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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第64話 奪われたら取り返す


~????????~



――……気づいたら深い闇の中に自分はいた。

 志津香は、闇の中にいる事に気づき、混乱しつつも懸命に考える。

 今、自分自身が立っているのか、座っているのか。……倒れているのか、それさえ判らない。どちらが上で、下なのかも、判らない。そして、身体も全く動かない。

 ただ、感じる事はあった。この深い闇の中で不穏な気配を、邪悪な気配を。

 その気配はゆっくりと自分の元へとやって来た。

『きゃははっ! 人間は脆い! サテラにかかれば、お前らなんてイチコロだ』

 そして、頭の中にはあの声が響いてきた。サテラ……、魔人の声。

 自分は、持ちえる全魔力を使って進撃を止めようとした。間違いなく、その全魔力、白色破壊光線はあの魔人に直撃した。その横では、メルフェイスも共に持ちえる最強の魔法を撃ってくれた。なのに、その魔法はサテラが纏っている目に見えない何かにかき消されてしまった。魔人が無敵と言われる所以を、再び目の当たりにしてしまったのだ。

『ふふ、さてと。聖武具を貰ったら……アイツ(・・・)も貰おうか』
『っっ!!』

 意味深なサテラの呟きが、まるで直接頭の中に入ってきたかの様だった。
 その瞬間、ぐっと力を入れて、動かない身体を必死に動かす。動かそうと必死にもがく。でも……それでも、まるで動かせなかった。まるで 自分の身体じゃないみたいに。

『きゃはは! なんだ? お前、必死になって。さっきよりも随分元気があるみたいだな? ちゃんと吹き飛ばしてあげたのに』

 顔を上げたら、目の前に居るであろう距離から声が聞こえてきた。だが、顔も上げられない。そして、声も出ない。今度は まるで、見えない何かに縛られているかの様に感じた。

『ふぅぅん。成る程な。……アイツ(・・・)の事、お前好きなのか』
『っっ!!??』
『なら、益々奪わないとな。サテラの前に立った罰だ。弱っちい人間如きがサテラの前に立った。それだけでも重罪だ』

 声がどんどん近づいてくる。そして、最後には耳元で囁く様に。

『だが 安心しろ。アイツ(・・・)の事はサテラが存分に可愛がってやるぞ。魔人の使徒として、永遠に生きられる様にしてやる。……お前の事は忘れてな?』

 その言葉を聞いた途端。
 ずっと全力だと思っていたのに、自分の身体の何処にそんな力が残っていたのか自分でも判らない程に、力を集約する事が出来た。

『や、止め……止めっ……!!』

 動かなかった身体を動かす。

――……奪われたくない。もう、二度と失いたくない。

 そう、強く、強く想ったから。

『無駄だ。もう、アイツ(・・・)はサテラのものだ!』

 サテラに高らかにそういわれてしまう。確かに実力の差は歴然であり、ここから逆転は有り得ないだろう。でも、それでも 負けるわけにはいかない。倒れている訳にはいかない。

 その事に関しては。絶対に、譲るわけにはいかないから。

『アイツは……、ゆー……はっ。わ、わたしの……、大切な……大切なっ……!』

 ぐぐぐ、っと頭を必死に持ち上げる。
 この高重力下の中でも、必死に顔を上げようとする。その影響か……頭が、熱く、燃え上がっているかの様だ。

『ぜったいに……わ、渡さないっ……ゆーは、……ゆぅ、はっ!』



――……大好きな人だから!



 そこまで言い切る事が出来たのは、なぜだろうか?
 今まで変な意地を張って、誰の前でも決して言葉に出さなかったのに。

 それは、優希の前でも、ヒトミの前でも、意地になって、決して言葉にはしなかった。

 だけど、そのユーリが連れて行かれる、遠い所へと。もう、二度と会えなくなってしまう。そう想ったからこそだった。魔物界と人間界の間の壁と言うものは、国と国の境とは比べ物にならない程厚い。そんな所に連れて行かれたら、もう……会えない。

 生きては会えないと判るから。

 自分は、絶対に追いかける。たとえどんな所に連れて行かれても、追いかける。でも、自分の力では、超えられない壁はあるんだ。それが、今回顕著に現れた。
 カスタムを襲ってきた無数の巨漢のヘルマン軍。皆が、ユーリ達が来てくれたからこそ、乗り越える事が出来た。

 だけど、魔人の襲撃。それで ユーリが連れて行かれでもしたら……もう、無理だ。

 入る事は出来ても、生きる事は出来ない。生き残る事は出来ない。……生きて、会える事なんて有り得ない。でも、それでも会えないままに、生きるよりはずっとマシだと志津香は強く思った。

『ぜったいに……行かせないっ……!!』

 だからこそ、再び力を挙げた。
 もう、頭がオーバーヒートを起こしてしまいかねない程、熱く燃え上がってしまう。熱量の多さに、今度は 意識も朦朧としてきた。でも、このまま気を失うわけにはいかないんだ。完全に墜ちてしまえばもう判らないから。

 必死にもがき、足掻いていた時だった。



――……大丈夫、だよ。



 また、違う声が聞こえてきた。


――……何処にも行かないよ。


 それは今までの声ではない。あの魔人の声じゃない。安心出来る。熱の篭った頭を優しく冷ましてくれる様な、優しい声。

 でも、この声は ユーリの声じゃない。

 そう思った瞬間、燃える様に熱かった頭の中に、更に冷気が吹き込んだ。心地よい風と共に、熱もゆっくりと冷めていく……。


――……おにいちゃんも、みんなも大丈夫だから。みんなが、おにいちゃんが傍にいるから。


 その声が最後だった。
 その声が響いた後……この闇の世界が一気に光へと変わったのだった。













~レッドの町 リーザス解放軍司令本部・第一医務室~



 それはあの魔人の襲撃が終わった後の事。
 敵の襲撃はあったものの、施設そのものを壊されたわけではなく、問題なく資材は使えるし、機能もした。リーザス解放軍の戦闘メンバーが何10名か負傷したが、衛生兵は何人も控えている為問題ない。深夜の襲撃だった事、敵が無駄な破壊工作や被害を出さなかった事が幸いした様だ。この場所のベッドで寝かされているのは、2名。

「んしょ……んしょっ……!」

 そして、傍らでは 2人を看病をしている者がいた。
 濡れタオルを丁度変えている所で、必死に絞り上げ、水分を落とし、そして 眠っている彼女の額に置いた。

「ん……っ」

 その感触、冷気のおかげで、朦朧としていた意識が覚醒して、目を開く事が出来た。光の世界へと帰ってくる事が出来たんだ。

「あっっ!」

 それに気づいた瞬間。真剣な表情でタオルを絞っていた表情が一変。

「し、志津香おねえちゃんっ!!」

 ぱぁ、っとまるで花開く様な笑顔で、その志津香の帰りを出迎えた。

 看病をしていたのはヒトミである。そして、眠っていた内の1人のは 勿論 志津香。……先ほどまで 悪夢に魘されていたのは志津香だった。

「ぁ……れ……? こ、ここ……は……?」

 志津香は目に入ってくる光が眩しく、そしてまだ意識が朦朧としているのか 目を細め そして視線を動かして、周囲をゆっくりと見渡した。最初に見えたのは、この部屋の天井。純白の天井に、仕切りであろうカーテンが見えた。そして、笑顔の少女の表情も。

