フリージング 新訳
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第34話 Goodspeed of the East3
前書き
お久しぶりです。いや、言い訳をさせてくてください。実は盲腸になってしまい入院していたんです。アレは本当にヤバイですねシャレになりませんでした……
ては、待ってくださっていた皆様、お待たせしました。
剣と剣がぶつかり合い、お互いの急所を狙い攻撃する。
カズトには手数が。キャシーにはリーチが足りていない。
それが戦いを長引かせているのだろう。
それでよかった。この戦いをどちらも終わらせたくはない。それほどまでに高揚し、永遠に続けばいいと思えるほどに心躍る時間だった。
だが、そんな時間でも終わりはくる。
「っ、ブハァッ‼︎」
先に長く続いてた剣戟の集中を途切らせたのはカズトの方だった。
張り詰めていた息を吐き出し、ほんの一瞬だけ隙を見せてしまった。
それをキャシーが見逃す訳もなく、一気に怒涛の連戟を仕掛けてくる。
絶え間なく襲いかかる斬撃の嵐に晒されながらもグラディウスを握りしめ必死に応戦する。
「グラァッ‼︎」
獣のような雄叫びを上げながら力任せにキャシーを弾き飛ばす。なんとか距離は作れたが、このままではジリ貧だ。限界が来るのはこちらが先。間違いなく詰んでいる。
ーだからお前じゃダメなんだよぉ……
耳の奥底に、気味の悪い声が響いた。すきあらば食ってやるとでも言っているかのようなその声に、思わず舌打ちを返す。
ー釣れないねぇ?だが、俺の言ってることは正しいだろうが。俺に変わりな。
黙れ、と小鬼の言葉を一蹴する。お前には頼らない。これは、自分とキャシーだけの戦いなのだ。
「なぁ、キャシーさん」
「なに?カズトくん」
カズトはグラディウスを腰だめに構え、まるで居合い斬りの様な体制を取った。
だが、距離は十m近く離れている。牽制の意味を持っているとしても、この距離では意味もない。そうキャシーは思っていた。
だからこそ、余裕を持って対応した。
しかし、それはカズトの発言により打ち砕かれる。
「飛ぶ斬撃を見たことってありますか?」
「……は?」
大真面目な声音とは裏腹に、カズトの口元には笑みが浮かんでいる。冗談とは思えない。
「飛ぶ、斬撃?」
「ええ。まぁ使える人は多いんでしょうけどね」
苦笑いしながらカズトは足を開き、体制を整える。すると、密閉空間だと言うのに、仮想空間だというのに、風が集まっていく。その中心点はキャシーではない。たとえイーストの神速と呼ばれる人だとしても、風を起こせるような力は持ち合わせていない。
風の中心点、いや、風が集まっていく場所にいたのは相対している少年だ。
ーこれは……⁉︎
キャシーには、カズトが何をしようとしているのか理解は出来なかった。だが、その行動が確実に勝負を決めに来ていることだけは理解できた。
先に行動を起こさなければ、獲られるのは自分だと分かっていた。だから、最大のアクセルで彼を先に叩かなければならない。
「もう遅い」
低い声音でカズトが宣言した直後、不可視の斬撃がキャシーを襲った。その重さは
今までの剣戟のどれよりも重い。
全てを断ち切るかのような意思が篭ったその斬撃は、どんな相手でも断ち切れる程の威力を有していた。
「ははっ…………」
ガクンと思わず片膝をつき、大きく肩で息をする。この一撃は、斬撃を飛ばすというだけでも相当な集中力を使う。それに必殺の力を込めたのだ。呼吸を整えるなという方が無理である。
この技は、カズハですら乱発をしなかったほどに体力を消耗する。だからこそ、絶大な威力を発揮するのだ。それが直撃してしまえば並大抵な相手ならば一撃で勝敗が結する。
「嘘だろ…………」
相手が、並大抵であればの話だが……
「まだ動けるのかよ」
「ええ。今のは驚いたわ。まさかSSSと同じ物を使えるだなんて」
スティグマ何たらというものをカズトは知らない。そんな物を、今知る必要はない。
必要なのは、カズトの攻撃が避けられたという結果だけだ。
いまの彼には、最早勝つための手段は無い。
「参った。降参だ」
「……へ?」
グラディウスを地に落とし、ヒラヒラと手を振った。それは降参のポーズ。突然のことに、研究員は唖然としてる。
