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殺された男

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殺された男

                    殺された男
 涌井久満は近頃妙なことを言われ続けていた。
「昨日駅前の魚民にいたよな」
「いや、いないよ」
 こう否定するのが常になっていた。
「俺昨日は真っ直ぐに家に帰ったけれど」
「いや、いたよ」
「間違いないよ」
 こうした時は常にだった。一人からではなく複数から言われるのだった。このこともいつものことで内心非常に戸惑いを覚えているのである。
「いたよな」
「何か面白くない顔で飲んでたじゃないか」
「そうだよな」
「面白くない顔で飲んでたって?」
 こう言われてだった。首をさらに傾げさせる彼だった。
「何、それ」
「いや、それって言われてもさ」
「何であんな風に飲んでいたんだよ」
「カウンターでな」
「魚民のカウンターか」 
 場所まで聞くのもいつものことだった。そこまで詳しく言われるのだ。
「昨日俺はそこにいたんだ」
「何なら聞いてみろよ、お店の人に」
「絶対にそう言うからな」
「いたってな」
「ああ、わかったよ」
 それを聞いてだ。久満も頷いた。
 そうしてだった。実際に魚民に行って尋ねる。するとお店の人は確かな顔で彼に対してこう言ってきたのである。
「ええ、おられたじゃないですか」
「いたってまさか」
「いたよな」
「ええ、ワイン二本も飲まれてましたよ」
 店の者がもう一人出て来てだ。こう証言するのだった。そして。
「カウンターで」
「カウンターで」
 場所も一致したのだ。会社での証言と。
「俺がいたんだ」
「なあ、おられたよな」
「はい、注文の控えもありますよ」
「嘘じゃないんだ」
 ここまで言われてだ。彼もこのことを認めるのだった。覚えはないがそれでもだ。認めるしかないことだった。このことはだ。
 こうしたことが何度もあった。彼もそれがどうしてかわからない。そしてある時だ。仕事がはじまる前の会社のトイレで課長に対してこんなことを言われたのだった。
「ああ、いたんだ」
「そこって?」
「いや、今日は休むって電話があったからな」
「いえ、今日は朝からいましたよ」
 彼は驚いた顔でこう課長に返した。
「ちゃんと」
「おや、そうだったか?」
「ええ、実際に今ここにいるじゃないですか」
「しかし君から電話があったぞ」
「課長にですか」
「ああ、あった」
 それは間違いないというのである。そうしてだ。
 彼に対して懐からあるものを取り出して見せてきた。それは携帯だった。
「着信も残っているぞ」
「課長の携帯にですか」
「君の電話番号でな、携帯の」
「俺の」
「実際に聞いた、今日は休むとな」
 そうしてだった。携帯のその着信を見るとだ。確かにそれは彼が今使っている携帯の電話番号だった。見間違えようがなかった。
「ほらな」
「間違いありませんね」
「それで今日は来ないと思ったんだが」
「けれど俺は実際に今ここにいますよ」
「それがわからない」 
 課長はいぶかしがりながら述べた。
「君が会社に来ているからな」
「実際に来てますから、幽霊じゃないですよ」
「足はあるな」
 課長は半分本気で彼の足を見た。見れば足も確かにあった。
「間違いなく」
「葬式をされた覚えはありませんから」
「どういうことなんだ、これは」
「それは俺の方が聞きたい位ですよ」
 紛れもなく本音だった。それを隠すこともしない。
「本当に」
「まあとにかくだ。君は会社に来ている」
「はい」
「これは事実だ」
 このことは課長も否定しなかった。何しろその本人が今目の前にいるからである。それでどうして間違えるかということであった。
「それならな」
「間違いありませんね」
