ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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再起-リヴァイヴァー-part2/兆しと和解
「相棒、大丈夫か!?」
草原の上で、あちこち打撲が目立った状態でサイトは倒れていた。立つにも、デルフを杖代わりに体を支えるのがやっとだった。
そんな彼らの前に再びゲンが姿を見せる。彼の姿を見て、デルフは敵意をあらわにする…が、彼に対して言い換える言葉が見つからなかった。
わかっていたのだ。ゲンの…ウルトラマンレオの言っていた言葉がいずれも的を射抜いていたのだと。さっきの戦いでレオからあらゆることを指摘され、サイトもゼロも心を揺さぶられていた。自らの自由を奪うテクターギアの存在の有り無しの問題ではない。レオの言葉に揺さぶられるだけの要因を孕んでいた時点で、サイト=ゼロは最初から敗北していたのだ。
「レオ……」
サイトは、ゲンを睨みつけながら彼の名前を読んだ。確かに、レオの言っていたとおり自分が現実から目を背けたがっていたかもしれない。けど、こんな自分に対して…ここまでする意味があるのかと考え難く思った。時折現れる、厳しい鬼教師の生徒への対応に不満を持つ生徒のようだった。
しかし、ゲンからすればそんな生徒は…『甘ったれな生徒』でしかなかった。
「男は守るべきもののために戦わなくてはならない。何のためだ?」
厳しい眼差しを向けたまま、ゲンはサイトに、そしてゼロに問う。
「…え?」
「自分の後ろで、自分の家族や友人・恋人たちが何不自由ない平凡な一日を送るためだ。なのに、男まで幼い少女のように公園や家でままごとばかりしていたら…自分だけのやりたいことばかりに構えていたら…一体どうなる!?」
傍から見たら、ゲンは非難されるようなことをしているかもしれない。だが、今の彼の言動全ては的を射抜いていた。
「もしお前たちがそのようなことをして見せろ!地球だろうと、光の国だろうと、この世界だろうと、お前たちがこうして立っている大地が侵略者や怪獣に蹂躙されていくのを、愛する人たちが目の前から消えていく様を、お前たちの勇姿を見届けてくれた者たちが消えゆく様を、お前は指をくわえたまま見ていられるというのか!?この意気地無しめ!」
『「…!!」』
二人の、サイトとゼロの脳裏に衝撃の雷鳴が走る。
サイトは自分が地球へ帰るという選択がゲンの言う『幼い少女のように公園や家でままごとばかり』することに、ゼロは自分の場合だと『自分だけのやりたいこと』に繋がっていることに気づいた。
ゼロは、自分がラフレイアを倒した衝撃で破壊されてしまった…いや、己の手で破壊したラ・ロシェールの街のことを思い出した。またこの先、同じようなやり方で戦ったところで、同じ結果しか生み出せない。誰から認められもしなければ求められもしない、そして本来は悪を倒すことを生業とするウルトラ戦士でありながらいずれ排除される側に立たされる。あの悪名高い『ウルトラマンベリアル』がそうだったように…。
サイトは、自分をどれほどまで呪いたくなったのかわからないくらい悔しがった。ルイズがかつて、自分に『意気地なし』と罵倒したときのことを思い出す。のこのこと地球に帰ることになれば、この世界で築き上げたものがいずれ襲い来るであろう驚異によって消えていくのだ。ほんの数年前の、ツルギの光線によって一度全てを失ったあの時の自分のように…。
アルビオンでは要らない意地を張って変身を拒絶していたせいで誰も何も守れなかった、今はそんな自分が嫌だから地球へ逃げ帰ろうとしていた…。
本当に、レオの言うとおり自分は現実逃避していたとサイトは思った。ゼロと一体化し、戦うと決めたとき…アンリエッタからレコンキスタが怪獣を戦争の兵器として操っていると聞いたときは、任務をこなしつつも、なんとしても真相を確かめようと決めていたのに…。
二人に共通していたものが、繋がった。
サイトとゼロは、一度全てを失い、再びそのようなことが起こることを頑なに嫌がる者同士だった。そして、本当は自分以外の誰かがそうなってしまうのが耐えられなかったはずだった。