「どういうつもりなの?」
「言葉通りの意味ですよ。もうクタクタなんで。ここらでお開きにしませんか?」
それに、と言いながらチラリと此方を観察している研究者達を見た。
「あいつらにタダでデータをあげるのも癪なので」
「……フフッ、面白いわね。あなた」
キャシーも納得したらしく、ボルトウエポンをしまった。その表情はどこか晴れやかだった。
*****************
「本っ当にごめんなさい‼︎」
模擬戦が終わった直後。カズトは学園長へと頭を下げていた。当の本人はそこまで怒っていないのだが、カズトとしては勝手な真似をしすぎた手前、謝らなくては気が済まないのだ。
「いいんですよ。相手側もデータはある程度取れたと言っていましたから」
「いや、それでも勝手な真似をしたのは事実ですから……」
ニコニコと笑顔が張り付いてはいるが、内心怒っているのがヒシヒシと伝わってくる。普段優しい人ほど怒ると怖いのは万国共通のようだ。カズハも怒るとこんな感じになっていた気がする。後がひたすらに怖いのだ。
「まぁ、相手側からもぐちぐち言われたのは事実ですし」
「うっ…!」
「いやらしい目で見られたのも事実ですし」
「うぅっ…!」
「金銭ではなく体を対価にと言われたのも確かです」
「それ本当なんですか⁉︎」
「ですが、全く私は気にしていませんので、あしからず」
「嘘だ!絶対に気にしてる‼︎」
その笑顔の裏には何が隠されているのか聞きたくもない。
恐怖で顔が引きつっていると、学園長の裏のある笑顔がいつもの優しい笑顔に戻っていった。
「はい。いつもの調子に戻りましたね」
「え?」
「先ほどから何か思い悩んでいたように見えたので、からかってみました」
まるで母親のような雰囲気に、カズトは思わず息を呑んだ。
「そう……ですね。忘れてました。絶対に勝てない相手のことを……」
学園に来てから、負けるという経験を今までしてこなかった。イングリットとの戦闘でも、ギリギリとはいえ勝ったし、負け犬三人衆にも苦戦すらしなかった。だから、驕り高ぶっていたのかもしれないことを、一位という絶対的強者に打ち砕かれたことで実感させられたのだ。
「まだまだ、未熟です」
「そうですか。それでは、帰るとしましょう」
憑き物を落とされたような気分になりながら、カズトは学園長の後をついていく。
その先には、来る時に使ったヘリコプターと、手提げ袋を持った一人の女性が佇んでいた。
「キャシーさん?」
「あ、カズトくん。もう帰るのかしら?」
「え、ええ。もう用事も終わったので。キャシーさんは何を?」
「私は……」
そう言いながら、キャシーは持っていた手提げ袋から本を取り出した。
それは、今朝キャシーが読んでいてカズトが面白いのかと聞いた本だった。
「これ、よかったらあげるわ」
「え、いいんですか?」
「ええ。私は他にもストック持ってるから」
どうやら観賞用、布教用と分けて持っているらしい。
「でも、なんで急に?」
それがカズトには気になった。彼女とは今朝に出会ったばかりで、こんな風に何かを貰うような間柄ではないはずだ。
「貴方は、自分には何もないと思ってない?」
いきなり自分の考えていたことを的確に言い当てられ、カズトは目を見開いた。それを見てキャシーは哀しそうに笑う。
「私には、貴方に何があったかなんて分からないけど、それでも貴方は空っぽなんかじゃないわ」
優しく笑いながら、彼女はその本をカズトに渡した。
「何かを面白そうと思う心があるなら、空っぽなわけないじゃない」
カズトはその本を受け取る。
確かに、それもそうかもしれないと思い、キャシーに答えるように笑った。
「……ありがとうございます。この本、読ませていただきす」
「ええ。感想、聞かせてね」
また来るのは、当分先のことだろう。その時までに、自分は自分の仲間達と、そしてサテライザーと共に見つけていくとしよう。
その時は、誰にも考えられなかった。
近いうちに、災厄が舞い降りるという事に。
「さぁ、ひれ伏せ愚民ども」
後書き
いかがでしたか?皆様の望むような展開になっていたでしょうか?キャシーさんの可愛さを表現するのが難しい……
次回はキャシーさんのターンです。
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