ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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婚約者-ワルド-part3/ゼロの過ち
ラ・ロシェールの街。
サイトたちがここへ着く前に、ある女性客がこの街の宿屋『女神の杵』のバーで飲んでいた。ローブで素顔を覆い隠したその女性の手には、一枚の紙が握られている。
紙の内容は、ある屋敷の見取り図だった。
彼女の仕事は、この屋敷の主である成金貴族の隠す持つ財宝を盗み裏ルートのオークションにかけて換金すること。全ては、愛する妹と、彼女と自分を慕う戦災孤児たちの平和な日々のため。
今回の貴族の屋敷は、かなり難易度の低いものだった。この街は怪獣の被害がないから、街の人たちにとって怪獣の存在などまだ絵空事でしかないため、ここの領主の貴族も間違いなく平和ボケしているはず。楽なのはいいことだし、捕まらないだけましだが、これはこれでつまらない。
「退屈そうだな?」
ふと、彼女の隣の座席に、今の彼女と似たような恰好をしている、仮面の男が座った。もうお分かりだろう。チェルノボーグから囚人を連れだしたあの男である。女性…土くれのフーケことマチルダは警戒して杖へ手を伸ばそうとしたが、その前に仮面の男は杖をマチルダに突き付けていた。
「ようやく見つけた貴重な人材なんだ。ここで流血沙汰を起こさせないでくれよ?我らは一人でも優秀なメイジを多く必要としているからな。マチルダ・オブ・サウスゴータ」
自分の本名を知るこの仮面の男に、フーケは最大限の警戒心をむき出しにして男を睨んだ。
「…悪いけど、信用できないね、こんな形で無理やり女を従わせようとする男なんて」
「まあそう言うな。とりあえず仕事の内容を聞いてから選択してくれ」
「…ならサッサと言うことだね」
もったいぶるな、これくらい言ってもいいだろう。マチルダは立場が弱い状態とはいえ、強気の姿勢のまま男に言って見せる。
「アルビオンに、もう一度仕えてみないか?」
それを聞くと、マチルダは鼻で笑い飛ばした。
「父を殺し、家名を奪った王家に仕える気なんてないね」
今すぐにでも怒鳴り散らしたいほどに言ってやりたいことだった。しかし、男は冷静な態度を保ったまま続ける。
「何もアルビオン王家に仕えろとは言ってないさ。もうじき、無能な王家は倒れるのだからな」
「だとしてもお断りだね。あたし、今のアルビオンの貴族は大嫌いだからね」
話を聞く辺り、この男はアルビオンの貴族派…つまり革命軍レコンキスタの手のものだと言うこと。レコンキスタは共和制という、貴族と平民を平等と扱い、選ばれた代表者による政治を行う…平民にとって甘い夢を見せる理想を掲げているくせに、噂だとやっていることは、王党派よりたちが悪いと聞く。なおさら信用に欠ける。
それにレコンキスタの最終目的とされている、聖地の奪還?馬鹿馬鹿しい。エルフはたった一人でも多人数のメイジを赤子の手を捻るように簡単に返り討ちにできるそうだ。犬死するのが目に見えているし、なによりエルフはあの子の血縁者たちだ。それについても抵抗を感じる。
すると、仮面の男はどこかマチルダを、いや…マチルダに連なるすべてをあざ笑うように呟いた。
「相当あの忌まわしいエルフの血を引く娘に肩入れするな?あの娘の一族と戦うのがそんなに嫌か?」
その言葉にフーケは、今度こそ全身の血の気が引くのを感じた。私の事だけじゃなく、まさかあの彼女の…ティファニアたちの事まで知っているのか!?
