八神家の養父切嗣
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九話:進みゆく歯車
八神はやての朝は早い。家の中で一番に目を醒まし朝食の準備をするためだ。
自分の横で呪いウサギのぬいぐるみを抱きしめまだ幸せな夢の中に居るヴィータの姿に微笑みながら布団をかけ直す。
そして起こさないようにそっと布団から抜け出しキッチンへと向かう。
自分以外誰もいないだろうと思っていたがソファーに先客がいることに気づく。
ピンク色のポニーテールが揺れていることからシグナムだろうとあたりをつけて挨拶をしようとするが出かけた言葉を飲み込む。
ゆっくりと正面に回り込んでみるとシグナムはコックリコックリと舟をこいでいた。
そして、すぐ足元にはシグナムの脚を冷やさないように丸くなって寄り添うザフィーラ。
そんな仲睦まじい姿にクスリと笑い風邪を引かないように二人に毛布を掛ける。
「始めの頃は私が寝るまで寝んって言っとった子達やったのにな。……信頼してくれとるんかな」
自分を信頼しているから、ここを安全な場所だと認識してくれているから気を抜いているのだと思うと自然と笑みが零れる。
特に滅多に見られないシグナムの安心しきった寝顔を見られて今日は良い日だと思い料理の支度を始める。
しばらく、スープを煮込んだり野菜を切ったりしているともぞもぞと人が動く気配を感じる。
「ん…ああ……」
「ごめんな、起こした?」
「いえ……」
「ちゃんとベッドで寝やなあかんよ。風邪引いてまう」
自分が失態を犯したことに気づきシグナムが少し顔をしかめているとザフィーラもはやての声に反応して目を醒ます。
とにかく、これ以上無様な姿は主の前では見せられないと毛布を畳み謝罪の意を示す。
そんな姿にはやては小さく笑い何気なく話を続ける。
「シグナムは昨夜もまた夜更かしさんか? 夜更かしはお肌に悪いんよ」
「え……ああ、その……すみません」
下手に理由を話すわけにもいかず、かといって彼女の性格上嘘を吐くことも出来ず曖昧な謝罪になってしまう。
そんな素直な彼女の様子が愛おしくてはやてはまたクスリと笑う。
シグナムは笑われたことに少し恥ずかしくなり誤魔化すように電気をつける。
「シグナム、ホットミルクいる? 温まるよ」
「はい。ありがとうございます」
「ザフィーラもいる?」
「頂きます」
体が冷えてはいないかと心配して持ってきてくれたことに自分は大切にされているのだと改めて理解し噛みしめるようにお礼を言う。
ザフィーラもまた自身の幸福を噛みしめるようにミルクを飲む。
そこへ余程慌てていたのか寝癖の付いたままのシャマルが飛び込んでくる。
「すみません、寝坊しました! もう、本当にごめんなさい」
「ええよ。いつも手伝ってくれとるんやから、偶には寝坊ぐらい」
飛び込んでくるなりエプロンを身につけ謝罪するシャマルにはやては朗らかに返す。
自分が騎士達の世話をすると言ったのだから手伝ってもらう必要もないのだ。
特に最近はみんながやることを見つけて忙しそうにしているのを知っているので自分が支えなければと気合が入っている。
「おはよ……」
「おはよう、みんな」
「おはようさん、ヴィータにおとん。それにしてもヴィータはえらい眠そうやなー」
「眠い……」
どちらも髪をボサボサのままにして部屋に入ってきたが特にヴィータは目を閉じればそのまま二度寝入るだろうと確信できる。
切嗣の方は身だしなみは最低と言ってもいいが目自体は冴えているようだ。
「もう、ヴィータちゃんは顔を洗ってきなさい」
「ミルク…飲んでから……」
「僕もホットミルクを貰えるかい」
シャマルにだらしないと注意されるが対して意味はない。
今にも眠りに落ちそうになりながらホットミルクを所望する。
切嗣も一緒に受け取ってソファーに座り一口すする。
「いやー、温かいね」
「……はい。本当に……温かいです」
手の平からじんわりと伝わって来る温かさは身も心も温めていく。
