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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  訳知り顔で夕焼けを

ミラ=アンダーソンは戦争孤児だ。

両親と呼んでいた男女は、自分が二歳の時に止せばいいのにわざわざ紛争中だった中東に何をトチ狂ったのか行き、あっさりその頃展開されていた戦場の最中に呑み込まれ、しっかり死んだ。その二人が残してくれたものと言えば、自分の名前にひっつくアンダーソンという姓だけである。

しっかり、というのは、自分を育ててくれたお人好しの兵士(バカ)がその死を目撃したその人だったのだ。ついでに、放って置いたら普通に死んでいた二歳児の自分を救ってくれた恩人もその人だったりする。

その人は私が心を病むとでも思っているのか、しきりにそのことを話してくれるけれど、しかしこちらから正直なことを言わせてもらえれば、生まれて二年しか経っていない愛娘を引き連れて紛争の真っただ中に行くようなアホどもを親とは呼びたくはないし思いたくもない。きっと両親があの戦場を生き残っていたとしても、どこかでのたれ死んでいただろう。

だからミラにとって親はその兵士だし、それ以外の者を親と呼ぶつもりもない。

そう言うと彼女は決まって渋い顔をし、次いで自分はどうやってもお前を育てることしかできない。親の代わりはできないという旨の話を延々するのだが、その度にミラは思ってきた。

逆に子供が親に求める、育ててもらう以上のこととは何だ、と。

まぁ、養ってもらっているので彼女の主義についてはとやかく言うのは意地汚い、というものだろうか。ああいや、意地が悪い、だったか。

日本語は難しい。

紛争から帰国した彼女は日本人の男ができたのだが、しかし人がいいのと同じくらい、天上天下、言語道断、空前絶後に彼女は男運がなかったので、すぐに別れることになった。ただ、何がどうまかり通ったのか、どう図り間違ったのか、その男の連れ子が家に来たのはさすがに驚いた。

そしてその後、彼女がデスゲームの中に閉じ込められたと知らされた時は、悲しみが湧き上がるより何千倍も驚いた。

だが丸二年後、割合ケロッとした顔で帰ってきて、舌を出しながら可愛らしく(少なくとも本人はそのつもりらしい)日本に飛ばされたと報告してきた時はさすがにはっ倒した。割と本気で。

もともと兵士の中でも相当エリートだったらしい彼女は語学方面が堪能だったし、彼女がいない二年間ですっかり家族になっていた男の連れ子は、何せ父親が日本人だ。日本語は完璧にマスターしていた。

さてここで問題なのは、紛れもなく自分だった。

親が厳しかったら子は折れるか真っ直ぐに育つかの二択になるのだろうが、我が家は生憎そこが悪い方向にボカされていた。

肝心かなめの厳しい親が、二年間も姿を消したのだ。残された子供は、今まで抑圧されていた分を思いっきり吐き出すに違いない。

ここで彼女にとって胃が痛いのは、残されたミラ達には生活保護という目的で定期的に金が政府から卸されていたし、何より彼女の資産が思ったよりまとまった額が残っていたのだ。

ピースは完全に揃っていた。戻って来た彼女の呻き声が聞こえるくらいには。

しかし、安っぽい悪の道に走るほど根性はねじ曲がっていなかったミラにとって、唯一の解放された部分は主に勉強方面だった。

生来、ひとところに留まるということが苦手なミラは、とかくスクールを抜け出しては教師に捕まっていた。

ここで断っておくのは、ミラは別に頭が悪い訳ではない。ただ椅子に座ってジッとしているという行為が自分にとってとんでもなく苦痛だった、というだけの話だ。

そんな彼女にとって、違う言語圏に行くということはそれ相応のリスクがあった。

外国人など、万能道具(ツール)ゼスチャーを用いれば大丈夫だ、と堂々と胸を張ったら真正面から思いっきりゲンコツを喰らった。海軍仕込みの一撃は下手したら頭蓋骨陥没するかもしれない。馬鹿になったらどうする、と言うと、これ以上馬鹿にはならないだろ、と返された。