「あんた…あの子たちのことを…!?」
「他にアルビオン王家の血を引く者がいないかを確かめ探してみたら、見事貴様の預かっているという娘がそれに該当したのだ。まだ正確な場所はわかっていないが、大方貴様の元領地の付近の森にいるのだろう?その気になれば、軍を動かして森を焼き払うことだってできる」
唇がくっ付きあいそうなくらいマチルダに顔を近づけ、冷たい声で続ける仮面の男はマチルダをさらに追い詰める。
「お前を連れてあの娘のいる村へ行けば、きっとあのハーフエルフの、それもアルビオン王弟の娘も俺に従わざるを得なくなる。お前と言う貴重な人材のため、すぐには殺さんがあの娘の存在は見逃すわけにはいかん。アルビオン王家の血は、我らがこの先の時代に咲き誇るには邪魔だ。始祖の仇敵であるエルフの血を引くならなおさらだ」
完全にお手上げの状態だった。仮面の男の答えを聞くとフーケは俯き、悔しそうに唇を噛んだ。協力するしかないのか?
しかし…。
「そこまでだ」
その時仮面の男の背後から、黒ずくめに身を包んだ男が忍び寄ってきた。仮面の男の後頭部には、黒いマントの袖から顔を出している銃口が付きつけられていた。
「き、貴様…!?」
仮面の男の声を無視して、黒いマントの男は仮面の男に言った。
「杖を捨てて今すぐ失せろ。ここで、脳天を撃ち抜かれたくなかったらな」
「…く」
仮面の男は杖を捨てて二人から離れる。迂闊に拾いに行って反撃しようにも、詠唱には時間がかかるし、その間に撃たれる。しかもここは宿屋、人も十分集まっている。騒ぎになるのは避けておかなくてはならない。マチルダの勧誘を諦めた仮面の男はそそっくさに宿屋の入り口に向かうと、黒マントの男は追加で忠告を入れた。
「もし…あの村の奴らや、マチルダさんに手を出してみろ。その時は…」
―――命の保証はしかねるぞ?
仮面の男は、何も答えないまま『女神の杵』から逃げ出した。
「あんた…どうしてこの街にいるんだ?」
マチルダは、ちょうどマントのフードを脱ぐその黒マントの男に尋ねる。髪の先がどうしてか後ろの方に沿っているサイトと違い、逆に前の方に毛先が垂れている黒い髪の毛と、端正な顔をした青年だった。
ウルトラマンネクサスこと、シュウである。
「この街にビーストの気配を感じた」
「え?」
ビースト…その意味をマチルダは理解した。シュウの言うビーストと言う単語の意味は、まぎれもなく怪獣の事である。
「もうすぐこの街は襲われる。だからここに来た」
「…ご苦労なこったね。でも、助かったよ」
ふう…とため息を漏らすマチルダ。ここでシュウが現れなかったら、レコンキスタに嫌々従わされるところだった。
「せっかくだから、あたしと一杯飲むかい?」
「…なぜだ?」
「戦う前の一服って奴さ。それにあんた、ほぼ毎日休まず戦ってるだろ?休むのも戦いの内って奴だよ」
その問いに、シュウは静かに「…ああ」とだけ言った。やっぱりそうか…とマチルダは自分の予想が的中したことを悟る。何せ、彼の顔にわずかだが疲労感が見える。目の下のクマがうっすらと浮かび、寝る間さえも惜しんで、彼は人知れずウルトラマンとしての役目を全うしていたのだ。
「あのさ、シュウ」
マチルダは隣に座ってきたシュウの方を向くと、まっすぐ彼を見てこう言った。
「…さっきの話だけどさ。聞いてたろ?テファの事。あの仮面の男がべらべらしゃべったからね」
「…ああ。聞くつもりはなかったが。まさか、あいつが王女同然の身だったとはな」
シュウも仮面の男がマチルダに持ちかけてきたテファの話を聞いたときは、顔には全く出していなかったが驚いてはいた。すると、マチルダは周囲には聞こえないように、シュウに話した。
「あたしの実家、サウスゴータはあの子の父上、モード大公にお仕えしてたんだ。モード大公はアルビオン王の弟君だったけどね。奥様を亡くした後、ご自分の領地に迷ってきたエルフの女性と恋に落ちて、妾として保護したんだ。もちろん、兄である国王には内緒にしてね」
「そのモード大公とやらと、妾として保護されたエルフの女が、ティファニアの両親と言うわけか」