この温かさがあれば自分達はいくらでも戦えるとかつて心が凍りついていた騎士は目を細める。
そのすぐ隣にその暖かさを受け取れぬ様に自ら心を凍りつかせた男がいるとも知らずに。
「そう言えば今日は病院の診察の日だったね」
「ああ、それでしたら私が主に付き添わせていただきます」
「いや、今日は僕が行くよ。最近はあまり動いてないしね」
「しかし……」
「いいんだよ。君達は自分の好きなことをしてくれていれば」
笑ってヒラヒラと手を振る切嗣にシグナムは考える。
切嗣の手を煩わせてしまう事に罪悪感はある。
しかし、それ以上に蒐集を一刻も早く行わなければならない状況が背中を押した。
「……分かりました。お気遣い感謝します」
「構わないよ。石田先生にも会いたかったしね」
「なんや、おとん。石田先生のこと好きなん?」
「そういうのじゃないけど魅力的な女性だとは思ってるよ」
少しのからかいの含んだ会話をする親子を見ながら騎士達はこの家に来れて良かったと心の底から思う。
(君たちにはできるだけ蒐集に集中してもらいたいからね)
己の素顔すら忘れてしまった愚かな道化の心中を知ることもなく。
細めた目の奥に宿る残酷な理想に気づくこともなく。
騎士達は己が為すべきことを為し続けるのだ。
「うーん、やっぱりあんまり成果が出てないかな」
医師の石田はカルテを眺めながらポツリと呟き目をつぶる。
人を一人でも多く助けたいと願う根っこからの医者である石田にとってははやての現状は非情に歯がゆい。
何とかしてあげたいのに何ともできない。
自分の無力さを噛みしめて机を叩いてしまいたい気分に陥るが患者の前で取り乱すわけにはいかない。
「でも、今のところ副作用も出てないし、もう少しこの治療を続けましょうか」
「はい。石田先生にお任せします」
「お任せって……自分のことなんだからもうちょっと真面目に取り組もうよ」
はやての任せるという受け身の言葉に少し困った顔をする石田。
病は気からというように自分で治そうという気持ちがなければ治るものも治らないのだ。
故に若干諭すように語り掛けるがはやては静かに首を横に振る。
「違います。先生を信じてるって意味で言ったんです」
「……はやてちゃん」
信じるという言葉に目を見開く石田。その言葉は医者にとっては何よりも尊く。
何よりも重い枷だった。相手は自分を信じてくれているのに結果を出せない。
純粋な優しさや想いが人を蝕むこともあるのだとどうしようもなく理解させられる。
「そうね。なら先生もはやてちゃんの期待に応えられるように頑張るわ」
「はい。期待してます」
「それじゃあ、はやてちゃんはもう出てもいいわよ。切嗣さんは少しお話があるので残ってください」
「分かりました」
自分で車椅子を操作して廊下に出ていくはやてを二人して何とも言えぬ表情で見つめてから話の本題に入る。
ここからは患者に聞かせられる話ではないのだ。
「はやてちゃんの普段の生活はどうです」
「足が動かないこと以外は僕よりも元気ですよ」
「そうなんですよね……。お辛いと思いますが私達も全力を尽くしています」
「はい、それは傍から見てもよく分かっています」
麻痺で足が動かないにもかかわらず元気な姿を見せるはやて。
だが、元気であればあるほどにそれが失われる時が恐ろしい。
石田はそのときを見届けることになりかねない切嗣の心中を思って沈痛な面持ちを浮かべる。
しかし、切嗣は無表情のまま頷くだけである。
「今は麻痺の進行を食い止める方向で検討しています。これから入院を含めた辛い治療になっていくと思います。切嗣さんが支えになってあげてください」
「はい。分かっています。本人とも相談しておきます」
石田に対して抑揚のない返事をして診察室から出ていく。
その姿にいつもと違うと思うが無理に感情を抑えようとしているのだろうと思い、考えを止める。
結局切嗣の表情ははやてに話しかけるまで無表情のままであった。
はやての診察日から数日が流れる。
その間に騎士達はお世辞にも速いとは言えないが確実にページを埋めていく。
