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ジミーのギター

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4部分:第四章


第四章

「貰って欲しいものがあるの」
 女の子はこう言うのだった。
「それで御願い」
「俺が貰うのか」
「ええ、駄目かしら」
「そうだな。まあいいか」
 ほんの少し考えてから答えた。
「それで。何なんだ?」
「これ」
 差し出してきたのは。またメモであった。
「これ貰って欲しいのだけれど」
「!?これってよ」
 そのメモを見て女の子を見上げて言う。
「歌詞じゃないのかい?」
「その歌詞よ。駄目かしら」
「いや、いいぜ」
 ジミーとしてもこれを拒む理由はなかった。歌詞はあればある程いい。実は彼は作曲は得意なのだが作詞は今一つ苦手なのだ。それで昨日も女の子の歌詞を使ったのである。
「有り難く貰っておくさ」
「きっとこれもいい歌になると思うから」
 にこりと笑ってジミーに告げる。
「可愛がってね」
「わかったさ。じゃあ有り難くな」
「ええ」
 こうして彼はその歌詞も受け取った。自分の曲と合わせてみたそれはやはり美しくしっとりとしたいい曲であった。所謂バラードであるがそれでも彼の気に入ったのである。
 公園で演奏してみると道行く人々に好評であった。ストリートミュージシャンとして演奏する時はギターケースをお金の受け皿にするのだがそれが一杯になる程であった。
 演奏が終わった夕方。彼は公園の花壇の前のベンチに座っていた。そこで色とりどりの花達を見ていたのである。赤に黄色、白とみらびやかなものであった。
 花はチューリップが多い。彼は満足した顔でそのチューリップ達を見ていたのである。
 そこに。また彼女が来た。
「今回も上手くいったみたいね」
「ああ」
 もうそれが誰なのかはわかっていた。彼女である。
「おかげさまでね。繁盛したよ」
「感謝しなさい」
 女の子は笑って彼に言ってきた。
「私のおかげよ」
「ああ、全くだ」
 彼もそれを認める。笑って。
「こんなにいい気持ちになれたのはさ、正直はじめてだよ」
「そうだったの」
「だってよ、流れだぜ」
 笑みを浮かべるがそれは苦笑いであった。
「どうしても集まったり集まらなかったりで。しんどいものさ」
「ふうん」
「まああんたに言っても仕方ないけれどな」
 ここまで言って一旦苦笑いを消した。
「それはな」
「まあそうね。そうだけれど」
「何だよ」
「それでも今日は成功したじゃない」
 それは事実だった。それだけは笑顔で認められるものであった。
「でしょ?」
「ああ。こんないい歌詞ははじめてだよ。あんたの曲かな」
「そうよ」
 答えは予想されたものであった。だから聞いても別に何も思わなかった。
「誰も歌うことはないから。それで」
「誰もって」
 ジミーは女の子のその言葉に眉を顰めさせた。
「あんたはどうなんだよ」
「私は歌えないの」
 少女は寂しげな笑みを浮かべてジミーに答えた。
「残念だけれど」
「残念ってまた変なこと言うな」
 ジミーはこの言葉の意味がどうしてもわからなかった。
「どういうことなんだよ、それって」
「私は本当はここにはいないから」
「ここにって!?」
 さらにわからない言葉であった。ジミーは眉を顰めさせるだけでなくその首も傾げさせて考えた。女の子の言葉の意味が全くわからなかったのだ。
「どういうことなんだ、それって」
「私。本当は七十年以上も前にここからいなくなったの」
 女の子はまた言った。
「もうね。結構経つわね」
「それってまさか」
「そう、そのまさか」
 女の子は答えた。ジミーも言葉の意味がわかった。
「わかたわね」
「ああ、そういうことか」
 納得して頷いた。それならば話がわかった。
「あんた、だからなのか」
「歌えない理由は。それなのよ」
「道理で服が古いわけだ」
 それもようやく納得がいった。それならば話がわかる。
「あんた、それでもずっとここにいたんだな」
「探してたのよ」
 女の子は答えた。
「私の曲を歌ってくれる人。やっと見つけたわ」
「俺でいいの?」
 いつもは明るい自信家のジミーも今日ばかりは違っていた。今日は女の子の前で真剣な顔で静かに謙虚になっていたのであった。
「俺なんかでさ」
「貴方だからよ」
 女の子は優しい笑顔で彼に答えた。
「貴方のギターで歌って欲しいの。いいかしら」
「俺でよかったら」
 彼も謙虚な声で答えた。
「歌わせてもらうよ」
「有り難う。じゃあ頼むわね」
 女の子は優しい笑顔のまま彼に言う。彼もその言葉を受けていた。
「ずっとね。歌っていて」
「ああ、これからどうなるかわからないけれどな」
 ジミーも答えて言う。
「歌うさ、ずっと」
「御願い。それじゃあね」
「これからどうするんだ?」
「もう伝えたいことは伝えたから」
 そうジミーに答える。
「これでね」
「行くんだな」
「ええ、上に」
 空を指差して言う、
「行くわ。やっと行けるわ」
「伝えたくて。ずっと残っていたしな」
「それももう終わり」
 その姿が消えかけていた。本当に上に行こうとしているのがわかる。
「後は。御願いね」
「ああ。それじゃあさ」
 ジミーはギターケースを開けた。そうしてギターを手に取って彼女に言う。
「最後に一曲どうだい?」
「いいの?」
「だから俺はミュージシャンだぜ」
 笑って言うその言葉は笑顔だった。多分に自称であるが。
「だからさ。気にするなよ」
「そう。有り難う」
「礼を言うのも俺さ」
 また言った。
「そこんところも宜しくな」
「じゃあ」
「ああ、聴いてくれよ」
 ギターの演奏をはじめて女の子に言った。
「俺の新曲さ。歌詞は即興だけれどな、それでもいいかい?」
「悪いわけないじゃない」
 姿をゆっくりと薄くさせながら。答える。
「だから」
「じゃあ。聴いてくれよ」
 演奏を本格的にはじめて。また声をかける。
「俺の祝福の歌」
 ジミーは歌いはじめた。女の子は清らかな笑みでその曲を聴いていた。
 曲が進むにつれてその姿が薄くなり。終わる頃には完全に天に昇っていた。歌い終えたジミーは彼女がいなくなったのを確かめて静かに笑ってこう言った。
「天国でもさ」
 空を見上げる。彼女のいる空を。
「いい歌詞を作ればいいさ」
 伝説のギタリストジミー=オズバーンの学生の時の話だ。これが本当なのか作り話なのかはわからない。だが彼がこの話をずっとその心に留めてギターを奏でていたのは事実である。その心は確かにあったのだ。


ジミーのギター   完


                  2007・10・10
 
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