 その少女の表情、ヒトミの表情は、笑顔から徐々に強張っていく。そして泣き顔へと変わる。

「うっ……うっ……よ、良かった。良かったよぉ……し、しづかおねえちゃんっ……」

 両の目から、ぽろぽろと涙を零していた。
 ヒトミは、志津香がこの場所に運ばれてから ずっと、ずっと寝ずに看病を続けていたのだ。目を覚まして、安心して、一気に気が緩んだのだろう。それに、ヒトミにとって志津香は大切な友達。……ずっと、得られないと思っていた友達なのだから。
 だから、本当に心配していたんだ。

「ぁ……」

 志津香は、泣き続けるヒトミを見て、全て思い出した。
 あの夜、魔人に襲撃された夜の事を。魔法をはじかれ、そして 攻撃され、そのまま意識を手放した事を。

「ありがとう……。ヒトミちゃん。もう、大丈夫だから」

 まだ、身体を動かすのは難しいが、安心させてあげる事は出来る。だから、志津香は泣き続けるヒトミにもう、大丈夫だと言う事と感謝の気持ちを言葉にして、声をかけ続けた。




 そして、更に暫くして。志津香に縋り付くように泣いていたヒトミも涙も止まり落ち着いた。

「そう、私はそんなに寝てたの……」
「うん。でも、セルお姉ちゃんやロゼさんが神魔法をかけてくれたから、傷の方はだいじょうぶ……だと思うんだけど、おねえちゃん……だいじょうぶ?」

 ヒトミは心配そうに志津香の顔を覗き込んだ。志津香は、ゆっくりと微笑んだ。

「ええ、大丈夫。ヒトミちゃんのおかげよ。ありがとう」
「う、うんっ……、本当に良かった……」

 志津香の手をきゅっと握り、ヒトミも笑った。

 ……心底安心したので、ヒトミはある事を志津香に言った。

「眠ってる時、お姉ちゃんとても魘されてたから、すごく心配だったんだ。それに、お兄ちゃんの名前、何度も呼んでたよ?」
「……はっっ!!??」

 それを聞いて、思わず目を見開く志津香。
 そして、頭の片隅……夢と言う淡く儚い映像の中身を僅かだが思い出した様だ。確か、ユーリが攫われそうになって、それを必死に止めようとした筈だった……。そして……確かに好きだと言ってしまった気がしたんだ。

「わわっ、お、お姉ちゃんっ! ごめんなさいっ! 今は、今は駄目だよねっ。今は無しっだよ!」

 いつもなら、笑顔であたっくをするヒトミだけど、今は状況が状況だ。あわてて、起き上がろうとした志津香を止めた。志津香も、慌てていたのは数秒であり、ヒトミの言葉もあって、比較的直に落ち着きを取り戻す事が出来ていた。

「っとに、ヒトミちゃんと言い、優希と言い……」

『何で自分達の周りの年少組でもある少女たちはこんなにマせているのだろうか……?』と、志津香は盛大にため息をはいてしまっていた。

 年少の少女と言えば、ミルもそうだ。
 あのコは、姉が姉だから、と言えば仕方ないが……ヒトミと優希の2人は明らかにユーリが影響だ。それを考えたら、ちょっと足に魔力が篭りそうな気がした。
 ……それは ユーリにとっての理不尽な怒りである。

「あ、あはははっ、優希ちゃんもそうだもんね。お兄ちゃん大好きなのは同じだからっ」

 ヒトミは志津香の言葉を聞いてニコリと笑う。
 比較的歳も近しい優希やミルとも仲は勿論良い。中でも、同じ男の人を好いている身とすれば……更に特別だ。ヒトミの場合は親愛、兄妹愛部分が大きく占めている為、優希にはライバルとは思われていない。歳の近しい友達。と言う事だ。

 そして、一頻り笑った後、ヒトミはくるっと回り、背を向けた。

「志津香お姉ちゃんが目を覚ましたから、呼んでくるね? セルお姉ちゃんたちを」

 志津香にそう言いながら、ヒトミは部屋から出ようと足早に出入り口へと向かう。

「ありがとう。でも、ロゼには言わなくていいわ……」

 世話になったのは確かなんだけど、何だか悪寒を感じるのだ。あのロゼをここに呼んではいけない……、そんな不穏な気配を。

「えー? どうして??」
「どうしても。……いろいろとあるのよ。あの人にも 私が直接お礼に言いに行くから」

 志津香は言葉を濁しながらそういう。
 以前にもヒトミがランスに接触する事を止めさせた志津香。……ロゼ、ミリ辺りは同類項だから、基本的に教育上よろしくない。特にいろいろと興味津々なヒトミは勿論だ。
 ミルや優希はもうOUTな気がするから。

「??」

 ヒトミは首を傾げたが、すぐに頷く。後でお礼を言うと、志津香は言ったからだ。信用はできるから。

「うんっ……っとと、そうだったそうだった」

 ヒトミは、外へと出た後、頭だけをにゅっと医務室に入れ、少しわざとらしく再び志津香の方に向けた。

「えへへ……、お姉ちゃんたちを看病してたの、わたしだけじゃないんだよー? わたしより、ずっとずっと前からみんなの事 看て回ってる人もいたんだ!」

 笑いながら指をさしたヒトミ。
 志津香は、いったい誰の事か?と思って ゆっくりと周囲を見た。身体はさっきより起こせるから、見える範囲が大分広がり……、寝たままの状態では位置的、高さ的に見えない死角の位置に、誰かが確かにいた。

「っ……!!」

 志津香は、その人物を確認。
 ……誰かを確認した後、再び二度見して驚いた。備え付けられた椅子に深く腰をかけ、腕と足を組み 楽な体勢で眠っている男がいた。傍で、見ていてくれた男がいた。

「えへへ~……私が回ってきた時、もう力尽きちゃったみたいで、バトンタッチしたんだっ! ……おにいちゃんも大変だった筈なのに、すっごく無理したみたいだったから」

 そう、志津香の傍で眠っていたのはユーリだった。

 いつもの彼であれば、騒がしいとまでは行かずとも、この位の話し声がしていたら、目を覚ます。だけど、それでも目を瞑り 意識を手放し続けていた。それも仕方がない事であり、眠ったのはついさっきだったからである。ここリーザス解放軍は壊滅、までは行かずとも、サテラ達の襲撃でダメージを蒙ったのは事実だ。あのガーディアンのイシスやシーザーと戦った後も、怪我人を運んだり、薬剤運びや場所の確保、そして 新たな襲撃者の有無を確認していた。

 ……が、やはりユーリとはいえ人間だ。
 
 限界というものは勿論持ち合わせており、リックと交代をして、少しだけ仮眠を取ると言うことで、ここにきていたのだ。……彼女達の看病と言う事もあるから。

「お兄ちゃんが目を覚ましたらよろしくね? お姉ちゃんっ!」
「っ!!」

 ヒトミはそう言うと今度こそ、足早にここから出て行った。
『いったい何をよろしくしたらいいのだろうか??』と志津香は思ってしまう。
 確かに、あの悪夢の中……攫われていく彼を見て恐怖した。

 本当に怖かった。夢とわかってほっとした。……本当に夢だったかどうかを確かめるためにも会いたかったんだ。

「……ゆーっ」

 志津香は、眠り続ける彼の名前を、ゆっくりと呟いた。

 夢の中だったから……、想いを口にできたのだろうか?……現実だったら、言えるのだろうか?