「そうだ、間違えようがない」
 課長はこのことを認めてだ。そうしてであった。
 あらためて彼に対して言うのであった。
「では仕事を頼むが」
「ええ、御願いします」
 彼は課長の今の言葉に頷いた。そのうえで仕事を真面目にした。
 彼も今の状況がいい加減わからなくなってきた。こうしたことがとにかく何度も気付いたのだ。それで恋人である高田穏に対して相談した。
 おっとりとしているが非常に頭がいい。それで彼女に対して尋ねたのである。
「もう一人の自分が?」
「ああ、何かいるみたいな感じなんだよ」
 その魚民で飲みながら話すのだった。場所もそのカウンターである。
「おかしいよな」
「もう一人の自分なのね」
「仕事からすぐに帰ったのにここに来て飲んでるとかな」
「ここで?」
「この店のここでな」
 今座っているそのカウンターを見ながらの言葉だ。
「飲んでるって言われたこともあったし」
「ここでなの」
「それに課長からは会社に来てるのに休むって電話があったって言われたりな」
「番号は?」
「課長の携帯に俺の携帯の番号で着信が確かにあった」
 このこともありのまま話したのだった。
「実際にな」
「そうなの」
「どう考えてもおかしいよな」
 レモンチューハイをジョッキで飲みながら穏に問うた。
「これってな」
「ちょっと。普通は」
 その穏もだ。首を傾げてそれから言うのだった。
「ないわよね」
「ないよな、絶対に」
「けれど久満君は電話した覚えないのよね」
「俺の携帯からは何もなかった」
 実際にその通りだ。だからありのまま話せた。
「かけてないんだよ」
「携帯は使ってないのよね。いえ」
「いえ?」
「使われてないのね」 
 穏はこう言い換えたのだ。
「そうよね」
「ああ、それは間違いない」
「ううん、やっぱりおかしいかなあ」
 穏は久満のその言葉を聞いてあらためて考える顔になった。そうしてそのうえで再び話す。その話していることもまた考えながらだった。
「そこで携帯が使われていたらね」
「結局俺がかけていたってことだよな」
「そうなるわ。けれどそれはないから」
「じゃあ何なんだ?」
「考えられるケースは」
 穏がここで話したことは。極めて不可思議なことだった。
「もう一人いるのかなあ、それって」
「もう一人?」
「そう、久満君がもう一人いるの」
 こう言うのだった。
「もう一人ね」
「?それってまさか」
「ドッペルゲンガーは知ってるわよね」
「確かあれだろ?死ぬのが近いとかそういう時に出て来るっていうあれだよな」
「そう、あれ」
 まさにそれだというのである。
「それが考えられるけれど」
「おい、待て」
 周りからはだ。囃し立てられてこう言われるようになっていた。
「おいおい、今日も彼女と出社デートだったな」
「それに帰宅デートだな」
「熱いね、また」
「ははは、ちょっとな」
 このことには笑って返すことができた。
「色々とあってな」
「色々ねえ。それでか」
「その色々ってのはあれか?結婚か?」
「結婚近いのか?」
「片付いたら結婚するさ」
 もう一人の自分のことは言ってもわからないと見てだ。こう職場の同僚達に返した。
「その時にな」
「まあ結婚するのなら頃合い見てしろよ」
「幸せになれよ」
「結婚するからにはな」
「ああ、わかってるさ」
 微笑みながら彼等に答える。
「絶対にな」
「披露宴楽しみにしているからな」
「絶対に呼んでくれよ、いいな」
「その時にはな」
「わかってるさ。楽しみにしておいてくれよ」
 こんな話もした。彼は穏とのデートは心から楽しんでいた。そしてそれと共にこれまでよりも二人の絆が強まってきていることも感じ取っていた。
 そうしてだった。同じベッドの中で寝ながら。彼は穏に対して言うのだった。
「なあ」
「どうしたの?」
「この話が終わったら本当にな」
「ええ、本当に?」
「結婚するか」
 こう彼女に言うのであった。
