ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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思い出-メモリーズ-part2/妖精の歌
アルビオン王は、弟であるモード大公に対して譲歩したところがあった。それは先ほどの場面にて王軍を派遣したものの、屋敷を家宅捜索しなかったことだ。捜索をしていれば、確実にテファと彼女の母は見つかり、必然的に殺されるか追い出されるかのどちらかとなる。いつまで経っても弟がどちらも行わなかったことにより、王はついに弟と彼が匿う妾のエルフとその間に生まれた娘であるテファを捕まえる、難しい場合は殺害することを決断した。
その日は夜だった。突如、数千もの王軍がモード大公の屋敷を取り囲んだ。
この時、モード大公は別件で屋敷を留守にしていたが、愛する家族を見殺しにできず屋敷に戻ってきた。
「『シャジャル』!ティファニア!!」
エントランスにきた途端、彼は愛する妾と娘を呼び出した。二人が来たところでモード大公はあわただしく帰ってきた理由を明かす。
「いいか二人とも、すぐにこの屋敷を出ろ!兄上の軍がもうすぐここへ来る!これからサウスゴータに向けてとにかく逃げるのだ!」
「あなたは…!?」
ティファニアの母…シャジャルはモード大公自身はどうするのかを問うと、彼は二人に背を向けて静かに言った。
「…私はここまでだ。ハルケギニア大陸の国家は、国そのものがブリミル教徒だ。その教徒たちの敵勢力であるエルフを、王弟である私が匿った。その責任をとらなければ、この国はいずれ他国から敵視されてしまう」
「そんな…!ダメよ!私が王軍に出頭するわ!そうすればあなたは…」
「それこそダメだ!そなたを差し出したところで、そなたは兄上に殺されてしまう。
かつて、私は妻を失った。愛する者が殺されるくらいなら…」
シャジャルが、大公ではなく自分が首を差し出すべきと言った。そもそも、自分がこの国に来て彼を巻き込んでしまったのだ。エルフである自分を匿い、愛し、そして娘が生まれた。すべての元凶である自分が出頭するべきだと言ったが、モード大公は聞かなかった。
「案ずるな、シャジャル…私はこの時が来ることは、そなたを匿った時から覚悟していた。…サウスゴータよ!」
「ここに!」
モード大公からの呼び出しに応え、マチルダの父サウスゴータが部隊を引き連れ現れた。
「シャジャルとティファニアを、頼む。お前たちまで巻き込んでしまって済まなかった」
「いえ、私はモード様に恩ある身。あなた様の命令ならば何でもなしましょう。それに、あなた様のご家族をどうして見捨てられましょうか!」
「シャジャルとティファニア…そしてお前のような忠臣を持てて、私は幸せだ」
大公は、後にウェールズが身につけることになる指輪…『風のルビー』ともう一つ、白く豪華な作りのオルゴールをサウスゴータに、そして自分が持っていたペンシルのように細い杖をティファニアに手渡した。当時、風のルビーはモード大公が所持していたものだった。
「さあ、行け!」
「あなた、待ってください!」
「お父さん!!」
シャジャルとティファニアは、サウスゴータとその部下に無理やり屋敷から連れ出された。
「…幸せになれ、娘よ」
それが、ティファニアが最期に聞いた父の、心からの言葉だった。
その後、モード大公は王軍にひっ捕らえられた。牢獄に繋がれ数日後、彼は獄死した。
父の死はやがて隠遁先のサウスゴータにも及んだ。エルフがアルビオンにいるということで、すでにアルビオンの各港は封鎖されてしまい、国を出ようにも出られなくなってしまった。
大公の死を嘆く間も与えられず、王軍の追っ手がサウスゴータの屋敷にも及んだ。この時、すでにサウスゴータは娘のマチルダが巻き込まれることがないよう、彼女を先に脱出させ、自分はせめて恩人の敵討ちのために一矢報いようと、賛同した者達とともに王軍に立ち向かい、処刑されサウスゴータ家の取り潰しが決定されていた。
地球にとって救世主イエス・キリストが降臨した日が『クリスマス』と言われているように、ハルケギニアでは始祖ブリミルが降臨した日を『降臨祭』と呼ぶ。その降臨祭の日、屋敷を囲む軍が、屋敷へとなだれ込んだ。もう逃げ場はなかった。
覚悟を決めたシャジャルは、モードから託された風のルビーとオルゴール、そしてモード大公の形見の杖をティファニアにあずけ、彼女をクローゼットの中に入れた。
「いいですか、ティファニア。私はこれから、国王陛下の軍の方々と話をつけてきます。決して物音一つ立ててはなりませんよ?」
「お母さん…」
「しっ!ではティファニア……どうか無事で、生きなさい…」
シャジャルは唇の前で人差し指を立てて、すぐにクローゼットの扉を閉めた。シャジャルの姿を見たのは、それが最期だった。
