伝説のトレーナーと才色兼備のジムリーダーが行く全国周遊譚
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第一話 月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり
―某月 某日 シロガネ山―
シロガネ山に入って2年が経過した頃。
レッドは、手持ちを引き連れてシロガネ山を2日ほど修行がてらで探索していた。
彼は2年も山に引きこもり、そろそろ故郷が恋しくなっていた。しかし、石の上にも三年の言葉通り、この山で三年は修行すると決めていた為、気を引き締めようと探索をしていた。
野生のポケモンを適当に倒しながら進んでいくと、どこからともなく窟内を揺るがす咆哮が聞こえた。
「なんだ?」
レッドがまず発言する。
「あまり聞きなれない鳴き声っすねぇ」
リザードンがそう答えた。
「とにかく、先へ進もう」
レッドの指示で、ポケモンたちは聞こえた方向へと向かう。
――――――
咆哮の先へ歩を進めると、洞窟を出る。
すると、平原が姿を現し、砂塵があたりを覆いつくしている。
そして、200mほど離れたもう少し高い場所に咆哮の源と思われる生物が姿を現した。
「あ……あれは」
レッドは、砂嵐に浮かぶシルエットから小さい頃読んでいたポケモン図鑑を思い出す。
数あるポケモンの中でも恐ろしい姿をしており、後ろの角が怖さを増幅させる。
名前を失念していたため、即座にポケモン図鑑にかざすがデータ無しと出た。
「何だと!?」
「俺たちとは全く異種の生き物ってか……?」
そういいながらカメックスは砂嵐の中に居る怪獣に目を向ける。
怪獣は、レッドたちに気づき、一歩ずつ前に出てきた。
「レッドが危ない!」
リザードンがすぐに前に出て、炎を口にためる。
「ここはやったもん勝ちだな……。よし、リザードン! 大文字だっ!」
リザードンは大文字を怪獣にぶつける。しかし、ビクともしていない様子である。
怪獣はレッドたちを敵と見なしたのか、速度をあげて襲い掛かかろうとする。
「全然効かないなんて……。本当に未知の生物なのかよ」
ポケモンたちの顔が青ざめ、レッドが落胆していると、
「ピカ!」
ピカチュウはレッドに話しかける。
レッドが目を合わせるとピカチュウは腰につけているモンスターボールを指差す。
「ん? ……。なるほど。よしっ」
レッドは、ポケットからモンスターボールを取り出し投げつける。
モンスターボールは開き、巨体を一瞬にしてボールの中に収めた。
このボールは一般の生物には反応しない、つまりあの怪獣はポケモンである。
しかし、体力が減っていないため、すぐさま出てしまう。
「ポケモンということはタイプがあるはず……。とにかく攻撃を出せば効く技があるはずだ! ようし、ピカチュウ、雷だ!」
こうしている間にもポケモンは一歩ずつ前に出てくる。
ピカチュウは素早く電気をあつめ、稲妻をお見舞いした。
『グ……グォォォォォォ!』
電撃は動きを鈍らせた。しかし、肝心の体力にはさほど影響を及ぼしていない。
「くそっ……! じゃあ、カメックス! ハイドロポンプだ!」
「あいよっ!」
カメックスは砲塔に水を装填させ、高水圧の激流をポケモンに衝突させる。
今度のは相当に効いたようだが、それでもやはり勢いは衰えない。
やがて、レッドのすぐ近くにポケモンは姿を現す。
距離が80mほどになると、体を隠していた砂塵は意味を成さなくなり、ようやく体そのものが見えた。
薄緑色の巨体に、青色の菱形の腹が見えた。
「で……でかいな」
その体は2mを超さんばかりの巨体であった。近くになればなるほど威迫は増すばかりだ。
「チィっ……。フシギバナ。葉っぱカッターだっ。俺の直感からしてあれは岩タイプ! あの如何にも山にいそうな姿に加え、この砂嵐の中平然と歩けているということは、それしか考えられねえっ!」
「分かった」
フシギバナは葉を鋭利な刃に変え、青色の腹に向けて放った。
今度は、相当に効いたようだが、退く様子すら見せない。
やがて、ポケモンのほうから攻撃をしかけた。巨大な岩石を味方につけ、大量に降らせる。これは大いに効き、レッド側のすべてのポケモンに大ダメージを与えた。
「なんだこれ……滅茶苦茶だぁ」
