竜のもうひとつの瞳
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第三十話
何だかんだで更に一週間が経ち、その間にも何も知らない安藤さんが勧誘に来た。
四日くらい前までは相変わらず取り付く島も無いという様子だったんだけど、
ここ四日は随分と竹中さんの返事も色よくなって来ている。
何も言わないけどどうやら準備が整ったようだ、それは態度を見ていれば良く分かった。
安藤さんのお誘いを快諾したのが今日。
笑って喜んでいる安藤さんに、自分達が奇襲として城内の混乱を誘うから、こちらの合図を待って攻め込むようにと伝えた。
安藤さんが所有する兵の数は二千、斎藤家はそれの倍どころではない数の兵を抱えている。
まともにぶつかれば安藤さんが負けるのは目に見えている。
だからこそ、この奇策を持って当たらなければならないのだというのは理解が出来たし理解させるには持って来いの話だった。
安藤さんは敵の混乱をより一層激しくするための道具で、実際に手を借りるつもりはないのだろう。
竹中さんが厳選した十六人で城攻めをするつもりだ。
どのような城かは分からないが、二千の兵で攻め入るのは流石に邪魔になる。
一度紛れてしまったら大将を見つけるのは困難だ。
無謀のように思えるけど、少数で切り崩した方が賊が押し入った程度にしか捉えられずに済むかもしれないし、あちらの構えも緩くなる。
「決行は二日後、それまでに全ての支度を整えておいて下さい」
「分かった」
背を向けて帰っていく安藤さんを何処か小馬鹿にした目で見ていたことには、気付かないふりをしておいた。
二日後、私達は斎藤龍興がいる稲葉山城の付近にいた。
二千の兵達は物陰に隠れており、いつでも飛び出せるよう待機している。
ちなみに竹中さんが厳選した家臣達はどれも屈強な男達ばかりだった。
うーん、むさ苦しい……何か伊達を思い出しちゃうわねぇ。
いや、あそこは不良の巣窟みたいな感じだから、ちょっと伊達とは違うかなぁ。
「それじゃ、作戦は分かってるね? 各々時間をずらして城に入り、所定の場所で合流すること」
兵達から離れたところで最終確認を行う。
誰も声を上げずに静かに頷き、予め定めておいた班ごとに分かれて行動することになった。
私は第一班、竹中さんと同じ班だ。
私だけ稲葉山城の内部に入ったことがないからって、迷子にならないようにと側に置いてくれたらしいけど、
本当のところはどうなんだか分からない。
多分この人のことだ、何か考えがあって側に置いているんだろうけど、そういう前提で考えていた方がこちらも動きやすい。
いよいよ作戦開始ってことで城へとやってくると、門前にいかにも偉そうって感じの人が足軽達を怒鳴りつけている。
この人は斎藤飛弾守、竹中さんの顔に放尿するという蛮行を働いた男だ。
ってか、あの美しい顔にそんなことするだなんて、まず奴の汚ぇモノをぶった切って口に詰め込んで、
泣き喚いて許しを請うまで甚振ってやらなきゃ気が済まないわ。
「お? 色子が珍しいじゃねぇか。しかも竹中の家臣様を連れてよぉ……しかも何だ? 女連れかぁ?」
嘗め回すように私達を見て、馬鹿にしたように笑った。下品な笑い方がいちいち癪に障る。
やっぱコイツはそれなりの仕置きをしてやらないと。簡単に首切って終わりだなんて許せないわ。
「彼女は弟の側室です。病に掛かったと聞いていても経ってもいられないと」
「はん、随分と熱烈じゃねぇか。あのもやしっ子にゃ勿体ねぇくらいの」
とっとと入れと追い立てる飛弾守は、私が門を入ろうとしたところでしっかりとお尻を撫で回してきやがりました。
その場で叩き切ってやろうかとも思ったけど、ここで事を起こしては全てが水の泡、耐えましたよ。そりゃもう。