テファはそうなるとも知らず、母から託された風のルビーを無くさないように右手の中指にはめた。扉の向こうから、ドタドタと誰かが大勢入ってくる音が聞こえてきた。その音を聞いたクローゼット内のテファは、震えながら杖を握り締めていた。
「いたぞ!例のエルフだ!」
「気をつけろ!『先住魔法』で俺たちを皆殺しにするかもしれない!」
兵士たちが声を荒らげている。国全体がエルフを敵視するブリミル教徒であるため、やはりシャジャルが恐ろしい存在に見えていたようだ。
しかし、シャジャルは自分に明らかなる敵意を向けている兵たちを前にして、何もしてこなかった。ただ彼らの前に立ち、必死に自分は危害を加えるつもりはないと訴えていた。
「なんの抵抗もしません。私たちエルフは、争いを望みません」
だが、エルフを過剰に恐ろしく見る、王の命令には逆らえない、隙だらけの今のうちならば恐ろしい魔法を使う化物を倒せる…自分にとって都合のいい選択を取った兵たちのとった行動は、攻撃魔法による返事だった。
テファは、その時一瞬だけ世界中から音というものが消えたような気がした。母が、文字通り殺された瞬間だった。
だが、ティファニアに更なる恐怖が襲い来る。自分が隠れているクローゼットに、王軍が忍び寄っていた。
しかし、この時不思議な現象が起こった。風のルビーからエメラルド色の光が輝き、オルゴールから音が鳴り出した。綺麗で、懐かしい感じがした。さらに不思議だったのは、その音はティファニア以外の誰にも聞こえなかったということだった。その音の旋律に合わせ、彼女は一種のトランス状態を発症したかのように、父の杖を指揮棒のように振りながら呪文を唱えた。
ナウシド・イサ・エイワーズ…
ハガラズ・ユル・ベオグ…
ニード・イス・アルジーズ…
クローゼットが開かれ、彼女は目を開くと同時に魔法を発動した。
「ベルカナ・マン・ラグー!」
霧がかかったように、空気が白く澱んだ。兵たちはクローゼットを開いた瞬間、テファの魔法を受けて怯んだ。
「…あれ?俺たち…一体…」
後にティファニアが『忘却』と呼ぶ魔法の、初実践だった。
(今の魔法って…いったい…?)
呆然としている兵たちを見て、自分でも何をしたのか、テファはわからなかった。
実を言うと、テファは魔法の学習もある程度はこなしていたが、系統魔法は一切使うことはできなかった。ルイズと同様、起こるのは小さな花火のような爆発だけ。でも、今確かに…それも基本的な魔法や学習した系統魔法でもない、未知の魔法だった。
いや、考えている暇はない。今のうちにと、テファは走りだした。自分がなぜここにいるのかもわからなくなって呆ける兵たちを尻目に、母親の遺体を見ることなく、彼女はガムシャラに走った。屋敷を抜け、敷地の庭へ飛び出す。
しかし、エルフはたった一人を倒すにはメイジが千人以上かからなければならないと言われるほどだった。部屋になだれ込んだ程度の数の兵だけでなく、表には部屋にやってきた兵たちの何倍もの兵たちが立ち塞がっていた。
「いたぞ!」
ティファニアを殺そうと襲ってくるアルビオン兵士たち。またしても取り囲まれてしまったテファ。さっきの魔法を唱える隙も与えられないだろう。絶体絶命のピンチに陥った。
背後には、急な流れの川が流れていて、当時泳ぎの経験がなかったテファにとって地獄行きの扉のようにも見えた。
ここまできて、もうだめだというのか。父と母が命をかけてまで自分を逃がしてくれたというのに。エルフのみでありながら母が毎日祈り続けていた始祖ブリミルは、所詮エルフの祈りなど聞き届けてくれないというのか。
ふと、テファはポケットに大きな硬いものの感触を覚える。取り出してみると、それは父の屋敷で暮らしていた頃、一緒に遊んでくれた『彼』がくれたどんぐりだった。
テファは、どんぐりを両手で握り締めて必死になって叫んだ。すると、彼女のどんぐりが、不思議なことに青白く輝いた。
「助けて…助けて!!『ヤマワラワ』!!!」
その叫びは、聞き届いた。彼女の呼びかけに応え、草陰から一体の陰が現れ、兵たちを突き飛ばした。
「ぐわあ!!?」
テファは恐る恐る目を開けると、そこにはあの時まで一緒に仲良く遊んでいた、ティファニアにとって『最初のお友達』…『童心妖怪ヤマワラワ』が立っていたのだ。
「な、なんだこいつは!!」
ヤマワラワの突如の出現に、動揺する兵たちに対して、ヤマワラワは友人が殺されかけた怒りで頭日が昇っていた。
「GRUUUUUUAAAAAAAAAAAAA!!!!」
逆上したヤマワラワは、暴れまわった。友達に仇名す者たちに怒りの鉄槌を次々と下していった。
「ぎゃ!!」「うわあ!!」
ヤマワラワは見た目以上の怪力の持ち主ですばしっこかった。殴り飛ばされたメイジたちは魔法を唱えるのもやっとなほどで、早く重い拳で次々と殴り倒されていった。時には木々を投げつけてきたりとめちゃくちゃだった。
「く、くそ!エア・ハンマー!!」
「フレイムボール!」