だからサイトはゼロの周囲を顧みない戦いに憤慨していたし、一度はゼロを否定した。だからゼロは、サイトから非難を受けても街に被害が出ても速攻で敵を倒すことで、自分と同じ『孤独』に迷う者が増える可能性を減らすために無茶をし続けてきた。
「…ぐ…う…ぅう…!!」
いじけていた自分が悔しくて、情けなくて、惨めで…。サイトは、顔をぐしゃぐしゃにして泣き出した。その涙はサイトだけじゃない、ゼロ自身の涙でもあった。
「その顔はなんだ?その目は…!!その涙はなんだ!!?」
しかし、ゲンの喝はまだ終わらない。容赦なく厳しい言葉を浴びせながら、涙まみれの顔を上げてきたサイトに向けて怒鳴った。
「お前のその涙で、お前の大切なものを、守りたいと願ったものを守れるのか…?」
「…」
自分たちが戦う相手は常に無慈悲だ。たとえ泣いたところで逃がしてくれるわけではない。戦場で泣いたところで、彼の言うとおり何も意味もないし隙だらけになる、寧ろ殺してくれと言っているようなもの。ゲンはおそらくそう言いたかったのかもしれない。
彼の故郷は光の国ではなく、『サーベル暴君マグマ星人』によって滅ぼされた星、『獅子座L77星』だ。父だった王や民たちは死に、弟とは長きにわたって離れ離れになった。
新たな故郷として地球に移住し、マグマ星人との戦いで負傷したウルトラセブンに代わって地球防衛にあたっていた頃も、未熟だった彼は心を鬼にしたセブンからの指導で、何度も敗北して挫けそうになっても、その度に必死に努力し、新たな技を持って勝利を勝ち取ってきた。その果てに、友人や防衛チームの仲間、そして恋人が死んでも、彼は戦い抜いてきた。その修羅場をくぐり抜けてきた彼は、自分たちウルトラ戦士はたとえどんなことがあっても屈してはならないということを学んだ。だからこうして、一度の失敗でくじけそうになっている弟子とその宿主を見過ごすことはできなかった。
「この村にとどまっている間ならば、何度でもお前の相手をしてやろう。それまでの間に俺にお前たちの本当の強さを見せてもらうぞ」
ゲンは踵を返すと、サイトたちの前から去っていった。
「……」
村に留まる間なら何度でも相手をしてやる。
その言葉は、まだゲンが自分たちに希望を抱いているという証。
サイトは、ツルギの光線で街を破壊された際に両親が死んだときのことを、アルビオンへの旅で起こった悲劇の連続を思い出す。
もし、俺が…俺たちが戦うことを放棄したら…ルイズたちは…父さんと母さんのように…。
嫌にもブラックな想像をしてしまった。
…思い出した。どうして自分が、少なくともアルビオンへの旅が始まる前まで帰りたいと思わなかったのか。
黙って見ていることができなかったからだ。地球で腐るほど起きた悲劇が、自分の身に起きた最悪の時がこの世界の仲間や多くの人達に訪れることが我慢ならななったからだ。
そうだった。俺たちは元の世界へ帰ることで目の前から逃げる、他人から認められることに頭がいっぱいになって…本当にすることを見失っていた。
ルイズたちが今いる世界のことを、何も考えていなかった…。
「…ゼロ、俺…もっと強くなりたい」
『…ああ』
サイトの、目つきが変わった。ゼロも不本意ながらも、サイトと意気投合した。
本当の意味で二人は、初めて意思を合わせた。
デルフはそんな相棒を見て、ホッとひと安心した様子だった。目を見ればわかる、ほんのちょっとだけだが、大きな一歩を踏んだような目をしている。
気がついたら、すでに翌朝の朝日が登ろうとしていた。
「…なあ、そろそろ戻らねえとやべえんじゃね?」
「戻る?…ってやばい!そうだった!もう戻らないと!」
朝日を見たデルフの一言で、サイトは我に返る。
シエスタの話だと、タルブ村の朝は早いらしい。農業経営をしている家庭というものは地球でも大概そういうものだが、朝に弱い自分としてはこんなところばかり共通しないで欲しいものだ。
元気を取り戻したサイトとゼロだったが、この時は朝日を呪いたくなった。早いうちに戻らないと。あまり遅くなると、今はまだ溝がある状態とは言えルイズからまたどやされそうな気がしてならない。
しかし、サイトは宿に戻る途中で、ルイズと鉢合わせしていた。
「る、ルイズ!?」
ルイズも朝に弱かったはずだ。学院にいた時だって自分に起こしてもらわないとなかなか起きられないタイプだということはサイトも既にしたこと。でもどうしてこうして一人で、こんな朝早くから外に?
