真田十勇士
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巻ノ十八 伊勢その六
「このつゆは椎茸等からあえて濃くとったものです」
「それで黒いのか」
「左様です」
幸村にも話す。
「別に墨を入れたものではありません」
「そうなのじゃな」
「はい、美味しいものです」
「味はよいのじゃな」
「しかもです」
伊佐は幸村に落ち着いた声で話す。
「だしを濃くとっていますが際立って辛くもなく」
「美味いというのじゃな」
「そうです、是非お召し上がり下さい」
こう幸村にも勧めてだ、伊佐は箸に手を添える手前まで置いた。手に取るのは主である幸村が手にしてからだからだ。
それで幸村も手に取ってだ、実際に彼が最初にうどんを口に入れた。そして。
味わってだ、こう言った。
「確かにな」
「美味いですな」
「うむ」
こう伊佐に答えた。
「このうどんは」
「はい、辛い様で」
「そこまで辛くはなくな」
「美味なのです」
「こうしたうどんもあるのだな」
「左様です」
伊佐も食べつつ話す。
「ここは美味いものが多いですが」
「その中にはだな」
「この伊勢うどんもあることをご存知下さい」
「わかった、ではな」
幸村も頷きながらその伊勢うどんを食べる、そして。
他の者達もうどんを楽しんだ、その他にもだった。
山海の珍味が揃っていた、伊勢海老や栄螺に山芋にとだ。
様々なものがあった、そういったものを全て食べてだ。
清海は己の腹を摩りつつだ、こうしたことを言った。
「いやあ、食ったわ」
「わしもじゃ」
望月も満足した顔で応える。
「相当にな」
「確かに御主も食うな」
「食うことには自信がある」
「しかも美味いものならな」
「余計にじゃ」
「いや、まだあるぞ」
満足している二人にだ、根津が言った。一行は満足している顔で社の前の町を歩いている。そのうえでのやり取りだ。
「食うものはな」
「まだあるのか」
「それは何じゃ」
「餅じゃ」
それだというのだ。
「餅を食うぞ」
「ああ、あれか」
「あの餅じゃな」
餅と聞いてだ、二人は納得して根津に応えた。
「確かにあの餅はな」
「まだ食っておらん」
「ではあの餅を食ってな」
「締めとしようぞ」
「?何を食うのじゃ」
三人のやり取りを聞いてだ、海野は首を傾げさせて根津に問うた。
「餅というが」
「ここの餅じゃ」
「伊勢のか」
「うむ、それを食わねばな」
「餅は普通にあるじゃろ」
これが海野の考えだった。
「それこそ」
「そうじゃな、つけばな」
「何処でも作ることが出来る」
穴山と由利も言う。
「米をつけばじゃ」
「それで出来る」
「それがどうしてじゃ」
「随分と物々しいが」
「一体どういった餅なのじゃ」
「それは食ってみればわかる」
穏やか声でだ、霧隠がいぶかしむ信濃にいた三人に述べた。至って落ち着いて穏やかな顔での言葉である。
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