やられっぱなしのままではいられない。兵たちは次々と魔法でヤマワラワを倒そうとする。火や風の魔法がヤマワラワを襲うも、怒りでほぼ暴走しきっていたヤマワラワはその暑さも痛みもものともせずにメイジたちを襲い続けた。
ヤマワラワは確かに強くて頼もしかった。けど、この怒りようが同時に恐ろしく感じられた。
「ヤマワラワもういいわ!もうやめ…」
これではただのトロル鬼以上の怪物だ。助けてくれとは願ったが、だからといってこれ以上、友達に蛮行をしてほしくないと願ったテファはヤマワラワに訴えた。だがその時、ヤマワラワの攻撃からかろうじて逃れた兵の魔法が、テファを襲った。
「きゃあああああああああああああああ!!!」
その攻撃が彼女に直撃、テファは、川に落ちてしまった。最後に見た光景は、ヤマワラワが川に落ち用とした自分を助けようと手を伸ばす姿だった。
直後、テファは川に落ちた。さっきも語ったとおり、流れは急だった。泳げなかった彼女は身動きがとれず、流され続けた。息が苦しい、水が冷たくて寒い。見たことはないが、例えるならまるで氷河の中だ。こんなに痛くて苦しいのは一体これで何度目だろうか。もう今度こそ、助からないのだろうか…。流されていく中、テファは、ついに生きることを諦めかけた。
だが、うっすらと目を開けたとき、夜だったはずなのに彼女の視界に、眩く輝かしい光が飛び込んできた。その光のせいか、さっきまで冷たかったはずの水が暖かく感じられた。さらに、光の中からテファに向けて手が伸びて来て、彼女の手をガシッと掴んだ。
――――■■■■。
このあと、テファは目を覚ました。父サウスゴータによって逃がされていたマチルダが、川岸に打ち上げられていた彼女を介抱してくれていたようだ。テファは、マチルダにあのあと何が起こったのか聞いた。父モードは獄死し、母シャジャルも王軍に殺害され、マチルダの実家であるサウスゴータ家は取り潰しとなった、と。
しかし、ヤマワラワがどうなったのか、そして自分を助けてくれたあの白い光の手が誰だったのか、マチルダに尋ねてもわからないままだった。王軍が自分一人のために何人物兵を集め殺害しようとしたあの状況からして、生きているとは考えにくかった。
ただはっきり覚えているのは、辛い目にあい、全てを失い、自分が泣き続けていたことだった。
「ヤマワラワ…生きていたのね」
見間違いなんかじゃない。毛むくじゃらの体毛に、体中から生えた角のような突起物に、猿人にも似通ったその顔、幼い頃に一緒に遊んでいた…あのヤマワラワだった。
いったい何年ぶりだろう。テファは、ずっと会えないままだった最初の友達が、こうして生きていたことを知って、テファは歓喜の涙を流していた。
幼い頃からの自分を知っている友達が、またこうして自分と会うことができた。それだけ嬉しくて、涙が止まらなかった。
泣いているテファを気遣うように、ヤマワラワはあの時と同じように木の実を差し出した。
「ありがとう…」
手渡された木の実は、涙の味が混じっていたのか、それともヤマワラワがまだ熟しきれていない実を間違って渡したせいだろうか。ちょっとだけしょっぱかった。でも、しょっぱさを除けば、この味もまたあの時と同じ、懐かしい味だった。
他にも数個ほどもらった。これを村の子供たちにもおすそ分けしたらきっと喜ぶことだろう。シュウも、美味しいと言ってくれるだろうか。
…シュウ?
そうだ!感動の再会のあまりテファは村から外出した理由を思い出した。どこかで怪物と戦っているシュウを探しに行っていたところじゃないか。だが、危険な山道をよりによって夜間に出向き、急な斜面に足を滑らせてしまって今に至っていた。
シュウも村とは異なる場所でいたのは間違いない。もしかしたらヤマワラワが見ていてくれていたなんてことがあるかもしれない。目的を思い出して、彼女はすぐ目に入ったヤマワラワに尋ねた。
「ヤマワラワ。あのね…黒い髪をした男の子の、私のお友達がいるんだけど見ていないかしら?」
「…?」
黒い髪の男の子、かつテファの友達と聞いても、ヤマワラワはいまいちピンと来ていなかったようで首をかしげていた。この様子だと、シュウを見てはいないようだ。テファはがっかりした。同時に不安を募らせた。シュウが、以前火事で焼け落ちた家から住人を救出した(実際はラ・ロシェールの戦いでラフレイアの誘爆から街の人を、身を呈して守った)際にひどいやけどを負ったように、怪物との戦いで大怪我を負ってしまうのではないかと。
一刻も早く探してあげないと。彼は冷静かつ堅実に見えて、結構無茶をするタイプであることに、テファはもう気づいていた。しかも、自分はなんともなさそうに言うあたり、かなりタチが悪い。
「ヤマワラワ、私シュウを探したいの。手伝ってくれる?」
ヤマワラワは、テファからの頼みを断ることも躊躇うこともなく頷いてくれた。テファの表情はぱあっと明るくなった。やっぱりこの子は優しい子なんだと改めて思った。