 それは……判らなかった。
 でも、本当にユーリが何処かへと連れ去られたりしたら? ユーリに限ってそんな事は……と言う想いも確かにある。だが、今回の相手を見たら、それは希望的観測に過ぎないと言う事実も判った。

 たった1人の魔人に、解放軍が瞬く間に突破されてしまったのだから。

「(……自分に、正直に。……わたし、わたしは)」

 志津香は、ゆっくりと身体を起こし、そして 足をかけられた羽毛布団から出した。丁度ユーリの正面に座る様にベッドに腰掛ける。

 正面から、ユーリの寝顔を見ていた。

 この戦いが始まって、いや 以前のカスタムでの自身が起こしてしまった事件の時も、ユーリの寝顔なんて見た記憶がなかった。だけど、だけど確かに、この寝顔は覚えている。

 幼いあの時の寝顔も、自分の記憶の中では確かに存在している。大きくなっても、寝顔は変わらない。
 ……こんな事を言ったらきっと、怒るって思う。でも、それは純粋な気持ちであり、決してからかったり、とか 邪な気持ち、そんなんじゃない。ただ、あの時は一緒に眠っていた。安心できる人の傍で眠っていたんだ。

 心が温かくなる。安心出来る。……何より愛しさが、心の中に入ってくる。

「……ゆぅ」

 志津香は、そっと手を伸ばした。
 手がユーリの頬に触れるか否かの距離。このまま、想いを込めて。

 ……ユーリに、想いが伝わる様に……と、言葉では 自制心が邪魔をしてしまって 言い出せない。だからこそ、志津香はこの時本気で思った。いつもなら、言えないし行動できないんだから。

 でも、それでも 今なら できるかもしれないし、言えるかもしれない。

 あの時(・・・)とは違うから。

 あんなゲームじゃなく、本当の本気の気持ちを。

 志津香はゆっくりとユーリの身体に触れようと手を更に伸ばしたその時だった。

“もぞっ……”

 突然、衣擦れの様な音がこの静寂な空間に響いた。
 微かな物音だったが、極限まで集中していた志津香の耳には、大音量に聞こえてきた。それは、まさに忍者顔負けの聴覚である。

 そして、その音の発生源と思われる方向へと顔を向けたら……、そこにはもう1つのベッドが備え付けられていた。同じ種類の羽毛布団があり、それが不自然に膨らんでいる。不自然に……と言うより、人一人が潜り込んでいるであろう大きさに膨らんでいる。
 誰かいるのか??っと焦った志津香だったが、確かに見た。

 その布団の頭から、一本だけ……くせっ毛の様に髪の毛が伸びているのを。その色は、紫色。その色をした髪を持っているのは1人だけしか知らない。

「……かなみ?」
「っっ!!!!」

 志津香は、名前を呼んだ。
 すると、激しく反応した様で、布団所かベッドそのものが揺れた。

「はぁ…」

 志津香は、ゆっくりと伸ばした手を収めた。そして、かなみであろう人物の方へと向きなおす。

「それで、一体いつから気がついていたのかしら?」

 その声色は、いつも通りなのだが……なぜか恐ろしい。かなみは、びくっ!!っと身体を震わせた。だけど……、かなみも、やっぱり負けたくないと言う想いもある。押しの強さや、気の強さではどうしても、志津香には敵わないと思うけど、事、ユーリの話なら、負けたくないと。

「つい、ほんのついさっきに……」
「そう」

 負けたくない……といったがやっぱり、迫力満点だ。昨日、人外である魔人と相対したのに、それを忘れてしまうかのようだ。

「……お互い、無事で良かったわね。かなみ。生きてて良かった」
「っ……。う、うん」

 志津香の次の一声は、慈愛が含まれていた。それは本心からの言葉。
 かなみは、志津香にとって良き友達であり、カスタムを守る為に尽力を尽くしてくれた恩のある人。……もう、マリア達の様に 親友だって言っていい。勿論、かなみにとってもそれは同じだと言えるだろう。

 そして、同じ人を好きになった者同士の奇妙な絆だってあるのだから。

 かなみは、ゆっくりと顔を布団から出した。
 丁度鼻から上部分まで、顔をひょこっと出した所で。

「志津香、わ、私も負けたくないから……っ」

 かなみは、そうはっきりと伝えた。
 志津香は、少し既視感(デジャビュ)を感じた。確か、教会でも同じ事を言われたのだから。本当に厄介な男を好きになってしまったものだな、と志津香は何処か、軽く笑うと。

「……何の事でも、負けるのは私も嫌いよ」

 意図しながら、2人で宣戦布告をし合う。それでも、何故だろう?2人ともそんなに不快じゃない様だった。

 そして、この後……それが 2人にとっての大問題。


「あーー、ったく……お約束といやぁお約束だが、もうちょっと濡れ場があっても良いだろうに」
「志津香も志津香よね。もっと早く、ユーリの寝込みを襲っちゃえば良いのに。婚前交渉も もう一般的なのよね~! そう、ALICE様もお許しいただけるわ。きっと」
「……ロゼさん。ALICE様はそんな事認めてません! 撤回して下さい!!」
「あ~ら? セルだって、止めなかったじゃない?」
「私は、貴方達に止められたんですっ!」
「~の割には、興味津々って顔してたけどな?」
「どきどきっ……」

 急に外が賑やかになりだした。
 その話し声を聞いて、更にびくんっ!と反応する志津香とかなみ。

 もう説明するまでも無いが、外にいるのは《ロゼ》《セル》《ミリ》《ヒトミ》である。

 ヒトミは、セルを呼びに行って、ロゼとミリについては、持ち前の面白センサーが発動した為。トマトや真知子、優希、ラン達は別用事があって声をかけられなかったが、少人数が何かと好都合な部分が多いのだ。

