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ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~

作者:???
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狂乱者-バーサーカー-part2/荒れ狂う巨人

一方でシュウのことを頼まれたテファは、彼の部屋の方へと向かった。そろそろ彼にも起きてもらわないといけない。彼を起こすために部屋に入出すると、そこには机の引き出しを開け閉めするシュウの姿が目に入る。すでに起きていたようだ。
「ど、どうしたの?」
「…いや、ちょっとしたものがなくしたらしくてな。探しているところだ」
あくまで冷静に返答していたが、テファにはどこか、彼が焦っているようにも見えた。こんな彼はみたことがない。何か大事なものをなくしたのだろうか。
いや、実際彼は内心では焦り始めていた。そして自分のまずらしく間抜けさをさらけ出していた自分を恥じていた。まさか、ウルトラマンに変身するためのアイテムとなくしてしまうとは!
(ち、俺は何をしていた!…いや、待てよ)
ふと、シュウは何かを思い出したのか、テファの方を振り向く。
「サムは?」
「え?姉さんが今、トイレじゃないかって探しに行ってるみたいだけど」
(やはりか!)
どう考えても分かりやすい犯人。サムの奴が盗み出したのを、マチルダが追いかけたに違いない。
と、その時だった。あわてた様子でエマたちが駆けつけてきた。
「大変だよシュウ兄!姉ちゃん!」
「どうしたの!?」
「む、村のすぐそこに怪物が!!」
「「!!」」
このタイミングでビーストが!?
子供たちに促されつつ外に出ると、百足のような突起を体から生やした長い首を持つ怪獣ムカデンダーが、シュウたちを見下ろしていた。
「ひぅ…!!」
村のすぐそばに現れた怪獣に対し、恐れおののく子供たち。テファは恐れと驚愕を、シュウは苦虫を噛み潰したように顔を歪ませた。こういう時こそ、自分が持つウルトラマンの力が必要になる。が、今変身することができない自分に残された武器は…ディバイドシューター一丁とパルスブレイガーだけ。とてもあいつを倒せるだけの火力は持ち合わせていなかった。
「伏せろ!」
ムカデンダーは、まず一発の火炎弾を村の小屋に向けて放ち、木端微塵に砕いた。
「「きゃああああああ!!」」
村の皆はすぐ頭を伏せ、子供たちから悲鳴が上がる。
シュウは顔を上げてムカデンダーの姿を見上げる。奴は余裕をかましているのか、すぐに二発目を放ってこようとはしなかった。
今のはただのあいさつ代わりなのか。舐められている…しかし、今の自分は、エボルトラスターがないために変身することができない。
「く…全員急いで村から逃げろ!荷物のことは全部放っておけ!今は自分の命を最優先させろ!!」
とにかくここにいつまでも留まるのは危険だ。シュウは銃を手に取り、自ら率先してまずはテファたちの避難誘導を開始した。
「ティファニア、チビたちを連れて先に行け!」
「シュウはどうするの!?」
「俺は少しこいつの相手をしてから追う!早く行け!」
怪獣の方へ駆け出そうとするシュウ。しかし、テファが彼の手を瞬時に掴み、引き留めた。
「待って!いくらなんでも危険よ!」
「そんなもん承知の上だ。それより早く行け!」
「嫌!!」
テファは彼の言うことを聞こうとしなかった。頑なに彼の手を離そうとしなかった。
恐怖が募っていた。幼い頃、父と母が死に、ヤマワラワも姿を消し、死にかかった恐怖が、彼女から平静さを奪った。さらに、故郷でも怪獣と戦ってきたと言う彼が、今度こそここで…故郷でもないこの世界でも自身を危険に追いやろうとする彼を見ていると、彼の手を掴まずにはいられなかった。
「……」
そうしている間に怪獣が迫ってきている。ここで要らない諍いを起こしている場合ではないのだ。下手をしたら、テファたちが危ない。迷っている暇はなかった。
「きゃ!ま、待ってシュウ!戻って!」
「シュウ兄!!」
テファの手を乱暴に振り払い、子供たちの声も無視し、シュウは駆け出した。村の北の方へと駆け抜け、ディバイドシューターを怪獣に向けて放った。すると、弾丸を顔に受けたことで怪獣はシュウの方を睨み、彼を追い始めた。
「シュウ…!」
このままではシュウが!自分たちの都合で勝手に呼び出してしまった彼をここで見捨てたりなんてできない。テファは、衝動に駆られるように杖を手に取った。
4大系統の、敵を倒すようなすごい魔法なんて使えないが、それでもものはためしだ。

―――やはりここにいたのね

しかし、彼女の行動を先読みでもしていたかのように、誰かの…女性の声がテファの耳に入り、彼女は足を止めた。
「誰…!?」

―――ここよ、御嬢さん

不敵な笑みを浮かべているのが容易に想像できる声。それが聞こえた9時の方角に視線を傾ける。その時の彼女の目に映ったのは、紫色に光るルーン文字を体に刻み込んだ、一匹のガーゴイルだった。


