八神家の養父切嗣
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
十五話:血染めの銃弾
闇の書の主と思われる男の登場に騒然とする場。
中でも最も事情が呑み込めていないヴィータが男に食って掛かる。
(なんで切嗣がここにいるんだよ!? それより……ばれたのか?)
(家族を助けに来た。ここにいる理由はそれだけだよ。詳しい話はここを脱出してからにしよう)
(そっか……絶対に巻き込まないって決めてたのにな)
自分達が巻き込まないようにしていた者にばれたことに肩を落とすヴィータ。
何があっても罪を被らせる気はなかった。だが、こうなれば罪から逃れることはできない。
そのことが何よりも優しい彼女を苦しめた。
「闇の書の主さん、教えてください! どうして…どうしてこんなことをするんですか!?」
鍵となる人物の登場になのはは声を張り上げて尋ねる。
どうして誰かを傷つけるような真似をするのかと、どうして友達を傷つけるのかと。
今すぐにでもフェイトの元に駆けつけたいがヴィータがそれを許すとは考えられない。
故に悲しみに身を震わせながら叫ぶのだ。
(お父上、何故お父上が闇の書の主と?)
(さてね。大方このタイミングで現れたから誤解しているんだろう。だが、丁度いい。このまま君達は僕を主として振る舞ってくれ)
(しかし―――)
(大丈夫、それがはやての為になるから)
何よりも優先すべきはやての為になる。その言葉は麻薬のように騎士達の脳をマヒさせる。
正常な思考を奪われ、ある意味で本来のプログラムに戻ったかのように何の疑いもなく受け入れる。嘘をはかれていることを知ることもなく。その異常さに気づくこともなく。
全てを知れば絶望するしかないにも関わらず。
騎士達は主の為と信じてその主の首を絞め殺していく。
「全てはただ一つの願いの為に」
「ただ一つの……願い?」
切嗣は自信を闇の書の主と偽るためにワザと返事を返す。
相手に主であると勘違いさせることで視野を狭めさせる。
人は一度そうであると決めつけてしまえば疑う事を知らない。
切嗣から病気で歩くことも出来ない少女が真の主であると考えられる人物が果たしているだろうか? いや、いない。
徐々に潜伏場所を突き止められているのが現状。
そこからはやての存在を隠し通すにはこれが最善の手である。
ヴォルケンリッターは捕らえられようが、死のうが主が望めば再生させられるのだ。
そうなれば、最も重要なのは闇の書と主の確保。
それが為されている限りはこちらの優位は揺らがない。
「それって、何なんですか?」
「何があろうと変わることない願いだ」
「そういうことじゃなくて!」
ただ一つの願い。
ヴォルケンリッターにとってはそれは主はやての幸せ。
切嗣にとっては誰もが幸福で争いなどない恒久的な世界平和。
嘘など一言も言っていない。
だが、シグナムとヴィータは切嗣も同じ願いを抱いているのだと疑いもしない。
両者の願いに決定的な違いがあることを知ることすら出来ずに。
「無駄話が過ぎたようだ。シグナム―――奪え」
「し、しかし……」
リンカーコアを奪えという指示に戸惑いを見せるシグナム。
それが目的で戦っていた。しかし、このような結末での勝利など望んでいない。
自身の剣で打ち果たした後に奪うことを目指していた。
こんな事は彼女の本意ではない。
(大丈夫、奪っても殺さない限りは一週間もすれば回復するよ)
(そう…ですが)
(君は何も悪いことはしていないよ。だって全ては―――はやての為だから)
甘く囁くように、毒を流し込むように、シグナムの心を傾けさせる。
彼女の甘さを叱責するわけでもなく、非難するわけでもなく、誘導する。
誰かの為という言葉で自身を正当化する誘惑。
人を地獄の底へと誘う魅惑の言葉。それは悪魔の囁きであった。
「……はい、わかりました」
「フェイトちゃん!」
「ここは通さねえ!」
甘言にそそのかされてフェイトの元に歩みを進めていくシグナム。
なのははそれを止めようと必死にもがくがヴィータが許すはずもない。
先程まですぐ傍に感じられていたが今は果てしなく遠く感じられる距離をゆっくりと詰める。
友を想い上げる叫び声をどこか遠くに聞きながら手を伸ばし魔力の象徴を奪い取る―――
「悪いが、そう上手くはいかせない」
その瞬間に背後に転移してきた黒いバリアジャケットの少年に杖を突きつけられる。
反射的に側方に転がるように飛び込みその範囲から逃れるがリンカーコアの蒐集は絶望的だろう。
