キル=ユー
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3部分:第三章
第三章
それから帰ってシャワーを浴びる。携帯を見ると伝言が入っていた。
「あいつからか」
知り合いの斡旋屋だ。斡旋といってもそれは普通の仕事の斡旋じゃない。裏の仕事だ。俺は他にも仕事の入るくちは持っているがこいつから入るやつが一番多い。それを見て俺は携帯から電話をかけた。
「よお」
「おお、帰って来たか」
斡旋屋はすぐに俺の声だとわかって声を返してきた。
「いないんでな。出掛けたんだろと思って伝言にしといたぜ」
「ああ、ちょっとトレーニングにな」
俺は煙草に火を点けながら答えた。
「そうか。可愛い娘ちゃんのところじゃないのか」
「可愛い娘ちゃんのところには夜だな」
俺は冗談めかしてこう言い返してやった。
「朝から遊べるなんて娘はニューヨークには少ないぜ」
「裏道に行けば幾らでもいるだろう?」
「ハーレムとかか?」
「そっちには行かないのか?」
「生憎シマの関係でな」
ハーレムはアフリカ系の場所だ。このニューヨークは無秩序なようで実は複雑に規律ってやつが入り混じっている。特に俺達の世界はだ。イタリア系はハーレムにはあまり顔を出さない方がいいとされている。チャイナ=タウンもだ。遊びに行くのならいいが女を買ったり雇われた仕事以外で仕事の時に入り込むのもよくない。下手したらそこの顔役に睨まれて自由の女神の前の海で海中水泳だ。そしてそのまま鮫の餌だ。
「行かないんだよ」
「そうか、真面目なんだな」
「御前さんはいいよな、ハーレムにいて」
「まあな」
この斡旋屋はアフリカ系だ。だが俺達みたいなイタリア系とも関わりがあって仕事を回してくれるのだ。
「そっちのチョコレート色の可愛い娘ちゃん達は嫌いじゃねえよ」
「じゃあ今から来るかい?」
「いや、気分じゃない」
俺はそう言ってその誘いを断った。
「気が向いたら夜にでも行くさ」
「そうか」
「その時はこっちから連絡するよ。それでな」
「ああ」
「仕事のことだ」
俺は言った。
「伝言入れたのは仕事の話だろ?」
「ああ、そうだけどよ」
「どんな仕事なんだ?殺しか?」
「そうさ。マフィアの抗争でな。あんたの馴染みの話だろ?」
「そうだな」
イタリア系にとっちゃ本当に馴染みの話だ。こいつが俺に回してくる仕事は大抵殺しだがその中でもマフィア絡みが異様に多い。というかそればかりの気もする。
「で、今度は何処のファミリーのどいつをばらせばいいんだ?」
「ザリアーノ家のやつだ」
「ああ、あそこか」
家の名前だけでわかった。最近やけに勢力を伸ばしている新入りの家だ。
「あそこのドンの弟をやって欲しいそうだ」
「報酬は?」
「一千万ドルだ」
「おい、そりゃまた凄いな」
かなりの破格だった。この仕事は一つ一つの仕事の報酬は馬鹿高いがそれでも異様に高かった。
「何でもその弟にかなりやられたらしくてな、依頼主は」
「かなり、ね」
それを聞いて依頼主が誰かおおよそわかった。ザリアーノは最近賭博でかなりもうけている。それでやられたとなればその対抗馬だ。丁度ついこの前までニューヨークの裏の賭博を仕切っていた家の奴等からだと悟った。
ザリアーノ家じゃ今名前が出ているドンの弟がそれを仕切っている。だからそれを何とかしたいのだろう。
「それでその弟をズドンとやって欲しいってわけだ」
「それだけで一千万ドルか」
「どうだい、やるかい?」
斡旋屋は尋ねてきた。
「嫌だってんなら別の仕事もあるんだけどな」
「おい、今更そんなことを言うのかよ」
俺は電話の向こうの斡旋屋に苦笑いを浮かべてこう言ってやった。電話の向こうからじゃ苦笑いなんて見えはしないのはわかっているが。
「そんな美味い話を持って来ておいてよ」
「じゃあ受けてくれるんだな?」
「当たり前だろ」
俺はすぐにこう言い返した。
「一千万ドルの仕事なんて滅多にないからな」
「よし、それじゃあ話は早いな」
「ああ」
「頼むぜ。終わったらすぐに教えてくれよ。こっちでも確認するからな」
「わかった。それじゃあな」
「よし」
こうして話はまとまった。俺は電話を切ってテーブルに向かった。そしてそこに置いてあるノートパソコンのスイッチを入れたのだ。
「ザリアーノ家っていうとだ」
まずはターゲットに対して調べることにした。
「ふん」
俺のパソコンは普通のパソコンとは違う。裏の世界に関することがしこたま入っている。そしてそこで色々と調べた。その日はそれで夜まで過ごした。
仕事自体は結構楽に話を進められそうだった。ザリアーノの弟は大のオペラ好きで特にプッチーニがお気に入りらしい。そして次の日はメトロポリタン歌劇場で三部作をやる。プッチーニの作品の中でも変わったやつだ。
「ルイージみたいにやってやるか」
三部作は三つの作品からなっている。ルイージというのはその中の一つ外套に出て来る間男だ。誘惑した女房の旦那に殺されるという救いのない奴だ。思えばザリアーノの弟は賭博場を取っている。間男に似ていると言えば似ていなくもない。おあつらえむきだと思った。
仕事は夜だ。俺は次の日メトロポリタン歌劇場に向かった。
前に噴水がある大きなガラス窓の歌劇場がそこにはあった。中からシャガールの絵が見える。これがメトのトレードマークだった。
「さてと」
俺はとりあえず身を隠すことにした。もう暗くなっている世界は身を隠すにはもってこいだった。
「後はジミーが仕事を終わらせるだけだな」
メトの音楽監督で指揮者でもあるジェームス=レヴァインのことだ。クラシックの指揮者とは思えない眼鏡にアフロ、丸々とした大きな身体がトレードマークだ。おおらかな性格で愛嬌があることで知られている。ニューヨークの人間からもジミーと呼ばれて親しまれている。
俺は仕事に使うライフルを取り出しその先にサイレンサーを付けた。これで仕事の準備は整った。
一時間程待っていると歌劇場の中から人がぽつぽつと出て来た。ジミーが仕事を終えたらしい。
タキシードを着た紳士や絹のドレスで着飾った貴婦人達がいる。アメリカでもこうした洒落た世界があるのだ。シカゴでもニューヨークでもこれはある。俺もオペラは嫌いじゃない。こうした雰囲気は歓迎するところだ。
「けどな」
この時ばかりは違っていた。
仕事の方に頭がいっていた。そしてターゲットが出て来るのを待った。
「あいつか?違うな」
歌劇場から出て来る男を一人ずつ遠くから確かめる。だがまだいない。
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