「その時は」
「結婚ね」
「そっちさえよかったらな。どうかな」
 また彼女に問う。
「その時は」
「ええ、いいわ」
 穏はにこりと笑って彼の申し出に頷いてみせた。そうしてそのうえで言う。
「その時はね」
「それから前に話したけれどさ」
「二人でずっとね」
「ああ、楽しく暮らそうな」
 このことも穏健に告げる。
「それでいいよな」
「勿論よ」
 こう話してだった。二人はあらためて意を決した。そうしてだった。
 ある日のことだった。異変が起こったのだ。
「ねえ」
「どうしたんだ?」
 部屋に帰ってきてその扉に来た時だった。声をかけられたのだ。
「急に」
「髪の毛が落ちてるわ」
 穏はこう久満に言ってきたのだ。
「いつも扉にかけてるのが」
「あれがか」
「つまりこれは」
「いよいよってわけか」
「ええ、そうよ」
 穏も真剣な顔になっていた。
「これはね」
「じゃあ、穏」
 久満はここで彼女を護るようにして前に出た。
「気をつけろよ」
「そうね、何時出てきてもおかしくないわね」
「武器があればいいんだけれどな」
「はい、これ」
 ここでだ。穏は二つのものを出してきた。
 一つはスタンガンだった。そしてもう一つは二段式の特殊警棒だった。その二つを久満に対して出してみせたのである。
「どちらも使って」
「これも用意していたのかよ」
「いざって時の為にね」
 そうだというのだ。
「だから。使って」
「ああ、わかった」
 久満は彼女のその言葉に頷いた。そうしてだった。
 スタンガンも警棒も受け取った。そのうえで部屋の中に入ろうとする。鍵は開いていた。だからただ開くだけで中に入ることができた。
 久満を先にして部屋の中に入る。部屋の中は暗かった。
 だがそれでもだ。久満はすぐに部屋の扉の傍のスイッチを点けた。それで部屋を明るくさせるとだった。部屋の奥から音がした。
「いるな」
「いるわね」
 久満と穏は顔を見合わせて頷き合った。
「間違いなくな」
「部屋の中にね」
「よし」
 ここでだ。久満は扉の鍵を閉めたのである。
「これでいい」
「相手が逃げられないようになのね」
「ああ、そうさ」
 その通りだと。穏に対して答えた。
「開けようとしてもその間に追いつけるからな」
「そうね。それでいいわね」
「ああ、行こう」 
 また言ってだった。そのうえでさらに先に進んだ。
 部屋の奥に入ろうとする。だがここで。穏が囁いてきた。
「隠れてるわよ」
「隠れてるか」
「ほら」
 窓を指差す。するとだった。
 その窓の端に何かが映っていた。白い何かが。穏はその白いものを指差してそのうえでだ。久満に対して囁いたのである。
「あそこにね」
「あれか。あいつか」
「迂闊に飛び込んだらそれで終わりよ」
「隠れてそのうえで」
「闇討ちをしてくるから」
 そうだというのだった。そしてだ。
 穏はふと手に持っているその皮のバッグを久満に対して見せた。そうしてそのうえでこう彼に対してまた囁いたのである。その言葉は。
「これをね」
「これを?」
「見ていて」
 一歩前に出てだ。利き腕の右手に持った。それを窓に映るその白いものの方に向かって思いきり投げてみせたのであった。
「ぐっ・・・・・・」
 当たった音がした。それと共にくぐもった声がした。
 その声を聞いてだ。穏は久満に言った。
「当たったわ」
「よし、今だな」
「ええ、私もいるから」
 穏もまた警棒を出してきた。ここでも一人より二人だった。そうしてそのうえで中に飛び込んでみるとだった。そこには彼がいたのだった。
「俺か、やっぱり」
「ううん、予想通り?」
 穏の声はいつもの調子に戻っていた。
「これって」
「何か緊張感が急に消えたな」
「けれど本当に予想通りだから」
 だからだと返してきた穏であった。
「だから」
「まあそれはいいか」
 久満も今はそれでいいとした。しかしである。
 目の前のもう一人の自分を見るとだ。彼も平穏ではいられなかった。