「ま、生暖かく見守ろうじゃない! 3人の乱交パーティを」
「そう言う展開になったら、オレも参戦するぜ! 絶対によ!」

 絶対に、外にいる連中は 自分達が もう既に気が付いている事を判っている。だからこそ、声のトーンが大きくなっているんだ。それをおもったら、無性に腹が立つ。


「あんたたちっっ!!!!!!」
「ぁぅ……///」

 
 態度は全く違うが,顔が真っ赤なのは2人とも同じだった。










 その後、志津香を宥めつつそこで眠っているユーリについて話すことにしていた。

「ほんっと、大変だったのよ~? ユーリは慌てる慌てる、志津香たちが心配で慌てるってね~?」
「は、はぁっ?? 一体何をバカな事言ってんのよっ!! ロゼっ!!」

 志津香は、ロゼの言葉を聞いて慌てていた。……顔を 僅かながら赤くさせて。勿論、怒って赤くなっている、と言い訳できるギリギリの赤さ。

「ああ、因みにほんとなんだぜ? まぁちょっと、色々あったけどな」

 ロゼは、ニヤリと笑った。
 後の2人、ヒトミもニコニコと笑い、セルはため息を吐いていた。






~1時間前~


 それは、サテラやガーディアンの2人が消え去って暫くした後。

 ユーリ、清十郎、リックの3人は手分けして怪我人を介抱して回った。夜中だったが、司令本部以外で、待機していた支援組である皆に頑張ってもらった。

『……志津香、かなみ、皆』

 倒れているメンバー全員を手分けして、運び出したんだ。安静にしてはいるが……、相手が相手だったからと言う事もあるだろう。怪我も酷く、生きている事、事態が不思議な者も数名程だがいた。重症者は レベルの絶対値が低かったと言う理由もあるだろう。

『ふぅ……』

 志津香達が療養してる部屋から、ロゼが出てきた。
 いくらロゼといえど、この参上ではいつもの様にふざけてはいない様だ。

『全治全納の神も、そろそろ切れてきたわね……、補充しとかないといけないかしらねー』

 ……その部分は、こんな事態だけど、正直ツッコミたかった。
 あれは、超高価なアイテムだ。階級で表すなら、《AA》~《S》級に分類される事だろう。なのに、一体ロゼのどこにそんな地位があるというのだろうか……?恐らくは、準バランスブレイカーに指定されているだろうから、あの教団で手に入りやすいのだろうけど……、それをロゼが自由に取り扱えるのが不思議でならない。

 だが、今はそれは置いておく。もっと大切な事があるから。

『……大丈夫、なのか? 2人は』

 ユーリが訊くのは、かなみと志津香の事だ。
 彼女達のクラスは、魔法使いとレンジャーだ。戦士職に比べたら、その身体はどうしても脆い。それをカバーするのが、強大な魔力であったり、敏捷性だったりするのだ。

 それをも遥かに上回る者の攻撃を受けてしまったら、どうなってしまうか、……それは明らかなんだ。だけど、考えたくはなかった。

 そして、彼女達をフォローするのが前衛である自分達なのに、その責務を果たせれていない。自責の念もユーリにはあった。


 ロゼから、答えを聞く事がユーリは怖かったんだ。

――また、また 大切なものを失ってしまうかもしれない事に。


『ん……』

 ロゼは、真剣な表情をして、そして崩さない。その表情のまま、指をさした。

『この中にいるわ。……それこそ、死んだy『っっ!!!』』

 ユーリはその言葉を聞いた途端に、ロゼを押しのける様に慌てて部屋へと入っていった。

 残されたのはロゼのみ。

『……私は『死んだ様に、眠ってる』 って言おうとしただけなんだけどねー』
『ロゼさん……、ちょっと悪趣味ですよ?』

 そこにやってきたのは、真知子だ。彼女も医療道具を運んでいる所だった。そして、もう1人。

『こ、言葉を選んでくださいっ!! ロゼさん! それでも神に使えるシスターですかっ!』

 ロゼを説教するのはセルである。

『いやぁね~。流石に普段なら言わないんだけど……、さっさと行ってもらいたい訳よ。2人のとこに。……あの子達に一番必要なのは、アイツでしょ?』

 ロゼは、ニヤニヤと笑っていた。

 確かに、死んではいないけど、その一歩二歩手前付近にまで言った事は確かだ。最後の一線を持ちこたえたのは、どうやってなのかは判らない。人間だからと、魔人が侮ったのか……、或いは彼女達の意地と支えだからか。そこまでは判らなかった。
 だけど、今、彼女達に意識はないんだ。

「あの子達の白馬の王子様が傍に居てくれたら、きっと颯爽と回復するでしょ~? ……それに、ああ言う風に言っておけば、2人の傍から絶対に離れない。ってのは判るから。アイツって男はね。なんだかんだ言っても付き合い長いからね」
「……まぁ、それは否定しませんけどね。私も今回は空気を読む事にします。トマトさんやランさん、優希には遠慮をしてもらいましょう。……今は」

 トマト達が来てたら、2人にとっては効果は半減だろう。
 後、ミリは 2人に比べたらまだ軽傷だ。いつものミリだったら、この場で楽しんでいるかもだけど……、ちょっと今は安静中だ。





 そして、第一医務室の中。





 ユーリは慌てて志津香とかなみを見た。
 その顔は、ただ眠っているだけの様に見えた。でも……、そうやって死んでいく人も、仕事の関係上見た事はある。眠っている様に死んでいる人も見た事がある。だから……。

「っ……!!」

 急いでユーリは、志津香の脈を、かなみの脈を確認した。その脈動。命の鼓動を。

〝とくん……とくん……〟

 それを、感じ取る事が出来た。

「……っ」

 ユーリは、それを感じ取った後、一気に身体の力が抜けた。

「ったく、ロゼめ……早とちりを」

 そして、そのまま備えつけられている椅子に腰掛けた。確かに意識は無いようだけど、生きているのは間違いない。


――……このまま、目を覚まさなかったら。


 ユーリには、悪い予感はどうしても、拭えなかった。

「……大丈夫、だよな?志津香、かなみ」

 2人を見ながらそう呟くユーリ。そしてその後は、ロゼの言う通り ユーリが彼女達の傍から離れる事は無かった。
 ヒトミがやって来るまで、彼女達をずっと見ていたのだった。








~そして、今に至る~



 ユーリはこれだけ騒いでいると言うのに、目を覚まさない。
 どうやら、相当に深い眠りについている様だ。だが、珍しい事もある。

「ユーリさんは、よく見張りもしていてくれて……、なのに なんだか不自然だよ。大丈夫……なのかな?」

 かなみは、逆にユーリが心配だった。ユーリが目を覚まさない事が。

「あー、それな。だいじょーぶだいじょーぶ」

 それに答えたのがミリだ。

「ユーリは、自分もあの化物とやりあったって言うのによ、全く休息をとりゃしねーから、これで、ちょっと眠ってもらったんだよ。たまに色々と発注がかかる特別性だぜ?」

 得意げにみせてきたのが、《超強力!睡眠薬》と言うもの。

 ミリが配合したモノであり、どんな人間もこれを飲めばイチコロ!