世間では対立しあう種族同士とされている人間とエルフ。そのハーフであるテファが生まれた理由を知ったシュウ。ここまで来ると、その両親が今どうしているか気になったのだが…。
「それ以上は聞くつもりはなさそうだね」
シュウは口に出さなかった。
「何があったかなんて、手に取るようにわかるからな」
もし生きているなら、そのご両親もテファと孤児たちを養うためにどこかで働いているか、もしくはあの村で共に過ごしている可能性がある。でもそんなそぶりと言える話はなにもない。おそらく、もう亡くなってしまっているのだろう。そしてテファはマチルダと共に王家の追っ手から逃げてウエストウッド村に隠れ住み、現在に至るということだ。
「さっきとは違う話だけど、も一つ言いたいことあるけど、いいかい?」
あまり酒場の席でするには暗い話だし、妹の嫌な過去の話だったので、マチルダは話の話題を切り替えてきた。
「いくらその力を持ってるからって、何も正義の味方らしく戦うこった無いはずだよ?今の仮面の男みたいな奴らが、今このハルケギニアに蔓延してやがるんだから」
そうだ、古いしきたりや祖先たちから受け継いだ権力に囚われ、自分たちの利益のためならば平気で高い身分を利用して好き放題やらかす愚か者が、特にこのトリステインにわんさかいる。そいつらのために、こいつが一重に戦う義理なんかないはずだ。
「正義の味方を名乗った覚えはない…だが、俺に戦いを下りる資格はない」
シュウは、遠い目をしながらマチルダに言った。マントの袖から見える手が、握り拳を作っているのが僅かに見えた。
「…なんか、自分から自分を追い詰めてるみたいに見えるね。なにか…」
「マチルダさん」
シュウは、マチルダの名を呼んで、彼女が次に言おうとした言葉を遮った。
「それ以上は、聞かないでくれ」
やっぱり、前に思った通りかもしれない。
ウエストウッド村は村そのものが孤児院だ。戦争やら親の虐待、そう言った理由であの子たちは村に来ていた。来たばかりの頃のあの子たちの中には、他人心を許しきれずに敵意さえ向ける子もいる。この子は、ウエストウッド村の子供たちが村に来たばかりの頃と何となく似ている気がした。
シュウは…誰にも話したくない何かを、まだ隠している。
「ずるい奴だね…。でも、あまり詮索するのも褒められた話じゃないから聞かないでおくさ。けど、あんたはテファの使い魔なんだからね、そこんとこ忘れるんじゃないよ?」
マチルダは、注がれたいっぱいのワインの入ったグラスをシュウの前に掲げてみせる。
「…ああ」
一方で、二人のいる宿屋『女神の杵』に新たな客がやってきた。
「ここで一泊しよう。次の船は明日の夜に出るそうだからね」
この宿の新たにやってきた客とは、サイトたちアンリエッタのお忍びの任務を請け負った一行である。ワルドがカウンターにいる宿主に部屋に空き部屋がないかを相談している間、サイトは馬から荷を下ろし、ギーシュは馬を馬小屋に連れて行った。
(ふう…ゼロをなだめるのに疲れた)
荷物を確認するサイトの下に、ルイズが歩み寄ってきた。しかし、サイトはルイズを避けるかのように、彼女が来ても顔を向けようとせず、荷物をまとめていた。
あまり下手に情が移るのも、後が辛いだけだ。サイトはこれ以上ルイズたちに触れることに抵抗があった。いや…実際は違っていた。サイトはワルドと仲良くするルイズを見てあまりいい気分ではいられなかったのだ。要は、嫉妬である。だから、ルイズと顔を合わせ辛かった。それがルイズへの好意なのか、それとも一日を共に長く過ごすようになったおかげで兄妹のような家族的関係を感じていたからなのかはわからない。
「サイト、さっきからどうしたのよ。不味いクックベリーパイを食べたみたいな顔して」
「いや、別に…」
「別にって…何よその態度」
使い魔の癖にこの態度は何事だ。不遜な態度と受けたルイズは目を釣りあがらせる。
「え、ええっと…ワルドだっけ。いい人そうじゃん。今まで会ってきた貴族と違って貴族風を吹かせてないし」
そう言うと、サイトは荷物を抱えてそそくさに宿の方へと向かって行った。ルイズはあまりにも意図的に避けているサイトの接し方に不満を覚えていた。
