!」

 少年は誇示するかのように言って見せた。待ちきれなかったのか、少々はやっているかのような口調である。

「ハヤトさん、お久しぶりです」

 エリカは帽子を取って、軽くお辞儀をする。彼女を見るや否やハヤトはレッドを押しのけてエリカに近づいた。

「エリカさん! 今日もなんてお美しい! 解語の花とはまさに貴女の事!」
「あら、故事を勉強されておられるのですか?」

 エリカは言外の意を汲み、爽やかに微笑みながらそう言った。だいたいこういうのは愛想笑いと相場が決まっている。

「はい! 私は貴方をテレビでお見かけした日からエリカさんに気に入られるといいなと思い、日々勉励していました。定例会じゃ中々話せなかったんでこの際と思ったので……」

 ハヤトはここぞとばかりにエリカに自らを誇示する。
 おしのけられたレッドは内心穏やかでは無い。

「まあ、そんなに私の事を…ジョウトの殿方は皆アカネさんかと」

 言葉だけを見れば感じ入ってるように見えるが、社交辞令な風にありふれた反応で返している。

「あんな売女、僕の眼中にはないですよ! 僕は鳥ポケモンとエリカさんが大好きなんです!」
「あらあら、同僚の方にそんな言葉遣いいけませんよ」

 彼女はまるで稚児と戯れているかのような口調で話している。

「あのぉー!ハヤトさん!」

 ここに至るまでエリカとしか話していないハヤトにどこか苛立ちを覚えていた為、少々語気を荒げてレッドはハヤトに呼びかける。

「レッド!」

 しかし、ハヤトはそれ以上に強い声調で返す。
 初対面の人に呼び捨てとはいい度胸だと内心思いつつ、続く言葉に注意を向ける。

「エリカさんを巡って僕と勝負しろ! カントー最強だかなんだか知らないけどエリカさんは僕のなんだ!」
「はあ!? 何を勝手に」

 こんな状況を見てよくそんな事が言えたものだとレッドは思った。

「話を聞くとまだ貴方はエリカさんと手を繋いですらしてないようじゃないですか! そんな意気地なしと付き合うなんて僕が許しません!!」

 レッドの心にグサグサと突き刺さるものはあったが、同時にどこから情報を仕入れているのか甚だ疑問であった。

「ハヤトさん、あのですね……」

 レッドは感情を抑えながら、ハヤトを宥めることに注力する。

「気安くさんづけで呼ぶな!! この意気地なしが!!」

 ハヤトの収まる事のない度重なる挑発に、レッドの中で何かが切れる。

「どうした、怖気づいたか」
「そこまで言うならやってやろうじゃないか! あーいいよ、どっちがエリカの事を思ってるか勝負だ!!」

 レッドはハヤトの挑戦を買って出る。
 ジョウト初のジム戦はかくしてはじまるのだ。

―キキョウジム 天空―

「ルールは6vs6のシングルバトル! 僕が勝ったら、僕がデートを申請する権利。レッドが勝ったらバッジを渡す!」
「おい! 釣り合ってないだろその条件!」

 レッドは反発するが、ハヤトは聞く耳持たずに

「うだうだいうなら僕の不戦勝だぞ!行けっ!ピジョット!」

 ピジョットは、無駄のない様子で旋回した後、地に降り立つ。毛並みは手入れされているのか非常に艶やかで、輝いているかのように見える。
 
「そっちがそうくるなら……、行けっ!ラプラス!」
「相手は飛行……大した事なさそう」

 ラプラスは出てきた後、そう呟いた。

「ハハハ! 相性のみで乗り切るつもりか! チャンピオンのクセに単純かつ浅薄極まりない。ピジョット!ブレイブバー」
「絶対零度」

 レベルに明らかな差があるのか、ラプラスが先制し

「凍っちゃうけど、我慢してね!」

 ピジョットの周りだけ絶対零度になり、瞬く間に氷塊となる。
 氷塊と化したそれは空しくフィールドに転がる。

「嘘だ!」

 ハヤトは目の前の現実が受け入れられないのか、大声で叫ぶ。

「これが、現実だ」

 ハヤトは氷塊となったピジョットを一瞥した後、戻して

「一撃必殺技はそう何回も当たるかぁ!行けっ!ムクホーク!」
「無駄な事を……あられ」
「遅いっ!インファイトだ!!」

 霰が降り出した直後に

「砕け散りやがれ!!」

 ムクホークのインファイトが直撃する。
 勇猛さがひしひしと伝わるほど、ムクホークは殴り続けたが

「痛いけど、所詮不一致ね」
「!?」

 ムクホークの目とハヤトの目が同じくして収縮する。

「いいぞ!!吹雪だ!!」

 好機とばかりにレッドは指示。ラプラスは至近距離で吹雪を放ち、ムクホークを凍てつかせた。

「チクショー…」

 ムクホークは尋常ならざる雪と寒さに耐え兼ね、倒れる。
 ただでさえ相性の不利があるのに吹雪必中の状態が続いたらどうなったかは自明である。
 ヨルノズク、オオスバメ等4体が立て続けにやられ、ハヤトの完敗になった。