 そして、寝ている間は何されても記憶は無し!夢にさえ出てこない。……まぁ夢は浅い眠り~とかなんとかと言う話もあるから、仮にそうだったら、海より深い眠りに誘われている今のユーリが見る筈もないだろう。

「差し入れ~って名目で、一服盛った。オレんとこにも忙しなくやってきてたからな」
「なななな!! なにしてるんですかっ!! って言うか、ミリさんはなんでそんなに元気なんですかっ!!」
「こーんな美味しいシチュを前にして寝てられるかっての」

 ミリはニヤリと笑ってそう言う。
 結論を言えば、あの戦いの場にいた者達の中で、ミリの怪我が一番浅い。

 サテラから攻撃を受けた訳ではなく、志津香とメルフェイスの魔法の衝撃で吹き飛ばされただけだから。……自分の現在の状態もあるから、あの時点ではもう戦えなかった。今も、恐らくは 身体に違和感が、気だるさが残っている筈だが、それをおくびにも出さない。
流石ミリだとも言えるだろう。

「それに、こいつは無理し過ぎだからな。……たまには休ませてやろう。無理矢理にでも。って思ったのはマジなんだぜ? ……今はシィルの事もあるが、こいつが今ぶっ倒れたら、助けられるもんも助けられねぇ。……それに、ランスの奴もまだ寝てるしな。……まだ、あの女の要求が叶えられてない以上、シィルは大丈夫だ。きっと」
「っ……」
「……」

 ミリの言い分は最もだ。志津香もかなみも、黙って頷いた。

「後はもしも、今ヘルマンの奴らが仕掛けて来たらだ。……判ってるよな?」
「……ええ」
「勿論です」

 志津香とかなみは頷いた。これまで、ずっと守ってくれたんだから。

「さぁー、いい感じでまとまったみたいだけど、これからの事よ!」

 ロゼがぱんぱん、と手を叩きながら注目を集めた。ロゼにしては、マトモな……と、正直一瞬思った。だけど、そこはロゼだ。

「ユーリは後1,2時間は起きないから、今なら襲い放題よ! 既成事実も作り放題、子供も作り放題! さぁ、犯るのよっ! みんなっ!!」

 ロゼはいつも通りロゼだった。
 それは間違いない。ミリだけは、『そりゃいいな!』と笑ってた。かなみは赤くなり、志津香は呆れ……2人を見てヒトミも笑う。そして、セルは、やっぱり怒っていた。





 そして、更に数時間後。

「……ん」

 ユーリは目を覚まし、ゆっくりと身体を起こした。どうやら深く眠り込んでしまった様だ。かけられた布団を外すと、前に並んでいるベッドに注目した。

「……志津香? かなみ?」

 そして、ベッドで寝ていた筈の彼女達の姿は無かった。嫌な予感が一瞬過ぎったが。

「あ、おにいちゃんっ!」

 丁度、様子を見にやってきたヒトミがユーリが起きたのを見て抱きついた。

「おはようっ! 良く眠れた??」
「あ、ああ。……いつの間に寝たのか判らないくらいに、だよ。……こんなのは久しぶりだな。そんなに疲れてたのかな? オレ」

 ユーリは、腕を組んで考え込んでいた。今は非常時だというのに、とやや後悔の色も伺える。そして全く覚えていないところを見ると、……恐るべしミリの薬、と言ったところだろう。

「……おにいちゃんは頑張りすぎなんだよっ! だから、たまには休まないと」
「そうですよっ! ユーリさん!」
「ああ、そうだな。……っと、優希も一緒だったか」

 ヒトミの後ろで、ニコっと笑っているのは優希だ。
 彼女は、真知子と一緒に情報整理にまわってくれている。実戦部隊と違うし、色々と厄介事があったから、あまり話せていなかった事がちょっぴり不満だったけど。

「ユーリさん、とっても強いですけど、不死身で無敵! って訳じゃないんですから! おんなじ人間。少しは休んでください。誰もモンクなんて言いません」
「ああ。優希もありがとな。……文句言う奴、1人心当たりがあるが……、まあ良いか」

 ユーリは、苦笑いを浮かべていた。
 丁度頭に浮かぶのは、《ラ》から始まる名前の男だ。

「……だが、そろそろ行動を起こさないとな。サテラからの要求があったんだから。司令部に行くよ」
「うん、皆に起きた事、伝えてくるっ!」

 ヒトミはそう言うと、走って出て行った。そして、ユーリは。

「いきなりで悪いが、リーザス近辺のヘルマン側の情報はあるか? 優希」
「……大丈夫です。目立った動きは無いみたい。昨日の襲撃は、殆ど100%、そのサテラって女魔人の単独行動だ、って真知子さんも言ってます」

 優希は真剣な表情でそう答えた。
 ユーリが大好きな少女の顔から、リーザス屈しの情報屋の顔へと変わった。

「ジオの街にも目立った動きはありません。……今は、シィルさんの方に集中しても問題ないです」
「そうか、ありがとう。……それと、リスのウーについてはどうだ?」
「……すみません。まだ その情報は……」

 優希は口籠もる。
 ユーリの役に立ちたいと言う気持ちは強く持っている。そして、自分にできるのは情報屋としての情報収集。なのに……、そのウーと言う名前のリスについての情報は何一つ得られていないのだ。

「いや、仕方がないさ。……あの転生の壺と言うのは、AL教でバランスブレーカーに分類されてるそうだ。それをウーは追いかけてるんだ。正確な情報をつかむのは難しいだろう?」

 そう言うと、肩を落としている優希の頭に手を乗せた。

「ありがとう。頑張ってくれて。感謝しか無いさ」
「っ……/// わ、私ができるのはこのくらい、ですからっ……で、でも! まだ結果が伴ってないですっ! が、がんばりますからっ! 見ててくださいねっ! ユーリさん!」

 優希は、顔をボッ!と赤くさせ、慌てて外へと出て行った。
 恐らく、新たな情報が無いかどうかを見に行ってくれてるんだろう、程度にしかユーリは思ってないが。

「……本当に頼りになるよ」

 ユーリの目は信頼で満ちていた。
 優希の事は勿論信頼している。……勿論、仲間としてだ。だって、彼、超鈍感だもん。

「……なんだか、失礼な事言われた気がする」

 失礼じゃなくて、事実です。っとと、こちらの会話は不毛なのでスルーしましょう。

 そんな時、だった。

「……今大変なのに随分と楽しそうな事、してんのね? 起きた早々」

 部屋に入ってきた者、新たな来客があった。
 その者は、魔力を足に込めて、燃え上がらせている。……優希の宣戦布告を受けているけれど、やっぱりコレはもう恒例行事。ルーティンワークと言う奴だ。逆にしない方が不自然だと言える程である為、深く気にしないでおきましょう!