一番ダメージを食らったリザードンがそう呟いた。
「ぐっ……。嘘だろ、俺のポケモンの平均は60レベだというのに……!」
レッドは目を点にさせながら言う。そしてそれと同時にこのままでは埒が明かないと見て撤退しようかなどと考えていると、二体の鋼色をした鳥がレッドの上を通り過ぎた。
そして、その鳥は羽を広げ、相挟んで刃と化した翼でポケモンを切りつけた。
隙が出来たと見たレッドはすぐさまカメックスとラプラスにハイドロポンプを指示し、フシギバナには葉っぱカッターを指令。
八方ふさがりで適わないと見たのか、ポケモンはのしのしと引いていった。
ようやく追い払って、ほっと一息をついていると、上空から声がする。
「おーい、そこの少年! 大丈夫ー?」
レッドが声の主の方向へ顔を向けると、見たことも無いツバメのようなポケモンに乗った女性が自らの顔を覗かせながら彼を見下ろしていた。
とはいえ、砂嵐が晴れ、太陽を背にしているため影になってほとんど見えない。
「貴女が助けてくれたんですか」
レッドは声を少し上げながら言う。
「グライダーしてたら局所的に砂嵐があがっている所を見つけてね。何事かと思って、オオス……ポケモンに乗り換えて来てみたのー! そしたらまあ君が苦戦してたからね。ちょっと手助けしてあげたの」
「そうですかー。あのー降りないんですかー?」
レッドは話しづらいと感じていたため、降りる事を勧めた。
「そこさー。尖った岩だらけでしょう? 手持ちをバトル以外で傷つけるのは嫌だからねー。不便かけて悪いけど、これで我慢して」
「そうですかー」
なんとなく容姿を気にしていただけに、レッドは落胆する。
「あのポケモンはバンギラスっていうのよー。タイプは岩と悪タイプ! 凶暴で、手がつけられなくなると大きな山を崩しちゃうの! シロガネ山だって例外じゃないわ。にしても、ここには幼体のヨーギラスしか居ないって聞いたんだけど……」
「岩ポケモンは岩石を好みますから、食べ過ぎて進化したとかじゃ」
レッドの問いかけに、女は合点がいったようで
「なるほど。それもあるかもしれないわね。とにかく、バンギラスがこの山に出たというのは由々しきこと。シロガネ山は数百年火山活動が無いみたいだけど、バンギラスが刺激して、噴火が起こらないとは言い切れないわ。下手をすれば、国の存亡に関わる被害が出る可能性も否めないわね」
シロガネ山はカントーとジョウトの中間に位置する。
もしもそんな山が噴火すれば、火山灰が地を覆い、トレーナーたちはバッジ集めどころではなくなる。それよりもレッド自身が山から出れなくなる危険性がある。
「そ……そうですね」
レッドは固唾を呑む。
「今回は追い払っただけ。恐らくバンギラスは再び出没するでしょう。その時には、貴方がバンギラスを制しなさい」
「ど、どうして俺が?」
レッドは倒すことに疑問を持っているわけではなく、どうして女が制すことが出来ると知っているのか気になっていた。
「シロガネ山に来れるのは、選ばれたトレーナーだけと聞くわ。そして頂上に居るということは、修行に来ていると言う事を自ら言ってる様なものよ。今回貴方が手間取ったのはあまり相手を知らなかったからでしょうし、次はきっと大丈夫よ。健闘を祈るわ! それじゃーね」
そう言うと、女性は身を正し、この場から去ろうとする。
「あの! 最後にひとつだけ聞かせてください! 貴女はどうして、バンギラスを倒さなかったんです? 結構良い勝負していたじゃないですか!」
レッドは気になっていたことをぶつけた。
「私はただの鳥使い。少し相性がいいくらいじゃ、足止めは出来ても、倒すことなんて出来ないわ。それに、貴方だってどうしてバンギラスを追撃しなかったのかしら?」
女の問いかけにレッドは少し考えて答える。
「それは……、たかが岩なだれであんなにダメージ食らったのに、追撃したら瀕死させちゃうかもしれないから」
「修行に来てるのに、ポケモンに限界まで挑ませないなんてどうかしてるわ。優しさも大事だけど、強くなりたいなら、時には非情になる事も肝要よ」
レッドは手を握り締める。
「でも、いいわね。シロガネ山に来るまで強くなっても、その優しさを忘れずにいるなんて……」
「え?」
レッドは女が初めて自らを褒めた為、思わず聞き返した。