一方で、マチルダの目の前で鞘からエボルトラスターを引き抜こうとしたサム。
…しかし、鞘からエボルトラスターは引き抜かれなかった。
「な…なんで!?」
慌てるサムをよそに、マチルダはすっかり呆れかえっていた。
「はぁ…あんたってホント馬鹿だね。抜けるわけないじゃないか。だってそれは、ウルトラマンと同化している奴じゃないと引き抜けないって、当の本人が言ってたよ」
「くそ!!」
「さあ、大人しく盗んだものを返しな。今なら許してもらえるはずだよ」
手を伸ばして、帰ってこいと促すマチルダだが、サムは首を乱暴に振って嫌がり出した。
「い、嫌だ!!僕が…僕じゃないといけないんだ!僕がテファ姉ちゃんたちを守らないと…」
頑なに自分の非を認めようとしないサム。相手が自分が拾い養ってきた子供であるから遠慮していたが、さすがにマチルダも我慢ならず、ついに怒鳴り散らした。
「ふざけたことぬかしてんじゃないよ!」
その権幕にサムはびくっと体を震えさせた。
「守る?誰をだい?少なくともあんたの思い上がった行動が皆を危険にさらすところだったんだよ!あんた、テファを守るとか大仰なことを言っているくせに、自分の都合で他人の力を盗み出して、情けないとか思わないのかい!」
「…う…うるさい…うるさいうるさい!!」
サムは魔法のナイフを構え、自分が守る対象とするべきであるはずのマチルダに、魔法を放とうとした。しかし、その扱い方はどこか粗い。飛んできた風の魔法〈エア・ハンマー〉をいともたやすく避け、マチルダは逆に同じ魔法をサムに向けて放った。
勿論手加減はしている。魔法を受けたサムは強い衝撃を受け、エボルトラスターやナイフを手放した。
「ふぅ」
長引くことなく済んでよかった。マチルダは一息ついて、すぐにサムの元に駆け寄ろうとする。さっさとあれをシュウに渡してこなければ。テファはシュウが無理をするのを恐れているが、今村に怪獣が襲ってきているこの状況を打開できるのは彼だけだ。
しかし、突如マチルダは自分に迫る殺気を覚え、とっさに杖を構えた。
『さすがね。土くれのフーケ。もう少し油断していたら、あなたが拾おうとしていたそれを奪うことができたのに』
この声の主、こいつが自分の正体をサムに明かし、村をこんな目に合わせたのか。すると、闇の中から一体の影が姿を見せる。彼女が見たのは、テファが見たものとはさらに別の個体の、一体のガーゴイルだった。


「何…?」
テファは目の前に現れたガーゴイルに戸惑いを覚え、子供たちも得体の知れないガーゴイルを見ておびえ始めた。
『そうね…シェフィールド、と名乗っているわ。といっても、今あなたが見ているのは、私が操っているガーゴイルの一匹。本当の私は別の場所からあなたを見させてもらってるわ』
「…みんな、下がってて」
美しくあるが、怪しい声。テファは子供たちを下がらせ、自分は杖を構えガーゴイルに向ける。これまでレコンキスタという兄弟組織を通して暗躍していたシェフィールドは、ガーゴイル越しとはいえ、ついに自ら手を下しにかかってきたのだ。
『やめておきなさい、あなたの詠唱よりこの子のかぎ爪の方が早くてよ。それに、ご自慢のあなたの魔法では、たとえ撃つことができても、このガーゴイルには何の効力もないわ』
「…!」
シェフィールドの言葉は、嘘ではない。奴が本体で現れていたのならまだしも、目の前にいるのはガーゴイル、魔法で動く石像であって生き物ではない。そんなやつに忘却魔法が通じたところで効果は何もないのだ。あらかじめテファの魔法を警戒して、自分は陰湿にもどこかに隠れてこちらを見ているのだ。
『何、別に抵抗しなければ後ろの子供たちにも危害を加える気はないわ。でも逆らえば…あなたの大事な使い魔君は、私のかわいいペットの餌食になるでしょうね』
ガーゴイル、もといシェフィールドが視線を怪獣と、奴と交戦中のシュウの方を見やる。テファもそれに見合わせて視線を泳がせた。
『それにしても、残念ね。せっかく虚無の力をその身に授かり、強大な力を授かった使い魔を召還しても、たった一つのアイテムを盗まれて無力な存在になるなんて…もう一人オマケで女が付いているみたいだけど、怪獣の前では全くの無力よ』
「え?何を言ってるの…?」
奴の言う女とは誰の事なのか、間違いなくマチルダのことを指して言っていることは理解できた。だが、先に奴が言っていた『強大な力』の意味が分からないと疑問を口にするテファ。それに、奴が言う『虚無の力』とは…?
そんな彼女に、シェフィールドは逆に自分が驚かされたぞと言わんばかりの台詞を口にした。
『あら?あなた…自分の力のことも、使い魔のことも知らないのかしら?』
「何も知らないわけじゃないわ。私は…いえ、私たちはシュウがどんな人なのかを知ってる。彼は…」
無愛想で、冷たい印象を抱かせる割に、その実は優しさと強さを持った人。それが、シュウと言う人間なのだとテファは捉えていた。
『人物像のことを聞いているんじゃないわ。あなた自身の力と彼の正体についてよ』
「正…体…?それに力?」
奴が何を言いたいのか見当がつかないテファは疑問を募らせるばかりだった。
『あなた、系統魔法とは異なる魔法を身に着けているのでしょう?』
「え…!」
なんで知っている?森からここ数年はなれたことさえもない自分のこの魔法のことについては決して知られるはずがないのに、一体どこから知ったのだ。
『そして彼の力は…人の身で持つにはあまりに強大な、危険な力を持っている。あなたも何度か見たんじゃなくって?何せ、使い魔と主は、時に見るもの聞くものを共有する。例えば…命の危機にさらされると、ね』
「!!」
テファはそれを聞いて息を詰まらせた。
『私がなぜここにわざわざガーゴイルを向かわせたと思っているのかしら?何の理由もなしに、こんなちっぽけな村にわざわざこんな形で尋ねてくるなんてないでしょ?
けど、ここには二つあるのよ。あなたや彼のように、私のようなものさえ喉から手が出るだけ欲しがるほどのものが…ね』
「…じゃあ、やっぱり…」
薄々感づき始めてはいた。でも、所詮は証拠の薄い憶測で本当の事だとは思い難い。しかし、シュウがテファを誘拐された際に彼女の視界を見たときと同じように、何度かテファ自身も自分が見ているものとは全く異なる視界を、夢でも見ることがあった。それも、あからさまにこちらに殺意を向けていた、悍ましい怪物、黒い巨人などの姿を。
「彼が……」
とその時だった。向こうでムカデンダーの火炎弾によって一発の爆発が起き、シュウがその爆風で大きく吹き飛ばされた姿を目にした。
「!!」
息を呑むテファ。その一方でシェフィールドは、ガーゴイルの向こうでふ、と気味の悪い笑みを浮かべていた。
「姉ちゃん!?」
だがその直後のことだった。テファは駆け出していた。杖を取り、シュウの元へ一直線に駆け出していた。
『な!?』
ガーゴイルの目を通して、シェフィールドも驚きを見せていた。まさか、子供たち以上に使い魔を優先したというのか?この世界において、使い魔とは主のために命を懸けて戦うのが当然。だが、彼女は自分の使い魔を優先した。主としての使命などかなぐり捨てて。
これはシェフィールドにとって予想外だった。


