暴れん坊な姫様と傭兵(肉盾)
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08
前書き
( ´∀`)ゞ「(今更ながら)傭兵始めます」
「それじゃあ行ってきます」
我が家のように慣れ親しんだ(つもりの)宿に手を振って出立する。
暇をしていた店主のエメリッヒと、看板娘のエマちゃんが送り迎えしようと入口まで来てくれた。
自分が泊まる宿には、人気の少ない空気で閑散としていた。
夜の顔である酒場の時は人が一杯でごった返ししていたが、朝の顔になるとただの宿なのでほとんど客らしい客はいなかった。
代わりに、酔い潰れて宿部屋に放り込まれていた客が目を覚まし、宿に金を落として早々に帰宅していく姿をチラホラと見かける。
「ふむ、そうして見ると一応は傭兵だね」
宿の店長であるエメリッヒはそんな事を言ってきた。
今の自分の姿は見た目だけでも傭兵らしくなっている。
お財布様からなけなしの金を使い、何とか安物の防具と安物の剣を購入して最低限の装備を揃える事が出来た。
少なくとも胸周りを守る防具と剣一本あれば、何とか傭兵として見てくれる。
まさか、素手で戦えるわけがないからね…。
ん?
「本当に傭兵だったのね」
「…信じてなかったの?」
エマちゃんは本当に今更ながらそんな事を言ってきた。
かれこれ一週間も滞在しているのに、最初の時でも、面談が通った時も、指示書が来た時も、事あるごとに傭兵だと自己主張していたのにいまいち信じてもらってなかったようだ。
「剣も無いのに、店にやってきてご飯を食べて倒れるから新入りの浮浪者か何かかと思ったわ」
うぐぅ……。
エマちゃんの言葉の毒が痛い。
けれど否定できない。
いや、そう言われる理由もわからないわけじゃない。
最初にこの宿を訪れた時はかろうじて胸当てだけは残っていた。
しかし昨日に至るまで武器も防具もない格好だったのだから、もはや傭兵とは呼べないような有様だった。
だが先日防具と剣を購入し、本日ちゃんと装備してお披露目したことで、ようやく傭兵レヴァンテン・マーチンとして認識して貰えたというわけだ。
悲しい…。
「で、これから戦いに行くんでしょ? すぐに死んだりしない?」
「すぐに戦うわけでもないし、整理するだけの仕事だからそうそう怪我したりはしないよ」
傭兵とは戦があれば突っ込む命知らずと思われがちだけど、全部がそうというわけではない。
傭兵は確かに雑兵として雑に扱われる事も多い。
だが大規模戦闘でもなければ、やはり傭兵だって命は惜しいから自分の命を大切にはするものだ。
その中でも、自分の命を優先してなるべく距離を置いたりして小金を稼ぐような安全重視タイプの傭兵もいるのだ。
まぁ、命令指示書から与えられた任務は国境警備なのだから、そう頻繁に戦闘に起きるとは限らないだろう。
戦闘に参加するかもわからないんだし、働く前から怪我する心配なんてしなくても大丈夫大丈夫。
ん?
「何事も怪我しない方がいい。 死にそうになったら逃げ帰ってきてもいいからね」
「はい、ありがとうございます」
本当にエメリッヒ店長はダンディーだ。
無理に引き止めず、命あっての物種である事を促すだけに留めて、さり気なく気遣ってくれる所が渋い。
うん、安心してください、いざと言う時は逃げますから! 隠れますから!
