異界の王女と人狼の騎士
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第五十話
「くそっ」
俺はつぶやき、一歩前に出る。出るしかない。
退くことはありえない。
一人なら逃げられる。でも、王女と漆多を連れて、この狭い地下室から逃げられるとは思えなかった。
その刹那、奇声を上げて蛭町は鎌首をもたげ、威嚇を始めた。
ぎゃひんぎゃひん。
奇妙な音がする。
ずぶずぶという肉が裂けるような音も聞こえた。蛭町の全身が震える。
「な、なんだ」
俺は奴の体の背中に巨大な瘤が出現するのを見た。
それは巨大なカボチャのように見えた。どす黒い体に深緑色の大人でも抱えきれないほどの大きさの肉の固まりだ。
赤黒いヌルヌルした液体がその物体からしみ出して来るのとほぼ同時に、まるでサボテンのように無数のトゲが突きだしてきた。
奴の体から推測するとそのトゲの太さは大人の親指程度はあり、長さは飛び出している部分だけで50センチはあるだろう。色は黄色いがかなり固そうだ。先端も相当の殺傷能力を秘めた尖り具合。それが数え切れない数で出現した肉塊をハリネズミのようにしたんだ。
あれで自分の体の死角部分をカバーするつもりなのか? 俺はそう考えた。
巨大化したため、奴の胴体部はかなり長くなった。当然、背後の死角は増えているし、背中部分を狙おうと思っていたところだった。あんなトゲがあるとやっかいだ。トゲを飛ばすかもしれないし。
そしてふと奴の全身をみて、衝撃を感じた。
……奴の体から死の線が完全に消えていたんだ。
人間を取り込むまでの間は確かに無数の線と肉塊が見えていた。なのに、完全に人間を取り込み同化したことが原因なのか、完全に消え去っていたんだ。
これでは奴を殺すことができない……のか? そんな嫌な予感がし、暑くもないのに額から汗がしたたり落ちるのを感じてしまった。
でも、このまま睨み合うわけにはいかない。時間が経てば経つほど奴に有利。
俺はさらに一歩足を踏み出した。
「ぎゃしゅー」
呼気を猛烈に吐き出す音がした。
刹那、奴の背中に出来ていたトゲトゲの肉塊が大きく膨らんだ。
まるで何かを吹き出す予備行動のように……。
「しまった……」
俺は猛然と加速した。
蛭町の方ではなく、奴を回避しつつ王女の元へと駆けだしたんだ。
そう。奴の肉塊が膨らんだこと。それはその肉塊から生えだしたトゲを発射する予備動作なんだ。全方位にあのトゲが発射されるだろう。数はあまりに多い。それがこの狭い地下室内に打ち出される。すなわち王女の身が危ないということだ。
奴は俺を殺すより先に、王女を抹殺することを優先したのか?
破裂音が地下室に響き渡る。
蛭町の背中の肉塊から無数の矢よりも強靱で鋭利なおそらくは恐ろしく硬度のある槍のようなトゲが一気に射出された。
打ち放たれた矢の様な速さで飛ぶ。
俺は全力疾走で走る。
軌道上のトゲを手や足で払いのけながら王女の元へと走る。
王女は咄嗟におもちゃの人形を盾代わりに立たせるが、防ぎきれない。
「くっそぅ!」
俺は彼女に向かって飛んだ。
王女を抱え込むように抱きしめるとそのまま倒れ込む。
いくつかの衝撃を背中や足に感じると同時に、激しい痛みを感じた。
「大丈夫か? 」
俺は腕の中の少女に問いかける。
目を閉じた王女が眼を開き頷く。
どうやら怪我は無いようだ。
彼女を庇うように立ち上がり、蛭町の方を振り返る。
奴はまだ背中をこちらに向けたまま、発射の余韻に浸っているように見える。
俺は自分の体の具合を見る。
左肩に1本、背中に3本、右足に1本の太く長いトゲが突き刺さっている。かなり深く突き刺さっているため、少々動いても抜け落ちることはなかった。その一本に手をかけようとする。
「ぐがっ」
突然、突き刺さったトゲが動き出した。
ドリルのように回転し、さらに奥へとめり込んでいこうとし始めたんだ。
再び傷口から出血が始まる。
奴はまだ背中をこちらに向けたまま、発射の余韻に浸っているように見える。
俺は自分の体の具合を見る。
左肩に1本、背中に3本、右足に1本の太く長いトゲが突き刺さっている。かなり深く突き刺さっているため、少々動いても抜け落ちることはなかった。その一本に手をかけようとする。
「ぐがっ」
突然、突き刺さったトゲが動き出した。
まるで意志を持っているかのように、そいつはドリルのように回転し、さらに奥へとめり込んでいこうとし始めたんだ。
再び傷口から出血が始まる。
慌ててトゲを掴むと、力任せに引き抜いた。
肉が抉られるような音と激痛。思わず呻いてしまう。
引き抜いたトゲの先端を見ると、それは膨らみ無数の突起ができあがっていた。その返しになっている部分にねっとりとした物体がこびりついていた。俺の体内の肉を抉ったものだろう。
痛みに耐え、残りの四本も引き抜いた。
トゲが刺さっていた部位はぽっかりと穴が開いている感覚がある。しかし流れ出ていた血は直ぐに止まっていた。急速に負傷した部位の再生が行われ出している感覚。
「うぎょぎょぎょ、たすげて」
人の悲鳴が聞こえる。
とっさにそちらを見ると、全裸の漆多が転がり回っていた。 発射されたトゲの軌道上に漆多がいたのだった。
彼のお尻にトゲが突き刺さっているんだ。そしてそれは回転をし、彼の体内にさらに入り込もうとしていたのだった。
「大丈夫か」
俺は彼に駆け寄る。しかし思うように体が動かない。トゲの直撃を受けて負傷したため、まだ体が回復できていないんだ。
足を引きずるような感じで近づくしかできなかった。
「早く助けてくれ、うぎょ。う。食い込んでくるよう」
ボロボロと泣きながら訴えてくる。
刺さった場所を見ると、子供の腕くらいの太さのトゲがゆっくりと回転をしている。
体内にだいぶ入り込んでいる。
大丈夫か?
「漆多、少し痛いが我慢しろよ」
漆多がぐちゃぐちゃの顔で頷く。
右手でトゲを掴み、左手で彼の体を押さえると一気に引き抜いた。
かつて聞いたことのないほどの大きな奇声が響いた。
同時に肉の抉れる音と一緒に、トゲが体から引き抜かれた。
「ひいひいひい〜」
白目を剥いて泡を吹きながら彼はこちらを見ている。激痛のためひきつけを起こしたのか?声をかけても反応が弱い。俺が視界に入っているかどうかさえ分からない。
「まずいな、直ぐ病院にいかないと……」
そう言いかけて俺は言葉を止めてしまった。惚けてしまっていたはずの漆多の顔に恐怖が張り付いていたんだ。眼球が飛び出さんばかりに眼を大きく見開き、声にならない声をだし、口をパクパクする。
「シュウ! 後よ」
王女の声に反応し、俺は背後を見た。……そして愕然とした。
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