「ちぃ…!」
怪獣は確かに自分の方に注意を向けているが、テファの方もマチルダの方も、ピンチに陥っていた。ムカデンダーの放つ火炎弾は、ずっと走り続けているシュウの疲労をじわじわと誘って行く。やがて、さらにもう一発放ってきたムカデンダーの火炎弾の爆風が、シュウを吹き飛ばす。
「っぐ…!!」
地面に落ちたシュウは体に激しい痛みを覚えた。だが、ここで倒れることだけは許されていない。痛みをこらえながら立ち上がるシュウは、再びムカデンダーを見上げる。ムカデンダーはすぐにでも彼を食いたいのか、血眼でこちらを見下ろしている。
しかし、その気が満々の割に、ムカデンダーは動きを止めた。
『しぶといのねぇ。いい加減諦めた方がいいんじゃなくて?』
奇妙に思っていると、シュウの方にもまた、シェフィールドの操る3体目のガーゴイルが降りてきた。シュウ自身は見覚えがある。いつぞや、自分をこそこそつけてきたあの変な蝙蝠のような物体。
『しかし、だからこそさすがは我が同胞と言うべきかしら』
「……」
『初めまして、かしら。あなたと同じ虚無の使い魔…ミョズニトニルンよ』
「虚無の使い魔、だと?」
確か、サイトが虚無の使い魔、ガンダールヴだった。以前聞いたテファの歌の歌詞によると、4人いるとか聞いていたが。さらに、こいつの言い回し…俺もまたその一人だと?
『さて、単刀直入に尋ねるわ。今すぐ、私たちに降伏なさい』
「降伏、だと?」
直球に降伏を勧められ、シュウは目を細めた。
『私がこうして、こんなちっぽけな村を襲った理由はなんだと思う?』
ガーゴイルが、シェフィールドの言葉を借りながら問う。
シュウは、確信した。この女は、知っているのだ。自分がウルトラマンであることを。
「…俺を殺すためか?」
『いえ、すぐに殺そうとするつもりはないわ。正解を教えましょう。それはあなたとあなたの大事なご主人様の存在を欲しているからよ』
「何?」
『これまで私たちは、あなたたちウルトラマンに邪魔をされてきた。普通ならこの場で殺すことも考えるものだけど、簡単に殺しにかかってはもったいない。だから、あなたたちには私たちの味方になってもらい、その力を有用に使わせてあげようと考えたの。
もし、私たちの味方になってくれると言うのなら、あの少年に奪わせたあのアイテムも返すし、村の住人達の安全も保障してあげる』
奴が今回の事件の黒幕であることは一目瞭然だ。それに、奴が言っていた『虚無』のことだ。もし奴の言う通り、自分が虚無の使い魔であるというのなら、テファは…。
だがもしそれが本当だろうがなんだろうが、この女がこちらに狙いを定めていることに変わりない。
「そんな話に俺が乗るとでも思ったか?」
『流石はウルトラマン、強気ね。でも、安易じゃなくて?あなたのその選択一つで、あなたが大事に守っている子供たちはどうなるのかしら?ましてや今のあなたは…変身ができないのでしょう?誰かさんに盗まれたみたいだし』
「ち…」
やはりこいつが、サムに何かいらないことを仕向けたのか。
『さあどうするの?大人しく私たちに従えば、村の者たちの安全は保障するわ。従わないのなら、あなたの想像通り…』
ここで死んでもらうだけよ。冷酷にガーゴイルが言い放った。こいつはあれだな、役に立たなければそれが人間であろうとすぐにポイ捨てする、人間として最悪なタイプの奴だとシュウは判断した。だったら余計に思う。たとえ自分がこの場で死んでも、したがっても同じことだ。そもそもこいつが、俺たちの望む形の身の安全など保障するわけがない。
「…くたばれ」
ただ一言シュウはそう言い返し、ディバイドシューターでガーゴイルを撃ち抜いた。それと同時に、ムカデンダーも動き出した。
奴が言っていた通り、変身はできない故に自分が圧倒的に不利なのは承知の上だ。それでも、こいつに頭を下げることを選ぶべきではない。なら、結果がどうなるものだとしても…。
「…さて、やれるだけやるか…」
ムカデンダーを見上げながら、改めてシュウは、戦う姿勢をとった。