管理局の方も騎士達を捕えるには至らないが犠牲を無駄にしないために徐々に追い詰めていく。
状況は静かに、しかし大きく動いていた。
「みんな、今から大切なお知らせがあります」
「と、言いますと?」
「今夜はすずかちゃんが家に来てくれるんや。やから鍋パーティーをします」
今日はすずかがはやての家に遊びに来てくれる日なのだ。
今まではお稽古や習い事の関係で遅くなるので家に呼ぶのを遠慮していた。
しかし、はやて自慢の料理が食べてみたいというすずかの希望と友達を家にお招きしたいというはやての希望が見事重なり実現したのだ。
「そういうわけなんでみんなも夕飯に間に合うように帰って来てな」
「はい、確かに主はやてからの命を承りました」
「ヴィータも老人会のおじいちゃん達に捕まり過ぎんといてな」
「分かってるよ。大体あたし達がはやて以上に優先するものなんてないんだから」
「そうですよ。私達ははやてちゃんの騎士なんですから」
恭しく首を垂れるシグナム。
少し恥ずかしそうに頷くヴィータ。
微笑みながらはやての手を握るシャマル。
無言ながら誰よりも主からの命を忠実に守ろうと誓うザフィーラ。
どんな些細なことであっても主はやてからの命は何に代えてでも守るべきものなのだ。
特に一つの命を破っている以上は他のものは是が非でも守ろうと決めているのだった。
「あはは、なんかそう言われると照れるなぁ」
「そう言われてもこれが我らの在り方ですので」
「そう言えば、おとんは? おとんにも伝えとかんと」
「切嗣ならさっき自分の部屋に行くのを見たぞ」
「お仕事かいな? なら、買い物は一人で行かんとな」
「あ、それだったら私が着いていきますよ。はやてちゃん」
のんびりとした空気が流れる。
騎士達も今日は早めに切り上げて主の願いを叶えようと漠然と考える。
そのことが新たな戦いの引き金になるとも知らずに。
少女達との二度目の邂逅はその日の夜にやってきたのだった。
「管理局か……」
日が沈み星の光以外に明りがない闇夜の空にヴィータとザフィーラは浮いていた。
周りを管理局員の武装局員と強装結界に囲まれながら。
もし、普段通りの時間に戻って来ていたのなら見つかる事は無かったのだろうが鍋に間に合わせるために早めに戻って来たのが裏目に出た。
「でも、こいつら程度ならどうってことはないよ。寧ろページを一気に稼げる」
「確かにな。だが……なぜ仕掛けてこない?」
囲まれたことは確かに不利だ。だが、相手の練度では自分達の足止めだけでも精一杯のはずだ。
管理局側もそのことぐらい分かっているはずだ。
そうなれば別の理由があるはずだ―――足止め?
何かが頭に引っ掛かった所で武装局員達が離れていく。
最初から相手の目的は足止め、時間稼ぎに過ぎなかったのだ。
そして、今それが完了したので退避しているのだ―――上空から降り注ぐ味方の攻撃から。
「ヴィータ、上だ!」
「なッ!?」
「スティンガーブレイド! エクスキューションシフト!」
青白い光を放つ魔力刃がクロノの周囲に展開しておりその数は100を越える。
その様はまさに剣の軍隊。
剣の軍隊による一斉射撃。種類としては中規模範囲攻撃魔法。
連射性ならばフェイトのファランクスシフトの方が上を行くだろうが、その形状が示すように貫通力ならば遥かに上回る。
また、魔力刃は防がれると爆散するようになっており相手の視界を奪う効果もある。
武装局員が強装結界の強化・維持の為に散開した隙をつかれないようにする狙いもある。
クロノは個人戦ではなくあくまでも集団戦として戦っているのだ。
「ちぃッ!」
先手を取られたザフィーラは思わず舌打ちをして片手でバリアを創り出す。
後ろにはヴィータがいるためそちらにも気を割かねばならない。
この攻防に関してはザフィーラの不利。
だが―――それがどうしたというのだ?
この身は盾の守護獣。常に己の背に守るべき主と仲間を背負い戦ってきた。
ならばこの程度の攻撃、どうということはない!
