八神家の養父切嗣
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
七話:誰が為の争い
睨み合い硬直した状況でザフィーラは静かに周囲の気配を探る。
相手は魔導士。それもかなりの量の魔力を持っている。
フェイトからリンカーコアを奪えば先程のなのはと同等かそれ以上のページを稼げるだろう。
しかし、欲に目をくらませて己が見えなくなるほど愚かではない。
現在はなのはの治療でユーノが戦列には加わっていないがいつまでも治療しているという保証はない。
フェイトを傷つければ助けに来る可能性は高い。
例え、二対二になったとしても負ける気など欠片もない。
ベルカの騎士に一対一で敗北はあり得ないのだから。
だが、相手がそれ以上の数であれば話は別だ。
ザフィーラの獣の感覚がこの場にまだ出てきていない存在がいることを知らせる。
どうしたものかと無言で思考している所にフェイトが湧き上がる己への怒りを抑え込む様に静かに、深く、声を出す。
「民間人への魔法攻撃、軽犯罪では済まない罪だ」
「手前は―――管理局の魔導師か?」
「時空管理局、嘱託魔導師、フェイト・テスタロッサ」
フェイトの名乗りに二人は僅かに顔をしかめさせる。
管理局はヴォルケンリッターにとっては最大と言っても過言ではない敵だ。
一般の魔導士の練度であれば騎士の足元に及ぶこともないが組織というものは厄介だ。
武力で敵に及ばないのなら搦め手で敵を追い込む。
一騎当千の将と言えど補給を絶たれればいつかは倒れるのだ。
しかも、記憶には自身たちと対等に渡り合う魔導士も数は少ないが確かに存在した。
目の前にいるフェイトとて油断できる相手ではない。
敵にさらに増援が来れば二人では少しばかり厳しい状況となるだろう。
間に合わなかったがフェイトの迅速な行動はザフィーラに管理局はこの世界に目星をつけていたのではと警戒させるに至った。
もっとも、嘱託魔導師について詳しく知っていればそこまで警戒することではなかったかもしれないが常に戦い続けてきた彼等に管理局の知識を求めるのは酷だ。
故にザフィーラは考える。
こちらは既に目的を果たしている。過ぎた欲は身を滅ぼす。
さらにここで蒐集を強行したところで残りは200ページ以上。
リスクを犯してでも無理するにはまだ早い。
(ヴィータ、戦闘を行いながら離脱の機会を探るぞ。もし、可能なら蒐集を行う)
(了解。さっさと奪って帰る)
(あくまでも離脱を優先しろ。敵は一人ではない。何よりこの辺りを警戒されると主はやての身に危険が降りかかる)
(……わかったよ。はやてのためだからな)
離脱を優先する最大の理由ははやての安全の為である。
ただでさえ魔法技術の無い管理外世界の少女から蒐集をしたのだ。
普通に考えれば魔法技術のある世界に行く方がいいものをわざわざこの世界で行ったのだ。
砂漠の中から一粒の砂金を見つけ出すような行動に出た意味。
それは魔力持ちがいるという確信があったからに他ならない。
この世界、もしくはこの近くの世界と関わりが深くなければ分からない。
だというのに来たのは普段から近隣の世界を行き来していると考えられる。
要するに近隣の世界に拠点があることをほのめかしているのだ。
そうなると可能性は低いが人海戦術が可能な管理局にはやてを見つけられる恐れがある。
ならば、追跡されてはやての居場所を知られぬように速やかに撤収するべきだ。
今ならば地球というところまでは絞り込めても海鳴市にまで自分達の拠点を絞り込むことはできない。
拠点を動かすという手もあるが病気のはやてには無理な選択だ。
僅かでも主の身に危険が及ぶのなら主を優先する騎士達だからこそ離脱の道を取る。
「抵抗しなければ、弁護の機会が君にはある。同意するなら、武器を捨てて」
「生憎、捨てる武器なんて持ってねえんだよ!」
「行くぞ、ヴィータ」
ヴィータとザフィーラは最速でその場から離脱を計る。
その場で戦えばなのはを守らなければならないフェイトとユーノは圧倒的に不利だ。
だが、それは誇り高き八神はやての騎士のするべき行いではない。
二人は言葉を交わすこともなく互いに理解し合い潔くその場から去った。
「ユーノ! なのはは!?」
「大丈夫、気絶してるだけだよ」
「……わかった。お願い…っ」
最後の言葉に込められた想いは悲痛なものだったがそれでも無事であることにホッとする。