「な、なによ!今私は忙しいの」
急にサイトから話しかけられ、ルイズは思わずびっくりしてしまった。よく見ると、彼女の周囲にあちこち焼け跡のようなものが見つかった。
もしかして…魔法の練習?ゲンが…ウルトラマンレオが言っていたのって、このことだったのか?
…本当に馬鹿だったな、俺たち。確かにあの旅では失ったものが大きくて多かった。でも、こうして自分たちは生きている。生きていれば何度だって立ち上がることはできるんだ。ルイズはあのたびの悔しさをバネに頑張っていたのに、悲劇の主人公ぶって腐っていたなんてさ…。
「ルイズ」
「なによ?」
詠唱を始めようとしたルイズを引き止め、邪魔をされて気を悪くしたルイズはサイトを睨む。
「一人で勝手に腐ってて…ごめん」
「…え?」
いきなり頭を下げてきたサイトに謝られたルイズは動揺してしまった。
「き、急にどうしたのよ?」
「辛かったの、ルイズも同じだってわかってたのに、一人で思い上がってた。ごめん!」
ルイズはまるで告白を受けた乙女のように狼狽えていたのだが、ひとつ咳払いし、いつものようにふんぞり返るように両腕を組んでそっぽを向く。
「別に…いいわよ。私だって…あんたを責める権利なんてなかったのに…」
どうやら許してくれたようだ。サイトはホッと胸をなでおろした。
「あのさ、この村にはいつまで留まるんだ?」
顔を上げ、サイトは気を取り直してルイズに尋ねた。
「もうこの村にいつまでもとどまってはいられないわ。私たちは早く学院に戻らないと」
コルベールだって竜の羽衣を見つけた時は、サボるのは感心しないと自分たちを叱った。早く戻って学業に専念しないといけない。
「俺、コルベール先生の手伝いをしたいんだ。だからもうしばらく村にとどまる」
しかしサイトは、まだこの村にとどまるつもりだった。ゲンがせっかく自分たちを鍛えてくれると言ってくれていたし、竜の羽衣…ホーク3号のことも気になっていた。
「ちょっと!殊勝なことしておいてご主人様ひとりを学院に返すわけ!?」
「いや、だって…お前学生だろ?俺は使い魔だから時間空いてるし…」
一人で…いや、同級生がいるのに彼女たちの存在を忘れていたルイズは、一人え帰りたくないのかサイトに反発した。
「どうしても残るわけ?」
「…うん」
「だったら私も残るわよ!」
「え!?」
ルイズも残る宣言をしたことにサイトは目を丸くした。
「なによ、ご主人様がそんなに邪魔?」
「そ、そうじゃないけど…」
「あんた一人残したら何をしでかすかわからないじゃない!…メイドに」
俺をなんだと思っているんだ…とサイトは頭を悩ませた。どうしてメイド=シエスタのことを気にするのか。
「姫様の結婚記念でメイド達のような平民は休暇を与えられているのよ」
その間に、ルイズはサイトがシエスタに、何かしら手を出そうとしないのかを気にしていのだが、サイトはそんなルイズの思惑に全く気づきもしなかった。
「でも、手紙はワルドに奪われたから…確か、ゲルマニアだっけ?」
そうだ、アンリエッタはトリステインが怪獣災害やレコンキスタの驚異に対抗するためゲルマニアと同盟を結ぶ条件として、ゲルマニア皇帝に嫁ぐことになっていた。だが肝心の彼女はウェールズと愛し合っていた。その証拠である手紙がレコンキスタの回し者だったワルドに奪われた以上、いずれゲルマニア皇帝との婚約は破棄される。
「とっくに平民への休暇は決定されたことよ。今更なかったことはできないし、しばらくは婚姻関係は続くと思うわ。もうすぐ、姫様たちのもとに婚約破棄の通達があると思うけど…」