「どうだ。少しは……通ったか?」
クロノの問いに答えるように爆煙が去って行きザフィーラとヴィータの姿があらわになる。
ヴィータは盾の守護獣の背の後ろにいたために掠り傷どころか服の汚れすらない。
だが、全ての攻撃を受け切ったザフィーラは違った。
防ぎきれなかった鋭利な刃が三本、彼の右腕に刺さっていた。
「ザフィーラ!」
「心配するな。この程度―――痛くもかゆくもない!」
筋肉の収縮のみで刃をへし折る姿にヴィータはホッとして笑みを浮かべる。
一方のクロノはダメージがなかったかと冷静に判断しながら愛機S2Uを握りしめる。
クロノの目的は何も攻撃をすることではなかったのだ。
自身が囮になり武装局員が結界の維持・強化やそれぞれの配置につけるように時間を稼いでいたにすぎないのだ。
この場で為すべきことが相手を逃がさない事だった以上、ここまでの展開はクロノの思惑通りに進んでいると言えるだろう。
後は二人の騎士を捕縛するだけである。だが、それこそが最も難しいのも事実。
どう戦うべきかと頭脳をフル回転させている所にエイミィから通信が入る。
【武装局員、十名、配置完了。オッケー、クロノ君!】
【了解】
【それと助っ人を転送しておいたよ】
【助っ人? ということは……】
クロノがチラリと目を斜め下に向けるとそこには予想した通りに二人の少女が立っていた。
高町なのは、フェイト・テスタロッサの二名が、修復が完了したばかりの愛機と共に戦場に現れていた。
その後ろにはアルフとユーノがサポート役として立っていた。
「あいつらッ!」
「…………」
見覚えのある敵に嫌悪の表情を見せるヴィータ。
ザフィーラは無言で戦況の変化を考察するだけで声を発する事は無い。
少女達二人は合わせる必要もなく声を合わせて自らの愛機に声をかける。
「レイジングハート!」
「バルディッシュ!」
『Set up!』
いつものように光に包まれて姿を変えると思っていた二人だったが何か様子が違う。
何かを始めるように激しい点滅を繰り返し始める。
『Order of the setup was accepted.』
『Operating check of the new system has started.』
『Exchange parts are in good condition, completely cleared from the NEURO-DYNA-IDENT alpha zero one to beta eight six five.』
『The deformation mechanism confirmation is in good condition.』
「えっと、なにこれ?」
「いつもと違う…」
二人の愛機は闇の書の守護騎士ヴォルケンリッターと戦うため、否、打倒するために生まれ変わった。
自分達の力不足を痛感し、今度こそは己の主を守りきるために。
レイジングハートとバルディッシュは新たなる高みへと進化を遂げた。
【二人共落ち着いて聞いてね。レイジングハートとバルディッシュは新しいシステムを積んでいるの】
「新しいシステム……」
【ご主人様想いの優しいデバイス達の新しい名前を呼んであげて】
エイミィの言葉に二人は愛機達を様々な想いの籠った瞳で見つめる。
そして二機は促すように再び点滅を繰り返す。
『Main system, start up.』
『Haken form deformation preparation: the battle with the maximum performance is always possible.』
『An accel and a buster: the modes switching became possible. The percentage of synchronicity, ninety, are maintained.』
『Condition, all green. Get set.』
『Standby, ready.』
覚悟を決めて二人は二機を高々と掲げる。
そして新たなる始まりに相応しい声で名を呼ぶ。
その解き放たれる名は―――
「レイジングハート・エクセリオン!」
「バルディッシュ・アサルト!」
『Drive ignition.』
眩く輝く黄金、鮮烈なる真紅。
装飾があるものの、その本質は無骨で見る者に凶暴さを植え付ける。
杖の先端付近に設置された弾倉に不屈の闘志を装填する力の象徴。
自動式カートリッジデバイス、その名も『レイジングハート・エクセリオン』。
他の追随を許さぬ漆黒、獲物を狙う眼光が如き金色。
極限まで研ぎ澄まされた美しさ。されど、その本質は冷徹なる刃。
新たに取り付けられた弾倉より非情なる終わりを生み出す終焉の象徴。
回転式カートリッジデバイス、その名も『バルディッシュ・アサルト』。
「まさか、あいつらのデバイス!? 正気かよ!」
本来であれば繊細なインテリジェントデバイスにカートリッジシステムをつける行為は自殺行為に等しい。
もし、つけられたのなら主の愚かさを恨んでも仕方ない程に危険だ。
だが、しかし。それらは二機が自ら望んで付けた物。
驚愕する鉄槌の騎士を挑発するように二機はその姿を見せつける。
『Assault form, cartridge set.』
『Accel mode, standby, ready.』
新たなる名を受けたバルディッシュ・アサルトは基本形態であるアサルトフォームとなり。
同じく、レイジングハート・エクセリオンもまた基本形態であるアクセルモードになる。
そして、主の腕の中で―――誇らしげに光り輝く。
「行くよ、レイジングハート!」
「バルディッシュ、お願い!」
『All right.』
『Yes, sir.』
二人の少女は、頼れる相棒と共にベルカの騎士が待ち受ける戦場へと足を踏み入れる。
後書き
結界を維持・強化するということは常に結界に微量でも魔力を流し込み続けていると解釈していいのでしょうか?
ヴィータとかユーノは結界を張ってから戦闘しているから作るのに消費は大きくても維持自体にはそこまでかからないと考えました。
但し、強化に関しては文字通り魔力をさらに多く流し込んで強化してるものと考えました。
何が言いたいかといいますと
―――ケイネス先生の水銀みたいに注がれる魔力がなくなったら保てなくなりますよね?
追記:やっぱり、無理かもしれませんでした。考え直します。
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