八神家の養父切嗣
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四話:つかの間の日常
八神はやては充実した毎日を送っていた。
自分の足で歩けないという不自由はある。だが自分には暖かな家族が居てくれた。
養父は勿論だが自分を確かに愛してくれた両親のことも忘れはしない。
それに今は本から出てきた不思議な騎士達も自分の家族だ。
切嗣がイギリスに行っている間も寂しさにとらわれることなく過ごしていた。
「さーて、最後におとんの部屋を掃除したら終わりや」
「どうしてそんなに気合を入れてるの? はやてちゃん」
「シャマルは分かっとらんのや。おとんの部屋の散らかりようが」
不思議がるシャマルに切嗣が如何に片付けが苦手かを説明していく。
放っておけば物が溢れかえり足の踏み場すらなくなってしまうのだと。
自分でやると言っても結局さらに散らかすだけというダメ親父だと。
シャマルはクスクスと笑いながらその話をどこか楽しそうに語るはやてを見つめる。
「とにかく、いつもそんな感じやから気合入れとるんや」
「ふふふ、それじゃあ頑張りましょうか」
「まあ、今はおらんから散らかりようがないやろうけどな」
如何にも掃除が楽で良かったと言わんばかりの言葉だがどこか物足りなさも感じさせる響きだった。
そのことにシャマルはまた笑いながらはやてと共に掃除を始める。
掃除自体は切嗣が留守にしていることもあり、あっさりと片付いていく。
余りにもあっさりと終わってしまった為にはやては暇になってしまった。
「……おとんへそくりとか隠しとらんかな」
「探してみる?」
「勿論や!」
結果、へそくりを探し出すという行為に発展してしまった。
冷静に考えれば整理が苦手な人間が物を隠せばどこにかくしたのか分からなくなるので隠さないと分かりそうなものだが暇つぶしなので気にしない。
切嗣の部屋は散らかる割には意外に物が少ない。キチンと収納すれば広い部屋なのだ。
シャマルは本棚の本を取り出して中に紙幣が挟まっていないかを確認する。
はやては机の中身をあら捜しする。
ここで掃除をする前の状態にならないのが八神家の家事を統括する者達の底力である。
「ここにはなんもないなぁー。流石に鍵を開けるのはいかんし……シャマルそっちはなんかあったかいな?」
「ううん、こっちにもないわ」
「なんや、つまらんなぁ。男ならへそくりの一つや二つぐらい隠さんと」
上がらない成果にブツブツと文句を言いながら引き出しを開けて行くはやて。
ここに切嗣が居れば間違いなく苦笑いしか浮かべられないだろう。
このまま何事もなく終わるかと思われたあら捜しだったが下から二番目の引き出しを開けたことで進展を迎える。
「ん? なんやって……これ」
「どうしたの、はやてちゃん?」
「シャマル、これ」
そう言ってはやてが指し示す物は不気味に黒光りする物体だった。
これだけだとはやてが最近苦手になってしまったゴキブリのように聞こえるかもしれないがそれ以上に物騒なものだった。
「銃ですね。お父さんが私達が現れた時に持っていたものだと思うわ」
「そうやな、銃やな」
『…………』
何となく次の言葉を言うのが恐ろしくて押し黙る二人。
そこに二人の帰りが遅いので見に来たザフィーラが現れる。
「なぁ、ザフィーラ。これ本物かわかる?」
「むぅ、この世界の武器については詳しくありませんが恐らくは本物であると」
「なるほど、ということは……これ違法やない?」
切嗣は警察や自衛官と言った拳銃を所持可能な職業についていない。
はやての介護の為に基本的に家に居ながらできる仕事をしているらしいのだがはやては詳しくは知らない。
念のためネットで調べて見るが一般人には拳銃の所持は認められていなかった。
猟銃や空気銃は許可を得れば可能だが拳銃は不可能だ。
「……我が家の父が銃刀法違反者やった」
すぐさま八神家家族会議が開かれた。
「みんなに集まってもろーたのは他でもないおとんが犯罪者かもしれんちゅーことや」
はやての言葉に訳を知らないシグナムとヴィータの肩がピクリと動く。
まさか切嗣が管理局に追われる立場だと明かしたのかとシャマルに視線で問い詰める。
ここで視線がザフィーラに向かないあたり彼の信頼の高さがうかがわれる。
反対にシャマルは少し傷つきながら事情を説明するために拳銃を机の上に置く。
「これは……拳銃ですね。三十二口径、体格の小さい者でも使える」