すると、ヤマワラワがなにかの気配を感じたのか、テファの傍らに木の実を置いた途端、外に出て行った。
「どこに行くの!?…痛っ!」
立ち上がって追っていこうとしたが、テファの足に痛みが走る。あの急斜面で誤って滑り落ちてしまったとき、足を痛めてしまったのだ。なんとか彼女は、痛みをこらえてヤマワラワを追おうとした。
シュウは同時刻、奇妙な足跡をたどっているうちに、山の斜面に口を開けた怪しげな洞窟を見つけた。木々の根元の下にぱっくり人が入ることができそうなほど大きな入口だ。もし戦争中だったら、敵の不意を突くための、または非戦闘員を匿うための天然の基地になりそうだ。足跡はちゃんと洞窟の中に続いている。
シュウはエボルトラスターを取り出し、ビーストが近くにいないか確かめる。振動波は感知されていない。本来パルスブレイカーの方がビースト振動波の発生地点の正確な位置を特的できる点があるのだが、今は洞窟の中にいるかどうかを確かめたいだけ。電力も限りがどうしてもあるものだからなるべく節約しておきたかったのだ。
ともあれ、振動波が感知されなかったのでビーストはいないようだ。でも、例外もあれば振動波を関知しない、ビーストではない怪獣とも戦ってきた身だ。油断はできない。ブラストショットを構えたまま彼は洞窟へ入ろうとした時だった。外に何者かの気配を感じて、洞窟の入口からヤマワラワがシュウの前に姿を現してしまった。
「アラクネラ…!?」
風貌はことなるが、シュウはヤマワラワの姿とよく似たビーストと、地球にて交戦したことがあった。『インセクティボラタイプビースト・アラクネラ』。体長はビーストの中でも今のところそんなに巨大な体型を持っておらず、大きくて15m以下だけ。熊のような体から角のような突起を何本か生やした小型の低級ビーストだ。そのアラクネラの外見と、ヤマワラワの姿は顔を除けばほとんどそっくりだった。そのため、思わずシュウはヤマワラワの姿を見て、アラクネラじゃないのかと勘ぐったのだ。
しかも、ヤマワラワが銃を持って現れたシュウを見て、彼が幼い頃のテファが王軍に殺されかけた時と同様に、彼女の命を狙う外敵だと勘違いしてしまったようだ。
「グゥウウウウ!!!」
豪腕な腕を振り上げ、シュウを追い払おうとするヤマワラワ。
「ちっ!!」
舌打ちし、ヤマワラワの頭上からのダブルスレッジハンマーを、くぐり抜けるように前転しながら回避したシュウは、ヤマワラワの背後に回り込んでブラストショットをヤマワラワに向けて発射する。波動弾は、ヤマワラワの体に直撃した。たいていの小型ビーストはこの波動弾を受けると青白く発光しながら膨れ上がり、破裂する。
「…なに…!?」
だが、ヤマワラワは波動弾を被弾したにも関わらず、ダメージこそ受けていたが致命傷に至るほどのものではなかった。波動弾は現に、彼に当たった途端に爆発し弾けとんだ。コイツの体は、雑魚ビーストよりも遥かに頑丈なようだ。
(ただの獣じゃないというわけか)
しかし、これはこれで参った。こうなったら、ブラストショットを連射して倒すしかない。ヤマワラワは完全にシュウを敵視し、彼に向かって突撃してくる。まるで猪や暴走車のような勢いだった。あまりの勢いで突撃してきたヤマワラワの突進を受け、シュウは咄嗟にエボルトラスターを前に突き出した。ヤマワラワが彼の体に直撃したところで、エボルトラスターから光の盾が出現しシュウの身を守る。
「グウウウウオオオオ!!!」「…っぐ…!!」
しかし突進の勢いを強く、シュウは直接体当りされることはなかったが、衝撃で後方へと吹っ飛ぶ。地面に落ちる直前、彼はブラストショットともう一本…腰のサバイバルベルトからTLT支給のハンドガン『ディバイドシューター』を構え、西部劇のガンマンのようにブラストショットと同時連射した。
乱射される弾丸の嵐によって火花が地面や自分の周囲さえも巻き込んで散っていき、さすがのヤマワラワも驚いてしまった。数弾被弾してしまい、流石にここまで来るとヤマワラワも本気でカチンと来ていた。その本気の怒りの証を、自分の身を持って表現した。
「!!」
着地し、目を見開くシュウは、だんだんと目の前で大きくなっていく巨大な影を見上げていく。ヤマワラワが、怒りのまま60mもの巨大な姿へと変貌してしまったのだ。
「グルオオオオオオ!!!!」
大きくなったヤマワラワが、ここから出て行け、ティファニアには近づくなとでも言いたげにシュウを追い回し始めた。シュウはヤマワラワに向けて銃を撃ち続けながら、洞窟から離れていった。もしかしたら、あの洞窟に彼女がいるのでは?そう思ってこうして洞窟のある場所から離れているのだが…。ヤマワラワはさらにシュウを追いかけ、着実に彼を追い詰めていく。
どれほど離れただろうか。シュウはふと立ち止まって振り返る。その時、ヤマワラワはどこからか持ってきた大きな岩を持ち上げていた。