キュルケの祖国だし、ゲルマニアは金で平民が貴族を名乗れるという新しい体制をとっているから野蛮な国として認知していたルイズとしては、別に婚約が破棄されたこと自体は別にいい、ましてや自分を幼き日からの友人としてみてくれたアンリエッタが愛してもいない他人に嫁ぐならなおのこと。懸念しているのは、トリステインが、いずれアルビオンがこの国に侵攻してきた際、たった一国…それも怪獣災害でまだ軍が完全に立て直されていない状態で立ち向かわなくてはならないということになることだ。しかもレコンキスタはワルドがジャンバードを操ってみせたように、怪獣さえも使役していたのだ。トリステインだけで勝てる見込みはまるっきりない。アルビオンと同様に、レコンキスタの餌食にされるのではないか、その辺が不安だった。
「と、ところでコルベール先生はあと何日残るんだ!?」
ゲンがいうには、自分がこの村に留まっている間は鍛えてくれると言ってくれた。かこつけているような側面もあるが、折角の機会をサイトは逃したくなかった。
この世界までわざわざ、かの有名なウルトラ兄弟がやってきて自分を鍛えてくれると行っているのだ。受けないわけにはいかない。
「それはわからないわ。でも、さすがに一週間もかからないはずよ」
「そっか。わかった!」
「はぁ…はぁ…ぐ」
「だ、大丈夫ですか、ミスタ・コルベール?最近寝ていないようですから、そろそろ休まれた方が…」
一方で、シエスタの曾祖父、フルハシが残した竜の羽衣…もとい、ウルトラホーク3号を保管してある格納庫にて、コルベールは馬車に乗せて持参してきた実験器具やら机を持ち出して、ここに仮説の研究室を作り、再びホークを飛ばすために必要な燃料…つまりガソリンの開発に勤めていた。少しでも早くこのホーク3号…サイトが教えてくれた異世界の遺産を調べあげたくて興奮し、本当なら学院に運んで研究するつもりだったホーク3号をこの場を借りて研究し始めたのである。
しかし、元々この世界になかったものを自分の世界に存在するもので開発するというのは重労働。教師であると同時に研究者であるコルベールでも手を焼いていた。眼鏡の奥の、目の下には真っ黒なクマが出来上がっている。
「い…いや、一分でも眠ってしまったら、今私の中に浮かんでいる予測や仮設が吹き飛んでしまいそうだ。そうなったら研究が難航してしまいそうでね。それに、このウルトラホークなるもの、せっかくの研究素材だ。だからまだまだ休んではいられないさ」
ギーシュから休憩を催促されたのだが、ほんのちょっとの休みで遅れが生じることを恐れたコルベールは休むことを拒否した。
とはいえ、見ている側としては少々耐え難い光景。倒れる危険もあるし、ちゃんと休憩は取っておいて欲しいものある。
「ミスタ・コルベール、大丈夫かしら?」
朝食を持ってきたキュルケと、特に表情を変えないタバサ。しかし、こうも無理をされると見ているこちら側が倒れてしまいそうだ。
「コルベール先生!」
そこへ、サイトとルイズが駆けつけてきた。
「俺も手伝います!ホーク3号のことなら、俺の方がよく知ってますし、力になりますよ!」
「お、おお…ありがたい」
「ってミスタ・コルベール!かなりやつれてるじゃないですか!!流石に休んだほうがいいですわ!!」
あまりにも疲れきった様子のコルベールを見て、サイトとルイズはふたり揃って慌てふためいた。放っておくと間違いなく倒れてしまいそうな彼を、サイトは無理にでも休ませようと提案し、傍らに置いてあった椅子にルイズとふたりがかりで座らせた。
