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風葬

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6部分:第六章


第六章

「これは一体」
「何ですか?」
「昨日お話しましたよね」
 ところが老人はまた笑って私達に話してきたのだった。
「特別に肉が入るかもと」
「まあそうですが」
「そういえば」
 言われてみればそうだった。確かにその話は聞いた。しかしそれが何かは実はよくわからなかった。だが肉は確かに出て来ていた。
「じゃあこの肉がですか」
「それなのですね」
「そうです。ささ」
 老人は答えながら私に尋ねてきた。
「召し上がって下さい」
「はい、それでは」
「わかりました」
 私達は老人の言葉を聞いてそのうえで井端を囲んで座わりそのうえで箸と椀を手に取ってその鍋を食べはじめた。当然その肉もだ。肉はどうも牛肉と豚肉を合わせたような。そんな妙な味がした。やはりそれは私達の全く知らない食べたことのない肉だった。
「如何ですか?肉は」
「この肉は」
「変わった味ですね」
 それに妙に筋ばっている。食べてみてまた思うのだった。
「はじめて食べますよ」
「このような肉は」
「ははは、そうでしょうな」
 老人は私達の話を聞いて笑ってきた。何処か楽しそうに。
「それは。この村でしかないものかも知れませんからな」
「この村にですか」
「私達にとっても特別な肉です」
 老人はまた私達に話をしてくれた。特別と聞いてもやはりわからない。職業柄今までフィールドワークであちこちを回っているがその時にかなりの種類の肉を食べてきた。しかし本当にこんな肉ははじめてだった。どんな家畜でも獣でも鳥でもない。まして魚でもなかった。
「そうです。誰かが死んだ時にしか食べられないような」
「食べられない?」
「誰かが死んだ時に」 
 私達はそれを聞いてまた首を傾げさせた。それを聞いてまずは儀礼的に食べられるものかと思った。だがそれが違うらしいということも老人の表情からわかった。
「食べられるものです」
「誰かが死んだ時にというとそれでは」
 教授が老人に問うた。
「儀礼として食べるのですか?」
「いえいえ、違いますよ」
 しかし老人はそれを笑って否定するのだった。
「この肉は有り難い肉ですよ」
「有り難い?」
「そうです。誰かが死んだ時に」
 そしてまたこのことを私達に話してきた。
「見送ってそれから食べるものです」
「見送る?」
「それから?」
「そう。つまりこれは」
 ここで話が変わった。少なくとも私達の間では。老人はそのうえでまた話してきたのだった。
「そう、昨日死んだ婆さんのものですじゃ」
「!!」
 私達はそれを聞いて絶句した。その瞬間に手に持っていた箸と椀を落としてしまった。中に残っていた肉と汁が床を汚すがそれはもう目に入らなかった。
「この村は貧しい村です」
 老人は少し寂しそうに語ってきた。
「食べるものも少なく。特に肉は」
 その肉の話だった。
「そうそう手に入るものじゃありません。獣にしろ鳥にしろいつも捕まるわけではなし」
 そしてそれはそのまま村にとっては死活問題になる。食べ物が少なければ当然のことだ。私は唖然としていたがそのことは自然に頭の中でわかった。
「それで食べはじめました。死んだ者の肉を」
「な・・・・・・」
「いやいや、人は死んでもそれでは終わらない」
 老人はここでは妙に楽しそうに話してきた。
「その通りですなあ、本当に」
 そしてまた私達に言うのだった。
「ささ、本当に特別にしか食べられない馳走です。どうぞどうぞ」
 私達の記憶はここから途切れている。おそらく血相を変えて老人の家も村も山も飛び出たのだと思う。気付いた時には朝になっていてその山からかなり離れた別の山にいた。荷物だけは持っていてそのうえで身体中汗まみれだった。私も教授もそれから思いきり吐いた。
 このことを信じてくれる人はいないかも知れない。しかしこれは本当のことだ。まだ日本には風葬が残っていてそして肉を食べるならわしも残っている。私と教授が体験したこのことは今まで誰にも言ったことも書いたこともない。だが今ここでこのことを書いておきたい。信じてくれるかどうかは別として真実のこととして。


風葬   完


                  2009・5・18
 
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