「あたしが誰なのかを知っているとはね…」
マチルダは自分の目の前に姿を見せているガーゴイルを睨み付ける。自分が見事土くれのフーケであることを言い当ててきた。間違いなく会のガーゴイルを操っている奴は、カタギじゃない。
『当然よ。私たちはアルビオンを支配しているものですもの。あなたは味方にぜひ加えておきたかった者の一人なんだから。あなたも一度は、王政に一矢報いてやりたいとか思ったんじゃなくて?マチルダ・オブ・サウスゴータ』
しかも自分のかつての名前さえもいい当ててきた。アルビオンを支配しているとも自らいい明かしてくるとは、やはりこいつはレコンキスタの奴か。
「怪獣をこさえてる上に、こうしてわざわざ村を襲ってきたレコンキスタの回し者が、今更あたしを味方に引き入れたがるとは…実は意外と人材不足なのかい?」
さらに警戒心を強めながらも、少し挑発じみた口調でマチルダはガーゴイルに向けて言い放つ。しかしシェフィールドは少しも動じることはなかった。
『私たちの目的を確実に達成するためにも、あなたたちのような優れた人たちを味方に引き入れたいの。どうする?もし承諾するのなら、あなたたちの身の安全は保障するのだけど』
「ありえないね。今更あんたらみたいな外道に従う義理なんざあたしにはない。」
こういう手合いは間違いなくこちらが不利になるような条件を突き付けてくる。受託したら寧ろ最後だ。特にテファ、この子だけはそんな場所に踏み込ませたくはない。
『状況が分かっていないのかしら?今のあなたたちは、いつでも私のペットの餌にできるのよ』
しかしシェフィールドが優位に立っていることに変わりない。すでに王手を掴んでいる立場の者が、一言断られたくらいで怯むはずもない。
『今、ウルトラマンの変身者は変身に必要な短剣を失っている。つまり、今のあなたたちに私からの要求を拒むことなどできないのよ』
「そのために、サムを…」
『ええ、そのナイフ…インテリジェントナイフは私がそこの餓鬼に持たせたものよ。あのナイフはたとえ平民でも、所持した人間は魔法が使えるようになるの。でも、そのナイフを持った者は、ナイフに宿った人格に支配される、まさに魔の道具だと思わない?』
最初からこちらの動きを観察していたことを察し、マチルダは顔を歪ませた。あのマジックアイテムらしきナイフを持たせ、サムを病気的に変貌させたのも間違いなく奴が仕組んだこと。シュウをウルトラマンに変身させないようにさえすればいいのだ。サムがどうなろうと知ったことではないのだ。
「子供を利用するなんて、とんだ悪党さね」
『あら、あなたが人を悪党呼ばわりできる立場かしら?ねぇ、土くれのフーケさん?』
「確かにあたしも悪党ではあるけど、あんたと違って超えちゃいけないラインは見定めてんだよ」
『さて、ミス。答えは?』
軽く流したシェフィールドが返答を促している間に、マチルダはサムの元に近づく。その足音が聞こえたのか、サムがようやく目を覚まし始めた。
「うぅ…」
「気が付いたかい」
「マチルダ姉ちゃん…?あれ、僕…なんでここに…」
サムは状況をはっきりと理解していないようだ。操られていた時の記憶がないらしい。
「サム、話は後だ。いいかい。ここから全力で逃げるんだよ」
「え…?」
「それと、こいつを返しておいで」
マチルダはさっきサムを気絶させたときに奪い取った、シュウの大事なもの二点をサムに突き付ける。
「あ…!!」
村が、既に火に包まれようとしていた。
それを見て、サムはようやく自分がやってしまったことの重大さを思い知った。
確かにシュウのことは気に入らなかったし、これさえあれば、あいつに代わって自分が巨人になってテファたちを守れると思った時代があった。
「姉ちゃん、でも…僕は………」
しかし、そんなありもしない幻想は晴れた。ましてや自分がとった行動のせいで、テファたちがかえって危険に陥っている。自分がなんて馬鹿で単純だったのだろうと。あの時、あのガーゴイルが渡してきたナイフをどうして断れなかっただろうと悔やんだ。
『大人しく返すわけがないでしょう?』
しかし、そんなことはさせまいとガーゴイルが二人の前に降り立つ。シュウに変身など許してしまえばこっちの計画はその時点でガタ落ちだ。無論、そんな野暮な邪魔を許すわけにいかない。
マチルダが杖を振うと、地面から土で形成された腕が生えてきて、立ちはだかってきたガーゴイルを捕えた。
「反省する気があるなら、ほら…お行き。あたしが時間を稼いでやるから」
「………」
「テファを守りたいって気持ちは本物なんだろ!あいつを見てな!」
ガーゴイルの向こう側、マチルダはそこを指さす。
「グゴオオオオオ!!」
一矢の閃光が、シュウのディバイドシューターの一発が見事、ムカデンダーの固い体を直撃する
「あいつはウルトラマンになってなくても、それでもあたしたちを守るために戦ってる!なのにあんたは、変身できなきゃ守る気も起きない弱虫なのかい!?」
「…」
シュウの、強大な敵に立ち向かっている姿勢だった。目を貫かれて逆上するムカデンダーの、さらに激しさを増す火炎弾の嵐の中でも、シュウは決して戦う姿勢を崩していなかった。それを見て、サムは自分が余計にみじめに思えた。さっきまで心の隙を突かれ操られていた自分の姿と、今の強大な敵に立ち向かおうシュウの姿。そしてその姿の根本にあるのは、誰かを守りたいという想い。比べてみても、どっちがあるべき姿なのかと問われれば、一つしか選べない。
「……でも…」
それでも、自分がやってしまった行いの重さを、シュウとの一人の人間としての、男としての差を思い知り、サムは自信と失い自らをずるずる卑下していく。
が、その時サムにとっても、マチルダにとっても決して無視しきれない事態が起ろうとしていた。
「…テファ!?」
しかも、テファが杖を振った次の瞬間、ムカデンダーの火炎弾が彼女を真っ向から襲い掛かってきた。
「テファーーーーーーーーーーー!!!」
マチルダの叫びも虚しく、火炎弾は爆発を引き起こし、森を火の海に変えて行った。
立ち止まるわけにいかなくなった。マチルダとサムは直ちに二人の元に駆け付けた。