「おとんの机からこれが出てきてな。前にも見たけどよう考えたら法律違反やった」
「はやて、なんで銃持ってたらダメなんだ?」
さながら刑事のように説明するはやてにヴィータが素朴な質問を投げかける。
管理世界でも質量兵器は禁止されている。
しかし、今までただ戦い続けてきた騎士達にとって武器とはあって当然のものなのだ。
そのことに少し悲しい気持ちになりながらはやては告げる。
「人様に怪我をさせれる武器とかは日本じゃ持っとったらあかんのよ。警察に逮捕されてまう。やから私らは家族としておとんをどうするべきか話し合わんといかんのや」
覚悟を決めたかのように語るはやてにシグナムとヴィータは目を合わせる。
シャマルとザフィーラはその様子に二人が何を言いたいのかを察する。
二人は頷き合い自らのデバイスを手に取る。
「……レヴァンティン」
「アイゼン」
『Ja』
シグナムの手には片刃の長剣が、ヴィータの手には体と同じほどの長さのハンマーが握られる。
ここまで来てはやては四人がどういった存在かを思い出す。
ザフィーラとシャマルはともかく二人は完全に武器持ちなのだ。
「我らもこうして武器を所持していますが全ては主はやてをお守りするためです」
「それに待機状態にしておけば安全だしな」
「主の意思に反して騎士の魂を抜くことはありません」
要するに切嗣を警察に引き渡すのなら二人も引き渡さなければならないのだ。
最も、切嗣はともかく二人に関しては色々どころではない問題が発生するだろうが。
とにかくこうして八神家にはくしくも三人の犯罪者がいることが発覚してしまったのである。
はやてはしばらく考え結論を下す。
「……バレんなら犯罪やないよね」
この夏はやてはちょっぴり大人になった。
それが良い方向にかどうかは誰にも分からないが。
八神切嗣は窮地に立たされていた。知り合いの葬式と偽りイギリスに赴きグレアム達と密会を行った所までは問題はなかった。
簡単ではあるが訓練を行い感覚を取り戻したのも収穫だ。
最終段階までの計画も誤差はあるだろうが揺るがないだろう。
ならば、八神切嗣を襲った問題とは何なのか。
それは彼が衛宮切嗣ではなく八神切嗣だからこそ起こる問題だった。
「お土産を買ってなかった……」
余りにも昔の感覚に戻り過ぎて父親としてやるべきことを見失っていたのだ。
尤も、はやてのことを考えるだけで心がどうにかなってしまいそうだったのでお土産まで考えろというのも酷な話だが。
何とか帰る間際で気づいて紅茶だけは買ってきたがこれでは心もとない。
他にも何かなければ申し訳が立たない。まあ、葬式帰りに旅行帰りのようにいっぱいの土産というのも不謹慎のような気もするがそれはそれである。
「仕方がない。紅茶はあるんだ、お茶請けにケーキでも買っていこう。ヴィータちゃんを味方につければはやても強くは言えない……はず」
一縷の望みにかけ切嗣はケーキを買うことを決断する。
その姿を見た者がいるなら妻を怒らせて帰りづらくなった旦那かと思う事だろう。
(高町なのはの件もある。翠屋にでも行ってみるとしよう)
今から数か月前に起こったロストロギア事件。
その際にここ海鳴市にはジュエルシードと呼ばれるロストロギアがばら撒かれた。
当初は自らの裏のコネを使って秘密裏に処理をしようと考えていた切嗣だったがそれはユーノ・スクライア、高町なのは、フェイト・テスタロッサの登場により止めた。
計画最終段階まで身元が割れるわけにはいかなかったので自分達以外の人間が処理をしてくれたのは大いに助かった。
もっとも、何度か海鳴市が崩壊の危険に陥りそうな時もあったが。
(しかし、高町なのはが魔法を知ってしまったのは痛手だ。蒐集対象として見繕っていたんだが……それに管理局と繋がりができたのも痛い。これでは高町なのはの蒐集をしたと同時に管理局に知られてしまう)
いっそここで始末してしまおうかという物騒な考えが浮かんでくるが下策にも程がある。
少女一人位など造作もなく殺すことはできる。
いくら魔法の才があったところで所詮は子どもだ。
しかし、殺してしまえば何かがあると疑われる。最悪管理局がこの世界に調査に来る。
そもそも蒐集の前に殺すのは勿体ない。
(全く……面倒なことをしてくれたよ。プレシア・テスタロッサ)
内心で今回の事件の発端と言われるプレシア・テスタロッサに対してぼやく。
正直なところ裏から手に入れた情報を見た時は怒りでどうにかなりそうだった。