「何よ…サイトの馬鹿」
貴族を相手にする街一番の宿であるからか、『女神の杵』の内外の造りはやはり豪華で、サイトは思わずはしゃいだ。用意された夕食もかなり上等なラインナップとなっている。
「すげぇ……スプーンまで金ぴか」
元は異世界人であることや金持ち出身でないサイトが興味を持つのは当然だろうが、あまりにもみっともなく見えたギーシュは注意する。
「サイト、あまり田舎平民臭い仕草は止めたまえ」
止めるように言うものの、サイトはもともと好奇心旺盛な性格だ。きっとこの先、自分にとって物珍しいものを目の当たりにするたびにこんな行動をとっていくだろう。
「それにしても人を使い魔にするなんて、君はすごいな」
「ワルド様までそんなこと…」
サイトとギーシュの向かい側のテーブルには、二人と向かい合う形でワルドとルイズが座っていた。
「皮肉を言ってるわけじゃないよ。これはすごいことなんだ」
すると、ワルドはちょうど正面の向かい側に座っているサイトに目を向ける。
「サイト君、君はギーシュ君と決闘したそうだね」
決闘の話を持ち出され、ギーシュは思わず喉を詰まらせかけた。
「しかも、その時に初めて剣を持ってギーシュ君を圧倒したそうじゃないか。しかも、フーケから奪われた破壊の杖を取り返し、破壊の杖を使ってフーケのゴーレムを打ち砕いたとも」
「え、ええ…まあ」
このワルドと言う男、色々と情報通らしい。魔法衛士隊という役職に就いているためか、色々と詳しいようだ。
「それで君の力に興味が沸いてね…ぜひ、僕と手合わせを願いたい。構わないかな?」
それを聞いた途端、ルイズが驚いてワルドを見る。
「それってもしかして…サイトと決闘するということ!?」
サイトも一瞬驚いた様子でワルドを見たが、特に断る理由がないので受けることにした。
「別に、いいですけど…」
『よく言ったサイト!この喧嘩は絶対に勝てよ。そしてぶちのめせ!場合によってはぶち殺すことも俺が許可する!!ボコせ、ボコすのだ!!フーッハハハハハ!!』
『……………』
なんか頭の中にうるさいギャラリーがいますが…。確かにワルドに関してはサイトも内心もやもやしているが、だからって決闘を許可しますって…。今更ながらこいつほんとにウルトラマンですかと疑いたくなる。なぜかゼロの最後の高笑いが、とあるアニメで見た、何とかゲートを求める中二病な自称狂気のマッドサイエンティストみたいに聞こえる。よほどワルドが嫌いになったらしい。
「サイト、なんで断らないの!ワルド、私たちはそんなことしてる場合じゃないのよ。やめてあげて」
「なに、手加減はするさ。大怪我を負わせるような真似はしない」
まるで自分はこの程度の相手には負けないみたいな言いぐさに、サイトはムッとした。自分でも負けず嫌いな面があると自覚があるだけ、ちょっとだけゼロの気持ちが分かった気がした。
その時だった。突如この街の住人と思われる中年の男性が宿の中へ飛び込んできた。
「たたた、大変だ!!!怪獣だ!怪獣が現れたぞ!!」
「「「「!!!」」」」
怪獣が、現れただって!?サイトたちは目を見開いて驚愕した。
「ギィイイイイイ!!!」
ラ・ロシェールの街に、一体の巨大な怪獣が接近していた。名は『ブルームタイプビースト・ラフレイア』。名前通り植物の特徴を持ち、その体が獣のような構成となっているビースト。
ラフレイアはラ・ロシェールの街に狙いを定め、まっすぐ街の方へと向かって行く。
「シュウ、奴があんたが狙いをつけてた奴かい?」
街に近づいて行くラフレイアを建物の屋根の上から見て尋ねるマチルダに、隣に立っているシュウは静かに頷く。
「マチルダさん、できればここの兵に、火やそれに近いものをぶつけないように言ってくれないか?避難誘導も頼みたい。俺は奴を食い止めに行く」
「火を?どうしてだい?あいつは植物の怪物みたいだし、火を使うのが定石じゃないのかい?」
「いや、奴のふりまく花粉は可燃性だ。ほんの少しの火力のある攻撃を受けると、誘爆を引き起こす。そうなったら、この街はほぼ壊滅したと言ってもいい被害を受けることは間違いない」
「マジかい…」