それを見ていたキュルケ・ギーシュ・タバサ・シエスタはというと…。
「あら、もう仲直りしちゃったのかしら?」
「ふう…こっちは学院に帰ったら掃除の罰を与えられる身だというのに」
「雨降って地固まる」
「…そのままだったほうがサイトさんと私が結ばれるかもしれないのに…」
…約一名何か黒いコメントを言っていたように聞こえたが、ここは無視しよう。
「みんなも見てないで手伝ってやれよ!!」
「あ、はい!!今行きます!」
サイトからの呼びかけに応じて、先にシエスタが、そして他の三人も続いた。
これにより、望まずとも恩を着せられたコルベールは結果として授業をサボった彼女たちを、自分の研究と龍の羽衣の発掘を手伝わせるさせるために同行させたとオスマン学院長口添えするこ戸を約束し、帰ったら教師たちからの説教と罰則を恐れていたルイズたちはひと安心した。
それからサイトも、昼間はコルベールの手伝い、夜は前回もレオとの組手に使った草原での一体一の組手を繰り返すというハードな連日を過ごすことになった。
しかし、サイトにとって小さくの大きな一歩であることは、間違いないことだろう。
その頃…アルビオン王国港町、ロサイス。
「申し訳ありません。横槍が現れたために、またしても取り逃がしてしまいました」
生存が確認されたルイズたちの、アルビオンからの脱出を結局許し、いずれ邪魔になるかも知れないネクサスの排除も満足にすることさえできなかったワルドは、王党派から強奪した『ロイヤル・ゾウリン号』…いや、『レキシントン号』の視察を行っていたらしいクロムウェルに幾重も謝罪する羽目になった。
「ふむ、生きていた例の娘を逃してしまったということか」
少し考え込むように唸ってみせたが、すぐにこやかにクロムウェルは笑ってみせた。
「まあ、過ぎてしまったことだ。いつまでも気に止めないでくれ。それよりも見たまえ、あの大砲を。君たちへの信頼を象徴する新兵器だぞ!」
クロムウェルはワルドと、お供に連れてきていたふたりの人物にレキシントン号の突き出た大砲を指差した。
クロムウェルの傍らには、二人の人間が立っている。左隣は妖艶な空気をまといし秘書。名前は『シェフィールド』。虚無の担い手であるクロムウェルの使い魔でもあるというらしいが、彼女の実態を知っている者はほとんどいない。
右隣に立っているのは、。軍服と軍帽を見事着こなし口髭が渋く、貫禄漂わせる軍人『ヘンリー・ボーウッド』。艤装主任に命じられ、『レキシントン号』の艦長になる男。
(王権の簒奪者めが…)
しかし、ボーウッドはクロムウェルに忠誠を誓う気はサラサラなかった。彼の心は根っからの王党派だからだ。だが、彼は生粋の武人でもあり、軍人は政治に関与するべきではないと考えていた。その上彼の上官だった艦隊司令がレコンキスタに寝返ったために、やむをえず貴族派に靴変えすることになったのである。
だからクロムウェルはボーウッドにとって、できることならこの手で討ち取ってみせたい真の主たち…ウェールズたちテューダー王家の仇であった。
「これもシェフィールド。ロバ・アル・カリイエ出身の君がエルフたちから取り込んできた知識を用いてくれたおかげだ」
「お褒めに預かり、光栄でございますわ。クロムウェル閣下」
クロムウェルに対し、臣下の礼を示すシェフィールド。しかしボーウッドは内心疑っていた。
(これが、本当にエルフから学んだ技術だというのか?)