 ……というわけで、これはいつも通りの展開。

 入ってきた者は、勿論 志津香であり、いつも通りユーリの足に鈍い痛みが迸る。……筈、だったんだが まさかの展開が待っていた。(志津香にとって)

「っ! し、づか」

 ユーリは、志津香の姿を確認して、直ぐに志津香の傍へと向かった。志津香の炎のキックが炸裂する前に、それよりも早く 距離を詰めるとユーリは、志津香のその身体をぎゅっと抱きしめたのだ。

「なっ……!?」
「しづか……よかった、無事……だったんだな、志津香。……本当に」

 ユーリは、志津香が無事である事を確認する様に。間違いなく、生きているんだと、ここにいるんだと、……何処にも行ってないんだと、確認する様に彼女の身体を強く抱きしめた。

 抱き締められた志津香は、突然の事に、当然ながら気が動転してしまいそうになる。恐らく、ここ最近では一番の出来事だ。有り得ない、とも思える程に。

 つまり、ユーリと再会した時の衝撃に匹敵、いや それ以上のものだった。

 顔が一気に紅潮していくのも判り、体温も一緒に上がっているのが判った。そして、ユーリの身体、温もりと一緒に、僅かに震えていることにも気づいた。

「……そんなに、心配だったの?」

 だから、志津香はそう訊いていた。ユーリが震えていることなんて、これまでにあっただろうか。……志津香は、知らなかったから。震えているからこそ、志津香は落ち着いて 話す事が出来た。

「当たり、前だ。……相手は魔人なんだぞ!? ……心配しない訳が無いじゃないか。無事で、良かった」
「そう。……そう、ね。……私も同じ」

 ユーリに完全に身体を預けながら、そう言う志津香。そして、自身の中でも思い馳せていたことを口にした。

「……ここで、目を覚まして、生きてるのを実感して。その後、ゆーの事や皆の事も浮かんだ。あの戦いの時も、そう。……とても、心配してた」

 ユーリは志津香の顔を見た、抱きしめる力を僅かに緩めて。
 そして 志津香は、ユーリの目を見た。いつもなら、こんな接近して、ましてや抱きつかれている状態で、ユーリの顔なんか、見れる筈も無い。 
 だけど、志津香ははっきりと見た。

「……ゆー、ゆーは、私を残していかないよね? どこにも、いかないよねっ?」

 そう、あの時の夢の出来事。それが志津香の中で連想されたのだ。とても、心配をしてしまったのだ。それを訊いて、ユーリは軽く笑った。

「不吉な事を言うな。……いかない。オレだって、残された者の悲しみを知ってるんだから。……だから、絶対に」
「うんっ……うんっ……」

 志津香は、ユーリの身体をぎゅっと抱きしめた。その目にはうっすらと涙が浮かび……雫が下へと落ちる。

 もう、さっきまで篭っていた筈の足の魔力は一気に霧散していた。こんなに想ってくれて、そして 優しく抱きしめてくれたんだから。そんなユーリを踏んづけたりなんて出来兄だろう……。

 だが。

「ユーリさんっ! 目をさま……し………」


 そんな時、だった。
 本当にタイミングを計ったんじゃないか!? って思う様な見事なタイミングで更に来訪者が1名現れたのだ。それは、忍装束を身に纏った少女、かなみである。



――……がらっ! と扉を開いた先は……不思議でした。



 何かの映画のキャッチフレーズの様なテロップが頭の中に流れ出る。動けないし、言葉も出なかった。

「っっ!! か、かなっ……!! ち、違う!こ、これは!」

 当然ながら、来訪者にあわてふためくのは志津香である。
 お互いに想い人については判っている(言葉に出した訳じゃないが……)けれど、流石にこれはみられるのはマズイ展開だから。

 志津香は反射的にユーリの足を踏み抜こうとした。……が、それは外れた。ユーリは、かなみの事も当然心配だったから、かなみが入ってきた時、かなみの姿を見た時、志津香を離したのだ。

 そして、視線を向けた時、足の位置が若干だがズレた。その結果、盛大に地団駄を踏んだだけになったのだ。

「かなみ……」
「あ、あぅ、あぅぅ/// す、すみま……」

 かなみは、慌ててしまっている。
 そんなかなみに向けられたのは、今まで見た事がない様な澄んだ瞳と優しい表情。かなみの目をじっと見据えて……。

「よかった。……本当に無事で、よかった。皆が、かなみが無事で、本当に……」
「ぁ……」

  ユーリは、心底安堵した。
  今回の襲撃で、死者は誰1人として出なかったからだ。そして、目の前にいる少女、かなみだって無事だった。だからこそ、表情が綻んだんだ。かなみの元気そうな姿を見て。

「………」

 志津香は、慌てふためいていたが、次第にその表情も戻り……穏やかになる。

「私たちだって、心配、したわよね? かなみ」
「う、うんっ」

 かなみは、ゆっくりとユーリと志津香の傍へ。

「皆、皆無事で本当によかったです」

 そう言う。
 ユーリは、志津香とかなみの2人を同時にぐっと抱き寄せた。傍から見たら、『このハーレム野郎っ!』と怒っちゃうかもしれない。でも、彼にはそんなつもりは無い、と断言できる。

 志津香とかなみは、頬を赤く染めつつ、その抱擁に自身も応えていたのだった。






~因みに~


「ぅ~……志津香、良いな」

 先に来て、ユーリが強く抱きしめていたのは志津香。
 彼女の事は特別だと言う事はかなみも知っているけど、やっぱりそう思わずにはいられなかった。

 後この時、ロゼとミリもちゃっかり見ていて、後で色々と言われたのもいつも通りなのである。



 この時完全にシィルの事を忘れ去られてしまっているので、彼女も不憫なのである。……ユーリを狙ってる?魔人の娘も。












 その後の事。
 一先ず皆が待っている司令本部へと向かう。丁度ランスの方が数秒だけ到着するのが早かったから。

「こらぁユーリ!! 貴様、昨日の戦いをすっぽかしただけで飽き足らず! 遅刻するとは何事だぁ!! 罰として、『ユーリ13才です!』って言うブロマイドを、国中にばらまくぞ!!」

 と、相変わらずの傍若無人ぶりである。当然ながらユーリは猛抗議。遅れてきた事ではなく、その内容にだ。

「誰が13歳だコラぁ!! 13歳は言いすぎだろ!!! このボケっっ!!」

 勿論、ユーリが思いっきり反論するのは13歳の部分。
 戦いをすっぽかした~とか、ランスも充分遅かったのは、場の雰囲気で判っていたけれど、それでも反論するのは13歳の部分。……そこが重要です。ハイ。

 そして、いつもならユーリの変わりに反論する人たちや好意を持っている人たちはと言うと。

「(ブロマイド、欲しいです……)」
「(……13歳、か。ちょっとマセた13歳なら まだ……)」
「(ユーリさん……なんだか可愛い)」
「(えへへ~~、お兄ちゃん可愛いなぁ)」

 一部を抜擢。大体同じような事を皆は考えてたりしていた。

「トマト……写真立て壊れたですから、買い直さなければいけないですねー!」

 トマトは以前、写真立てが突然落ちて壊れる、と言うアクシデントに見舞われているから、これを期に、買わないととあらためて思っていた。

 ロゼは腹を抱えて大笑い。

「ええぃうるさい。さっさと話を戻すぞ!」
「お前が言うなっ!!」

 ランスがとりあえず、ユーリの事一色になりそうになったのを本能で悟った様で、話を戻した。

「シィルだが、速攻で取り戻す! 要求なんか無視でいい! 無視で!!」

 ランスは、ばーーん!と効果音が出そうな勢いで指さした。……そっちの方角には、ハイパービルは無いんだけど。と突っ込みたいが。

「バカ、ハイパービルはあっちよ」

 突っ込まない、と思ったけどきっちり突っ込んだのは志津香だった。この辺の地理については頭に叩き込んでいたから はっきりと判っているのだ。

「えぇい! そんな事はどうでもいい! さっさとシィルの馬鹿を連れ戻しに行くぞ」
「こっちのメンバーがあっさりと突破された相手なのよ? そんな無策で突っ込んだら今度こそ殺られるだけだわ」
「馬鹿を言うな。このオレさまにかかれば、ちょちょいのちょいだ! 初戦は不意をつかれただけなのだ。役立たずの下僕も、今回は一応いるからな。がははは! こき使ってやるわ!」

 ランスはユーリを見ながらそう言う。
 今回の件は、ユーリはため息を吐くだけに留まる。年齢を言われてないから……だろうか?