ラフレイアの体内には、水素ほどの質量をもつ花粉が大量にため込まれている。まさに生きた核爆弾そのものだ。万が一火を使えば、この街は火の海となる。それは絶対に避けなければならない。
変身し、メタ・フィールドに花粉ごとラフレイアを引き込むことで、街への被害をなくすと言う最善の手があるが、念のためシュウはラフレイアの花粉の危険性を街の人たちに説くように言うことにしたのだ。
「貴族が、しがないはぐれメイジのあたしの言うことを聞いてくれるか保証はしかねるよ」
権力おぼれした貴族共は別にどうなってもいいが、この街には平民たちがたくさんいる。その人たちの死に様は、マチルダも見たいわけじゃなかった。
「それでもだ。やらないよりはマシだろ。変身したらすぐに結界も張る。それまでの間だけでいい」
今は、この街の警備をしている兵たちが平民から貴族まで総出で向かっていた。火のメイジなんてどこの国にも腐るほどいる。今の内に手を打つ必要があった。
「…わかった。でも」
マチルダはまっすぐシュウを見て、真剣な眼差しを向けて言い放った。
「ちゃんと生きて帰ってきな。テファたちが待っているからね」
そう言って彼女はフライの魔法で屋根の上から飛び降りて地上に降りると、直ちにシュウに言われた通りに走り出した。
「…どうして俺の周りには、俺をここまで気を遣う人がいるんだろうな…」
去り際に自分に優しい言葉を向けてくれたマチルダに、シュウはため息をついていた。まるで、自分が他人からの気遣いを受ける資格がないと言わんばかりの言い方だった。
ともあれ、ラフレイアを食い止めなければならない。シュウはエボルトラスターを鞘から引き抜き、双月が照らす夜空に向けてそれを掲げた。
しかし、それを物陰から覗いていた人物がいた。
ラグドリアン湖で、サイトたちを襲ってきた、あの黒いローブの少女だった…。
サイトたちも、ラフレイアの姿を遠くの路地から目の当たりにした。
「花の、怪獣!?」
一瞬同じ植物型の怪獣『宇宙大怪獣アストロモンス』かと思ったが、姿形がまるで違う。アストロモンスとは違って顔がないと言うか、顔が花そのものという姿をしている。
「なんとも風情のない花だろうか。とても愛でる気になれないね」
ギーシュはラフレイアの姿を見て、嫌そうな顔をしている。薔薇の造花の杖を持っているから花に対するこだわりと愛情があるようだが、さすがに怪獣になるとお断りのようだ。
「これはまずいことになったね。もし街に被害が出たら、街の住人だけじゃない。明日の船の出航にも支障がでるやもしれない」
「そ、そんな!だったら一刻も早く食い止めないと!」
ワルドの言葉に、ルイズはすぐさま杖を取り出した。せめて、いつでも反撃できる体制をとっておかなければ。
ラフレイアは、花弁から真っ黄色のチョークの粉のような花粉を振りまき始めた。その花粉は物質に付着すると、瞬時に気化し人間を圧倒いう間に炭化させてしまう恐ろしい殺人兵器でもあった。
「う、がああああああ!!!!」
その花粉を浴びた、逃げ遅れた街の住人や先にラフレイアと対峙していた兵士たちはそれを吸い込む、または浴びてしまったことで次々と倒れ、命を落としていった。
「怯むな!風の魔法で花粉を街の外へ吹き飛ばせ!」
ラ.ロシェールの軍は手をこまねいているわけにはいかない。直ちに風のメイジを結集させ、街の外へ花粉を吹き飛ばす。
「地面を沼に変えて奴の足を止めろ!」
さらに地上には土と水のメイジを集め、ラフレイアの足元の地面を直ちに深い沼に変えた。ラフレイアはその領域に踏み込んだことで一時足を止める。
「汚らわしい化け物!これでも食らうがいい!」
一方で平民兵士は弓を、風系統以外のメイジは上空から魔法を撃った。しかし弓の攻撃は特に矢じりが突き刺さりもせず、効果がなかった。そしてメイジたちの魔法は、悪いことにすべて火系統の魔法だった。恐らく植物型の魔物だから、火が一番効くと思っていたのだろう。だがその思い込みこそ、一寸先の闇へと落ちる旅路だったのだ。
「やば!!」
これを、シュウの頼みを聞いていたマチルダが目の当たりにした。このままだと、この街は…!!