絶対コイツだけは生かしておかねぇ。
心の中で私はそう唱えながら、これでもかっていうくらいに殺気を迸らせて城への侵入を成功させました。
この稲葉山城、金華山にある山城で一応“城”という名称がついているんだけど、どちらかと言うと造りは砦に近い。
戦を仕掛けられればここを拠点に動くには良いかもしれないけれども内部から切り崩されると脆そうなのは分かる。
こういう砦なら隠し通路の一つや二つもあって、何かあったらすぐに逃げられるようになってるってのも予測はつく。
多分それは竹中さんも承知の上で、でも逃げたきゃ逃げればいいってスタンスだから特に気に掛けてないんだろうけどもさ。
この城は織田信長が何年掛かっても落とせずにいる難攻不落の城ということもあって、
それが自信に繋がって斎藤家でもここが要となっている節がある。
他の城を攻めても痛手には繋がらないが、この難攻不落の城を落としてこそ意味があると竹中さんは出発前に力説してくれた。
つまりは士気を挫くことで斎藤家からの増援をなるべく遅らせようという策なのかもしれない。
「小夜殿、見て御覧。秋口になればここから金華山の紅葉が一望出来て、それはそれは美しいのだよ」
「まぁ、心惹かれますわね。半兵衛様」
そんな白々しい会話を繰り広げながらもゆっくりと集合場所へと足を運ぶ。
後から入ってきたらしき家来達も徐々に合流し、あともう一組が集合すれば作戦開始になる。
竹中さんを含めれば十七人、うち十四人がずらずらと廊下を歩いている。
この光景は異様なものだが、どういうわけか幸い集まってから一度も誰とも顔を合わせていない。
……もしかして、何処を通れば人と会わなくて済むのか、これも織り込み済みで行動してたってこと?
素知らぬ顔してよくやるわ。こりゃ素直に凄い。感服しました。
「小夜殿」
家臣の一人が私の肩を叩く。全員が揃ったら私の肩を叩くのが合図。そして、私は竹中さんにそれを伝えるのが役目。
前方からこの大行列を見て驚いている斎藤家の家臣達を見て、私は薄く笑った。
「半兵衛様、金華山には竜がいるとか。是非見てみたいものですわ」
その言葉に竹中さんも薄く笑う。
「ならば金華山の竜をこの手で捕まえてみせよう。……皆、行くぞ!!」
「応!!」
一斉に刀を抜いて、竹中さんが予め決めておいた持ち場へと向かう。
ちなみに私は竹中さんに同行して戦う役目を帯びている。
護衛みたいなもんだけど、どうも私以上に強い人が見つからなかったみたいで、割と大役を任されてしまったわけだ。
ま、それも本当かどうか分からないけど。
「なっ……竹中殿!? これはどういうことですか、なっ……」
割合年老いた家臣の一人を叩き切り、城の中にいる兵や家臣達を無差別に切っていく。
仮病で寝込んでいた弟さんも私達に加わっての大乱闘、しばらくこれを謀反とも奇襲とも捉えられず、
ただ家臣同士の喧嘩と捕らえたのが斎藤側の運の尽きだった。
すぐに謀反と分からなかったこともあって、対応がとんでもなく遅くなってしまったからだ。
後で聞いた話なんだけど、竹中さんが集めたのは日頃鬱憤が溜まっているような人ばかりで、しょっちゅう喧嘩している人を中心に集めたのだとか。
そんな人間が暴れれば謀反だと思いそうなものだけど、日頃見慣れている光景というのは
些細な違和感をそこに投じても気付かれないものだと言われて、何だか感心してしまったもんだよ。
「謀反だー!! 出会え出会えー!!」
事実そんな声が上がったのは、城の守りに就いていた兵達を悉く切り捨てた後だったのだから。
本当に勉強になります。奥州に戻ったら、このやり方を倣ってみようかしら。
伊達に謀反を起こしたくなった時にでも。
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