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髑髏の微笑み

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5部分:第五章


第五章

 とりあえずまだ意識はあった。彼はエミーのいる夫婦の部屋に戻ることにした。
「エミーもまだ気分が悪いだろうしな」
 ディックはふらふらとした足取りで歩きながら呟いた。
「初夜は無理かな。俺もこんなのだし」
 そんなことを考えながら部屋に入って行く。部屋の扉を開けると真っ暗であった。
 その中に大きなベッドだけが見える。そこにはエミーがいる筈である。
「やっと二人になったね」
 ディックは部屋の中に入ってエミーに声をかけた。
「これからはずっと一緒だよ」
 優しい声である。それに妻が起きていれば応えてくれる筈だった。だがそうはならなかった。
「残念だがそうはならないな」
「!?」
 それはエミーの声ではなかった。というよりは女の声ですらなかった。しわがれた男の声であった。少なくともここにあっていい声ではなかった。
「誰だ、悪戯か!?」
 ディックは酔いが醒めてくるのを感じていた。そして声の主に尋ねた。
「エミーは何処に行ったんだ、御前は誰なんだ」
「まあ落ち着け」
 声はまた言った。
「そんなのではまともに話もできんだろう。まずは灯りだな」
「あ、ああ」
 言われて少し落ち着いてきた。側のテーブルにあったランプに火を点けた。
 これで部屋の中が明るくなった。そこに映し出されていたのはベッドの上に浮かび上がる髑髏であった。
「な・・・・・・」
 白い髑髏がベッドの上に浮かんでいる。ディックはその髑髏を見て思わず息を呑んだ。そしてその髑髏を見た恐怖によりまた酔いが醒めてきた。
「驚いたか?わしの今の姿に」
「驚くも何もないだろ」
 ディックは髑髏に対して言った。
「これはどういうことなんだ。そして御前は誰なんだ」
「まずはわしのことから言おうか」
 髑髏はディックに応えてこう述べた。
「わしは以前君の奥さんの亭主だった」
「何だって!?」
 これはディックにとっては青天の霹靂であった。
「エミーが結婚していただなんて」
「やはり知らなかったか」
「初耳だよ、そんなの」
 灯りの中に浮かび上がる髑髏を見ながら言った。そこにある影がゆらゆらと揺れていた。髑髏の動きに合わせて。
「彼女は。人殺しなのだ」
「人殺し・・・・・・」
「人を殺すことにな。異常に喜びを見出す。そんな女なのだ」
「殺人鬼ってわけか」
「そうだ。おそらくわしの前にも何人も殺しているだろう」
「何人も」
「わしは村の地主だったがな。男やもめに飽きたところで彼女と知り合い結婚したが」
「殺されたのか」
「結婚して暫くだった。寝ているところを鉈で首を切られた」
「それであんたはそんな姿になっちまったのか」
「そうだ。これでわかったな」
「ああ、あんたのことはな」
 ディックは答えた。
「このままだと俺もそうなってたんだな」
「おそらくはな。どういう殺され方をされたかまではわからないが」
 髑髏は言う。
「わしと同じ運命だっただろうな」
「殺されてたてことかよ。ん!?」
 ディックはここまで聞いたところで気付いた。
「そういえば」
「彼女か?」
「ああ、何処に行ったんだ」
「彼女なら逃げたよ」
「あんたのことに気付いてか」
「そうだ。だが心配はいらぬ」
 髑髏はカタカタと歯を鳴らして笑った。
「わしはあの女の居場所ならすぐにわかる」
「そうなのか」
「左様。だから何処に行っても必ず追いついてやる。必ずな」
「しかし。あんたがエミーに殺されたなんてな」
 これがまだ信じきれなかった。
「しかも髑髏になって」
「あの女はそれが趣味なのだ。人を殺してその血に塗れることを最も愉しむ」
「頭がおかしいのか」
「そうだろうな。悪魔に取り憑かれているかも知れぬ」
「俺はその女と結婚するところだったんだな」
「わしが来ていなければな。危なかったな」
「ああ、そのことは有り難うな。ところで」
「何だ?」
「もう行くのかい?あんたは」
「ここに留まる理由はないからな」
 髑髏は言った。
「すぐにでも行かせてもらう」
「そうか、じゃあ頑張りな」
 ディックはそう声をかけた。
「自分の仇を取りたいんならな」
「そうだな。ではそうさせてもらおう」
 髑髏はそれに応えて述べた。
「ではな」
「ああ。できれば今度会う時はこんな形じゃなかったらいいな」
「ふふふ、確かに」
 髑髏は彼の言葉を聞いて笑った。表情の無い筈の髑髏が微笑んだように見えた。
「今度会う時は天国だ」
「ああ、そうか」
「そこで会うとしよう」
「その時は飲もうぜ、バーボンをな」
「わしはバーボンはあまりな」
「じゃあ何だい?」
「ビールがいいのだ」
「わかった、じゃあそれで一緒に飲もうぜ」
「うむ、それでは」
 髑髏はすうっと姿を消した。その後には影も何もなかった。ディックだけがそこにいた。彼はその揺れる影さえも消えてしまった髑髏を何時までも見ているのであった。
 エミーは逃げたことになった。周りの者は彼に同情していたが本人は至って平気な顔であった。
「よお」
 そんな彼にリーが声をかけてきた。
「久し振りだな」
「そういやそうだな。何処に行ってたんだい?」
「ああ、一緒にここに来た奴の手伝いでな。店を作ってたんだ」
「店をか」
「国の食べ物だ。出来たら来てくれ」
「ああわかった。清の料理か」
「美味いぞ」
 リーはそう答えて満面に笑みを浮かべた。
「清の料理はな。ちょっと違う」
「そうか。それは楽しみだぜ」
 ディックもそれを聞いて満面に笑みを浮かべさせた。やはり美味しいものというと期待するのが人というものである。
「じゃあできたら呼んでくれ」
「ああ、それにしても晴れた顔になったな」
「そうかい?」
「あの不吉な相が奇麗に消えている」
 リーはディックの顔を見て言った。
「危機は去ったな」
「そうか、それは何よりだ」
 その危機が何なのかはわかっている。それを聞いたうえで顔を綻ばせていた。
「じゃあな。後は大丈夫だからな」
「ああ」
「店が出来たらそれから避けられた祝いだ。いいな」
「わかったぜ。じゃあどんどん奢ってくれよ」
「金はあまりないがな」
「ちぇっ、しけてやがんな」
 最後にそんな話をした。そして別れる。ディックは不気味な髑髏にその命を助けられ不吉なものから逃れることができたのであった。


髑髏の微笑み   完


                 2006・10・1

 
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