異界の王女と人狼の騎士
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第四十五話
「さて、今度は俺がお前をぶちのめす番だな。……月人、この前はよくも酷い目にあわせてくれたよな。でも今度はそうはいかない。お前の卑怯なチートにやられたけどな。俺も力を手に入れた。さて、どうなるかな」
にやっと嗤った瞬間、残像を残し一気に距離を詰めてきた。
疾い。
同時に右肘打ちがえぐるように俺の側頭部を狙って打ち込まれてくる。とっさに左手でガードするが、威力がでかすぎる。体ごと吹き飛ばされる。同時に反対側からそれを迎え撃つように左腕がボディを狙ってくるのを視野に捉えた。しかし、回避も防御もできないまま、そのパンチの直撃を受けた。
衝撃のサンドイッチで思わずうめき声を上げ、思わず跪いてしまう。
反撃のチャンスをうかがおうと上を見た時、奴が顔面を狙ってけり込んでくるのが同時だった。
一瞬、視界が真っ暗になったと思った刹那、俺は宙を浮かんでいるような感覚を受けていた。十秒くらい宙に浮いていた? 実際は瞬間的なものだったんだろう。
落下して激しく背中と後頭部を床に打ち付ける。
「ぐはっ」
呻いた俺が見たものは、蛭町が宙を舞い、俺の体に落下してくるところだった。
両膝が俺の胸にめり込む感覚と同時に激痛が襲う。
ボキリ。
枝が折られるような嫌な音を聞いた。どこかの骨が折れたんだろう。でも俺にはどこが折れたのか確認することができなかった。 マウントポジションになった蛭町が両腕を振り回して俺の全身を殴りだしたからだ。
猛烈なラッシュ。
俺は防御するのに精一杯だ。
「うりゃりゃりゃららららっ!! 」
奇声を発しながら恍惚の表情を浮かべながら蛭町が子供の喧嘩のように両腕を振り回して俺に叩きつけてくる。
子供の喧嘩と違うのは奴の一発一発のパンチは全て必殺の威力を秘めていること。
圧倒的状態に興奮はさらに高まる。
「うおおお! 死ね死ね死ね。俺様を馬鹿にした罪を償いやがれ。お前みたいな奴が俺様を侮辱するなんて許されないだよ。くそったれめ、俺様に恥をかかせた罪は万死に値するんだよ」
唾を飛ばし、眼を血走らせながら喚き散らす。極度の興奮が彼の理性を奪っていくかのようだ。
一撃一撃が鉄のハンマーで殴るような威力の攻撃。その攻撃を微妙に反らせて威力を半減どころか十分の一くらいに減殺させながら俺は冷静に現在の状況を認識しようとしている。
周囲の音が次第に小さくなり、世界の時間がゆったりと流れているように感じる。
王女が何かを俺に向かって叫んでいるようだけど、ゆっくりすぎてよく聞き取れない。
相変わらず漆多は局部を露出させた哀れな姿で必死に逃げ道を探しながら喚いているようだ。
そして静寂。
そして時が止まる。
俺は動きを止めた蛭町の両腕にある死の線をなでる。
プチプチという柔らかな感触が指先に伝わってくる。
なんだかくすぐったい。
そして右腕は肩のすぐ上、左腕はちょうど肘のあたりに見える瘤をそっと掴んだ……。
少し暖かく柔らかい。
そして少し力を入れて、それを握った……。
ぷしゅ。
裂けるような音がして、赤黒いものが瘤からあふれ出した。
あまりにも簡単に壊れちゃった。
刹那、止まった時間が動き出す気配。
無音の世界がいきなり騒々しくなるのを感じた。
ぶしゅる。
直ぐ近くで何かが千切れるような音が聞こえた。それも2回。
相変わらず俺の体の上では蛭町が喚きながら両腕を回転させている。
その彼の背後を2つの物体が舞っていくのをぼんやりと俺は見る。それぞれは何かから切断されたもののように見え、真っ赤な液体をロケットのように噴射させながら飛んでいる。
くの字型になったその2つ、いや2本だな。その物体はくるくると宙を舞い、やがて床に落下した。
結構派手な音を立てて落ちた物体は、床に真っ赤な液体をぶちまける。
釣りあげた魚のように床で少しの間飛び跳ねたそれは、やがて動かなくなった。
「ほげ、なんじゃこれ」
蛭町が思わず声を上げて、それを見る。
グルグルと腕を回しているが、その先にあるべきはずのモノがないことにまだ気づいていないようだ。
「腕じゃねえか。誰の腕? 」
辺りをきょろきょろと見回す。
眼球は飛び出しそうなほど露出し、血走った彼の瞳はもはや人間とは思えない。
辺りを見、俺を見、そして自分の腕をみた瞬間、彼は絶叫を放った。
「俺のかよぉ〜! 」
初めて自分の両腕が失せたことを認識し、神経が繋がったのか?
「そう、お前の腕だよ……」
俺は囁くように言うと、両手を彼の顔へと差し出す。
彼のおでこ付近を漂っている瘤を掴もうと思ったんだ。
「ひへぇっ! 」
咄嗟に危険を察知したのか、蛭町は瞬時に後方へ飛び去った。
「てめー何しやがったんだ」
両腕を失ったことでバランスを崩しているように見える。
俺を見る眼は怒りに燃えている。
「くそうくそう! 」
ジリジリと後退をしながら、逃げ道を探しているよう辺りを見回す。
蛭町が近づくことで一緒にいたチンピラどもは恐慌状態に陥り、奇声を上げて必死に這い回り彼から離れようとする。
「そっちに逃げても無理だよ」
俺は一歩脚を踏み出す。
奴の背後は壁。逃げ道は無い。逃走するためには俺の横を通過し、ドアから出て行かなければならないんだから。
「終わりだな」
俺はさらに一歩踏み出す。
「何で勝てない。俺が負けるはずがない……。くそくそ。なんでこいつに。なんで恥をかかされたままで負けなければならねーんだ」
悔しそうに全身を震わす。
哀れな目で俺を見、絶望と怒りが入り交じった表情を見せた後、悔しそうに顔を歪ませる。
拳を床にたたきつけたいのだろうけど、彼にはその両腕が無くなっている。
「……なあんてね、ププ」
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