フェイトを庇うように立つ少年には二人の少女のような甘さはなく歴戦の魔導士の風格を漂わせているのだから。
「時空管理局、次元航行部隊アースラ所属執務官、クロノ・ハラオウンだ。君達をロストロギア、闇の書の所持及び使用の罪で逮捕する」
「クロノ君!」
【なのはちゃんとフェイトちゃんが時間を稼いでくれたおかげで何とかクロノ君が間に合ったんだよ!】
エイミィの素早い連絡により、現場に駆け付けることに成功したクロノの姿になのはが声を上げる。
逆に切嗣は内心で無駄話をしすぎたかと苦虫を噛み潰したような顔をする。
駐屯所の管制システムをリーゼ達にクラッキングさせてダウンさせることも出来た。
実際、当初はリーゼ達もそのつもりであった。しかし、切嗣がそれを止めた。
リーゼ達のクラッキングは内部から行うもので防壁や警報を素通りしてシステムをダウンさせる。
一見すれば何が悪いのかというところだが、常識的に考えればそれは不可能だ。
これがスカリエッティであれば造作もなくやってみせるだろうがあれは普通ではない。
そうなれば、犯人は自然と内部犯となる。
信頼の厚いリーゼ達が疑われる可能性は低いがそれでもゼロではない。
何より、自分の姿をしっかりと見せることで闇の書の主と誤認させる意図もあったのでやらせなかったのだ。
それらも踏まえ、管理局の情報を筒抜けにできるという利点を失う可能性を徹底的に排除したことが裏目に出る結果となってしまった。
(シグナム、ヴィータ。僕が合図をしたらすぐに離脱を図ってくれ)
(何かあるのか、切嗣?)
(勿論、君達とは違って少々汚い手になるけどね)
(……分かりました。合図をお願いします)
しかし、この程度の不足の事態で魔導士殺しは揺らがない。
クロノが到着したということは結界魔導士の到着も近いという事である。
すぐさま思考を離脱に切り替えて指示を出す。
幸いこちらは三人で相手は二人。全員を捕えることは難しい。
そして、クロノさえどうにかしてしまえば、疲労しているなのはを振り切るのは難しくはない。
(なのは、全員を捕えるのは無理だ。結界班が来るまでの足止めが最優先だ。それも主を重点的に狙ってだ。主が逃げられない以上は騎士達も逃げられないはずだ)
(分かった、クロノ君)
だが、クロノとて伊達に執務官をやっているわけではない。
的確な指示を出して逃げられないように見えない包囲網を張る。
ここで、取り押さえて闇の書の事件を終わりにするという強い意志の元、切嗣を睨みつける。
しかしながら、彼は理解していなかった。魔導士殺しの―――辛辣さを。
「クロノ・ハラオウン、どうやら父親と同じで―――犬死にしたいらしいな?」
「―――ッ!」
それまで冷静さを保っていたクロノの顔が僅かばかりに歪み、構えたS2Uが揺れる。
わざと挑発することで作り出した隙に乗じて切嗣は離脱の合図を出す。
その場から離れていく騎士達。
しかし、なのははそれに目をくれることもなく切嗣に誘導弾を飛ばしていく。
クロノの指示通りに動けば騎士達は逃げられないと思って。だが。
(お父上!)
(切嗣!)
(心配はいらない。君達ははやてを―――主を守るんだ)
((……ッ!))
クロノ作戦は前提から崩れているのだ。切嗣は主ではない。
故にシグナムとヴィータは己の未熟さに歯噛みしながらもはやてを優先し、転移していく。
驚く二人をよそに切嗣も動き始める。
何も、自分が生贄になってこの場を乗り切ろうなどという殊勝な考えではない。
誘導弾が迫りくる中、ニヤリと不敵な笑みをこぼす。
「固有時制御――二倍速!」
告げられる言葉は自らの体内を流れる時を制御する為の暗示。
神経の反応・伝達速度、筋肉の応答速度、体内活動全てを高速化させるレアスキル。
体質故に普通の高速移動魔法が使えぬ切嗣唯一の高速機動の方法であり、固有。
通常の二倍の速度で動くことが可能となった肉体でもって誘導弾を避けていく。
「速い…っ。でも、追えないわけじゃない!」
なのはの言うように固有時制御は高速移動が可能であるが決して追えない訳ではない。
特に高速機動を得意とするフェイトと何度も戦ってきたために、ただ速いだけであるのならば敵ではない。
だが、魔導士殺しに真っ当な戦闘を期待するのは間違いだ。
相手に弱点があるのならば徹底的にそこを突く。
「狙いはフェイトか!」
「フェイトちゃん!」
気絶したまま動くことが出来ないフェイトに向け、キャリコを向ける。
それに気づいたクロノがすぐさまバリアを張り、防ぐ。
しかし、それこそが魔導士殺しの狙いだ。
動けぬ味方は戦場では荷物にしかならない。
助けようと思えば動きを阻害され攻撃を受け続けなければならない。