「いえ。何でもないわ。あぁ、あとこれあげるわ」
彼女は上空から何かを落とす。
レッドは、落下地点を素早く予測し、受け取る。見てみるとゴーグルのようだ。
「それは、ゴーゴーゴーグル。砂嵐でも砂が目に入らない優れものよ。つぎバンギラスと戦うときはそれを使うといいわ。それじゃ、ばいばーい!」
そう言って、彼女は、髪をたなびかせて西の方向へ飛んでいった。
ポケモンへの勉強不足を痛感したレッドはそれから、ラジオで積極的にポケモンの情報を集めた。山を降りない以上、唯一の情報源だ。そして、ポケモンの平均レベルを75前後にまであげてバンギラスと戦い、どうにか勝利を得た。
バンギラスを制してから数週間が経過したある日の事。
山の生活にもすっかり慣れきって情欲や煩悩を忘れ、悠々と仙人のごとく生活していた。
この日、レッドはピカチュウの発電でラジオを動かしていた。
そのときのラジオの話題は、ロケット団の再興云々であった。
―2013年 2月10日 午前11時 シロガネ山 最奥部―
「ジョウトは大変だなぁ……まあもっともここもジョウトだけど」
と、ラジオに向かってシロガネ山で一人ごちている。
「あのう……誰かいるんですか?」
向こうの入り口より声が聞こえる。
レッドはラジオを止めた。
声の主は、奥へと進みレッドの少し前で止まった。
「あの、もしかして噂のレッドさんですか?」
その少年は赤色の帽子等から推測したのかそう尋ねてくる。
「……」
そして少年は風格から悟り、勝負を仕掛けた。
「……、どうやらそのようですね! 行け!バクフーン!!」
「……ピカチュウ」
――――――――――――――
この戦いはレッドが2体撃破されるも、勝利をおさめた。
「カメックスとピカチュウを撃破されるとはね。ここまで来るだけの事はある」
「……」
少年は唇を噛んで、さも悔しそうな様子で敗北を自覚しているようだ。
「ただやっぱりパーティが悪い。俺に合わせて第二世代だけにする必要はない。もっと自由にバランスよく組め。また出直して来い」
「……! 有難うございました」
そう言うとその少年は立ち去った。
また山に静寂の時間が戻る。
しかしそれと入れ替わるかのように、またも洞窟に誰かが入る。
今日は来客が多い、しかも女性のようだ。それに良い香りもする。
よく見ると、ベージュの登山服姿ではあるが小柄な顔立ち、紫色のカシューチャ、そしてなによりも彼女自身が放つ清らかな雰囲気でそれが誰かレッドに分からせるには十分だった。
「流石ですわね。伝説のポケモントレーナーという筋書きは嘘じゃないって事ですか……」
その女性はレッドの前で立ち止まる。
「エリカ……さん?」
レッドは久々の思い人の再会に、内心を大いに喜ばせる。
「そうです、タマムシジムリーダーのエリカです」
彼女はわざわざ所属まで言ってきた。相変わらずの律儀ぶりである。
「なんでこんなところにまで……」
レッドは次に湧いた疑問を彼女にぶつける。
「セキエイリーグから連絡があるのでお伝えに来たまでです。何かワタルさんが、企んでるようですわね」
エリカは含みを持たせた口ぶりでそう言った。
「ワタルさんかぁ……懐かしいですね」
レッドは数年ぶりに聞くその名に懐かしみを感じていた。
「しかしワタルさんも酷な事をさせるねぇ、か弱い女性に山を登らせるなんて」
レッドは何の気無しに、単にエリカを労うつもりでそんな事をいった。
しかしエリカの反応はレッドの予想を良くも悪くも裏切るものだった。
「……レッドさん、随分鈍くなられましたわね……」
エリカは帽子を改めて目深にかぶり、静かにレッドをけなす。
「……え?」
レッドは思わず聞き返す。
「本来は、私ではなくタケシさんが使いで来るはずだったのです。それを私が無理して変わって頂いた……、こ、ここまで申し上げても、私の本意、察していただけないのですか?」
最後は流石にエリカも恥ずかしくなったのか頬を赤らめながら言った。
そこで漸くレッドは、三年前エリカに何を言ったのか思い出したのだ。
それと共に忘却の彼方にあった情欲、煩悩が沸騰し、突沸しだした湯の如く湧き出し始める。
「え、エリカさん。貴女もしかして……」
レッドは二の句を継ごうとしたがエリカが先に言う。