それと同じタイミングで、足を負傷したテファがようやく洞窟から脱出を果たした。外に出たとたん、ヤマワラワがつい先ほどと比べてはるかに巨大化していた光景に驚愕する。岩を持って暴れまわるヤマワラワは、完全に暴走状態と見て取れた。そこにさっきまで見せてくれていた温厚な姿はなかった。入れ違う形でシュウがヤマワラワの注意を引きつけていたため、テファは自分を探しに来てくれたシュウがここに来てくれていたことに気づかなかったが、今のヤマワラワがいつも以上に普通じゃないことははっきりしていた。岩を持ち上げて暴れている時点でおかしいのだから。見るからに誰かを襲っているようにしか見えなかった。
「ヤマワラワ!!」
やめて!必死に叫ぶテファだがヤマワラワは、テファの命を狙う敵とみなしたシュウを排除しようと、持ち上げていたその大きな岩を投げつけた。
シュウは意を決して、サバイバルベルトにブラストショットとディバイドシューターを両方ともしまうと、懐の内ポケットからエボルトラスターを取り出し、鞘から引き抜いた。
瞬間、エボルトラスターから光が弾け飛び、ヤマワラワが投げつけてきた岩を粉々に吹き飛ばしながら、光の柱がシュウを包み込みながら立ち上った。
柱が消えると同時に、シュウが姿を変えたウルトラマンネクサス・アンファンスがヤマワラワの前に出現した。
「グルウ!!?」
ヤマワラワは、突如出現した銀色の巨人を見て思わず動揺してしまう。
しかし、変身したと同時にヤマワラワの岩を吹っ飛ばしたのはよかったが、岩は破片だけでも人間に当たれば致命的だ。しかも、よりによって吹き飛ばした岩の礫が、洞窟入口のテファに降りかかってきた。テファは迫る恐怖に両手で頭を覆った。
「きゃ…!」
「シュワ!」
ネクサスは咄嗟に光刃〈パーティクルフェザー〉を発射、テファに降りかかってきた岩の破片を砕いた。
恐る恐る顔を上げたテファはネクサスを見上げた。彼はテファを見て、ゆっくりと頷いて見せていた。
だが、ヤマワラワの怒りは収まらない。数年前、テファが王軍に追われ殺されかけたところを目の当たりにしたときのことを根に持っていたためか、逆上しすぎて今の光弾も、テファを狙い撃つための攻撃だと思い込んでしまったようだ。
「グルオオオオオオ!!!」
突進してきたヤマワラワを、ネクサスは正面から受け止め、腹に拳を叩き込み、続けて後ろ向きに宙返りしながら踵で蹴るサマーソルトキックでヤマワラワを蹴り飛ばした。
着地して再度構えると、ヤマワラワはお返しにとネクサスに掴みかかってきたが、ネクサスは両肩を掴まれる前に両手でヤマワラワの腕を振り払った。が、次の瞬間ヤマワラワはネクサスの腹に頭突きをかます。
「グォ…」
顔を上げると、ヤマワラワが今度はジャブストレートでネクサスに殴りかかろうとした。その伸びてきた腕を見切り、逆にその腕を掴んだネクサスはヤマワラワの右足を、足払いで刈って投げ倒し、さらに追撃に踵落としを叩き込む。
踵落としを受けて地面の上で悶えるヤマワラワを、ネクサスはさっきのヤマワラワが岩を持ち上げたように、頭上に彼を持ち上げ、思い切り投げ飛ばした。
「ヌゥウウウウ…ジュワ!!」
投げ飛ばされ、地面に激突したヤマワラワは、よろめきながらも立ち上がってきた。まだやるか…。ネクサスはジュネッスブラッドにスタイルチェンジし、光の剣〈シュトロームソード〉を発現、ペドレオンを切り裂いた時のように何十…数百メートルにまで伸ばし始め、ヤマワラワを斬って止めを刺そうとした。
――――どうして、争わなくてはならないの?
テファは二人の戦いを見て疑問を抱いた。
ウルトラマンは、自分を守ってくれたことがあった。たった今の戦いの中でも、岩に潰されかけた自分を助けてくれた。ヤマワラワだって、幼い頃の自分と一緒に遊び、笑い合ってくれて、そして王軍に殺されかけた自分を助けに駆けつけてくれた。
そんな二人が、どうして戦っている?
「やめて、ウルトラマン!」
たまらず、悲痛な叫び声を上げた。その呼びかけが通じたのか、ネクサスはテファの声に気づき、シュトロームソードを消して彼女の方を振り向く。
「その子は、悪い子じゃない!私の友達なの!」
「…!?」
一瞬ネクサスはヤマワラワを友達だと言った今のテファの言葉を聞き、耳を疑った。いや、出会って間もないが、テファは正直嘘をつくことが見るからに苦手…というか嘘をつくこと自体に躊躇いがあるように見える。こんな時に下手な嘘をつくような女じゃないはずだ。
思えば、確かにビースト振動波は検知されなかった。単に、アラクネラに似ているだけの怪獣だったのだ。
が、だからといってヤマワラワはまだ止まる気配を見せない。彼は立ち上がて、ゴリラのように胸を叩きながらネクサスに牙を向けていた。
たとえテファが戦いを望まずとも、再び襲って来るのなら、降りかかる火の粉を払わなくてはならない。ネクサスはやむを得ず構え直したが、その時、彼の体に鋭い痛みが走り、彼は思わず膝をついた。
(そうだった…俺はまだ、先の怪獣との戦いのダメージが回復しきれていない…!)