割と正論だった。

ともあれ、転属はミラが日本語を覚えるまで待ってくれるはずもなく。

簡単な挨拶程度しか覚えていない状態で、我が家は空を飛んだ。

着いたオキナワというところは冬だというのに寒くなく、改めてこれまで過ごしていたノーフォークとは違う土地なのだと言外に伝えてきていた。

お人好しな彼女がやっぱりというか案の定心配した、してくれた友達もすぐにできた。ただし、日本語を話せる連れ子を通して、である。遊びに誘いにくいことこの上なかっただろうが、しかし転校先の子達は積極的に親交を持ってくれた。

ゲームで日本語を覚えていかないか、と言われたのは、いつだったろう。

何か気付いたら、まさに彼女が二年間もほっつき歩いていた世界と同じような世界に入っていた。

半ば当初の目的も忘れ、没頭した。

楽しかった。

これといった趣味がまったくなかった自分としては、これが人生で初めて、心の底からのめりこめたものだったと思う。

そのあまりの熱中ぶりに彼女は溜め息を凝らしながらよく愚痴っていた。

平和になったもんだ、と。

彼女が二年間も閉じ込められていたデスゲームの全容を、ミラはよく知らない。いや、あえて知ろうとしては来なかった。

開始一ヶ月で二千人が死んだ、という悲劇的な惨劇のニュースを聞いたは聞いたが、正直真正面から受け止めるにはいささかキャパシティー不足だというものだ。ただ、その中に彼女が入っていなければいい、と生まれてこの方一度も頼ったことのないカミサマとやらに祈っただけだ。

一度あたしの命救いやがったんだから、ついでにもう一人助けろください、と。

身勝手に。

都合よく。

自分達のことを棚に上げて。

容量不足で突飛な応えには慣れてしまった。それがどんな理不尽でも、受け流して視線を逸らす術を知ってしまった。

だから、かもしれない。

眼前の少女の口から吐き出された言葉を、どうにかこうにかでも、心苦しく醜い形であれ、理解できたのは。










「…………――――」

ユウキの口がゆっくりと閉じられた後、リラはとりあえず片手で眉間の辺りを揉みしだいてみた。

隣で岩壁に背を持たせかかるミナだって、同じような複雑怪奇極まった何とも形容しがたい表情でいる。

どちらともなく、顔を見合わせた。

先に重苦しい沈黙を破ったのは、リラだった。

「あー、つまりあんたらは元SAOプレイヤー……生還者(サバイバー)ってことで……んで、その時の敵対してたヤツが襲ってきた――――ってこと?」

「そう」

「……~~~ッ」

声にならない吐息を吐き出しながら、少女はがしがしと頭をかく。

ついてけない、

それが端的に、冷静さが残っている脳から送られてきた結論である。

冷静は残っているが、それは決してユウキの言葉を加味した上での静けさではない。逆に、一度に許容範囲外のことを列挙されたおかげで、脳裏の冷却ファンはかつてないほど高速で回っていることが分かる。

だいたい《シンイ》とは何だ。

意志力でシステムを上書きする?ハッ、冗談じゃない。それはもはやゲームの範疇を越えているだろうが。

ゲームというのは、楽しいものであり、そんな説明書にも載っていないようなシリアスな隠し機能などあるわけがない。

そう、ゲームは楽しい。

そうじゃ、なかったのか。

「…………………………………」

ギリ、と奥歯が噛みしめられた。

ましてや、殺し合いだと?この、現実とは切り離されている仮想世界の中で?

「……はっきり言うわ。そんなことあたしは信じらんない、信じたくない。ここは仮想(ゲーム)よ、現実(リアル)が入ってくる訳ない」

「リラちゃん……」

「黙ってミナ。これは譲れない、絶対に譲れない」

背後からかかる唯一無二の家族の片割れの声を聞きながら、しかし少女はきっぱりと言い切った。揺らぐ意思のない力を碧の双眸にたたえ、ユウキを睨みつける。

その眼光を真っ向から受けたユウキは、普段の快活さからは考えられないほどに大きく肩を震わせ、濡れ羽色の前髪の下に表情を隠した。

「…………時間の無駄だった。今すぐには殺さないわ。あたし達は出ていくから、あんた達は勝手にして。……次に会った時は」

ブッ殺す、と。

そう、宣告するかのように言い放ち、傍らのミナに「さっさと行くわよ」と続けた。

だが、柳眉をハの字にしたのはミナだ。

当初の計画では、《乱射魔(トリガーハッピー)》とまで言われているこの馬鹿のために、開始から充分な時間をここで稼ぎ、残弾数を節約してから満を持して思う存分撃ちまくる、という流れになっていたのだ。