本来の冷静さを取り戻したフェイトは自身の役目を果たすべく勢いよく空へと駆けあがる。
そしてすぐに腰まで伸ばしたオレンジの髪に勝気な青い瞳を持つ自身の使い魔、アルフが足止めを図っているのが目に入った。
「フェイト、こいつはあたしがやるよ。同じようなタイプだしね」
「分かった。気を付けて、アルフ」
短い言葉ではあるが愛しい主からの確かな激励を受けてアルフは力を込めてザフィーラに右ストレートを繰り出すが容易くいなされてしまう。
お返しとばかりに相手も蹴りを繰り出して来るがそこに覇気は無く、この場から徹底することを優先させていることを伝えた。
だからと言って、通してやる道理は無い。
彼女は犬歯をむき出しにした獰猛でいて美しい笑みを浮かべ語り掛ける。
「そうつれない事をしないでくれよ」
「…………」
だが返って来たのは鋭い拳の一撃だけだった。
素早くそれを交わしたアルフは笑みを消し鋭い眼光を相手に向ける。
「返事が拳ならこっちもお返ししないとね!」
互いの拳がぶつかり合い衝撃波が生まれる。
同じ格闘タイプでは時間がかかるなとザフィーラは考えながらチラリとヴィータの戦況を覗う。
「バルディッシュ」
『Arc Saber.』
閃光の戦斧、バルディッシュが鎌形を形成する魔力刃を、射撃魔法として放つ。
回転しながら向かうそれはさながらチェーンソーといった所か。
しかし、ヴィータはそれに臆することなく自身も攻撃を放つ。
「グラーフアイゼン!」
『Schwalbefliegen.』
四つの鉄球が弾丸と化してフェイトの元へ襲い掛かる。
二人の魔法は互いに直進しながらも交わることなく進んでいき互いに相手をつけ狙う。
それに対しての両者の反応は正反対であった。
「防げ!」
『Panzerhindernis』
ヴィータは強固なバリアを生成し迫りくる閃光の魔力刃を防ぐ。
まるで削り取るように回転を繰り返し、防壁を突破しようともがく魔力刃であったがそのかい虚しく消え去る。
反対にフェイトの方は高速機動戦闘を得意とする半面装甲が薄いためヴィータのような防ぎ方は適さない。
しかし、だからと言ってむざむざ当たってやるつもりはない。
空を舞う鳥のように自由自在に飛び回り鉄球を翻弄する。
高度なレベルの誘導弾であるがほころびがないわけではない。
全ての鉄球が同じ軌道を通るように自身が餌となり誘い出し、当たる直前で急加速をして鉄球同士で相打ちさせる。
どちらもダメージは無く、両者共に一歩も譲らない。
「ち、時間かけれねーってのに」
(どうした。苦戦しているのか?)
(シグナム? 来ているのか)
中々離脱できずにいるヴィータとザフィーラに二人を心配したシグナムが念話を飛ばして来る。
二人は相手と激しくぶつかり合いながら会話を返していく。
(状況はどうなっている)
(このまま戦えば負けることはない。だが、敵が管理局である以上長期戦になれば増援が来る可能性もある。それまでにはここを去るべきだろう)
(結界で中の様子が知れないために今は慎重になっているのだろうが、確かに長引かせるのは得策ではないな)
(結局、どうするんだよ)
(単純なこと―――迅速に討ち果たすだけだ)
その言葉と共に凄まじい速度でシグナムが現れフェイトを剣撃で後退させる。
突如、謎の敵に下方から詰め寄られ動揺する様子にシグナムの騎士道精神は少しばかり申し訳なさを感じる。
だが、戦場ではいつどこから敵が来てもおかしくない。
敵の数を見誤った方が悪いのである。
「レヴァンティン、カートリッジロードだ」
『Explosion』
レヴァンティンから炎が噴き上がりその真価をあらわにする。
シグナムが烈火の将と言われるゆえんこそがここにある。
「紫電一閃ッ!」
愚直に真っ直ぐに。しかし、その軌道からは逃れられない。
凄まじい勢いとエネルギーの籠った剣がフェイトに振り下ろされる。
咄嗟にバルディッシュで防ごうとするが、ベルカ式のアームドデバイスに強度で勝とうなど無謀なのだ。
少し耐えたところで無残にも二つに砕かれてしまう。
「くうっ!」
「はぁっ!」
武器を砕かれたことによる一瞬の思考の停止。
そこを逃すことなくシグナムは容赦なく己が剣を叩き込む。
ルビーのような目が大きく開かれその軌道を為すすべなく映す。
しかし、持ち主が動けずとも―――そのパートナーたるデバイスは動ける。
『Defensor.』
バルディッシュはすぐさま障壁を張り必倒の一撃を防ぐ。
