| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

dark of exorcist ~穢れた聖職者~

作者:マチェテ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第31話「白い少女」

クリスの戦い方は、お世辞にも綺麗なものとは言えなかった。
いつものようなスマートな戦い方ではなくなっている。

"憎い"という感情のままに、ひたすらフレースヴェルグの顔に拳を叩き込み続ける。
ドスッ、ゴキッ、という鈍い音が途切れることなく響き続けている。



「グゲェェエエアアァア!!!!」

大鷲が威嚇するために雄叫びのような鳴き声を発するが、先程までの覇気がまるでない。
殴られ続けたその顔は醜く歪み、強靭なクチバシには細かいヒビがいくつも入っていた。
地面には、殴られた衝撃で欠けた鋸状の牙や、羽根の一部が複数転がっている。


「…痛いですか? ………アイさんはお前よりもっとずっと痛い思いをしたんだ」


クリスの眼を見たシャルルは、一瞬だけクリスに恐怖した。

"殺してやる"という明確な殺意が籠っていながら、どこか虚ろで、一切の光を通さないほど暗い眼をしていた。
クリスの眼もそうだが、彼が纏う雰囲気そのものも変わった気がする。

何者も寄せ付けない、何者も拒絶するような、暗く悲しい"何か"が、クリスの意識を支配する。




「(確かに強いが……これでは…こんなやり方ではダメだ……正しくない。何より…アイリスが浮かばれない)」

今の今まで、クリスの変化に気を取られて動かなかったシャルルだったが、ようやく自分の次の行動が
決まったようだ。


クリスが仕留める前に、自分が大鷲にとどめを刺す。


パートナーを失い、復讐に憑かれたクリスに、復讐の対象である大鷲を殺させるわけにはいかない。
もし大鷲をクリスが仕留めてしまったら、その後の彼はどうなるのか。

既に彼の心は壊れかけている。
そんな状態で、復讐を終えてしまったら。

誰も救われない。クリスに残るのは虚しさだけ。アイリスも浮かばれない。




「クリス!! もういい、僕が仕留める! 君は下がれ!」


何としてでも、クリスにあの大鷲を倒させるわけにはいかない。
ファルシオンを構え、大鷲に斬りかかろうとしたが………





「…………邪魔をしないで下さい。こいつは僕が殺すんだ……」




シャルルの背筋が一瞬で凍りついた。
あんなに心優しいクリスが、どうすればあんな顔ができるのか。

シャルルをギロリと睨んだその眼は、彼が今まで対峙してきたどんな悪魔よりも暗く、恐ろしかった。
クリスの眼を見たシャルルは、その覇気に気圧され次の行動に移ることが出来なかった。

大鷲に更なる攻撃を加えようとしているクリスを止められなかった。


ゴンッ!!!



「グギャッッッ!!??」


突然、顎を思い切り蹴り上げられた大鷲は、短く驚いたように叫び、蹴られた顎につられて、その巨体は
綺麗に半回転して地面に叩き伏せられた。


「……さっさと立て。僕の"復讐"はまだ終わってないんだ」



復讐。
この言葉に、シャルルの心が痛んだ。

自己犠牲は決して認めない。
たとえ守りたい人を守って死んでも、それでその人が本当の意味で救われたことにはならない。
彼はずっとそう思ってきた。
しかし、今のクリスを見てそれが揺らいだ。

クリスも「自分が死ねばアイリスが悲しむ」と分かっていた。
分かっていても、「自分を犠牲にしてでも」アイリスを守りたかった。

それが叶わなかったのだ。
自分の目の前で。




「クリス………アイリス………すまない……」




シャルルの小さな謝罪は、アイリスにも、クリスにも届くことはなかった。



































「…………………あれ? 私は……ここは…?」


アイリスが目覚めた"その場所"は、辺り一面が真っ暗闇だった。
アイリスには、自分が上下左右のどこを見ているのか。
立っているのか、浮いているのかさえ、把握できない。