エルフは、このハルケギニアの技術と比べて悔しいことに優れていることははっきりしている。これまでエルフたちが、始祖ブリミルが降臨したとされる『聖地』をハルケギニア人たちから奪い取って以降、何度もブリミル教徒としてハルケギニアの国々はエルフに『聖戦』を挑んだ。しかし、彼らの持つ『先住』の魔法によって長きにわたって返り討ちにされ続けてきた。いかなる謀略を用いてもそれは同様だった。
ボーウッドはエルフをその目で見たことはないし、彼らの積んできた文明だって知らない。クロムウェルに殺された先王ジェームズ一世の今は亡き弟君…モード大公の妾がエルフだという噂を耳にしたことがある程度。それにさっきも明かしたとおり聖戦が返り討ちにされ続けたという事実があるため、殆どのハルケギニア人がエルフの世界を見たことがない。
それでもボーウッドは、今このロサイスでこうしてレキシントン号を整備している技術が、エルフのものとはとても思えなかったのだ。レキシントン号だけではない。他の艦隊もいくつか整備…いや、改造を受けており、その方法がハルケギニアの常識的なそれとは離れている。切り裂くような金属音と火花がそれぞれの船体中に響き、全体的に木製が目立つレキシントン号らは、全体的に無骨な金属製のボディに覆われていく。いかなる手を使っても、貫かれない無敵の盾を全体的に隙間なく貼り付けているかのようだ。
思えば、アルビオン王室が隠し守り通してきた秘宝『始祖の方舟』…ジャンバードも、船体がハルケギニアのどこを探しても見つからないと思える程の超金属製の船体だった。一目見ると、とても空を飛ぶものとは思えないほど。しかし、あのワルドは空を飛ばして操り、王室を壊滅させてみせた。
恐ろしい。一応立場としては味方なのだが、その立場であろうともクロムウェルに、得体の知れないシェフィールドに対して恐怖さえ主覚えてしまう。
「ワルド君。もっと力を求める気はないかね?」
ふと、クロムウェルはワルドにあることを持ちかけてきた。
「力ですか?」
「君の魔法の力は確かに強い。だが、いかに優れたスクウェアメイジであろうと限界がいつしか訪れる。だが、これから訪れる部屋の先には、その限界さえも超えるための要素が備わっているのだよ」
「…いえ、遠慮しましょう」
クロムウェルはワルドを、何かしらの方法で強くしようと考えているのだろうか。しかしワルドは首を横に振って断った。
「無欲だな。君は。まあそれも一つの美徳とも見て取れるのだがね」
「そんなことはありません。これでも私は、世界で最も欲の深い男です」
「閣下、ひとつよろしいでしょうか。ロイヤル・ゾウリン号と…」
「その名前は旧名だ。今はロイヤル・ゾウリン(王権)ではない。レキシントン号だよ」
ニコやかな表情のまま訂正を求めてきたクロムウェル。一瞬訝しむような顔になったが、すぐ無表情になったボーウッドは艦の名前を訂正し、質問を続けた。
「…レキシントン号をあそこまで改良する必要があるのでしょうか。それに、先日はトリステインとの不可侵条約を結んだばかり。これでは他国に対して…」
「ああ、君には話していなかったね。トリステインへの『親善訪問』の概要を」
ボーウッドは内心うんざりしたくてたまらなかった。この男は新皇帝を名乗っているが、とてもそれらしく堂々とした手口よりも、影で陰謀を郎する方が似合いそうな陰険な男と見えた。
「トリステインとの条約を破るのだよ」
笑ったまま、さらりと言ってのけたクロムウェルのその一言にボーウッドは絶句する。
