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逢魔ヶ刻

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第一章

                       逢魔ヶ刻
 岡本達也はよく母にこう言われていた。
「暗くなるまでに帰りなさい」
「悪い人が出るから?」
「そのこともあるけれど」
 それだけではないともだ、母はいつも我が子に話した。
「それだけじゃないのよ」
「暗いと危ないからだよね」
「それに出るから」
 このことを強く言うのだった、最も。
「だからよ」
「またそう言うんだ、お化けが出るって」
「あのね、お母さんは嘘は言わないわ」
 絶対にとだ、母は言うのだった。
「本当に出るから」
「嘘だよ、お化けなんていないよ」
 達也はいつも笑って母に言っていた。
「そんなの迷信だよ」
「先生がそう言ってるっていうのね」
「そうだよ、先生いつも言ってるよ」
 笑っての言葉である。
「お化けなんかいないって」
「そう言うけれどね」
「暗くなったら出るんだ」
「そう、出るのよ」
 絶対にというのだ。
「お化けが出るのよ」
「暗くなると?」
「暗くなりだしたその時によ」
 まさにその時にというのだ。
「この時は逢魔ヶ刻って言ってね」
「夕方から夜になる時間だよね」
「そうよ、その時間になると出るのよ」
 そのお化けがというのだ。
「それも怖いお化けが一杯ね」
「本当に?」
「お母さんも最初信じていなかったわ」
 母にしてもというのだ。
「子供の頃はね。お母さんのお祖母ちゃんに言われても」
「それでも今は、だよね」
「そうよ、いるってわかったから」
 だからだというのだ。
「達也にも言うのよ」
「暗くなるまでに帰れって」
「さもないと怖いから」
 お化けが出て来てというのだ。
「わかったわね、絶対にね」
「夜になるまでになんだ」
「いえ、逢魔ヶ刻になるまでによ」
 夜になるまでではなく、というのだ。
「その時までに帰って来なさいよ」
「うん、わかったよ」
「さもないと何があるかわからないから」
 だからだとだ、母は我が子にいつも言っていた。そして。
 達也も少なくともだ、母の言ったことを守った、お化けのことは信じてはいないがそれでも言われたことは守った。
 それでだ、暗くなるまでに帰っていたが。
 それは子供の頃のことでだ、中学になると部活でそうも言ってはいられなくなった。達也はバレー部に入り部活に励んでいた。
 この部活でもだ、先生はこうは言っていた。
「暗くなるまでに帰れよ」
「危ないからですね」
「そうだ、夜は出歩くな」
 絶対にというのだ。
「何が出て来るかわからないからな」
「だからですね」
「暗くなるまでに部活を終わって」
「家に帰るんですね」
「そうだ、だから終わらせている時間も考えているからな」
 部を預かる顧問の先生にしてもというのだ。
「ちゃんと帰れよ」
「わかりました」
 実際に達也も他の部員達も暗くなるまでに部活を終えて家に帰っていた、普段はそうしていたがある日のこと。
 部活を終えて帰ろうとする達也にだ、クラスメイトの松井絵里奈が声をかけてきた。図書委員で真面目な生徒である。
「ねえ岡本君いい?」
「いいって?」
「岡本君は美化委員だけれど」
「それでもなんだ」
「ええ、今から図書室のお掃除をしないといけないの」
「あれっ、お昼の掃除時間にやったんじゃ」
「それがさっき先生から連絡があって」
 それでというのだ。 
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