「………あぁ、そっか……私、死んじゃったんだ……」


今の自分の状況は把握できないが、この場所に来る前のことは思い出した。




「ここはどこだろ……天国? じゃないよね……じゃあパトリック君には会えないなぁ……」


「ここは地獄かな…そうだよね……悪魔にひどいことしてきた私にはピッタリだよね…」


「…………アリシアさん、キリシマ君、フランちゃん、ブライアンさん、ハル君、アルバートさん……
…クリス君……ぐすっ……ごめんね………」












『泣かないで、アイリス。まだ何も終わってないよ』


突然聞こえてきた自分以外の声。
溢れてきた涙を拭い、辺りをきょろきょろと見回す。



「だれ? どこにいるの?」


『ここだよ』



背後から聞こえてきた声。

振り返ると、そこに声の主がいた。



そこにいたのは、アイリスに瓜二つの少女だった。
アイリスによく似ているが、決定的に違う特徴があった。

真っ暗なこの空間で一際目立つほど、その少女は"真っ白"だった。

服も、髪も、肌も。
金色の瞳以外、まるで色を失ったかのように真っ白で綺麗だった。



「あなたはだれ? 私にそっくり…」

『わたし? わたしは"わたし"で、わたしは"あなた"だよ』



「………う~ん? 難しいよ…」

『あははっ、そうだよね。でも哲学的なことは言ってないよ。この言葉は本当のこと』



「う~ん……私は二重人格だったってこと?」

『二重人格とは違うかな。"わたし"の心はわたしのもので、"アイリス"の心はあなたのもの』



「やっぱり難しいよ……」

『うん……いつか分かるよ。いつか、ね…』





『それより……ねえ、アイリス。クリス君を助けたい?』

「えっ?」

『真っ暗でも分かるでしょ? 外の世界の様子。……あなたが傷ついてクリス君がどうなったか』



白い少女の言う通りだった。
意識を集中させると、見えなくても分かった。

自分の大切な人が、復讐という暗く悲しい感情に支配され、壊れかけているのが。




「クリス君……ごめんね…………私のせいだね……」

『また泣きそうになって…ほら、泣かないで。さっきも言ったでしょ? まだ終わってないって』

「ぐすっ……でも……」



『いい? 落ち着いて聞いて。あなたはまだ死んでない。負った傷が深くて今は寝込んでいるけどね』

「…? どういうこと?」







『あなたは死なない。ううん、"死ねない"の。どんな傷を負ってもね』



「…………どういうこと?」




『詳しいことを話す時間は今はないかな。それもいつか分かるよ』


『でも、これだけは分かって。わたしはあなたの味方』


『あなたは誰も傷つけずに戦いを終わらせたい。そうでしょ? ……叶えてあげる』











『わたしの力を少しの間だけ貸してあげる。でも、今のあなたには身体への負担が大きいから気をつけて』







『………じゃあね、アイリス。また会えるといいね』


































目を覚まして一番最初に見えたのは夜空だった。
そしてすぐに、背中に冷たい地面の感触を感じた。

段々と目が冴えてきて、周りの状況がはっきりしてきた。



怒りに身を任せて、大鷲を殴り続けるクリス。

それを悲しげに眺めるシャルル。

クリスの怒りを身に受け、今にも死にそうな血みどろの大鷲。




「………私のせいだ………私が…止めなきゃ…」





「……お願い。今だけでいいの。…………力を貸して」









その言葉が、その場にいた者の耳に届いたのかは分からない。
しかし、その言葉を言い終えると同時に、全員がアイリスの方に視線を向けた。




「…アイ、さん?」

「アイリス……!? あの姿は、一体……!?」




2人はアイリスが生きていたことにも当然驚いたが、それ以上に、アイリスの変化に驚いていた。



アイリスの銀髪は、輝くように綺麗な白になり、瞳の色も、透き通った金色に変わっている。
心なしか、アイリス自身が淡く発光しているようにも見える。


誰にも聞こえない小さな声で、決意と覚悟を込めて呟く。






「……………私が、止めなきゃ」 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