「告白のお返事、しておりませんでしたわね。……私も、ずっとお慕い申し上げておりました」
エリカは相変わらず顔を赤らめていたが、最後はきっちりと言い切り、笑みを浮かべている。
その笑みには穢れが無く、清く明るいものである。
「……、エリカさん、僕……僕……!」
エリカを抱きしめようと手を伸ばした。
しかし、
「レッドさあああああん!!」
さっきの少年が懲りずにまた来たようである。
「うう、こんなタイミングで来んなよ!!」
レッドは呆れ半分にそう言った。
「仕方ないですわね……戦っておあげなさい、それが貴方のトレーナーとしての責務ですから」
「はいよ……。んじゃ、一丁やりますかね!」
レッドが気合を入れると同時に、エリカは
「杞憂に終わるでしょうけど、負けないでくださいね」
「当然さ」
エリカは洞窟の入り口まで下がった。
少年はレッドと戦う事しか頭に無かったのでエリカなど眼中に無かったようである。
「……」
レッドはエリカとの抱擁を中断させられたせいで苛立っている。
「ど、どうしました?もしかして怒ってます?」
少年は申し訳なさそうに、レッドに言う。
「……別に」
レッドは帽子を目深に被り直しながら答えた。
「行きますよ……行けっゴローニャ!」
「……フシギバナ」
――――――――
「フシギバナとラプラス、カメックスを撃破したか。さっきより力は上がったんだな」
「クソッ、なんで負けるの……!!」
少年は悔しさの余り、地団駄を踏んだ。
「レベルさえ追いつけばきっともっといい戦いが出来るさ。また出直してこい」
「……次こそは負けないですよ」
レッドはふと疑問に思った事を尋ねる。
「……そういえばお前の名を聞いてなかったな」
「はい! ゴールドっていいます!」
その少年……ゴールドは元気よく答える。
そう答えた後、ゴールドのポケギアが鳴った。
「あれ、鳴ってる……。はい、もしもし。あぁカスミさん……うん分かった」
大した用では無かったようで、数十秒ほどで会話は終わる。
「中々親しいようだな」
「ああ、僕の彼女ですよ、昨日もずっと搾られてたいへんだったんですから……×××を」
レッドは信じられないと思い、自然と表情を一瞬だけ曇らせる。
「いやー、チャンピオンになってから異性同性問わずうるさくなっちゃって……でもレッドさんに勝てないんじゃまだ本当のチャンピオンじゃないですよね」
レッドは年下に先を越されたことに、心中で激しくショックを受けながらも姿勢は崩さずにこう尋ねる。
「でもリーグはワタルさんに任せたままだろう?」
「ええ、僕はもっと旅がしたいので。ああそうそう!レッドさん、ジョウト行った事あります?あそこは良い所ですよー。特にエンジュシティという街は気品高くて」
ゴールドが目を生き生きと輝かせながら言う。
「ジョウトか、そのうち行ってみたいものだ。ゴールドといったな、これからどうする気だ」
「うーん、修行は勿論ですけど他の地方にも行ってみたいかなぁって思ったりしてます」
そうこう話していると上空からどこからともなくカイリューが飛んで来る。
カイリューから赤い髪のマントを羽織った青年が下りる。ポケモンリーグチャンピオンにして全国ポケモンリーグ理事長のワタルがやってきたのだ。
二人よりは年上ではあるが、その顔やいでたちにはまだまだ若々しさが残り、かつ威厳もうかがえる。
「レッド君! あぁゴールド君もか。丁度いい一つ話がある」
レッドは声にこそ出さなかったが、カイリューを心配する。
「ワタルさん! お久しぶりです」
ゴールドは礼儀正しく、深くお辞儀をした。
「うん、少し前に戦って以来だね」
「あれ、ワタルさんリーグにいたんじゃ……」
レッドは尋ねた。
「少し待ちくたびれたからね。どうせ近所だし早いほうが良いと思って、エリカ君には悪いけど、痺れを切らしちゃったんだ」
ワタルはそうエリカへの後ろめたさを垣間見させる言動をした。
「成るほど。それで用ってなんです?」
レッドが納得するとワタルは話し始めた。
「突然だけど。君たち、ポケモンリーグの公認ジムがいくつあるか知っているかい?」
「えっと……。カントーとジョウトで16じゃないんですか?」
ゴールドが答える。
「違う。君たちは社会科の授業でやってると思うけど、この国にはおおよそ7つの地方がある。そのうち我々が公認を与えている地方は現在のところ、4つだ」