「馬鹿な!トリステインとは条約を結んでたった数日しか経っておらぬではありませんか!それを締結させた我らの方から破るなど破廉恥極まりない!!きっとこのハルケギニア中にアルビオンは悪名高い国として歴史に名を残すことになる!あなたはアルビオンの歴史に泥を塗るのですか!」
実際、腐るほどこの男は泥を塗ってきたとも思っていた。元は地方の司教、無欲であることが理想とされる聖職者にも関わらず、彼は『虚無の力』を後ろ盾に王権を潰して皇帝にまで上り詰めていた。
「軍人の君が私と議会の決定に逆らうのか?君はいつから政治家になったのかな?」
激昂するボーウッドに対し、クロムウェルは表情を変えないまま尋ねてきた。軍人の癖に、と言わんばかりのその言葉を聞くと、ボーウッドは何も言い返せなくなる。
「外交上の些細な経緯など、聖地をエルフから取り戻せば大して気に止めるものなどおるまい」
「些細ないきさつだと!!この…!!」
いい加減この男の自分勝手すぎる言い分にボーウッドは堪忍袋の緒が切れかけた。さっきは自分の軍人としての立場を思い出させる言葉を言ってきたクロムウェルだが、いつそのたがを外して飛びかかって、この男を成敗してやりたいとボーウッドは思った。
「それに君は、こうしてかつての上官が我らとともにあるにも関わらず、そのようなことを言えるのだろうか?」
「なに…!?」
かつての上官だと?
「付いてきておくれ。ワルド君たちはここの者たちを監督してくれたまえ」
「はっ」
ワルドたちにこの場を託し、クロムウェルはボーウッドについてくるように言った。
しばらく歩いて連れてこられたのか、街の…アルビオン大陸の地下にいつの間にか出来ていた、巨大な工房だった。
「これは…一体…」
ボーウッドは目を疑った。当たり前のように暮らしていた大地の地下にこんな場所があったとは考えたこともなかった。
元は天然の洞窟ではあるが、入口の向こうにはそこに巨大かつ精巧な、魔法文化の根強いハルケギニアのものとは思えない、全体的に機械で設計された秘密基地が広がっていたのだ。天井を伝うパイプ、途中に何度も見た格納庫の中に保管された、ジャンバードのような精巧な作りの船のようなもの。一体いつの間にこんなものを?
自分たちの歩く天井の渡り廊下の下にはいくつかの怪しげな半透明の緑色に染まった液体が溜め込まれた巨大なカプセルが置かれていた。しかもその中には、このハルケギニアにおいて恐ろしい存在として名を馳せることになった巨大生物たち…怪獣が何十…いや、とにかく数え切れない程の数が保管されていたのだ。
ボーウッドは計り知るよしもないその光景に言葉を失っていた。クロムウェルは歩みを止めず、渡り廊下を渡りながら奥へと進んでいった。
その先にあったのは、闘技場のような場所だった。中央の、地面をくり抜いた形のリングと自分たちの立っている観客席のような場所がそう思わせた。
しかし、ボーウッドをさらに驚かせたのは、リングの中央にいる人物あった。
「うぇ、ウェールズ皇太子!?」
そこには、なんとウェールズがいたのだ。体育座りで無防備にも中央に座り込んでいる。すると、彼の正面の、鉄格子扉が上げられ、その奥から一体の怪獣が姿を現した。かつてウルトラマンジャックが戦った怪獣『凶暴怪獣アーストロン』だ。アーストロンはひどく飢えていたのか、ウェールズを見てヨダレを滴らせている。明らかに彼を餌としてみている。
「か、閣下!何をしているのです!!皇太子様を怪獣の餌食にさせるつもりか!」
他にもいろいろと言いたいことがあるほどの勢いでボーウッドはクロムウェルに詰め寄った。