「ちッ…」
シュウはかなり体力からして限界に近づきつつあった。たった一人、防衛チームの新米がここまで持ったのは良い方かもしれないが、自分が求めていたのは『負けたけど精いっぱい頑張ったんだよ』って程度なんかじゃない。テファたちを無事に逃がさなければならないのだ。
あちこちやけども出来上がっている。ラグドリアン湖で回復したダメージも、この様子ではぶり返してきそうだ。
ムカデンダーがあざ笑うように見下ろしてきている。お前などいつでも食ってやれるんだぞ?思い知ったか。まるでそう言ってきているかのようだ。
「残弾は…残り3発…!」
地球にいた頃、あらかじめ弾丸のストックは、外出中のミッションエリアへの緊急招集に備えバイクの中に忍ばせておいているのだが、バイクはあいにく村に残してある。最も、ディバイドシューター程度の威力で、それもシュウにとっては未知の敵であるムカデンダーを倒せる可能性は0。せいぜい、一秒でも長く奴の注意を引くのがやっとだ。
ここまで…か…?すでに口に火を灯している。
まだ、俺は…何かを成し遂げることができたわけではないのに…!!ムカデンダーが火球を放とうとしたその時だった。
「シュウ!」
「!」
自分を呼ぶ声にシュウは村の方角に視線を向ける。
「ティファニア…!?」
なぜこっちに来た!?逃げろと言ったはずなのに!驚くシュウをよそに、テファは杖をムカデンダーに向けた。この時点でテファは杖を引き抜き、詠唱を始めていた。
「ナウシド・エイワーズ…」
しかも詠唱が終わった頃には、テファの接近に気づいたムカデンダーが、テファの存在に気づき、口に炎を溜めこんだまま彼女に狙いを定めた。
『ま、待ちなさいムカデンダー!そいつらだけは…!』
シェフィールドがガーゴイルに命令しようとしたときにはすでに、ムカデンダーの口から火炎弾がすでに放たれようとしていた。
それをいとわず、テファは自らが使えるただ唯一の魔法を解き放つために杖を振おうとした。
「ベルカナ…!!」
まずい!シュウはすぐに残りの弾丸を撃った。ムカデンダーに向けて放たれたその赤い閃光は、ムカデンダーの右目を射抜いた。さすがに強靭な肉体を持つ怪獣でも、目と言う急所は脆かった。
しかし、もうこの時点ですでに発射体制にあった火炎弾の発射までは止められなかった。
「マンラグー!!!」
無情にも放たれた火炎弾、そしてそれと同時にテファの魔法もまた同時に放たれた。シュウを助けたい、ただそれだけの想いを乗せた一発の魔法が、ムカデンダーに直撃したと同時に、テファのすぐ近くの地面が、ムカデンダーの火炎弾によって抉り取られた。
「きゃあ…!!!」
「ティファニア!!」
彼女の悲鳴さえも爆音の中に吸い込まれていた。思わず自分でも驚くくらいの声で彼女の名を叫んだ。すぐに駆けつけ、シュウはテファを抱き上げる。
「しっかりしろ!おい!!」
、彼女の体は直接の被弾こそは免れることはできていたため、思っていたほどの外傷はなかった。しかしそれでも、体のあちこちにひどいやけどを負い、白く綺麗な肌がところどころ黒く焼けてしまっている。しかも意識をうしなっている。
衰弱し始めている。このままでは彼女の命が…!
「テファ!!」
ちょうどそこへ、マチルダとサムの二人が駆けつけた。二人は直ちにシュウの腕の中のテファの顔を見やる。彼が先ほど確認した通り、テファの意識はすでになく、やけども酷い。
「まずい…こりゃ医者にさっさと見せないと!!」
このままではテファの命が危ないと判断した。幸い、一方で、テファの魔法を喰らったムカデンダーは、ぼうっとしていた。罪のない少女を一人焼き殺しにかかったというのに、呑気な態度に怒りたくなるくらいに。どうやら彼女の忘却の魔法が効いたようで、今自分は何をしていたのか、なぜここにいるのかを理解できなくなったようだ。
「二人とも、今のうちに他の子たちと合流して、村から脱出するよ!!」
マチルダが二人の肩を叩き、ムカデンダーが行動不能である今のうちに皆を連れて逃げることを進言する。
サムは、酷いやけどを負って意識を手放しているテファと、彼女を腕の中に抱きかかえたまま青ざめているシュウを見て、胸を締め付けられた。自身の行いの重さと愚かさを思い知り、呪った。
「……兄ちゃん…テファ姉ちゃん…ごめん…僕のせいで…僕のせいで……」
謝罪をしたところで許してもらえるとは思わなかったが。それだけ愚かなことをしてしまったのだから。しかし四の五の言っている場合じゃないと悟り、シュウに謝罪した。テファにも謝らなければならない。
「僕が馬鹿だった…僕が……これ、兄ちゃんからとり上げなかったら…」
テファが傷つくことも、村が今のように火に包まれることもなかったのに…。サムは確かにシュウの上に立とうとしていたが、テファたちを死の危険にまで巻き込むつもりなど全くなかった。それこそ本末転倒だ。
自分が引き抜けない以前に、こんな未熟な精神の自分ではこの力は…扱えない。自分の非と認め、サムはエボルトラスターとブラストショットをシュウに差し出した。
が、シュウは何も言わなかった。テファの顔を見たままなのか、俯いたまま視線をマチルダにもサムにも向けなかった。
「兄…ちゃん…?」
やはり、自分のやったことを許してくれないのか。それも当然だろう。シュウ、テファや村、そして他の子供たちさえも危険に追い込んでしまったのだ。罵声の一つ二つなど貰わない方がおかしいくらいだ。
すると、シュウはサムにもマチルダにも視線を向けないまま、マチルダにテファを預ける。
マチルダの視線に目を向けず、視線を合わせないままサムが差し出してきたエボルトラスターとブラストショットを引っ掴み、二人から数歩下がった。
「…テファを、頼みます」
その時のマチルダに、シュウはまるで、何かを押し殺そうとしているような、何かを強く我慢しようとしているように見えた。その身は震え、手の中に納めていたエボルトラスターさえも握りつぶしそうな勢いだった。
「死ぬんじゃないよ?」
ムカデンダーに背を向けたまま俯き、突っ立ったままのシュウを残し、マチルダとサムはテファを抱えて一足先に子供たちの元へ向かった。去りゆくマチルダたちを見送り、シュウはエボルトラスターを鞘から引き抜いた。
シュウ本人でさえ認知していなかった。
鞘から剣が引き抜かれた時、一瞬だけ刀身から、『黒い波動』のようなものが現れたのは。