体に痛みが走り、胸元を押さえるネクサス。ストーンフリューゲルの中にとどまっていた時間が余りにも短かったため、アリゲラとの戦闘で痛めつけられた体のダメージ未だに残っていたのだ。
「「!!」」
「グルオオアアア!!!」
ヤマワラワがネクサスに向けて突進し始めている。ネクサスも、これ以上やつの攻撃を受け続けたりしたらどうなるかわからない以上、応戦するしか道はない。両腕をスパークさせ、光線技の構えを取ろうとした。
このままでは、どちらかが…テファは覚悟を決めたように目つきを変えると、父の形見である杖を取り出し、目を閉じた。
――――ナウシド・イサ・エイワーズ…
ヤマワラワが突進を続ける中、ネクサスが光線の準備をしていても、
―――ハガラズ・ユル・ベオグ…
彼女は落ち着いて、詠唱を続けた。
―――ニード・イス・アルジーズ…
二人の戦いを、これ以上続けさせないために…。
ベルカナ・マン・ラグー!
彼女は、勇気を振り絞り、杖を振るった!
彼女の必死さを体現するかのように、風のように白い靄が吹き荒れ、ヤマワラワを包み込んだ。
その様子をシェフィールドも、ロサイスの宿にて放っていたガーゴイルの目を通して観察していた。
『現状はどうなっているのだ、シェフィールドよ』
ふと、彼女の脳裏に何者かの声が聞こえていた。
『はっ、ご主人様。あなた様のご命令で探しておりました、真の「虚無」の担い手を見つけました』
テレパシーの一種か何かだろうか。どうやら、今彼女と話をしている人物が、シェフィールドの本当の主のようだ。
今の彼女の話によると、ティファニアはこの世界にて伝説と謳われた力…『虚無』を持っていたのだ。クロムウェルが、シェフィールドの主の命令で彼女から持たされたアンドバリの指輪の力を『虚無』と偽ったものではなく、正真正銘の担い手ということになる。
今の彼女の魔法…『忘却』を見て確信したのだろう。
だが、なぜティファニアに、よりによってエルフの血を引く彼女に、エルフを仇敵とするブリミル教の象徴である始祖ブリミルの力が受け継がれたのだろうか…。
『ほう…』
シェフィールドからの報告を聞いて、謎の声は興味深そうに声を漏らした。
『今なら確実に捕まえられます。しかも運がいいことに、あの担い手と、今私が使役している怪獣は何かしらの縁があるようです。
ただ…厄介なのは…』
なんと、今のヤマワラワはこの女…シェフィールドが操っている怪獣だったのだ。
そもそもヤマワラワは元々…慈愛の戦士『ウルトラマンコスモス』の存在する、とある次元『コスモスペース』の地球に存在していた妖怪だった。それがどういうわけか、コスモスペースから無理やりこの世界に連れて行かれてしまい、いつの間にか星人同士の戦いの場に利用されていたのだ。すでに当時、彼を捕まえていた星人は殺されていたため、自由を手にしていたのだが…。
おそらく川に落ちた幼き日のテファとはぐれた後から現在に至るまで孤独であったが、シェフィールドの操るガーゴイルから、偶然にも再会を果たしたティファニアを助けた。
だが、テファがシュウを独自に捜索しているあの夜、テファを庇ったヤマワラワはシェフィールドに見つかり、無理やり彼女の持つ怪獣使役装置…『バトルナイザー』に閉じ込められてしまい、彼女の意のままに従わされてしまったのだ。
『厄介なのは…ウルトラマンが、それも私の知らない個体が邪魔をしております。ご指示を、我が主』
シェフィールドのその言い方は、以前からウルトラマンの存在自体はすでに知っていたような口ぶりだった。命令を待つシェフィールドだが、声の主の次に下した命令は意外なものだった。
『いや…ここは退いて、レコンキスタとしての次の行動に移るといい』
少なくとも、誰かを狙ってシェフィールドを使ったにも関わらず、手のひらを返すようにこの場から退去するように言ってきたのだ。
『捕まえなくてよろしいのですか!?』
『私は何も「必ず捕まえて来い」とは言っておらぬ。すぐ捕まるようでは、かえって退屈だからな。寧ろ困難な方が、遊びがいがあるというものだ。
それに、興味深いのだ。お前の報告してきた「見たことのないウルトラマン」…というものにな。それより…今アルビオンで進めている計画の方に移るのだ』
『…わかりました』
『期待しているぞ。余の「ミューズ」』
シェフィールドは声の主の言うとおり、ガーゴイルをこの場から退かせた。
靄に包まれたヤマワラワは、立ち止まった。それに気づいたシュウも、光線の構えを解く。
テファの魔法、『忘却』が効いてくれたようだ。テファが忘却の魔法で消したのは、『ウルトラマンと戦う理由』だった。そのため、自分はさっきまで何をしていたのか、どうして暴れていたのかわからず、呆然と立っていた。
「ヤマワラワ!」
テファがヤマワラワの名前を呼ぶと、ヤマワラワは彼女の方を向いた。
「彼は…ウルトラマンは悪い人じゃないわ。だから、あなたたちが戦うこと理由なんてなにもない」