「でも金を持っていなければ宿に戻ってこなくてもいいからね~」
「エマちゃん、ひどい」
看板娘のエマちゃんはすかさず毒をインターセプトしてくる。
反射的に嘆いたけど、不快感はない。
言葉に毒はあるけれど軽口で緊張を解すように明るく話しかけるのは、彼女なりの激励だ。
一週間滞在した程度の傭兵相手に、出来る事なら生きていればいい、と思ってくれるくらいには優しい子である。
だから、ちょっとだけ嬉しい。
そう―――今日から僕は傭兵である。
「それじゃあ時間ですから、行きますね」
「ああ、行ってらっしゃい」
「またねー」
離れる事を惜しみながらも自分はエメリッヒ店長とエマちゃんに手を振り、一週間ばかり世話になった宿を後にした。
―――。
王都の外に通じる門までやってきた。
宿の近くにあった門ではなく、王都のまた別の端っこの所にある門だ。
門の図体は結構大きく、自分が一週間前に通った所よりもいくらか立派で堅牢そうである。
門の周りには朝っぱらから人やら馬車やらでごった返ししていた。
この門は国外の街道へ通じていて、流通の要となっているらしい。
デトワーズ皇国はヨールビン大陸の端っこにある小国のはずだが、活気が感じられる辺り、貿易は盛んのようである。
今、初めて知りました。
朝だと言うのに…いや、朝だからこそ周りの人が忙しなく動く。
色んな人も準備や時間に追われているのだろうか、人の流れが波のように動いていて、勢いに取り残されそうだった。
この波のような人の動きは苦手である。 団体行動は当たり前な傭兵としては問題だが。
何とかして人垣の向こうを見渡そうとピョンピョンと飛び跳ねてみる。
すると、途切れ途切れの視界に一際大きい荷馬車がちょうど物資を積み込んでいる所が見えた。
その荷馬車にはデトワーズの国章が付いていて、デトワーズ皇国の所属に連なるものだとわかった。
ようやく見つけた。
あれが、同じデトワーズ皇国の所属として自分が乗る荷馬車である。
「お、おはようございますー!」
商人らしき人と護衛らしき人と運び人らしき人にちょっと挙動不審気味に声をかけて、変な目で見られながらもなんとか挨拶から。
そして安定のヒソヒソと怖い人を呼ぶかどうか迷われるご様子。
何度も誤解が誤解にならない内に、しどろもどろに説明して、なんとか相乗りするまでにこぎつけた。
まぁ、ここまでは指示書通りですから、ここで躓いたら目も当てられない。
お仕事はちゃんとやりますよ、出来る限りね。
さて…改めて、数日前に届いた通達の内容によると、だ。
傭兵…もとい、臨時兵士としての簡単な命令を指示した書状を受け取り、それに従い現地にて細かい指示を受けるというものだ。
実にシンプル。 傭兵は雑兵も同然だから、指示するのもされるのも簡単な方がいい。
まずやる事はこうだ。
指定の日に往復便の馬車に乗って、国境線にある砦へ向かう事。
その砦には、臨時兵士混成国境警備部隊…………とても長ったらしい部隊名だけど、要は傭兵部隊がいるのだ。
そこで自分は物資の管理と整理をする係となる。
その往復便と言うのが、目の前で荷物が積まれている国章付きの荷馬車である。
なので、相乗りさせてもらおう。
「と言うわけで、乗せてください。 えっ…? 無い…?」
早速予定外の事が起きた。
うん…こんなの聞いてないです。
命令指示書により、連絡はいっているのだけれど……何と、自分の分の席は無い、らしい。
荷馬車には御者席があって、そこには一人どころか4・5人は座れるほどにスペースはある。
しかしだ…数えてみると、御者が一人、護衛の人は…1、2、3……4人……おぉっと、完全に御者席が埋まる人数である。
「(あぁ…そうか、満員になってしまったか…)」
普通の、人を乗せる馬車とは違い、荷物を載せるためだけの荷馬車に御者席以外の席は無い。
つまり、自分が乗る場所は残されていないという事だ。
しかし、これもよくよく考えればありえない事ではなかった。
護衛の人とは、商人や運び屋と契約して、守る事を専門とする者だ。 当然、そこそこに腕は立つ。
雇う側からすれば、場所や時期、またその時の状況によっては雇うかどうか判断して、護衛の数が変動するのもよくある事である。
これが戦闘が達者な傭兵が複数人であったのなら、支出を浮かせるために護衛の人を減らして、いざと言う時に守ってもらえばいい。
足元を見たセコい話ではあるが、その方が安上がりになる。
傭兵からすれば、何か問題に直面して逃げ出してしまえば金は貰えないのだから。
しかしだ……今回この場合はちょっと違う。
今日ここに来たのは物資の整理を担当する傭兵が一人。
自分の他に傭兵らしき人がいる様子はなく、荷物番もどきが一人。
だから向こうには、これじゃあほぼお荷物になる、と判断したのだろう。
仕事外とは言え……護衛として期待すらされていなかった。
「えと…じゃあ、どこに………あ、物資と一緒に…ですか。 はい……わかりました……」
じゃあ自分はどこに乗ればいいのか?