「えっと、つまり32ですかね」
レッドがそう答えた。
「わが国というくくり。つまり僕が統括している範囲でいえば正解。でもそれ以外にも、遠く海を隔てたイッシュ地方という所にも我々と提携を結んでいるリーグがあってね。そこにもまた8つのジムがある。すると全部で40のジム。4つのリーグがあるという事だ」
ワタルは遠まわしな物言いで言ったが、二人はすぐさま言外の意を汲み取った。
「もしかして……」
ゴールドが言いかけたそのとき、ワタルは言う。
「そうだ。君たちにはイッシュ、ホウエン、シンオウ、ジョウト、そしてカントーのジムバッジを全て集め、リーグチャンピオンを撃破してもらいたい。そして、その暁には二人は戦ってもらい、勝者にはポケモンマスターとして、リーグ、いやポケモンの歴史に名を刻む栄誉を与えたいと考えているんだ」
最後まで聞いたレッドはワタルに言う。
「かなりハードな条件ですねぇ」
「ポケモンマスターというからにはそれぐらいやって欲しいもんだと思ってね。ちなみにこの条件をシンオウのリーグチャンピオンのシロナさんに言ったら苦笑してたよ……」
ゴールドもまた、苦笑している。
「で、君たち二人にはその優待をする。何、経済的な援助だけど……ほら」
ワタルは二枚のプラスチック製のカードをそれぞれ一枚づつ二人に手渡した。
鼻にくる樹脂の匂いがなんとも新品であることを物語る。
「これは?」
「それは全国すべての港で使えるフリーパスさ。僕のポケットマネーで買ったんだ」
レッドはワタルのそんな気遣いを見て、なんと優しい人なんだと内心感じ入る。
「え、いいんですか本当に!?」
ゴールドにとっても願っても居なかったことなのだろう。ワタルに上ずってしまっている声で聞き返す。
「ゴールド君は僕と一緒にロケット団の壊滅に協力してくれたし、レッド君は、君が最強であるお陰でリーグの権威は守られている。だからそのお礼がしたくてね」
レッドは一つ疑問に思った為、尋ねる。
「頂けたことは有難いですが、リーグの援助という訳では無いんですか?」
「さっき言ったシロナさんって人が事務を担っているんだけど、物凄くお金の管理に厳しくてね……。『数枚の為に財布の紐は緩められません』って一蹴されちゃったんだ。だから、泣く泣くポケットマネーで事さ。……それでレッド君、エリカ君とは今?」
「え?」
レッドはまさかワタルがエリカの事を尋ねるとは思っていなかったので、少し瞳孔を収縮させる。
「ここ最近君の話をあんまり聞かなくてさ。エリカ君、この事を定例会で話すとすぐに食らいついたし、少し気になってるんだよね」
ワタルは興味津々な様子で尋ねてきた。少し下世話ではあるなとレッドは思ったが、すぐにゴールドの鼻でも明かしてやるかという心持にもなったので、
「その、正直に言うとさっきまで良いムードになっててゴールド君に邪魔されました」
と、レッドはさも不愉快だったとでも言いたげな演技ががった口調で言う。
ゴールドはレッドの方向に首をサッと焦ったように向ける。
「え?」
ゴールドの純粋なその目には、悔悟の念と動転が同時に現れていた。
「あん時邪魔しなければ今頃……ハァ」
レッドはわざとらしく帽子を目深に被り直して、大きく溜息をつきながら後輩をいじるような気分でゴールドを見下す。
「す、すみません空気読めなくて!」
ゴールドはレッドに木刀を素振りしたかのような体で平謝りする。
「いや、いいさ別に」
レッドはその姿を見て気を晴らしたので、すぐに許してあげた。一方のワタルは聞いたことを後悔しているようだ。顔に元気がいささか無くなっている。
「もう、レッドさんたら……先ほどからいささか喋り過ぎではありませんか?」
エリカはあまりにも時間が経過してしまい、待ちくたびれてしまったのか洞窟から抜けて姿を見せた。
二人はエリカの普段とは違う、登山服姿の色気に大いに悶えている様子だ。二人とも腹を抱え、赤面している。
「あら、どうして皆さんお腹を抱えて……」
彼女は行動の理由が掴めないのか、当惑気味になりながら言っている。
「い、いや何でもないですよ」
ゴールドが焦り気味に後頭部に手を遣りながら立つと、ワタルも少し遅れて立った。
「なんだ……来ていたんですか」