たった1人の為に60億の人間どころか世界を危険にさらしたのだ。
切嗣の生き方とはまさに真逆な生き方だ。そのことがどうしようもなく苛立たせた。
だが本当に苛立ったのは心のどこかでその生き方を羨んでしまった自分に対してかもしれない。
「いらっしゃいませ」
気づけば既に翠屋に行きついていたらしくマスターの高町士郎に声を掛けられていた。
こんな状態では作戦に支障をきたすと内心歯噛みしながらケーキを一人二個ずつ注文していく。
その際に店内を見まわして見るが高町なのはの姿は見えない。
もっとも、自分が魔導士だとバレるのは避けたいので深い接触はこちらも御免なのだが。
しかし高町なのはの馬鹿げた魔力量があれば簡単にページが埋まるので目をつけておくことには変わりはない。
「しかし、結構な量を買われますね。来客用ですか?」
「まあ、そんなところです」
軽く話をしながらケーキを受け取る。
一見すれば士郎は爽やかなマスターに見えるが切嗣には分かる。
間違いなく自分と同じように裏の世界を知っている人間だと。
それは士郎の方も同じようで初めて訪れた時はお互いに警戒したものだ。
どうやら、血と硝煙の臭いは嗅ぎ慣れた人間には隠せないらしい。
「ありがとうございました。また、お越しください」
「ああ、また来るよ」
―――あなたのお嬢さんを傷つける算段をつけてね。
そんな言葉を心の中で呟いて切嗣は家路に着く。
何故だかタバコがたまらなく吸いたい気分になった。
「このケーキ、ギガウマじゃねーか!」
「確かに、これは美味ですね」
「うん、美味しいわ」
「気に入ってもらえて何よりだよ。翠屋はシュークリームがお勧めだから今度はそれでも買ってくるよ」
顔をほころばせる女性陣。特にヴィータは目が比喩抜きで輝いている。
一先ずお土産を気に入ってもらえたためにホッとする切嗣。
紅茶に関してもグレアムお勧めなので味は申し分ない。
もっともはやてはこれはお土産を買い忘れたなと気づいているが言わないだけである。
切嗣が思っているほど彼女は子どもではない。
「それでイギリスはどうやったんや?」
「どう……って言われてもね。葬式に出たんだから旅行じゃないよ」
「それもそうやな」
「まあ、後は昔の知り合いと会ったぐらいかな」
「ふーん」
ケーキに舌鼓を打ちながら話をする。そんな何でもない平凡な光景。
だが、切嗣にとっては何よりも輝いて感じられ、同時にその光景の中に自分がいることにとてつもない違和感を覚える。
あるべきでないものがそこにある。余りの違和感に殺意すら抱いてしまう。
今すぐにでもこの違和感の正体を排除してしまいたい。
見る影もなく引き裂いて、叩き潰して、燃やしてしまいたい。
だが、当然のことながらそれはできない。果たさなければならない使命があるから。
「それにしても旅行かぁー……」
「何だい? どこかに行きたいのかい」
「うーん、色々あるんやけど海に行きたいかな」
「海ならすぐそばにあるじゃないか?」
「もー、おとんは乙女心分かっとらんな。やけ、お嫁さんおらんのやないの?」
海ならば確かにすぐ傍にある。しかし、ただ地元で泳いでもつまらないのだ。
遠くに出かけて綺麗な海で泳ぐからこそ雰囲気が出ていいのだ。
もっとも、切嗣は好きな物が効率という男なので雰囲気というものは気にしない。
近くに海があるのだからそこで泳ぐのが一番効率が良いというのが男の考えだ。
はやての言うようにそういった所は確かにモテない。
「そこを言われると辛いなぁ」
「まあ、でも今は美女四人と暮らしとるハーレム状態やん。羨ましいでー」
「ははは、僕には勿体ないぐらいだね」
本当に勿体ないと切嗣は思う。
人殺しの自分を家族と思ってくれる人がいるなんて本当に勿体ない。
「今年はもう泳ぐには遅くなりそうやしなー。来年みんなで海に行こうや」
「主はやてが望むのなら我らヴォルケンリッターどこまでも」
「そこまでかしこまらんでええんやけどな。おとんも約束してーや」
「……そうだね、約束だ」
己の罪深さを心の底で怨嗟しながら表情を取り繕い約束を家族と結ぶ。
何でもないのに、奇跡が起こらない限り決して叶わない約束を。
信じてもいないが神に祈る。この約束が―――守られることがないことを。
後書き
そろそろ動き出す……はず。
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