 それで自分を睨んでいる自分自身を見ながら。また穏に対して問うた。
「なあ」
「うん」
「ここからどうすればいいんだ?」
 彼が問うのはこのことだった。
「一体な。どうすればいいんだ?」
「どうしようかしら」
 しかしだった。穏も首を傾げてしまっていた。
「ここは」
「どうしようかしらってわからないのかよ」
「御免なさい、ちょっと」
「わからないか」 
 二人が言っている間にだ。もう一人の彼は体勢を立て直してだ。こう言ってきた。
「糞っ、ここは」
「ここは?」
 久満が彼に問い返す。
「何だっていうだ?俺」
「そうだ、御前は俺なんだ」
 彼もまたこう言ってきた。
「そして俺は御前だ」
「だから嫌に思ってるんだけれどな」
「俺をこのままにしておくと御前は死ぬんだ」
「ええと、魂が抜けてしまっている状態だから?」
 穏は今の彼の言葉を聞いてこう考えた。
「つまりは」
「そうさ、そのままだと御前は死ぬんだ」
 また久満に対して言ってきた。
「そして俺を殺してもだ」
「俺が死ぬのか」
「そうだ、御前は俺で俺は御前なんだ」
 またこの言葉になった。
「それならな」
「殺せないっていうのかよ」
「残念だったな」
 せせら笑う口調だった。まさにそうだった。
「御前はこのまま死ぬんだよ」
「俺は死ぬ」
 それを言われてだ。彼の態度がさらに険しくなった。
 そのうえでだ。彼自身を見て言った。
「いや、俺は生きる」
「生きる?」
「そうだ、生きるんだ」
 言いながらだ。後ろにいる穏を見た。
「こいつの為にも」
「おいおい、何を言うんだよ」
 彼はせせら笑ったままだった。そのうえで久満に対して言うのである。
「俺が出て来たからには死ぬんだぜ。そんなことはな」
「いや、生きる」
 あくまでこう言うのだった。意固地なまでに。
「絶対にだ。俺はこれからも生きる」
「それじゃあ一体どうするつもりなんだ?」
 余裕の態度での問いだった。
「どうやって生きるつもりなんだ?」
「それは」
「俺は言うなら御前の魂なんだよ」
 このことを久満に話してみせる。
「魂が抜けたんだ。それならもうすぐに死ぬだろうが」
「魂が抜けたなら」
「今の御前は抜け殻なんだよ」
 そうだというのである。
「只のな。抜け殻なんだよ」
「俺は抜け殻か」
「肉体は魂がないと只の抜け殻なんだよ。それでどうするつもりなんだよ」
「うう・・・・・・」
「ないな。もう御前は終わりだよ」
 まさ久満に対して言う。
「残念だったな」
「魂、それに」
 しかしだった。穏はここまで彼の話すことをしかと聞いていた。それから耳を離すことはなかった。まさに一字一句まで聞いていたのだ。
 そのうえでだ。彼の言葉を頭の中で反芻していた。そうしてだった。
 あることがわかった。その途端彼女は閃いた。
 そしてすぐに。久満に対して言う。
「ねえ」
「何だ?」
「体当たりして」
 こう久満に言った。
「相手に」
「体当たり!?」
「そう、体当たり」
 それをしろというのである。
「相手にね。それで御願い」
「体当たりしたら何かあるのか?」
「多分」 
 彼女はまた言った。
 彼はそのまま久満の中に取り込まれていく。だが何とか必死に逃れようとする。
「嫌だ、俺はこのまま」
「!?こいつ」
 久満はその彼を見て怪訝な顔になった。
「逃げようとするぞ」
「逃がさないで」
 穏は怪訝な顔になる久満にすぐに言った。
「絶対に、逃がしたら終わりよ」
「終わり?」
「そう、終わりよ」
 こう言うのだった。
「だからね。ここはね」
「何かよくわからないけれどわかった」
 久満は穏のその言葉に頷いた。そうしてだった。
 すぐに彼を捕まえてだ。己の中にさらに取り込んだ。
「よし、このまま俺の中に入れ」
「誰が入るものか」
 彼はそれでも逃げようとする。しかしであった。
 それができずにだ。彼は完全に取り込まれてしまったのだ。