が、その時だった。間一髪赤い光が、ラ・ロシェールの軍とラフレイアの間に落下し火の魔法を相殺したのだ。
「あれは、サイトがウルトラマンネクサスと名付けた銀色の巨人…!!」
サイトたちも、そしてラ・ロシェール軍の皆もその光が、一体の銀色の巨人、ウルトラマンネクサス・アンファンスの姿に変わるその光景を目に焼き付けていた。
「ウルトラマンネクサス?もしや、あれもウルトラマンなのか?」
ワルドはネクサスの存在を今日初めて見たので、ウルトラマンゼロ以外の新たな巨人の姿を見て驚いていた。思えば、ネクサスの存在はまだ世間には広く知れ渡っていない。他にもウルトラマンがいたと言う事実に驚く今のワルドの反応も無理はなかった。
「ええ。…あれ、サイトは?」
適当にサイトに相槌を打とうと思っていたのだが、そのサイトがいつの間にか姿を消していた。
「彼なら、避難誘導すると言ってどこかに行ってしまったぞ」
ギーシュがオロオロした様子でルイズに言うと、ルイズはひどく不機嫌な顔へ早変わりする。
「ああもう!ご主人様を置いてどこかへ行くなんて!」
まさか、ご主人様と仲間を置いて逃げたんじゃないでしょうね…。いや、そんなはずがない。ルイズはそんなことだけはあのサイトはしないと思った。でも、やっぱりご主人様を置き去りにしたことは許せない。後でお仕置きだからね!!
「しかし気になるな」
ワルドが顎に手を触れて、ラフレイアと対峙するネクサスを見る。
「彼…ウルトラマンネクサスと言ったか?なぜラ・ロシェール兵の、あの花の魔物への魔法を妨害したのだろうか?」
その時のワルドの目は、ネクサスのことを警戒しきっていた。街を守るために放たれた魔法を妨害するウルトラマンなど、実は敵なのではないか?そんな疑いを抱いてしまう。
ルイズも少なからず疑いの感情を抱く。サイトがネクサスと名付けたあのウルトラマンは、どういうわけか破壊の杖を盗んできたフーケをどこかへ逃がした。しかも普段は人間の姿でどこかに潜伏していることが分かっている。一体奴は何を考えているのだろうか。
「火の魔法を使うなって!?」
ふと、彼らの耳に避難をしている住人達の声が飛び交うのが聞こえてきた。
「どうも、メイジらしい女が火の魔法を使うと大爆発が起こるとか言ってんだ!」
メイジらしい女、おそらくマチルダが火を使うなと言う呼びかけが伝わっているようだ。
「可燃性…それであのウルトラマンはわざと火の魔法を妨害したのか」
それが真実ならば納得がいく。いや、真実が何であれ、その可能性があると言う話がある以上迂闊に植物が苦手とする火の魔法で攻撃はできない。
「ルイズ、ギーシュ君は避難するんだ。ここは僕もラ・ロシェールの軍に加勢しよう」
自分のスクウェアクラスの風の魔法ならば、あの花粉を街の外へ追い出すことはできるはず。ここにいる以上、その力を無駄に温存するより自らも出向くべきと判断したワルドは得物であるレイピア型の杖を出した。
「ワルド!」
ならば自分も行く!そうワルドに言ったのだが、ワルドはそれを拒んだ。
「ルイズ、無理をしてはならない。君は姫殿下から大事な任務を請け負った身だ。本来成さなくてはならないことを、忘れてはならない」
「でも…」
貴族として、使い魔やこの街の人々を見捨てるわけには…避難を渋るルイズだが、ワルドが身をかがめてルイズの頭を優しく撫でた。