一方で、シュウに当たっていた一体の個体をやられ、代わりに駆け付けさせた二体のガーゴイルの目を通したシェフィールドはムカデンダーに対して悪態をついていた。
『ちぃ、ムカデンダー…こうなったら担い手の体だけでも奪い取るわよ。できなければ、たとえ生き残ってもあんたは殺処分させてもらうわ』
今回の彼女の目的は、シュウのウルトラマンの力を無力化すること。そして『虚無の担い手と使い魔を可能な限り生け捕りにする』ことだった。だが、結局作戦は失敗に傾きつつある。結局シュウにエボルトラスターを奪い返されてしまっただけでない。
虚無の担い手……つまりティファニアを取り逃がしてしまう。主はまだ泳がせても構わないとは言っていたが、早いうちに手を撃つことに反対はしなかったし、手綱を握れない獣は殺処分した方が都合がいいのだ。
ここは仕方ない。ムカデンダーをもう一度動かし、強引に出るしかない。場合によっては、あのウルトラマンの変身者を殺してでも。
考えている間に、赤い光が立ち上る。シュウが変身した巨人、ウルトラマンネクサスだ。
(やはり、結局変身を許してしまったか…!)
使い魔を助けに向かうと言うティファニアの行動が予想外だったこともあり、あの少年が盗んでいた変身に使うアイテムを返す時間をみすみす与えてしまうとは。
(この私にしては、とんだ失敗だったわね。さっさとあの餓鬼を殺して奪い取るべきだったが、相手をいたぶるのを楽しみすぎたわね……!)
『ほらムカデンダー!ぼやっとしてないでさっさとあの男を倒しなさい!』
いまだにボーっとしている状態のムカデンダーにシェフィールドは乱暴な怒鳴り声をあげながら命令を下した。
「グゴオオオオオ!!!」
背後から自信の首を伸ばして襲い掛かってきたムカデンダー。ネクサスは瞬時に振り帰り、両手でガシッとムカデンダーの頭を掴むと、相手の首を蹴りつけるが、ムカデンダーの首はかなり丈夫で怯ませるに至らなかった。頭を掴まれたムカデンダーがネクサスの腕を振りほどこうと己の首をかき乱すように動かす。その力でネクサスの手からムカデンダーの頭が離れようとするも、ネクサスは角を掴み、一撃目に首を蹴り、二度目に奴の顔を殴りつけた。
(…倒すッ…!!)
拳の一発一発には、怒りが込められていた。ただ平穏に暮らしていた心優しい少女たちの住むこの小さな村さえも蹂躙したこの怪獣と、それを操る黒幕の女に対してネクサスは怒りを抱かずにはいられなかった。
続けてネクサスがムカデンダーの首をヘッドロックすると、ムカデンダーも負けず頭突きを放ってネクサスを突き飛ばす。さらに今度は両手の鞭を振ってネクサスの体を叩き、わずかに怯んだところでムカデンダーは続けて火炎弾をネクサスに向けて連射する。
「グゥ…!!」
地面や木々に被弾し、舞い上がった煙の中に姿が見え隠れするネクサスに向け、さらに続けて連射されるムカデンダーの火炎弾に対し、ネクサスは側転やバック転などを用いながら回避していった。
その最中、ネクサスは右腕のアームドネクサスに触れてすぐ、左手から光刃を飛ばし、ムカデンダーの久保を跳ね飛ばした!
〈パーティクルフェザー!〉
「シュワ!!」
バシュン!!と音をたて、ムカデンダーの首が飛んだ。どんな生物だろうと、首と胴体が跳ね飛ばされてしまえば生きてはいられない。これで勝ったと思い、本来の落ち着きを何とか彼は取り戻した。
(……)
自分としたことが熱くなりすぎた。反省しながらネクサスが一度変身を解こうとした時だった。
「ガアアアアア!!!」
「ウァ!!?」
ネクサスは突如背後から不意打ちを食らった。一体何が?そう思って振り返ると、驚くものを彼は目にすることになった。
ネクサスに首を刎ね飛ばされたはずのムカデンダーが、まだ生きていたのだ!それも、跳ね飛ばされた首と、首と切り離された同体がそれぞれ独立した状態で。
(馬鹿な…!なんだこいつは…!?)
こんな奴、いくら厄介な生命力の持ち主で占められているスペースビーストの中にもいなかった。まして、首と胴体をあからさまに切り離されて生きている生物などいるはずがない。だが、現に目の前の巨大生物は、生きているのだ。まるでトカゲの尾のように。ムカデンダーの首の方が、ネクサスに向けて突進を仕掛け、ネクサスは奴の首を取り押さえようと両手で首を掴むと、その隙に同体の方のムカデンダーが両手の鞭を振ってネクサスの体に鋭い一撃を連発する。
『いいわ…その調子よ!そのままそいつを弱らせてしまいなさい!』
ガーゴイルを通してシェフィールドがほくそ笑む。
その期待に応えてやらんと、ムカデンダーは続けて宙に浮いた首を突進させ、ネクサスがそれを掴み取る。奴の頭を地面に連続で叩きつけることでダメージを狙う。すると、奴の胴体もまた妙な動きを取り始めた。痛がっているのか?首と堂体が切り離されても、奴は痛覚さえも共有していると言うのか?ますますこいつの生態が分からないとネクサスは疑問に思う。
しかし苦し紛れの鞭攻撃がネクサスの首元に当たり、ネクサスはムカデンダーの首を手から放してしまう。解放されたムカデンダーの首が、ネクサスの左腕の上腕二頭筋の部位にかみついた。
「グァ!!!」
激痛を抑えきれず悲鳴を上げたネクサス。ムカデンダーが噛みついたのは、ガルベロスの噛みつきや催眠波動で痛めつけられた場所と同じ個所だった。その時の激しい激痛が、また蘇りネクサスを余計に苦しめる。その隙にムカデンダーの胴体の方が、鞭を彼の首に絡ませ、窒息死を狙うつもりかそのまま締め上げていった。
「グ…ウゥ…!!」
ピコン、ピコン、ピコン…!!
ネクサスの胸のエナジーコアが、ついに点滅を開始し始め、彼は膝を着いた。
『今の内ね…!』
すると、シェフィールドはガーゴイルの目を通して、ネクサスが十分に弱ったのを見計らうと、その二体のガーゴイルを飛ばした。その飛ばした先は、ちょうど子供たちと合流を果たしていたマチルダたちだった。
「!!」
突如マチルダたちの前に降り立ってきたガーゴイルに思わずマチルダたちは立ち止まり、足をすくませた。すかさずガーゴイルたちは子供たちに襲い掛かる。
「ちぃ…!!」
マチルダはとっさに杖を取り、土の壁を子供たちの周囲に形成、エマたちを守り抜いた。ひとまず安心と思った束の間、魔法を子供たちの方に集中させていることをいいことに、ガーゴイルたちは、今度はテファを抱えていたマチルダに襲い掛かった。
「伏せて!」「わ…!」
マチルダはとっさに地面の上にサムと、意識のないテファの二人に覆いかぶさった。非情にも襲い掛かるガーゴイルたち。
「マチルダ姉ちゃん!」
土の壁の隙間から、エマがピンチに陥った三人を見て叫ぶ。
その時だった。
「ヌゥゥゥ…シュワ!!!」
ネクサスはアンファンスからジュネッスブラッドにスタイルチェンジし己を強化、乱暴にムカデンダーの鞭を引きちぎった。直後、飛び上がると同時に光の帯を右手から伸ばし、その光でマチルダたち全員を包み込んで両手の中におさめ、ムカデンダーから距離を取った。
「わあ…!」
「でっかぁい…」
ゆっくり手の中から、マチルダたちを下ろすネクサスを見て、子供たちはどこか歓喜に満ちた眼差しを向けていた。シュウの話に聞いていた、ウルトラマン。思えば、この子たちは村を出たことさえもないのでウルトラマンを見たのはこれが初めての事だった。
「あ、ありがとう…」
緊張気味に、サムは目の前の巨人に礼を言った。改めて思った。やはり、自分なんかじゃこの姿になれなかったのだと。
一方で、ムカデンダーの首が切断箇所にくっつき、再び一つの体に戻った。それを察したのか、ネクサスが再び立ち上がる。
「あんた………ッ!!?」
この時、マチルダは背筋が凍るのを感じた。ムカデンダーが再び行動し始めたからではない。何か、すぐ近くから鋭い悪寒とプレッシャーを感じた。
「…みんな…今のあいつ…見ない方がいいよ」
「え…」
その時のマチルダの表情は、何か恐ろしい者をみたような、恐怖を感じたものに染まっていた。マチルダに押されるがまま、子供たちは意識のないテファ共々馬車に乗せられ、村から脱出した。
マチルダは感じた。最初に会った頃からいまだに、感情をほとんど表に出さなかった彼が確かに抱いていた、悍ましいほどのどす黒い感情を……。