 久満は一人になった。彼は結局完全に飲み込まれた。それで終わりだった。
 しかしだ。彼は怪訝な顔になってだ。首を傾げさせていた。
 その彼に穏がすぐに言ってきた。
「これはね」
「これは?」
「ほら、相手は魂がどうとか言ってたじゃない」
「ああ」
 久満もその言葉は覚えていた。彼は確かにそう言っていた。
「それで思いついたのよ」
「体当たりを?」
「魂が肉体から離れてる」
 穏は自分も彼のその言葉を言ってみせた。
「それならね。魂を肉体に戻せばいいって」
「そういうことか」
「あれは久満君の魂にあたったのよ」
 そうだというのである。
「だから。肉体と合されば」
「一つに戻る」
「そう思って体当たりしてもらったけれど」
「しかしそれはいいけれどさ」
 久満は穏の話を聞きながら笑ってみせた。そのうえでこう言ってみせた。
「それでも後ろから押すなんてさ」
「だって。相手が相手だから」
「相手が相手!?」
「もう一人の久満君よね」
 ここで言うことはこれだった。
「そうよね」
「ああ、そうだけれどさ」
「じゃあ普通に動いてもわかるじゃない」
「確かに。そうだよな」
「だからね」
 穏はまた言ってきた。
「後ろから押してみたの」
「それでか」
「相手の意表を衝いてね。咄嗟だったけれど上手くいってよかったわ」
「ああ、言われてみればそうだよな」
 久満も話をここまで聞いて納得して頷いた。
「本当にな」
「いきなりなのは悪いと思ったけれど」
「いや、それはいいよ」
 笑ってそれはいいとした久満だった。そしてそのうえで穏に対してこうも言ったのだった。
「おかげで助かったしさ」
「許してくれるのね」
「うん、有り難う」
 微笑んで穏に告げた。
「本当にさ」
「こちらこそ。それでね」
「それで?」
「約束覚えてるかしら」
 今度は穏が微笑んで言ってきた。
「あの約束」
「約束って?ああ、あれか」
「そう、あれよ」
 二人はここで言い合った。
「ここで生き残れたら」
「そう、これから八十年は一緒にいようってね」
「そうだよな、じゃあ結婚するか」
「うん、しよう」
 穏はさらに言ってみせた。満面の笑顔で。
「もう一緒に住んでるしね」
「じゃあ後は籍を入れて」
「八十年よ」
 それだけだというのである。
「長いけれど頑張ろう」
「そうだな。ダイアモンド婚よりさらに二十年もか」
「大丈夫よ、何故かっていうとね」
「何故か?」
「私の家って凄い長生きの家系なの」
 まずは彼女の家のことであった。
「平均年齢百歳超えてるから」
「百歳って」
「そうなの。ひいひいお爺ちゃんとひいひいお婆ちゃんもいるし」
 つまり彼女はやしゃ孫というわけである。今もそうはいない。
「ひいお爺ちゃんとひいお婆ちゃんの兄弟も今も全員いるし」
「凄いな、それは」
 久満もそれを聞いて唖然となった。
「そんなに長生きなのか」
「そうよ。だから大丈夫よ」
 そしてだ。穏はさらに言ってきた。
「それにね」
「今度は一体何だよ」
「言ったわよね。ドッペルゲンガーから助かった人は長生きするって」
「だから俺もか」
「そう。滅茶苦茶長生きできるから」
「よし、それだったらな」
 ここまで聞いてであった。久満はにやりと笑って言った。
「このままずっと一緒に暮らすか」
「本当に八十年ね」
「楽しく暮らそうな」
「ずっとね」
 謎と闘いが終わった後は幸せの誓いだった。久満と穏はこの後すぐに結婚してそれから。本当に八十年もの間一緒に暮らすことができた。それにはこうした経緯があったことは二人は誰にも言わなかった。しかしそれは紛れもない事実であった。二人が語らないだけで。


殺された男   完


                    2010・6・21 
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