―――商人も運び人も護衛の人も、皆して同じ場所へと指差した。
それが意味するのは……物資と一緒に詰め込まれろ、と言う事である。
―――。
ガッタン。
ゴットン。
狭い。
ガッタン。
ゴットン。
暗い。
ガッタン。
ゴットン。
お尻痛い。
ガッタン。
ゴットン。
寂しいよぉ~……。
「寂しいよぉ~……」
おっと…つい心の声が口から出てしまった。
―――僕は一人寂しく、周りを物資に挟まれていた。
前方には物資。
左右にも物資。
上にも物資。
上にある物資に関しては、荷馬車が揺れるせいで、ちょうど自分の頭の上に乗るように位置がズレたからだ。
後ろは…荷馬車の端っこであるため、物資がちょっとぶつかったぐらいではビクともしない板の壁が佇んでいる。
そして下は…当然ながら床。
周りにあるのは、資材やら食糧やら雑貨やら、一括りして物資。
前線拠点である砦を支えるためのもろもろの補給であり、荷馬車に積まれている全部の荷物がそれだ。
―――そして、そんな荷物の仲間入りしているのが僕です。
前方と上下左右を物資で囲まれた薄暗い荷馬車の中で、膝を抱えるようにして縮こまっていた。
屈んだ人一人が入れる程度の空間にすっぽりと収まってはいるが、一歩も歩く事も出来なければ立つ事も出来ない。
御者席に空きが無い以上、荷台にしか座れる場所はなく、追いやられるようにしてここにいる。
この扱いに納得がいくのか、と言えば納得出来なくも無い。
傭兵とは兵士である。 傭兵とは雑兵である。
更に身も蓋も無い言い方をすれば、剣や盾といった武具のような扱いも同然である。
傭兵には色々いるが、もちろん弱い人も結構いるものだ。
護衛を生業とする人は腕もあるし、実績が保障になるから、それと比べれば戦闘の心得に歴然の差がある。
凄腕の傭兵であるか、もしくは傭兵団であれば一部隊の“戦力”としての扱ってくれる場合も多い。
だから普通の傭兵の扱いは大抵おざなり。
傭兵も不満はあれど、ほとんどはそういう扱いされるものだと自覚している。
それも荷物番もどきなら、物資と一緒に詰め込まれる扱いをされてもあまり文句も出せない。
まぁ、しかしだ。
何と言うかだ、こういう事には実は慣れている。
戦場で逃げ隠れして、狭い所に体を縮こませて身を潜めた経験が豊富なため、それほど窮屈な思いはしていない。
これもまた仕事だと思えば、自分は傭兵なのだから文句は無い。
あ…ごめんなさい、やっぱり窮屈です。
むしろ物理的にちょっと無理があります。
荷物が圧迫して酷い事になってます。
狭くて息苦しくて、マジで身動きも取れません。
ま、まだ目的地に着かないかな~…?
外の様子がわからないからどれだけ移動しているか、どれだけ時間が経っているか感覚がわからない。
ここでは訊いても答えてくれる人もいないから、ボ~っとして到着するのを待つしかない。
ガッタン。
ゴットン。
ガッタン。
ゴットン。
………荷馬車に揺られていて、ふと思った。
「(………僕、この状態でどうやって“処理”すればいいんだろう?)」
え? 何の処理かって?
ほら、アレだよ、アレ。
人間誰しも生まれた時から息を引き取るまでお世話になる生理現象で、小があったり大があったりして、我慢は体に毒だったりするアレだ。
具体的にどういう事かと言えば…“催して”きたのだ。
下腹部に締め付けるこの熱い苦しさ。
流れる川を申し訳程度の堤防でこの堰き止める感覚。
冒涜的なほどに主張するそれの名は…………尿意。
「………」
薄暗がりの荷台の中で、右へ左へと視線を彷徨わせる。
上を向けばそこにはズレた荷物が塞いでいる。
畳むようにして体を滑り込ませた体勢は、実に窮屈で立つ事もままならない。
そして……幌で覆い包まれた荷台の中では、外でどれだけの速度で進んでいるのかすらわからない。
「…………」
出られない。
―――え……マジ………?
ふぉ、ふぉおぉぉ~~~~……!?
―――。
…………人としての尊厳を失う瀬戸際がいつまでも続くかと思った。
だが…自分は耐えた。 耐え抜いた。
とりあえず、漏らす的な事は無かった!