首を横に振り、戦うのをやめるように彼女は訴えた。辛そうに顔を歪めているテファを見て、ヤマワラワは流石に頭を冷やしたようだ。彼はティファニアのもとに歩み寄った。
「ヤマワラワ、あなたならきっと村の子供たちとも仲良くなれると思うの。一緒に…村に来てくれる?」
「………」
幼き日の自分と仲良くやれたのだ。きっとウエストウッドの子供たちもヤマワラワを受け入れてくれるはずだ。
だが、ヤマワラワはそれはできないと言いたげに首を横に振っていた。
「どうして?」
理由を尋ねるテファだが、ヤマワラワは人間の言葉を話すことができない。理由を知りたくても、知ることができなかった。
すると、ヤマワラワは何処か遠くにいるであろうシェフィールドによるものか、紫色に輝く光のカードとなって、どこかへと消えていった。
「ヤマワラワ?どこに行くの…?ヤマワラワ!!」
突然、旧友の姿が消えてなくなったことに、テファは一体何がどうなっているのかわからなかった。
あたりをキョロキョロ見渡しても、彼の姿が一体どこへ消えてしまったのかわからない。ヤマワラワの姿は影も形も見当たらなかったのだから。
突然の別れに割り切りも理解することもできず、テファの目から涙が溢れた。
―――――ヤマワラワああああああああああああ……!!!!
叫び声は、山彦となってアルビオンの山々に木霊し続けた。
人知れず変身を解いたシュウは、彼女のもとに歩み寄ってきた。シュウの存在に気づいたとたん、彼女はシュウの胸に飛びこんできた。急に彼女にしがみつかれたシュウは一瞬動揺しかけたが、顔をうずめている彼女のすすり泣く声が聞こえてきた。
「…大丈夫か?」
「……」
テファは顔をうずめたまま、自分の泣き顔を決して見せようとしなかった。自分の泣き顔を見られたがる人間なんていないだろう。その気持ちを察して、シュウはしばらくこのままにしてやることにした。
その日の夜、シュウはテファを連れて村に帰還した。
さすがに帰ってきた時には泣き止んでいたのだが、それでも彼女は落ち込み気味だったことに変わりなかった。子供達から気を使われたが、作り笑いを浮かべて何でもないふりをした。シュウは、子供たちからテファを泣かせたのではと疑われてしまった。違う、と素面で答えても疑いの視線は晴れず、説得も面倒になったので、その話について肯定も否定せず子供達の想像に委ねることにした。
シュウはアリゲラやヤマワラワとの連戦続きで十分な休息を取っていなかったため、昨日はテファを含めた皆が寝静まったところで、ストーンフリューゲルを呼び出し、そのままその中で回復しながら一泊したのだった。
翌朝、太陽が昇り始め、空の色が闇の色から青く染まり始めた頃、朝の冷たい空気に当てられながらシュウは戻ってきた。
村に戻って、マチルダが使っていた部屋へ向かおうとしたが、村が見えてきたところで…彼の耳に何かが聞こえてきた。
(これは…歌、か?)
誰の歌だろう。それに、歌に合わせてポロン♫と弦楽器のような音も聞こえてくる。シュウは村の方へ向かう。
神の左手ガンダールヴ。
勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる。
神の右手がヴィンダールヴ。
心優しき神の笛。あらゆる獣を操りて、導きし我を運ぶは地海空。
神の頭脳はミョズニトニルン。
知恵のかたまり神の本。あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す。
そして最後にもう一人。
記すことさえ、はばかられる。
四人の僕を従えて、我はこの地へやってきた。
「…………!」
歌い手は、テファだった。ハープを片手に、美しい調べを奏でながら、澄み渡るような美し歌声で歌っていた。
シュウは夢か幻か、何かを見ているように思えた。ハープを奏で、神々しい金髪をなびかせながら歌う彼女の姿が余りにも美しくて、色沙汰に興味を持とうとしてなかったシュウでさえ目を奪われていた。
「…あ、ごめんなさい。起こしちゃった?」
「いや、今起きたところだ」
「「……………」」
シュウが特に話を長続きさせようとせず会話が途切れてしまったせいで、二人の間に奇妙な沈黙が流れた。
「な、なんか…恥ずかしいな。歌聞かれてたなんて」
ふと、自分が歌っていた姿を見られたことを思い出したテファは恥ずかしさを覚えて頬を染めた。
「どうして恥じる?歌っていた時のお前は綺麗だった」
「へ!!?」
不意打ちを食らったような気分だった。まさか、シュウからそんな言葉を聞くことになるなんて思いもしなかったテファの顔が、さらに真っ赤に染まった。
「き、綺麗なわけ…だって、私…ハーフエルフ。どっちにも当てはまらない出来損ない」
「別に変な意味で言ったわけじゃない。率直に綺麗だと思えただけだ」
軽くパニック状態になったテファは否定しようとしたが、追い詰めるかのようにシュウが、無自覚なまま言葉を紡ぐ。それがかえって照れてしまった彼女をムキにさせてしまう。