「馬鹿言わないでっ!! ユーリさん達は、あのデカい化物を2体とも抑えてくれてたのよ! 魔人がいる上にあんなのが揃ったら、ランスなんか生ゴミになって捨てられちゃうんだから!」
「コラぁ!! 誰が生ゴミだ、生ゴミ!!」
「……燃やすと有害そうだし、妥当ね」
「コラぁ!! 聞こえてるぞ!!」

 ……本当に真剣なのか判らない。具合にいつも通りだ。

「……シィルちゃんは仲間だ。ちゃんと取り返してくる。だから リーザス軍の皆はジオの方を頼めるか? ……相手は強大だ。だが、大勢で行くよりは少数精鋭で向かった方が利がある。……あの娘は魔人だが、色々と隙はありそうだからな」

 ユーリはそう言っていた。

 あの司令本部の布陣。
 深夜であり、兵数も少ない状態だったが……、それでも各軍の将軍がいたのにも関わらず簡単に突破されたのだ。大人数は、得策ではない。下手をすれば、今回こそ死体の山が出来上がる可能性だってあるから。
 だから、正面衝突ではなく 色々とやりようがある、と考えていた。

「うん。確かにジオへの攻撃は敵が揃ってない今がチャンスだし、私もその方が良いと思う」

 マリアも頷いた。
 リーザス軍の将軍達も、あの強さを目の当たりにして、それでも少数と言う言葉を聴いて、やはり不安が尽きない。ユーリ達は、リーザスの大恩がある人達だからだ。

「で、でもユーリ。相手は魔人なんだよ? ……いくら大勢だったら、目立つって言っても……無謀だと僕は思う」
「同じ意見です。……アレの力は異常でした」
「……恐れながら、私も」

 メナドが心配そうにそう言っていた。
 エクスとメルフェイスも同様だった。一戦交えたからこそ、の感性だった。相手の強さを知るのも強さの内である。……人間の中では、間違いなく一流に分類される2人だからこそ、強く感じたのだろう。

 メナドは魔人戦の時は、別場所で養生していた為 その強さを味わう事は無かったが、屈強なリーザス軍の兵士達を。……エクス将軍やレイラ親衛隊長、総大将バレス。皆をたった数十分やそこらで、打ち負かした相手だから、それだけでも判るのだ。

 相手は、人外(まじん)

 ……人間では抗えない相手なのだという事を。

「……正面から正攻法なら、な。……やりようはあるさ。だが、何もしない訳にはいかん。シィルちゃんは仲間だ。見捨てるなんて有り得ない。……それに、何時かは必ず当たる壁なんだ。遅いか早いかだけさ」

 ユーリの言葉にメナド、エクス、メルフェイスは口を噤んだ。その中に、その瞳の奥に強い決意もその表情に感じ取れたから。

「……これしか手は無いのか。……儂らは、また お主達に託すしか」
「無念……です」

 バレス、そして 横にいたハウレーンも歯がゆい想いをしていた。その時だ。

「バレス将軍。僕がリーザス軍を代表して、向かわせてくれませんか」
「り、リック!?」

 リックが名乗りを上げた。
 その言葉にレイラは動揺していた。肌で味わったあの凶悪な魔の者に向かうと聞いたのだから仕方がないだろう。それに、リックだから と言う理由もある事だろう。

「ユーリ殿。僕は貴方となら、何処までも高みに登っていけると信じてます。魔人にも、きっと。勝てると信じています」
「むぅ……」

 バレスは、渋い顔をしたが、現状を考えたらそれが最適だろう。そう判断した。

「こちらは、儂達に任せろ。……リックは、ユーリ殿達を頼む」
「承知」

 リックは、腕を上げリーザス軍式敬礼をした。

「よろしく頼むよ。リック」
「粉骨砕身の覚悟で参ります」

 ユーリも応える。
 ジオ攻略もある故に、戦力を分けすぎるのは得策ではないが、承知の上であればありがたい。……リックの実力は折り紙つきであり、間違いなくこの部隊の中でも最強クラスだ。同行してもらえるならこれ以上心強い事はないだろう。

「お前たちが行くのなら、オレも同行させてもらうぞ? ユーリ」

 もう1人、今回の茨の道、地獄巡りと言っていい修羅の場に、名乗りを上げたのは清十郎だった。

「あのガーディアンと言う土塊の化物とは 決着をつけれていない。……そして、アレより上がいると言うのなら。これ以上滾ると言う事はない」

 普段だったら、引くレベルの戦闘狂っぷり(勿論一般兵たちが)。だが、今は兎に角心強い。あの強さを見ても 更に上がいると知っても尚、心が折れていないのだから。

「ああ。よろしく頼むよ。清」

 ユーリは頷いた。
 清十郎の腕はよく知っているし、リック同様に心強い。あの闘技場で戦った時よりも、遥かに力、レベルの全てが向上していると言う事もあるから。共に並んで戦ったからこそ、良く判るものだった。

「おいコラ! オレ様が居ない所で勝手に決めるな!」

 ランスが大股で割り込んできた。自分をのけものに、話が進んでる事が気に入らない様だ。……ランスだし。

「はぁ、ならランスも判断してくれ。魔人達と戦うんだ。それを考えて構成しろよ?」
「ふん! そのくらい言われんでも判るわ! 馬鹿者!」

 と、息巻いて……結局。

「そこの金髪と仮面男、使ってやるからついてこい!! 後はかなみ。そして後衛に志津香だ」

 ランスは彼らも選んでいたのだ。
 それを見て、女性陣はため息を吐いたり、呆れていたり……。その実力の高さを見抜いていたのか、或いは楽をしたいからなのか?一先ずそれは置いといて、ユーリは考える。その編成メンバーについてを。

「……回復役が欲しい所だが……、ここから行く場所の危険度を考えたら、厳しい、か」

 回復役、即ち神魔法を使える人材。
 この場では、ロゼとセルだ。戦えた上の人選を考えたら、2人ともまずダメだろう。ロゼには、悪魔ダ・ゲイルがいるが……。

「はっきり言って、ダ・ゲイルじゃ魔人には太刀打ちは出来ないわ。あの子がどの程度の階級の魔人なのかは知らないけど、ダ・ゲイルの第八じゃ、例え下級魔人でも無理ね。私のセックスフレンドを失う訳にはいかないから、人選しないでよね~」