誘導弾に当たらぬ様に動きながら弾幕を張って、牽制を行いながら右手にコンテンダーを構え標準を定める。
「トンプソン、カートリッジロード」
30-06スプリングフィールド弾型のカートリッジは通常よりも多くの魔力が込められている。
さらに、実弾として使用することもでき、切嗣の奥の手を除いては最大の火力を誇る。
そんな一発の弾丸が銃口から放たれる。
通常のカートリッジの使用は基本的に派手な技を使う際の魔力を補うものだ。
しかし、切嗣は全ての魔力を一発の弾丸の威力を底上げする為だけに使用する。
種類としては直射型、貫通性を極限まで高めた一撃。
辺り一帯を消し飛ばすような派手さはない。
だが、しかし―――如何なる防壁であろうと貫き、敵を穿つ力はある。
『Penetration shot』
それは威力そのものよりも、人間を貫き、撃ち殺すことだけを目標として作られた魔法。
フェイトの前から動くに動けないクロノのバリアを何も無い様に弾丸が貫いていく。
彼が目を見開いたときには既に遅く、その左肩には無残な風穴が空けられていた。
一瞬の間の後に赤い血潮が噴き上がり砂の大地を赤く染め上げていく。
「ぐぁああッ!?」
「クロノ君ッ!」
「ぐ…っ、僕のことは後回しだ! それよりも闇の書の主を!」
肩を打ち抜かれた直後だというにも関わらず歯を食い縛り指示を飛ばすクロノ。
窮持にこそ冷静さが最大の友。この少年は教えられた言葉を今まさに実践しているのだ。
気丈な姿にこの年でよくやるものだと半ば感心する切嗣であったが体は既に逃亡の構えを見せている。その気になれば先程の一撃で殺せたのだがやはり殺さない方が、メリットがある以上は逃亡の為の時間稼ぎで限界だ。
「アクセルシューター、あの人の周りを囲んで!」
そう言った原因もあり、何もかもうまくいく事などない。
クロノの指示を受けたなのはが無数の誘導弾を切嗣の周りに集結させ始める。
先程の速度であればもう抜け出すことは叶わない距離を取り、若干、安堵の息をつくなのは。
だが、それは余りにも短絡的な思考だった。
「固有時制御――三倍速」
その瞬間、切嗣の手にした時間は他の者達の三倍であった。
なのはの視野から掻き消えるように姿を消し、あっという間にその場から離脱を果たす。
そして、同じく三倍の速度で転移の魔法陣を完成させてそこで加速を止める。
「制御解除!」
「い、いつの間にあんなところまで。でも……苦しそう?」
余りの高速機動に目を見開くなのはだったが同時にある事に気づく。
それは切嗣が血の滲んだ手で苦しそうに胸を抑えていることであった。
固有時制御はその気になれば自分の体内に流れる時間を何倍にもできる。
しかし、そこには相応のリスクがある。
速くすればするほど、遅くすればするほどに本来の時間の流れに戻ろうとするフィードバックが発生するのだ。
二倍であればバリアジャケットの保護もあり動悸が激しくなる程度で済む。
だが、三倍になれば心臓が激しく痛み、毛細血管がちぎれる。
四倍にもなればその後の戦闘活動はほぼ不可能といえる重傷を内部に負う。
普通の移動魔法と併用できれば一番いいのだが、このレアスキルの影響か習得ができない。
中々に扱い辛い難しい能力となっているのである。
「転移!」
「ま、待ってください。闇の書の主さん!」
待てと言われて待つ人間などいない。その例に漏れず切嗣もこの世界から姿を消す。
逃がしてしまったことに落ち込みかけるなのはだったがすぐにクロノの様子が気になり駆け寄っていく。
「クロノ君、大丈夫? 死んだりしないよね?」
「死ぬほど痛いがこの程度じゃ死なないさ。それにフェイトも守りきれた」
「よかったぁ……。でも、闇の書の主さんを逃がしちゃった……ごめんなさい」
一応の無事を知りホッとするなのはだったがすぐに主を逃がしたことを謝る。
一方のクロノは謝罪を聞きながら止血を行い、事の結末を報告する。
その上で何やら地面にしゃがみ込み、傷ついていない右腕で何かを拾い上げる。
「別に君のせいじゃない。相手の策を読み違えた僕が悪い。それに……主の正体は掴めそうだ」
そう言ってクロノはなのはに手を差し出してみせる。
―――己の肩を貫いた血染めの銃弾を乗せて。
後書き
固有時制御はレアスキルでいっそのこと切嗣はそれ以外に高速移動ができない体質にしました。
魔法だと便利過ぎるのでこっちの方がらしいかなと。
レアスキルなのはやっぱり元が固有結界なのでそれぐらいのレアさだよなと。
参考意見を下さった皆様、本当にありがとうございました。
ページ上へ戻る