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影男

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1部分:第一章


第一章

                        影男
 付き合うのは二人、男が一人に女が一人。
 しかし好きになるのはそうとは限らない。好かれる相手が一人であるとは限らない、これが世の中の実に難しく厄介なことの一つである。
 ジュゼッペ=ゴッツイとサリナ=ワカモトはそれぞれシカゴで生まれ育った。そして今もシカゴに住んでいる。ジュゼッペはイタリア系で黒い髪と目に陽気ではっきりとした顔立ちをしている。如何にもラテン系のその顔で性格も実に明るく楽しい人間として有名である。縮れた髪を上にあげている。
 サリナ=ワカモトは日系人である。彼女も黒い髪と目であるがその顔はジュゼッペに比べれば平坦なアジア系の顔をしている。しかし眉の形が流麗で全体的に整っている。黒いその流れる様な髪を後ろで束ねている。ジュゼッペの仕事は自動車の修理屋でサリナは喫茶店を経営している。そんな二人だ。
 二人が知り合ったのはジュゼッペが彼女の喫茶店に入ったのがはじまりだ。彼はその店に入ってまずは面食らうことになったのであった。
「何だこの店は」
「何かおかしい?」
 サリナがすぐにカウンターから述べた。
「一体何処かおかしいかしら」
「木のがっしりした椅子とテーブルに木の床と屋根?」
 そして紙の札に何か太い手書きの文字で品物が書かれている。アルファベッドであるがそれでもそこにあるのはアメリカではなかった。
 そこにあるのが何か。彼はすぐにわかった。つなぎの作業服を着たままでカウンターに向かいそこにいる彼女の前に来てである。
「日本かい」
「そうよ、日本よ」
 まさにそれだと答える彼女だった。
「私のパパとママの祖国なのよ」
「それであんたは違うのかい」
「こっちで生まれたからね」
 こう答えた彼女だった。今はカウンターの中に立っているだけである。
「それにパパとママももう国籍はアメリカよ」
「日系アメリカンってわけだな」
 ジュゼッペは席に座りながら述べた。そのカウンターもアメリカの普通の喫茶店とは違っていた。黄色い系統の色の木であり何処か白いものを感じさせる。そこに座ってそのうえで彼女と話を続けるのだった。
「つまりあんたは」
「そうよ、日系人よ」
「成程ね。名前は?」
「サリナよ」
 彼女はにこりと笑って彼の問いに答えた。
「サリナ=ワカモトっていうのよ」
「まさに日系人って名前だな」
「それであんたはイタリアンね」
 今度はサリナから言ってきた。
「そうね。イタリアンよね」
「ああ、そうさ」
 彼は笑って彼女の今の言葉に応えた。応えながらその手にオーダーを見る。見ればそれも手書きで色々と書かれていた。
「顔見ればわかるだろ。イタリアンさ」
「そうね。それで名前は?」
「ジュゼッペ=ゴッツイさ」
 気さくに笑って答えた。
「それが俺の名前ってわけだ」
「そう、ジュゼッペね」
「そう呼んでくれていいさ。あんたはサリナでいいかい?」
「ええ、それでいいわ」
 サリナも気さくに笑って返した。この辺りのやり取りが如何にもアメリカらしかった。初対面ではあるが砕けて飾りのないものである。
「それでね」
「わかったぜ。それでサリナよ」
「何、ジュゼッペ」
「この店のお勧めは何なんだい?」
 今度は店のことを尋ねたのだった。
「見たところ変わったものも混ざってるけれどな」
「ああ、うち和風喫茶店だからね」
「だから日本のものが多いってわけかよ」
「そうよ」
 まさにそうだというのである。
「日本だからね」
「そう、日本だからか」
「日本のは美味しいわよ」
 ここで誘う笑みになるサリナだった。明らかにそうしたものを頼んで欲しい、そうした感情がそのまま顔にも出ている、そんな状況だった。
 
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