ドクン…


ネクサスの、シュウの周りの音が一切シャットアウトされた。周囲が音も光もない、闇の中に感じられた。
自分を助けようと駆けつけ魔法を放ったところ、ムカデンダーの火炎弾の余波で大やけどを負わされたテファの姿。自分が抱き上げたときにはすでに意識を手放していた。どんなに呼びかけても目を覚まさない。

絶望した。

そして彼の脳裏に、記憶の中に決して拭い去れることなく染み付いている、彼にとって史上最悪の記憶が蘇る。

―――――シュウ…ごめんね

雨の中、崩れ落ちた建物の中央。そこで互いに雨に濡れていた。現在より少し幼さのある『少年』の腕の中に抱かれた少女が、雨と混じっていく涙を流しながら目を閉ざしていく。シュウが握っていた少女の手が、雨のせいだけではない。力をなくし、いともたやすくずるりと滑り落ちた。


  やっとつかめたはずの絆が…壊れていく…恐怖


「…!!!」
いつも冷静に、無愛想な顔のままながらもサイトたちと接し、力を貸し続けていた青年が、これまでにないほどの蒼白な顔に染まっていた。

―――――俺は何をしていた?

―――――何をやっていた?

―――――こんなことを二度と起こさせないために

―――――ナイトレイダーになったんじゃないのか?

―――――戦って誰かを守ることが、俺に課せられた使命で、『罰』だから…

―――――光の力を手にしたんじゃなかったのか…?

―――――なのに…このザマはなんだ?

―――――俺は、なんのために…

―――――平賀は皇太子を救ってみせたのに…

―――――やはり、俺には…できないと…いうのか…?

―――――何故?



―――――何故?






―――――ナゼダ…!



―――――……………………………………ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!


        何かが、シュウの頭の中で、プッツンと切れた。


(また邪魔をしてくれちゃって…しつこい男ね)
一方でガーゴイルの目を通して今の景色を見続けていたシェフィールドは、つくづく邪魔をしてくるネクサスことシュウに苛立ちを募らせていた。
『ムカデンダー、もう遊びは終わりよ!一気に奴…を…』
が、その途中で彼女は言葉を詰まらせた。
ガーゴイルの視界越しだと言うのに、ゾオォォッ!!とするほどの悪寒が彼女を襲ってきた。
(な…何…?)
今のは、なんだ?一瞬世界が凍りつくような冷気に見舞われた。
その時、彼女は感じた。自分が味わうはずがないと思っていた感情……『恐怖』を。
両手を震えさせながら握り拳を作っていたネクサスが、左から顔をゆっくりこちらに向けながら振り返った時、そして次の瞬間にいつのも彼からは想像もつかないものが彼の口から放った時、……激しい恐怖に襲われた。



ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!