予定では、ここを出るのは本当に出場者がすり減った終盤戦。経過時間からして、まだ一時間も経っていない。明らかに今出るのは早計だった。

だが、《シンイ》とやらで行動不能になったレンの姿を見てしまっては、彼らに出ていけと言うのはさすがに心苦しい。せめてもの情け、という奴だ。

ふん、と鼻を鳴らし、リラはきびすを返す――――

寸前。



スッ、と。

音もなく少年が立ち上がった。



何の脈絡もなく動いたレンに、少しだけびっくりしたが、しかしその驚きは通り越せば軽い怒りに変わった。

「んぁ?何よ、ぜんぜん元気じゃ――――」

「伏せてッッ!!」

気が抜けたような愚痴は、すぐさまそれを倍するユウキの悲鳴で塗り潰された。

直後、まるでその咆哮が引き金となったかのように、無言で佇む少年の右腕が軟体動物を思わせる奇怪な蠢きをもって振るわれ。

直後。

轟音とともに()()が爆ぜた。










透明化した状態で標的(ターゲット)を捜していた死銃――――《赤眼》のザザは足元から響くズズン……、という重低音と細かな振動に、周囲を見回していた鬼火を思わせる双眼を、遠い北方に広がる砂漠に向けた。

第三回バレット・オブ・バレッツ本大会フィールド中央に据えられた廃墟都市地帯は、本大会の主戦場であり、同時にこのマップ内において一番全体を見晴らすことのできる場所でもある。

現実置換で五キロは優に離れている砂漠地帯は眩い夕陽をバックに、遠方からでも大きな砂埃が立っているのは目に見えて分かった。

だが詳細は分からない。職業(クラス)的には狙撃手(スナイパー)であるザザであっても、さすがにこの距離を埋めるほどのスコープは光学系のものまで検索してみても存在しない。

だが。

「始まった、か」

くく、とノドの奥で昏い嗤いを漏らす男は、その地で現在起こっている惨劇の有様を薄々ながらも類推することができた。

その目線の先では、不規則な間を取って微かな閃光と、ビル風にのって流れてくる微弱な音――――崩壊音らしきものが響いている。

この距離まで届くのだから、向こうは相当なことになっているに違いない。地形が変わっていたとしても、たぶん驚かないだろう。むしろ消滅していないことに驚くかもしれない。

ひとしきりその光景をねぶるように見、ザザはしかし、と今度は眼下の廃都に首を巡らせた。

もともと廃墟であり、あちこちひび割れたりねじ曲がっていたりしていて気付きにくいが、数分前に轟いていた轟音とメインストリートの一つに盛大に壊れた場所を見れば一目瞭然だ。自分がこのエリアに入る少し前は、ここが本当の意味での主戦場だったのだろう。

その荒々しい痕跡を見れば、ここで繰り広げられていたのがどれほど苛烈なものかは想像に難くない。

バケモノどもめ、という思考とともに、予選で《絶剣》に刈り飛ばされた両の手首にいまだに残る痛覚が脳裏に呼び起こされるが、それを無視して男は索敵スキルとともに己を追ってきただろう標的を捜す。

フェイバルに取り引きを持ち掛けられた時はさすがに緊張した。

尾を噛む蛇(ウロボロス)】は《要注意(イエロー)ギルド》であり、いわば中立な存在だった。もっとも、彼らを利用するのはもっぱら『裏』の人間であり、まっとうな者達はせいぜい危険な収集クエストのアイテム採りを依頼するくらいだ。

毒にもなれば薬にもなる。

六王第一席の《戦神》の利用禁止命令が公布されていなければ、もっと多くのプレイヤーが彼らを利用したことだろう。金さえ払えば何でもやってくれるのだから。

だが、我ら【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】を初めとした殺人(レッド)犯罪者(オレンジ)ギルドの彼らとの関係は、その点極めて危ういものだった。一触即発まではいかないが、こちらから進んでヤツらに何かをしようとは思わない。

例えば少しでも後ろ暗いところがあるギルドが彼らを利用したとしよう。

金さえあればヤツらはちゃんと動いてくれる。だが、《ウロボロス》は別に専属という訳でもない。他の、つまり『表』側の人間からこちらの掃討を依頼されても彼らは《ちゃんと》動くだろう。