「まあ待ちたまえ。慌てることはないさ」
胸ぐらさえ掴まれているのに、クロムウェルは笑ったままだ。こいつはふざけているのか?それとも王室から奪った権力に酔いしれすぎて頭がおかしくなったのか?いっそ軍人としての立場も忘れて殴りかかって見せようかとも思った時だった。
「大丈夫さ。ウェールズ君は未完成だが…強いのだよ」
「…は?」
「付け加えると…我らの理想を阻む、あの邪魔くさいだけの『ウルトラマン』共よりはね」
「…!?」
ウルトラマンの噂は、ボーウッドも知らないわけがない。トリステインに突如その姿を現した正体不明の巨人。あるものは英雄とたたえ、あるもの…例えば最近壊滅的被害を受けたラ・ロシェールの生き残った街の人からは悪魔とも称されている。
しかし、このクロムウェルの言い方に引っ掛かりを覚えた。邪魔くさいだけ…と。もしや、クロムウェルにとって、いつどこに現れるかも人間にはわからないウルトラマンさえも、レコンキスタの理想の障害となるのか。
「う、うううううううううあああああああ!!!!」
体育座りのままのウェールズから溢れんばかりの悲鳴と、黒い瘴気のようなものが溢れ出たではないか。紫色の光が彼を包み込み、視界を奪う。ボーウッドは思わずクロムウェルから手を離して目を塞ぐ。
「グギャアアアアアアアアアア!!!!」
次に聞こえたのは、アーストロンのものらしき断末魔だった。
光が晴れたのを察知し、ボーウッドは目を開く。その場所に、アーストロンの姿はなかった。それどころか、ある意味ウェールズがアーストロンに食われるという光景よりも、もっとおぞましい光景だった。
闘技場は血だまりとなり、あちこちにはバラバラに切り裂かれた赤黒い肉片が原型さえも止めないほど散らばっていた。
ボーウッドは、思わず吐き気を感じて口を塞ぐ。少し時間を置き、吐き気が引いたところで彼はクロムウェルに尋ねた。
「一体皇太子様に何をしたというのです…!?」
「アルビオン王家の血縁者には、希に祖先から受け継がれし、魔法ともまた異なる特殊な能力を授かることがある。私は、この虚無の力に惹かれ我が友達となった宇宙の友たちの力を借りて、彼の体に宿る力を引き出してあげたのだ」
(こ、これが…アルビオン王家に伝説として伝わっていた…!?)
ボーウッドは、元の姿に戻り、まるで薬物中毒にでもかかったように闘技場の中央で苦しむウェールズを見た。たった今、ウェールズがアーストロンをバラバラに切り裂いたその力は、どう考えても人のそれとは思えなかった。
心が王党派のままのボーウッドは、ウェールズの豹変と人外の力を持たされたことに心を痛めた。そしてたった今、崇めるべき主を恐ろしいと感じた自分を憎みたくもなった。
(しかし、恐ろしいのは皇太子さまのお力ではない。この男だ!この男が現れてから、アルビオンは怪獣や見たこともない兵器・技術を用いるようになっている!
なによりこの男には、やはり噂通り『虚無』の力があるというのか!?皇太子殿下にあのような力を引き出させたなんて…)
「ふむ…だがいささかコントロールに時間がかかりそうだ。実戦に出てもらうのは、まだ先のことになるだろうな」
横目で、グロテスクな地獄絵図を満足げに笑いながら見ているクロムウェルに、ボーウッドは戦慄した。
(クロムウェルは…このハルケギニアを…一体どうするつもりだというのだ…!?)
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