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異界の王女と人狼の騎士

作者:のべら
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第五十三話

 場所を譲ったせいか、先ほどまでの激痛はまったく感じない。穏やかな状態だ。
 まだ目は潰れているために、目を開けることはできない。しかし、うすあかりの中の様な景色が広がっている。これは目で見た世界ではないのか?
 ゆっくりと俺であって俺でないものは起き上がる。
 左手だけしかない。右腕は蛭町に食いちぎられて喰われてしまったのか、視界の中には見あたらない。
 両足は付け根から千切れ、直ぐ側に転がっている。それを左手で掴むと、千切れた部位にあてがう。
 ぶくぶくと泡立つ傷口。千切れていた筋肉の繊維や血管、神経がウネウネと動いて絡み合い接合されていく。めくれあがった皮膚も元通りになっていき、裂け目で繋がるとあっというまに平らになっていく。出血も瞬く間に止まっていくのが分かる。

 恐ろしいまでの快復力だ。
 完全に接合するまでに30秒とかかっていない。
 【俺】はゆっくりと足を動かす。何の違和感もなく、両足が起動する。
 左腕でバランスをとり、【俺】は立ち上がった。
 左手で潰れた両目をゴシゴシと擦る。バラバラとかさぶたになっていたものが落ちていく。そして再び俺はまぶたを開いた。

 ……そこには再び光があった。僅かな時間で完全に潰された眼球が復活していたんだ。

 首まわしてゴキリゴキリと鳴らすと、蛭町のミミズムカデがゆっくりと獲物を追い詰めるように王女に迫っているところだった。

 王女はジリジリと後退をしている。
 それでも漆多からゆっくりと離れ、彼に逃げるチャンスを作り出そうとしているようだった。あんなに糞味噌に言ってたのに、なんとか漆多だけでも助けられるように行動していたんだ。
 でも直ぐに追い詰められていく。

 蛭町は楽しそうにしているのが奴の無数の足の動きで分かった。
 とんでもなくむかついてきた。

【おい、こら。……ロリコン野郎、おめーだよ】
 俺が叫ぶ。
 
 蛭町が驚いて飛び上がった。
 慌ててこちらを見る。
 そして俺が立ち上がっているのをみて眼を剥くのが分かる。
 喉もとの蛭町の顔にも驚愕が見て取れた。
 まさか起き上がるとは、それどころか話しかけてくるなんて想定もしてなかっただろうな。俺もしてないけど。

【糞野郎、しかし、派手に痛めつけてくれたなあ。今からきっかりと仕返しをさせてもらうぜ、へへ。見てろよ、糞虫】
 俺が舌なめずりをする。
【うおんんとうおりゃー】
 全身に力を込めた。全身に力がわき上がる。そしてそのエネルギーを右腕、付け根から千切れた部位へと移動させていく。
 千切れた傷口が信じられないほど熱くなる。燃えるようだ。そして何か強力なエネルギーがそこに集中していくのが分かった。一体何が起こるのだろう。傍観者的立場で俺は其の情景を見ている。
 千切れた右腕の切断部、ねじ切られた骨、派手に損傷した筋肉、血管、よくわからない器官。見てるだけで気持ち悪い。このままだと徐々に腐っていく部位が意志をもったかのようにゆらゆらと動き始めていたんだ。
 俺は無い腕を使って野球の投手のように振りかぶり、力任せに振り切った。
 にゅるにゅるといった奇妙な感覚が無いはずの腕を伝わっていく。
 ヌルヌルしたものが擦れる音も聞こえる。それはやはり右腕の方だった。
 俺は目をやる。
 
 ————ありえねえ。

 そこには粘度の高そうな透明のジェルのようなものが塗りたくられテカテカしている腕があった。
 突然生えてきていた!
 そんなのあり得ない。

【よし、まあまあってところかな】
 そう言って俺は生えてきた、生まれたての新品の右腕をぶるぶるんと振り回す。
【感度良好。良い感じだ】

 キシャー!!

 やっと状況が飲み込めたのか、ムカデ蛭町は王女を襲うのをやめてこちらを向いていた。ギラギラと

した目でこちらを睨んでいる。

【気持ち悪い生き物だな、お前。さっさとぶっ殺してバラバラにしてやるよ】
 そういうと無造作に、奴に向かって歩き出す。

 蛇の頭がいきなり地面にまで下がる。同時にムカデの体がくの字になる。高々と持ち上げられた背中にはあの瘤があった。無数のトゲが生えたあの瘤が。
 部屋中に響き渡る爆発音がし、再びトゲが一斉に発射された。
 今度は全てが俺のほうに向けられている。

 何十本のトゲが猛スピードで飛んで来た。
 さっきの攻撃より速度は速い。

 俺は回避行動を取らずに、ずいと前に歩く。無数のトゲが直ぐ側にまで接近している。俺は手で顔を覆い、目を閉じようとした。
 当然、俺の体は俺の意志と関係なくなっているから、そう思っただけだった。現実の時間は流れ続けている。

 無数のトゲは止まっているようにしか見えない。完全にスーパースロー画像が眼前で展開されている。

 俺はトゲをかわしながら蛭町へと接近していく。どうしても邪魔になるトゲは片手で掴むと、無造作に後へと放り投げる。
 飛んでくるトゲはゆっくりと動くのに、放り投げたトゲは普通の時間の中で動いているようにくるくる回って飛んでいき、壁に当たって粉々になった。
 
 これは恐ろしい速度で俺が動いているということなのか?
 そんな疑問を感じる内に、蛭町の体が直ぐ側にあった。
 蛭町も俺が高速で移動し接近していることを感じ取ったんだろう。回避行動を取ろうとする。
【ばーか、遅えよ】
 ニヤリと笑うと、俺は奴の背中の瘤を両手で鷲づかみにする。
 そしておもむろに引き千切った。

「ぎょびー(^^;」
 間抜けな声を上げて、ムカデ体の蛭町が飛び上がった。背中からは大量の出血。
 瘤は血管か神経節かなんかわかんないどす黒い根っこのようなものがあって、それが奴の胴体と繋がっていたみたい。

 俺はにっこりと笑うとさらにひっぱり、その根っこをぶち切った。

「ぎょうんんぎょうん」
 蛇の口から悲鳴らしきものがあがった。同時に奴の体の中に取り込まれた連中も悲鳴を上げたようだ


「いてぇいてぇ」

「ひー」

 どうやら、この化け物と取り込まれた連中は完全に同一の体になっていて、痛みは共有しているようだ。

 まずい……。
 攻撃を加えればあの取り込まれた連中も傷つく。そして殺せば奴らも死ぬということなんだ。果たしてそんなことできるのか??
 俺は動揺を隠せない。明らかに攻撃をしてきてくれたら殺すのを覚悟で攻撃ができる。でも、あんな連中でも今は人質として取り込まれているんだ。そんな連中を殺せるのか?……それが許されるんだろうか。

 でも、そんなことをまるで興味が無いかのように、俺は動くんだ。

 
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