生理現象という“波”を何とか凌いだ自分は、グッ!と達成感に握り拳を作る。
護衛の人や運び人に変な目で見られた。
「とりあえず…何事もなく着いたか」
一息ついて僕は、働く場所となる砦を見上げた。
「ほ~」
思わずそんな声が出た。
驚くほどではないけれど、その砦は中々“悪くない”造りをしていた。
束ねた丸太を立てるように並べ、簡易的な壁で囲んでいる。
その丸太の壁に囲まれて中心にあるのは頭二つほど抜けて背が高い木造の建物が佇んでいた。
とても簡素に造られた木造拠点ではあるけれど、これは期待が膨らんだ。
石造りの建物の方が防御が高いのでは?、と思うだろう、だがそれは事実でもあり、喜ばしい事実とは限らない。
石造りにするほどの拠点はそれなりの陣地であるため、正規兵が多く詰めている事もある…しかしそこに傭兵の居場所はほとんど無い。
そんな場所で、おまけ扱いな傭兵が寝泊まり出来る場所は限られていて、大体決まって掘立小屋か自前のテントか、場合によっては野宿である。
だが、この木造建築は使われてる石材は少なく、重要拠点ではない事から正規兵もかなり少ないと思われる。
それはつまり、雨風を凌げる屋根の下に余裕があるという事だ。
そうなれば、傭兵が寝る分もあるだろう。
「(寝床…とまではいかなくても、通路でも物置でも寝れる場所はありそうだな~)」
屋根の下で寝られる場所があるならどこだっていい。
知らずに来た拠点ではあるが、これは思ってたより快適な傭兵生活になりそうだ。
少しウキウキしながら早速お仕事に就こうと、足取り軽く砦の中に入って行こうとした。
だが、その前に呼び止めたのは―――。
「おいおい、マジかよ。 こんな所にレヴァンテン・マーチンがいるじゃねえか!」
僕を嘲笑う声だった。
嫌な予感に冷や汗を流し、振り返ると…そこにはくたびれた防具を身につけた傭兵らしき男だった。
見覚えはない……多分。
「え…ぼ、僕…?」
自分の顔を見ると、そいつは獲物を見つけたかのようなゲスい顔をさせる。
こっちは顔も覚えてないけど、向こうは知っているような素振りだ。
「やっぱりお前か。 まさか本物に出会えるとはな、噂には聞いてるぜ?」
「う、噂って…それって一体……」
ニヤリ、とそいつは笑った。
そしてそいつは、止める間もなく、砦にいる人全てに聞こえるように大声で言い放った。
「おいお前らぁ、あの有名なノロマのマーチンが来ているぞぉ!」
「え、ちょっ……」
喧伝するように広く、砦に自分の名前を知らしめる。
そうする事で、砦にいると思われる傭兵達が何事かと顔を覗かせ始めていた。
これはちょっと、ヤバイ流れかも……。
「マーチン? あの置き去りのマーチンか?」
「マーチンって、レヴァンテン・マーチンだろ。 確か役立たずで有名な」
「そいつなら知ってるぜ。 よく戦場で逃げ回ってるって噂だよ」
「傭兵なのに驚くほど弱いってアイツだろ?」
「傑作だな、ヨールビン大陸の端っこでそんな珍獣が見つかるとはよ」
ガヤガヤと、姿を現す傭兵達の視線が突き刺さる。
その中心となっている自分はとても居たたまれない空気に晒された。
個人主義で協調性などあまり無い傭兵連中なのに、この時ばかりは皆揃って口々に勝手な事を言い、自分に向けて注目を集める。
色々と“悪い意味”で有名なレヴァンテン・マーチンの知名度は高い。
それを確認出来た事に満足したのか、最初に自分を見つけた男はゲスい笑みを浮かべた。
いたぶる専用の玩具を見るかのような目付きが怖い。
「へへっ、退屈な仕事ばかりだと思っていたが……楽しくなりそうだぜ。 そう思わねぇか、ノロマ」
ノロマ―――。
もはや代名詞か何かのようにそう呼んできた。
全否定出来ない所が辛い所だ。
でも、正直なところ…その意見には全力で同調出来ない、と心の底から思った。
後書き
色んな職業:特に重要ではないけど、当物語における職業の一例。
傭兵=います。 主人公の職業ですし。
兵士=います。 国雇われの他に、貴族の雇われもいる。
護衛=います。 不安定な時勢に強盗や盗賊はいるもの。
冒険者=いません。 正確には冒険者ギルド所属の何でも屋という存在は特に決めていない。
その他=います。 主に旅人や、浮浪者や、武を鍛えてる人。 稼ぐ方法は様々。
■11/14 誤字脱字改訂
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