「殿方だけとのお話には入りづらくて……」
エリカは気だるそうに言う。どうにか落ち着いたワタルはエリカに尋ねる。
「そういえばエリカ君、ジムはどうした?」
「トレーナーの方にお任せしております。因みにバッジは郵送しております上に定期的に連絡はしている故御安心を」
彼女は慣れている調子で切り返す。
「そうか、仕事をちゃんとしてるなら、問題は無い。君に任せて正解だった」
ワタルはどうやら、直属の部下相手にはレッドやゴールドに対するよりも偉そうな口調で接するようである。
「はい、当然ですわ」
レッドはこのような業務的な会話をみて内心格好よさを感じていた。
「こんな事もあろうかと、もう一枚買っといて良かったよ……はい、エリカ君」
「え、私まで……本当によろしいのですか!?」
エリカはまさか自分まで貰えるとは予想だにしていなかったのか、目を丸くして驚いている。
「いやー、将来レッド君の妻になる人だから一緒にいなきゃ可哀想に思ってね」
レッドの中でワタルの株は急上昇しているようだ。彼女はといえば、驚いてはいるものの、どこかしら社交辞令な風に見えるのは恐らく気のせいではない。
「つ……妻だなんて……」
エリカは頬を紅潮させる。声もどこかなまめかしさが交る。彼女が普段それ程見せない姿にゴールドとワタルはうつむいて、顔を紅潮させていた。
「俺が夫か……法律上15だから無理だけどいっか」
「ジムは如何すれば」
エリカはついでとばかりにワタルに尋ねる。
「え……あぁ、リーグ法上30日以内に一回ぐらい連絡とったりしていれば問題ないから安心しなさい」
「やった! レッドさんと一緒に居られますわー!」
エリカは上気した余り、レッドの片腕を掴んですり寄る。
「ちょ、エリカさん! みんな見てる前であんまりひっつかないで……」
レッドは勿論、嬉しかったがやはり羞恥心からエリカをやんわりと注意する。
「あ……申し訳ございません」
エリカはうっかりレッドの腕を掴んでしまった、自らをはしたないと思ったのか顔を赤くして、レッドに向かって頭を少し下げて謝る。
「くそ……」
ゴールドとワタルは心底羨ましがっている様子だ。レッドは自然と優越感を覚えたが、表情にはおくびにも出さない。
「じ……じゃあそういうことだからよろしく頼んだよ!」
ワタルは弱ったカイリューの上に乗り、セキエイ高原へと飛び去っていく。
ゴールドはワカバの人たちに報告するために戻るといって立ち去った。
こうして、エリカとレッドが残される。
「エリカさん……いや、エリカ! これから辛い旅になるけどついてきてくれるよな」
レッドは得意になっている様子で、呼び方を変える。
「はい……でなければレッドさん……いえ、貴方の妻として務まりませんわ!」
こうして二人は夫婦としての自覚を持つのである。しかしエリカの方は”貴方”と呼ぶことに若干の恥じらいがあるようだ。
そんな初々しさもレッドの心をくすぐる。
「とりあえず、まずは旅の準備だな」
「私も一旦タマムシに戻ってジムの皆さんにしばしの別れを告げて、旅の支度を致します」
ひとまずやる事を言い終えたので、レッドは次の事をエリカに訊く。
「じゃあ、どこで落ち合う?」
「そうですわね……フリーパスにはクチバと書いてありますので、3日後にクチバ港で会いましょう」
エリカは至極妥当な提案をする。反対しても仕方のない事なのでレッドは同調した。
「そか、ところでエリカ、飛行ポケモンは?」
「あ、そういえば……貴方に会うことしか考えてなかったものですから……」
「じゃあリザードンを貸すよ」
「え、それでは貴方は……?」
エリカは不安そうに尋ねた。
「一応、ピジョット二軍で連れてきてるからそれで行くよ」
「成る程、周到ですのね」
エリカは合点が言った様子で言う。
こうして、エリカは頂上から、タマムシにへと向かうのだった。
かくして、四地方を巡る旅に出ることになったレッドとエリカ。
二人にはいったいどんな試練が待っているのだろうか……。
―第一話 月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり 終―
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