だが、その威力は恐ろしく、完全に力を殺すことはできず本体に罅を入れられてしまう。
それに止まることなく隕石のようにビルの上に打ち落とされてしまう。
それでもバルディッシュの反応によりフェイトの傷に戦列から離れなければならないほどのものはない。
だが、ザフィーラの戦闘でそれが分からないアルフは一目散にフェイトの元へと向かう。
ザフィーラは敢えてそれを足止めせずに行かせる。
このまま責めればフェイトの蒐集も可能だろうが次に撤退のチャンスが訪れるとは限らない。
戦場で引き際を誤れば死あるのみということは十分理解している。
全員がフリーになっている今が撤退するには絶好の機会なのだ。
「ヴィータ、狙いのリンカーコアは奪えたのだな?」
「当たり前だ。それより、シグナム。本当にもう帰るのかよ。あいつもかなりの魔力持ってるから、かなりページを稼げるだろ」
「欲をかき過ぎると痛い目を見るぞ。何より目標を達したにもかかわらず無理をして怪我でもすれば我らが主も悲しむ」
「……分かってるよ」
はやての病気を治すために急いでページを集めるように急かすヴィータだが、その結果自分達が負わなくてもすんだ傷でも負えばはやてが悲しむと言われて冷静になる。
はやてと共に笑って過ごせる日常の為に戦っているのにはやてを悲しませるのはあまりにも本末転倒だ。
そう反省している所にシャマルから念話が入って来る。
(みんな、なるべく早く撤退しましょう。はやてちゃんが私達を心配してお父さんに迎えに行かせるかもしれないの)
(む、主はやてならともかくお父上だと結界に気づかれるな……。分かった、すぐに撤退する)
(じゃあ、一端散っていつもの場所でね)
シャマルからの連絡により完全に撤退の意思を固めるヴォルケンリッター達。
家族にも隠し通すためにこうした弊害が起きるのはどうしても防げない。
因みに今回の件に関しては完全にはやての独断なので切嗣の策略ではない。
何はともあれ騎士達は闇の書のページを大幅に増やすことに成功し傷つくこともなく帰ることに成功したのである。
次元空間航行艦船アースラは今しがた封鎖結界が解かれたことで明らかになったなのはの負傷により慌ただしく動いていた。
そんな中、艦長のリンディ・ハラオウンと執務官のクロノ・ハラオウンは通信主任兼執務官補佐のエイミィ・リミエッタの先程の結界の解析を静かに見守っていた。
「やっぱり、ミッド式じゃないのは確かだよ。多分、ベルカ式なんだろうけど……ちょっと違う」
「古代ベルカというのは考えられないか?」
「古代ベルカ? ちょっと待ってそれだと聖王教会のデータがあれば……」
クロノに一つの可能性を示唆されてせわしなく手を動かし始めるエイミィ。
出来れば今回の敵の情報を映像でも残しておきたかったが結界を自ら解除してあっという間に逃げたために追うことができずに情報を得ることはできなかった。
だが、半ば確信に近い形でクロノは今回の事件が己の過去と大いに関係するものだと考えていた。
検査の結果なのはの魔導師の魔力の源『リンカーコア』が異様に小さくなっていることが判明。
そして、それは本局を騒がせていた一連の事件と同じ流れであること。
このことから一級捜索指定ロストロギア―――『闇の書』が関わっていることは容易に想像できた。
後は証拠が一つでもあれば断定できるレベルなのだ。
「それにしても、立場上動けないのは仕方がないが、やっぱり……傷つくのを見るのは嫌だな」
クロノは己の立場故に事件現場に自由に赴くことのできない歯がゆさを感じる。
残って解析や指揮を執ることの大切さは身に染みて分かっているが部下や家族や友が傷つくのを見ると自分も出ていればと思わずにはいられない。
仮にもう少し連絡が取れない状態が続いていれば自分から艦長に出るように進言していただろう。
誰も彼に責任があるとは思わないが彼だけは送った者達が傷ついたのは自分のせいであると考える。
責任感の強さは美徳であると同時に危うさにもつながる。
そんな息子の姿をリンディは母としても艦長としても見守ることしかできない。
「運命っていうのはどうしてこうも悪趣味なことをするのかしら……ねぇ、クライド」
誰にも聞こえないように呟き、彼女はその顔に影を落とすのだった。
後書き
リンカーコアの詳しい仕組みってどうなっているのだろうか。
魔術回路みたいになってるなら切って繋ぐけど……。
ページ上へ戻る