そうなるとこちらの内情を知る分、下手な一般人よりも厄介な刺客となりえるのだ。

それが、『裏』のプレイヤーが彼らを忌避する大きな理由でもあり、また表裏どちらからも彼らが煙たがられる一因でもある。

その首領ともなれば、修羅場をくぐった数は並みの猛者を遥かに凌駕している。殺人者(レッド)ギルドの大家の幹部だったとはいえ、通常ならば渡り合えるはずがないのだ。

だが、今回についてだけは向こうから歩み寄ってきた。

取り引きをしよう。

こちらはそっちのことについては関わらないから、そっちもこっちのことには触れないでくれるといいな、と。

それは取り引きというより、お願いのようなものだったが、その奥の昏い真意は雄弁に、冷厳に告げていた。

応じなければブッ殺す、と。

もとより選択肢など存在しないのである。

だからザザは多少警戒しつつも二つ返事でOKしたのだが、しかし――――

―――ここまで、律儀、に、守る、とは…な。

砂漠の彼方で、そろそろ宵闇が忍び寄ってきたオレンジ色の世界の中、今一度連続した光が明滅するのを視界の端で確認しながら、男はくつくつと嗤った。

脳裏によみがえるのは、予選決勝にて当たった一人の少女の姿だ。

―――絶剣……お前、が、堕ち、る姿、を、見れない、のは…少し、残念だ。

誰よりも強く、誰よりも弱い少女にザザは思いをはせ、しかしその数瞬後にスコープの十字照準線(クロスヘア)の中に動いた影を見て即座に意識を戻す。

巨大な円形建築物――――中央スタジアムに隣接する市街エリアだ。崩壊し、ひび割れた壁面の向こう側で確かに何かが動いた。

そう確信し、待つこと数秒、再び角の向こうから出た顔にザザは引き締めていた口角がもう一度緩むのを止められなかった。

美しい少女だ、ペールブルーの髪を左右で束ね、その奥にある眼差しはどこか近寄りがたい氷で造られたダガーの切っ先を連想させる。どこかの国の世間知らずな姫、というより野に放たれた山猫を幻視させられた。

ビンゴ、と。

唇が小さく呟くのを他人事のように聞きながら、男は静かに少女の動向を観察した。

どうやら彼女はスタジアムに道路を挟んで隣接する建物に入ろうとしているようだ。市街地エリアに存在する建築物には入れるものと入れないものがあるが、入れる場合は必ず判りやすい出入口が設置されている。

少女が入ろうとしているであろう、スタジアムから広い環状路を挟んで南西に面するビルも、壁面が大きく崩れていた。

「………………」

もはや躊躇はなかった。いや、最初からないのかもしれない。

銃床(ストック)につけていた頬をより一層押し付け、ボルトハンドルを引き、次弾を装填した愛銃のトリガーに指を掛けた。

同時、十字のレティクルの先に薄緑色の《着弾予測円》が表示され、それは心音に合わせて極小のドットからスコープいっぱいに広がる拡縮運動を見せ始める。

通常ならば、予測円が射手側に表示されたと同時に、被弾側の視界には警告色である赤色の輝線――――《弾道予測線》が表示されるはずだが、狙撃手クラスだけは初撃に限定して、予測線の非表示権限がある。その証拠に、レティクルの中で警戒するように左右を見回す少女に気付いた様子は見受けられない。

ああ、この瞬間だけは実にいいものだ、と男は仮面の下でただ思う。

獲物に気付かれることなく、音もなく狩る。

無知な子羊を、理不尽とも言える暴力で弄ぶこの快感。

ノーリスクハイリターン。

それは狩人ならば完璧とまで言える、完成形ではないだろうか。

―――だが、とはいえ。

殺しては意味がない。それでは《死銃》の意味がない。

にやり、と嗤う。

そう、これは狩りではない。言うなればそう。

処刑だ。

嗜虐心から欠片も早まらない鼓動によって極小まで縮小された予測円に従い、《赤眼》のザザは冷酷にして残酷に、引き金を引いたのだった。 
 

 
後書き
なべさん「はい始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「随分久々な気がする…」
なべさん「気のせいだ突っ込むんじゃない。それにしても暑いなぁ」
レン「まぁ夏になったしな」
なべさん「…………………………………………なんで水着成分も何もないものを書いているんだろうな」
レン「早く書けってことだ(無慈悲」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださいね」
――To be continued―― 
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