それは、一言で現せばただの咆哮。しかしその咆哮には、すべてを飲み込み、食らうことをイメージさせるような、悍ましさと恐ろしさを孕んだものだった。
「ひ…!」
自分でもみっともないと思える悲鳴を漏らしたシェフィールドだったが、自分が漏らしたその悲鳴を漏らしたこと、自分が恐怖をしたことを知り、同時に屈辱を覚えた。
(この私が…このシェフィールドが…あんな若造に恐怖したというの…!?)
自分は虚無の使い魔だ。メイジが何人束になろうが屈服させてやるし、怪獣だって今ムカデンダーを使役しているように、これまでレコンキスタと言う組織を裏で操りつつ、怪獣を戦場に投入させて王党派を追い詰めて行った。メイジだろうが、怪獣だろうが…主を除くあらゆる存在は、たとえウルトラマンが相手だろうと、いずれ自分が全てを屈服させてやるだけの自信があった。
だが……今間違いなく自分は、恐怖した。自分より若いはずの、単に光の力におんぶにだっこのはずの…カッコつけじみた若造ごときに!!
「認めない…私は認めない!!ムカデンダーーーー!!」
格下だと捉えていた相手に、コケにされた怒りと屈辱に心を満たした。
しかし、彼女の相手は、それ以上に満たされていた。
ただ一転の黒さに染めあがった、憎悪に。
「!!」
わずか一瞬の刹那。ネクサスが再び放ってきた光刃によって、シェフィールドが操っていた二体のガーゴイルが、今度こそ破壊された。ガーゴイルが砕かれたことで、もちろんここにはいないシェフィールドはこの場を遠視することができなくなった。
その爆発に一瞬気を取られていたムカデンダーだが、その隙を突いてネクサスが襲い掛かってきた。
「ヴアアアアア!!!」
まるで金槌で思い切り人間の骨を砕きにかかったような音が、ネクサスの鉄拳がムカデンダーに叩き込まれたと同時に放たれた。血に飢えたような獣の唸り声のように息を荒くするネクサスの姿は、もはやいつもの彼とは異なる存在に見受けられたことだろう。
ネクサスの乱暴と言う言葉では留めきれない鉄拳によって地面を転がったムカデンダー。さらに倒れこんだムカデンダーを無理やり起こして胴体にニーキックや真上からのひじ打ちを叩き込んで痛めつけ、さらにタックルでムカデンダーの喉元を突く。
今の攻撃で後ろにのけ反るムカデンダー。恐らく奴はこちらに駆け込む形で襲ってくると野生の勘で予測し、近づいてくる前に火炎弾で応戦しようとする。
しかし、ムカデンダーの予想は覆させられた。
ネクサスが高速移動技〈マッハムーヴ〉で、わずか一瞬の速さでムカデンダーの眼前に接近、火炎弾を吐こうとしていた奴の頭をガシと左手で掴み、右手をその口の中に突っ込んだ。
「!?」
いきなり自分の口の中に相手の右手が入り込み、咳き込むことも呼吸さえもできなくなったムカデンダーだが、まだネクサスの攻撃は終わりではなかった。
「ウアアアアア!!!!」
ムカデンダーの喉の中で、すさまじく何かの熱の塊のようなものが荒れ狂うように暴れ出し、あまりの激痛と暑さに耐えられないムカデンダーが悶え、ネクサスの左手を振りほどこうとしたが、彼の手は全くほどける気配がなかった。
なんと、彼は〈パーティクルフェザー〉をムカデンダーの喉の中で連射し続けていたのだ。喉の中を攻撃されては、体の頑丈な怪獣だとしてもひとたまりもない。
光刃の連射が終わってもまだ終わらない。
次にとったネクサスは、さらに猟奇的だった。
「フンッッ!!!」
彼は切り離し部分よりさらに上の、ムカデンダーの首を足で地面に抑えつけると、なんとその首をさらに短くしてやろうとばかりに、言葉通り『引きちぎろう』としたのだ。
「グゲエエエエ!!!」
激しい悲鳴を上げるムカデンダーだが、ネクサスはその猟奇的殺人のごとき戦いを止めようとしない。
時間をほとんど経たないうちに、ついに彼は、ムカデンダーの首をさらに上下二つに引きちぎってしまった!さすがのムカデンダーも切り離し部分以外の場所で機微を千切られてしまっては生きてはいられなかったのか、残された胴体も倒れこんだ。
ゴミのように、首をポいと胴体の傍らに投げ捨てると、ネクサスは両腕を雷のごとくスパークさせ、L字型に両腕を組んで止めの必殺光線を放った。
〈オーバレイ・シュトローム!〉
「ガアアアア!!!」
ネクサスの光線を真正面から直撃されたムカデンダーの亡骸は、光線を浴びて行くうちに光線を浴びて行くうちに、その身をガラス細工の光飾りつけのように白く発光させていく。
光線が消えると同時に、ムカデンダーの体はガラスのように砕け散り、その破片は風に流されながら、ハルケギニアの空に散った。

ムカデンダーを倒し、変身を解いた直後、シュウは膝を着いた。
「はぁ…はぁ…」
いつも以上に疲労を感じた。変身前に、名前実のままムカデンダーとやりあっただけじゃない。自分の知っている以上の力に体が着いて行けずに悲鳴を上げているかのように、体のあちこちから生命力が抜き出ているかのようだ。
…俺はさっきまで何をしていた?とさえ思う。間違いなくムカデンダーと戦い、撃ち破ったのは分かるが、思い出すと途中からの戦い方が自分でも異常だとしか思えないほどだった。
戦士の戦い方ではない。まるであれは…。

―――――俺と同じ血の臭いがな…

メンヌヴィル、ダークメフィストの言葉が蘇る。奴は、短い名詞で表すのならまさに『戦闘狂』。自分の楽しみのためなら人殺しさえも厭わない人類史上最悪の部類だ。
さっきまでの自分と奴を比べて、シュウは青ざめる。
(俺は、あいつと同じ…?)
…いや!そんなはずがない!!奴とは違って俺は自分の過ちの重さを知っている!その事実から目を背けないために俺はナイトレイダーであること、ウルトラマンであることを受け入れた!
「俺は…あんな奴とは違う!」
ガン!と乱暴に地面を殴りつけるシュウ。

未来が、だんだんと黒く塗りつぶされていく。

何も描かれていない白いキャンパスが、赤と黒の混じったパレットで滅茶苦茶に塗り潰され、不気味な絵になっていくように。
 
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