「だ、だからあまり綺麗だなんて言わないで!次綺麗なんて言ったら、私黙っちゃうんだから!」
テファはそう言うと、頬を膨らませてシュウからぷいっと顔を背けた。褒めたのになぜか怒ったように見えるテファに、シュウは意味がわからず首をかしげた。
「…ねえ、ヤマワラワは、どこに行ったのかな?」
ふと、落ち着きを取り戻したテファが口を開いてきた。
「?」
「この歌とハープは、お母さんから教えてもらったの」
「母親から?」
「うん。私…実は」
「父親が、数日前に処刑されたアルビオン王の弟で、お前は王弟と妾のエルフの間に生まれた、王家の血を引く元王女みたいなもの…だろ?」
先を読んだように、シュウがテファの生まれを言い当ててみせた。自分の出生のことを、いつの間にかシュウが知っていたことにテファは目を丸くする。
「どうしてそれを!?」
「…済まん、マチルダさんから勝手に聞いていた」
以前、ラ・ロシェールでマチルダをレコンキスタに雇おうとした白いマスクの男がきっかけで聞いてしまったことだ。
「…ううん、いいの。もう過ぎたことだから」
気にしないで欲しいと、テファは言った。
「ヤマワラワは、私がお父さんの屋敷で暮らしていた頃のお友達だった。その時、私は母から教わった歌とハープで、時々彼に聞かせていた。その時の彼、時々私の歌に合わせて、鼻歌を歌っていたの」
昔を懐かしむように、テファは当時のことを語った。
「私、ずっと屋敷の中で見つからないように生きていたから友達がいなかった。今も、お友達が欲しいし、本当ならもっと広い世界も見てみたいって思う。
だから、ルイズさんたちが村を訪れた時だってそうだし、ヤマワラワとまた会えたときは、本当に嬉しかったの」
シュウは、突然サイトたちがウエストウッドに来ていた時のことを思い出す。最初は警戒していたが、特に突然の来訪者…その女性陣と会話している時の彼女はとても楽しそうだった。
「歌を歌ったら、もしかしたら昔のように、どこかでヤマワラワが聞いてくれそうな気がしたんだけど………」
「………」
シュウは何も答えなかった。人との出会いなんて、いつ最後の別れになるかなんてわからないと知っているからだ。
「…ティファニア。さっきの歌、もう一度聞かせてくれるか?」
シュウは表情を変えないまま、だがさっきとは何処か違う雰囲気をまとった顔でアンコールを申し出た。
「え?」
「耳心地がいいんだ。もう一度聞きたい」
「う、うん…」
頼まれたら断れないのか、恥ずかしく感じながらもテファは再び歌いだしてくれた。
不思議なことに、初めて聴く歌のはずなのに、どこか懐かしい。地球にいた頃のことを思い出す。それも、穏やかな日常を生きていた頃の光景だ。
皆は、元気だろうか?ナイトレイダーの先輩たち、ともに遊園地でバイトをしている連中はどうしているだろう。
テファの歌はいつしか終わり、彼女はハープ伴奏のみで曲を続けていた。この世界の人間から神と崇められている始祖ブリミルを讃えたものだろうか。
神といえば…昔よく神話の話を聞いたことがあったな。あの人から。
――――神は、サラの祈りを聞き、天使ラファエルを地上に派遣した。
トビト記の一節。
それが、自分がこの世界に来たときの状況と似ている気がした。
召喚の魔法が祈り。サラがティファニアで、俺が天使ラファエル………何を考えているんだ俺は。自分でも呆れる。
尾白が聞いていたら「厨二病乙」とか言うだろうな。
ましてや、俺が天使だなんて笑い話にもならない。もし俺がラファエルだとしても、テファの祈りを聞き届けて俺をこの世界に送り込んだ神様の神経を疑ってしまうものだ。
いや、そもそも神なんて…。
ドオオオオオオン!!!
「「!?」」
遠くから、大砲でも打ち込んだような轟音が響いてきた。
「い、今の音は…?」
あまりの重く遠くまで響く音に、怯えた顔に一変したテファが不安げに声を漏らす。すると、二人のもとに、盗賊家業からマチルダが戻ってきた。
「マチルダ姉さん!」
「悪いね…今回は収入が悪かったよ」
そう言って取り出した、今回の報酬の入った袋は、いつも以上に小さかった。
「それより、今の音は?」
シュウがマチルダに尋ねると、遠い目で轟音が響いてきた方向を見渡した。
「…どうやら、レコンキスタの連中がついに始めるみたいだね。トリステイン侵略を」
「戦争…」
「……」
戦争というただ一つのワードが、朝の冷たい空気以上に、村の空気を沈めた。
だが戦争の裏に、彼らを狙う強大な闇が…その勢力を拡大させつつあったことを、彼らはまだ知らない。
後書き
直接描写は無いですが、原作だとモード大公の本妻は存命していると予想しています。でも今作ではシャジャルとの関係と大公の彼女への強い愛情も考慮し、存命していない者としています。
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