 ロゼは、手をひらひらとさせながら、ある代物を取り出すと投げた。

「……これは」

 ユーリは受け取ったそれを見ながら驚きの表情を浮かべた。

「《月の加護》 全治全納の神に比べたら効果範囲は格段に劣るけど、1パーティくらいだったら、大丈夫でしょ。……ただし、効力は一回きっかり。それはしっかりと頭に入れといてねん」

 そう言って、手を振って離れていく。

「つくづく思うが……、ロゼ、お前はほんとに何者なんだ……?」
「ふふん! わたしゃ完全無欠の清楚なシスターよん♪ つまり、日頃の行いが良いから持ち合わせている、ってねん」

 全くを持って納得出来ないが……、今はありがたい。ありがたすぎると言うものだ。

「……とりあえず、ロゼだから、って事だな」
「あーら、つれないわね」

 ロゼはのってこないユーリにやや不満だった様だ。が、渡す物を渡した後はそのまま奥へと戻っていった。何だかんだ言いながら、ロゼも支援の方はしっかりしてくれている。
 負傷した兵士もまだ多数いるから、それなりの治療をしてくれているのだ。

 ……後の要求が怖いが、今は考えないでおいた方が良いようだ。

「ユーリさん。恐れながら、私も同行させて貰えませんか?」

 その時だ。思いもよらぬ人から、声が上がった。

「セルさん。……気持ちは有難い。だが、ここからは……」
「わかっています。ですが、魔人であれば、対策があります。……私は、魔封印結界を張る事ができますので。……倒せなくても、封印をする事は可能です」

 セルの言葉に皆がどよめきだした。

「ほ、ほんとですかねー? セルさん!」
「はい。結界志木を4ヶ所に設置し、そして魔人をおびき出す事が出来れば……ですが」

 セルは、やや表情を強ばらせた。そのおびき寄せると言う方法が一番危険だから。

「がははは! それならば、簡単だ。ユーリ! 貴様が囮になれば万事解決、OKだ!」

 ランスは大声で笑いながら、そう言うが……、勿論回りからの反発も物凄い。

「お、お兄ちゃんを囮なんて、ひどいよっ!!」
「反対ですっ! 絶対反対っ!!」
「ダメに決まってるじゃないっ!! 危険過ぎるわ!!」
「賛同しかねます。たった1人では……」
「あの時みたいに、ユーリさん1人で戦わせるなんてっ!!」
「そ、それだけは、トマトも納得できないですかねー!! ユーリさんとは一蓮托生なのですよー! 一心同体ですかねー!!」

 左右から一気にどーん!と聞こえてくるのでステレオで拒否されてしまった。ランスは多大なるダメージを耳に受けつつ、反論をする。

「だぁぁ! やかましいわ!!……それに、あのサテラと言う女も、ユーリを指名しているのだ。囮と言うなら最適だから、と言う訳があるに決まっているだろ」
「何、てきとうな事言ってんのよっ!!」

 志津香は、勿論納得出来ない。でも、それは事実だった。

「……志津香、それは本当の事なの」
「っ!? マリア、何を??」

 マリアは志津香に説明をした。
 あの時、吹き飛ばされて気を失ったが……、ランスとサテラの戦いの衝撃で少しだけ意識を覚醒させる事が出来ていたのだ。

 そして、話を聞いた。……ユーリに持ってこさせろと言っていた事を。

 ランスが言わなければ、マリアも言うつもりは無かった。あの状態だったから、聞き間違いの可能性だってあるのだから。

「……サテラがオレを?」
「うむ。まぁ、あの娘がショタコンだと言うのなら、オレ様自ら矯正の必要があるが、何か訳がありそうだったからな」

 ランスは、前半部分は置いといて(勿論ユーリは、むかっっ!!としていた) 後半部分、訳がありそうだ、と言った時は何時になく真面目な表情だ。だが、勿論それは一瞬。

「だが、あの魔人の処女はオレ様のものだぞ!」
「なんで処女だって知ってんだよ……」

 ユーリはため息を吐いきながらそう言う。

 だが、ユーリにはおおよそ検討はついていた。

 あの一戦(・・・・)での事が噛んでいると言う事を。

 サテラにとって、自分自身が最重要人物、危険人物と見られている可能性が高い。魔人であるサテラを圧倒した力を隠している、と判断した。それは間違いないだろう。

 ……今回のこれに乗じて、始末する可能性だってある。持ち得る戦力を総動員させる可能性もある。

「……上等だ」

 まだ、納得言っていないメンバーはいる様だ。
 だが、その中でもユーリはニヤリと笑っていた。サテラの結界は見た、と言う理由も勿論ある。そして、何よりもユーリも戦闘狂……と言う理由も。

 だが、それは勿論間違いなのである。








 そして、話は纏まった。
 
 今回のメンバーは、ユーリ、ランス、清十郎、リック、かなみ、志津香、トマト、セルのパーティ。

 そのパーティでハイパービルへと向かう。
 残ったメンバーはジオの攻略、そして 聖武具を取り戻す為に絶対必要であるリスのウーを探す事だ。

 ウーに関しては、……彼女に関しては 最悪の想定も もうしておかなければならないだろう。……一般人を手にかけると言う軍人としてあるまじき行為を。だが、今は目の前の驚異を解決する事が先決だから、一先ず考えない様にしたのだった。










~????????~



 そして、同時刻。
 ある人物が街道を歩いていた。

「まだ帰らなくて大丈夫なのか?」
「はい。ユーリに伝えておかなければならない事がありますので」

 ゆっくりと、歩き続ける。ある場所を目指して。

「だが、そのユーリがどこにいるか、判らないだろ?」
「大丈夫です」
「……何でだ?」
「何ででしょう?」
「それ、オレが聴いてるんだって! なんだ、その妙な自信は!」

 ひょんなやり取りを続けながらも、彼女が目指している場所に、確実にユーリはいる。
偶然なのか、必然なのか。

 そして、その出会い、再会は追い風になるのだろうか? またまた、波乱を生むのだろうか?


 それは、現段階では、誰にも判らなかった。






























 



〜アイテム紹介〜


□ 超強力!睡眠薬


その名のとおり、睡眠薬。
普通のモノと違うのは、睡眠作用がかなり強力で、一度服用してしまえば、耐性でも無い限り、直ぐに睡魔に襲われ、眠ってしまう。
そして、何をしても殆ど目を覚まさないし、レイ○に繋がりかねないが、ちゃんとミリは買う客を見てるから、大丈夫。……だろう。
勿論、ミリが調合・配合した代物であり、
『使用料使用法を確認して、正しくお飲みください』


□ 月の加護(半オリ)


広範囲に(1パーティのみ)傷の回復、体力の回復をしてくれる有難い宝石。
消耗品であり、一度使用すると 宝石の中心にヒビが入ってしまい、使用出来なくなってしまう。
このアイテムもかなり高価な代物で、何でロゼが……?と再び不審に思っていたが、今はとても有難いので、考えるのをやめた。

元ネタは ランス9の月の意志。

 
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