「う…嘘だろ、父さんの育てたポケモン達が…」

 ハヤトは膝を折り、大いに落胆する。

「父さんの…?成程、自力で育ててないポケモンはそんなモノって事だ」

 レッドは勝者の権利とばかりにはき捨てる。
 続いてバトルの間静観を守っていたエリカも攻勢に入る。

「鎧袖一触とはまさにこの事……。しかし、ここまでとなると同じジムリーダーとしてどうなのかとは思いますわ」

 愛する人の言葉がよほど心に響いたのか、ハヤトは銃撃でも喰らったかのように身を引かせる。

「ここに来るのは初心者ばかりだから慢心していたんだろう。全く情け無い。それでエリカを寝取ろうなど2000光年早い」
「あの……光年は距離ですけれど」

 エリカは即座に突っ込んだ。
 内心空気を読んでほしかったが、レッドは構わず続ける。

「全くジョウトのジムリーダーが相性という基本的な概念も理解していないとはねー、ガッカリだよ」

 ハヤトは何も言い返せずひたすら黙っていた。

「それじゃあバトルに疎い初心者には勝てても、少し知りだした初級者以上には勝てないね」
「思う……なよ」

 ハヤトはぽつりと呟く。
「何だ下だらない弁解か?」
「ジョウトのジムリーダーが僕みたいな雑魚ばかりとおもうなよおおおおお!!」

 ハヤトは遂に自分が弱い事を認めたうえに半狂乱に陥った。

「ええ、少なくとも他の方はハヤトさんよりは強いと思いますわよ。順番的な意味だけじゃない……ですけど」

 同業者からの辛辣な一言である。

「鳥使いとしては素晴らしくても戦いに弱いんじゃね、もう辞めたら?」

 レッドに辞めろとまで言われたハヤトは色々な感情が交差したのか

「く…くそおおおおっ!!」

 ハヤトはバッジを投げ出して、地上に降りる。

「言うに事欠いて逃げ出すとは……」

 彼女は突飛な行動に呆気にとられている様子だ。

「少しいいすぎたかな?まあ、ウイングバッジゲットだぜ!」
「私はまだ頂いておりません……。戦って貰わないと」
「そうだな、まずはハヤトを捜さないと……」

 という訳で二人は街に出てハヤトを探す事にした。



―マダツボミの塔―

 ハヤトは心を鎮めるために塔に向かい、自らの父親に当たる長老のところに行っていた。
 ここに来る時になると高ぶっていた心も少しは落ち着いたようで、父親の前で正座していた。
 父親はどうやら観戦していたようで事の次第は知っていた。

「……。本当に申し訳ありません。父さん」
「よい、お前はまだ新米じゃ。ましてやレッドなどとなればお前も惨敗するはワシも予想していた事よ」
「でも僕は……、あいつに……レッドにバカにされた事が……しかもエリカさんの前で……悔しくて…」

 ハヤトは自らの情けなさに涙している。すすり泣きながらぽつぽつと言い分を述べる。
 が、それに対し父親の大喝が入る。

「それがお前の弱さじゃ!」
「え……?」

 ハヤトは裾で涙を拭いながら、眼を開かせる。

「ハヤト、お前も一端のジムリーダーならば負けた事をウジウジとせずにきちと敗因を振り返れ!、バカにされた事をいつまでも…過去の事に執着するのは凡人のする事じゃ!お前が凡人の域にとどまるのならそれも良い、じゃがのそうであるならばすぐさまジムリーダーの職を辞せ!、トレーナーの身近な規範たるジムリーダーというのは凡人の勤めるものではないのじゃ。凡人が凡人を導く資格があると思うのか?」

 この長老はハヤトの父であると共に前キキョウジムリーダーである。
 高齢を理由に2年前にハヤトへリーダーの職を譲り、元々副業で営んでいたマダツボミの塔の長老となった。

「…!」

 ハヤトはその言葉で頭を思い切り引っ叩かれた感じがした。
 そして、それと共に目に生気を再び宿らせる。
 
 丁度いい頃合にレッドとエリカが塔の頂上へ来た。
 ここに至るまでにおよそ二時間ほどがかかっている。

「あ、いたいた」
「レッドさん……」

 呼称が変わっていたことに少し違和感を覚えたが、レッドは構わず続ける。
 一応、敬称を付けてたため、レッドもそれに合わせた。
 バッジを貰ってない件を簡潔に話し、戦う事をお願いした。
 要請は承諾され、三人はジムに戻る。

―キキョウジム 天空―

「さて、きちんとした自己紹介していなかったので……。僕の名前はハヤト…鳥ポケモンを愛するジムリーダーだ! エリカさん、貴方の事は慕っていますが…手加減はしませんよ。僕の華麗に羽ばたく鳥ポケモンで……粉砕させて見せますよ!」

 憧れているエリカ相手にこの物言いである。
 さっきまでの腑抜けた態度だとまずありえ無さそうな態度なため、レッドは何かあったのかと邪推した。

「ええ、存分に貴方の力私にぶつけてください…!」
「…!、行けピジョット!」
「おいでなさい!ウツボット!」

―――

 結局、エリカが4体失い、ユキノオーの猛戦の前にハヤトのポケモンは力敵わず敗北した。
 心は変われど、そんな簡単に実力差は覆せなかったわけである。

「……、分かりました。潔く地に下ります」
「ハヤトさん……」

 エリカもどこかしら変化を感じているのか、先ほどとは少しばかり見る目が違っている。

「何でしょう?」
「僅か数十分見ないうちに随分逞しくなられたようですわね……」
「…、光に打たれたんですよ。マダツボミのね」

 こうしてエリカもウイングバッジを受け取る。

 二人は買い物を済ませた後、ポケモンセンターに入り、休養した。

―第四話 氷鳥と黒白の衣 終―
 
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