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相模英二幻想事件簿

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山桜想う頃に…
  Ⅴ 同日 PM2:21



「だから…さっきも言った通り、私達はあの旅館へ泊まりに来ただけで、今日だって桜のある場所へは行ってません。」
「それじゃ、何で君達に花弁が付着していたんだ?ありもしない花弁が、突然降ってきたとでも言うのか!?」
 松山警部は机を叩きながら吠えている…。
 ここは警察署の一室。無理矢理連行された挙げ句、私達は何だか犯人扱いされていた。藤崎も無論、この無意味な時間の浪費に、うんざりした表情をはっきりと見せていた。松山警部はずっととんちんかんな質問ばかりを繰り広げているし、全く収拾が着かない状態だ。
「それに関しては、私達も分からないので答えようもありませんよ!」
 さすがに私もキレてしまい、最後には声を荒げた。すると、松山警部も負けじと怒鳴り声を上げた。
「分からん筈はないだろう!大体、お前は何だ?探偵なんて…胡散臭いにも程がある!そっちの藤崎だって音楽家だと?お前ら、警察をおちょくってんのか!?」
 あぁ…一体、どう説明すれば解ってもらえるんだ?松山警部は何故だか私達が女将を毒殺したと思い込んでるしなぁ…。状況証拠なんて桜の花弁一枚だったのに、この警部…無理矢理にでも私達を犯人に仕立て上げるつもりなのか…?隣の藤崎は、ずっと話もせずに眠たそうに頬杖ついてるし、あまり良い状況ではないな。
「警部。先程も話した通り、僕達は単に旅行に来ただけです。藤崎が近くで演奏会をやるからと誘われ、たまたまあの旅館に泊まっただけなんですから。」
「もういい!こんなんじゃ埒が明かんは!佐野、こいつら一晩ここへ泊めてやれ!」
 全く、なんて横暴な!こっちだってもううんざりだっての…。しかし、このままではこちらの身元も確認してもらえそうになかったため、私は松山警部に言った。
「済みませんが、電話を掛けさせて頂きたいんですが…。」
「ダメだ!どうせ状況隠しやら口裏合わせで、仲間に連絡しようってんだろ?」
 …最悪だ。よくもこんな人物が警部になんかなれたもんだ。何とかならないかと藤崎を見たが、藤崎は何とも無げに言った。
「英二、諦めろ。この手の人種に言ったって、どうこうなるもんじゃないさ。ま、明日の朝にでも直ぐに解放されるだろうがな。」
「…なぜだ?」
 藤崎の言葉に、私は首を傾げて問った。藤崎は何かに気付いてる…いや、知っているのかも知れないが、こっちは何がどうなっているのかさっぱりなのだ。
「ま、いいから…。」
 藤崎はそう言って会話を切ってしまった。私が再び話し掛けようとすると、松山警部が「黙ってろ!」と怒鳴りながら、早く連れて行くよう佐野さんを急かすのだった。
 まさか…任意同行させられた挙げ句に、留置所へ宿泊させられるなんてな…。どこぞの血気盛んな少年じゃあるまいに、どうしたらこうなるのやら…。
 私は深い溜め息を吐きながらそこへと入った。勿論、藤崎も一緒にご宿泊だ。
 しかし…今から思えば、無理にでも出ていれば良かったと思う…。

 さて、留置所に入れられたはいいが、別に何をすることもないため、私達はぼけっと時間が過ぎるのを待っていた。
 そんな中、ある人物がこそこそしながら私達の所へとやって来た。
「お二人共、本当に申し訳ない。」
「佐野さん、何であなたが謝るんですか?」
 私達は訝しく思って佐野さんを見た。松山警部が謝罪に来るのだったら話は分かるが、佐野さんは単なる一警官に過ぎない。わざわざ上司である松山警部の目を盗んでまで、こんなとこへ謝りに来る必要は無いと思うんだが…。
「あの…松山警部なんですが、実は別件でこちらへいらしてるだけなんです。それと重なるように今回の事件が起きてしまい、これが解決しないと戻れないんですよ…。」
 私は呆気に取られたが、隣で藤崎は苦笑いしている…。こいつ、いつから気付いてたんだ?やはり、藤崎の方が探偵の素質があるんじゃないか?
「すると…どうしても犯人を挙げないと、降格させられると?」
「まぁ…そうなるかも知れないと、本人は考えているようですが…。」
「なるほどねぇ…。」
 これで何となく見えた気がした。松山警部は、かなり焦っている御様子だ。しかし…なんて間の悪い人だろう。こんな事件、滅多にあるもんじゃないってのに巻き込まれるなんてな…。
「それで…本当になにかあるんですか?」
「何がですか?」
 佐野さんが目を輝かせながら聞いてきたが、私達は何を聞いてるのか分からずに首を傾げた。すると、佐野さんは「桜のことですよ!」と言ってきたので、私達は溜め息を洩らしたのだった。それを受け、黙ったままだった藤崎が口を開いた。
「あるにはあるが…言ったとこで信じてはもらえないし、何の証拠にもならないよ。」
 藤崎にそう言われた佐野さんは、「どうしてですか?」と聞いてきたので、藤崎は仕方無さそうに答えた。
「君、霊って信じるかい?」
「は?霊…ですかぁ?」
 佐野さんは露骨に怪訝な顔をした。藤崎はそれを見て、これで話は終わりとばかりに言った。
「だから言わなかったんだよ…俺はな。」
「と言うと…まさか、幽霊が人を殺した…なんて言いませんよねぇ…。」
 佐野さんが予想に違わぬ反応を示したため、藤崎は溜め息を吐いて寝転がったのだった。私は苦笑いするしかなかったが、信じない人間に話したとこで、こうして不審がられるだけだと分かっていた。
 まぁ…警察からすれば、こんな話はでっち上げた空想の産物くらいにしか聞こえない。いや…大概の人間はそうだろう。見えず、聞こえず、感じることも出来なければ、人間はそれを現実とは認めない生き物だ。善だろうと悪だろうと、それは同じだと言える。それを松山警部なんかに聞かせたら、顔を真っ赤にして怒るだろうことは想像に難くない…。
「で…本当は何があったんですか?」
 佐野さんはどうにか気を持ち直して再度聞いてきたが、こんな調子では埒が明かない。すると、寝転がっていた藤崎がひょいと起き上がって言った。
「明日になれば分かると思いますよ?」
「…?」
 その答えに、佐野さんは首を傾げて「どうしてです?」と聞き返したが、藤崎は再び寝転がっり、それ以上言葉を返すことはなかったのだった。
 小さな窓から入る光は紅みがかり、夕暮れの刻を知らせていた。
 私と佐野さんは、何も無いと言った風にごろんと横になっている藤崎を見詰めていたが、彼が最後に言った言葉が胸の奥に引っ掛かっていた。
 それはとても妙な感覚で、まるでこれから嫌なことが起こる様な…そんな予感にも似たものだった。
「ねぇ…相模さん。また何か起こるなんて…無いですよねぇ…。」
 不安げに佐野さんが聞いてきたが、私には何とも答えようがなかった。探偵なんてやっていると、こういう勘だけは鋭くなるのだ。

- 必ず…何か起こる…。 -

 それは確信に近いもので、何も起こらないとはとても答えられなかった。
 だが、目の前ですがるような目をしている佐野さんを見て、私は仕方無く口を開いた。
「きっと…大丈夫ですよ…。」
 呟くようにそう言うと、私は紅い光の射し込む小さな窓へと目をやった。
私の言葉はまるで祈りのようであり、それきり佐野さんから言葉が返ってくることはなかったのだった。



 
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