「命を投げ打つことだけが、何も姫殿下に貢献することじゃない。君はアルビオンのウェールズ皇太子から手紙を預かってトリステインに帰る。そのためにも生きなくちゃいけないんだ。いいね?」
ルイズは俯いて黙りこんでいる、まだ納得していないようだ。すると、ギーシュもルイズの説得に乗り出した。サイトの女性問題で暴走するときのルイズならとても無理だが、今のルイズなら説得に応じてくれるはず。
「ルイズ、何もできないと言うのは悔しいが、あの怪獣の花粉が火薬以上の恐ろしさを秘めているなら、君の魔法ではかえって事態が混乱するだけということになる。たとえ予測の範囲内の話であっても、万が一君の魔法があの怪獣に当たって誘爆を引き起こしたら、君の手でこの街を破壊することになる。それでもいいのか?」
「…わかったわ」
悔しいがギーシュの言う通りでもある。ルイズとギーシュは苦い思いをしつつも、避難先へ急ぐことにした。姫から預かった水のルビーと、手紙を大事に抱えながら…。
ワルドはその後ろ姿を見ると、自分の使い魔であるグリフォンを指笛で呼び、その背中にまたがって空へ羽ばたいた。
「フン…デア!!」
ネクサスは胸のエナジーコアに腕輪『アームドネクサス』を当ててから振り下ろすと、真紅の形態『ジュネッスブラッド』へ形態変化する。
いつ何かの拍子で、ラフレイアの花粉に引火しないとも限らない。やはりここは、メタ・フィールドにラフレイアを連れ込む必要がある。ネクサスは両腕のアームドネクサスを重ね合わせ、メタフィールドを形成する光線〈フェーズシフトウェーブ〉を空に放出しようとした時だった。
「グワ!!!?」
どこからか飛んできた紫色の光弾が、背後からネクサスを吹っ飛ばした。お蔭でメタ・フィールドの形成に失敗してしまうネクサス。この攻撃には、覚えがあった。間違いない…。
「フッフッフッフッフ…」
不気味な笑い声が聞こえてきた。ネクサスの前に、彼の思った通り奴が…『闇の巨人 ダークファウスト』が立っていた。ちっ、と舌打ちするネクサス。こいつまで出てきたうえに、メタ・フィールドの形成を邪魔されたとなるとかなりまずい事態だ。
さて、どうする…。
マチルダは静かにその様を見届けていた。
我が妹はとんでもない奴を使い魔にしたものだと、マチルダは関心を通り越すほどの衝撃を受けた。でも、頼れる奴があの子の使い魔になってくれたことについて嬉しくもあった。まだコミュニケーションなどの問題があるが、それはこれから解決していけばいい。生きていれば叱ることも過ちを正すこともできるのだから。
しかし、マチルダは一方で今の彼と対峙する黒いウルトラマン、ファウストの方にも注目していた。あんな、不気味な巨人とも彼のいたと言う組織は戦っていたと言うのか。いや、あの黒い巨人のことは気になるが、ここで考えても何もしないのと同じだ。
まだ逃げ遅れた人たちがいるはずだ。おもに平民の子供を優先して、マチルダはシュウの無事を祈りながら行動を開始した。
一方でサイトは、路地裏に来ていた。しかし、この時の彼の身に、ある問題が起きていた。この時のサイトの体を動かしていたのは、サイトであってサイトではなかった。
『ゼロ、何人の体を勝手に!!』
実は、サイトと同化していたゼロが、サイトには無断で彼の肉体の主導権を握っっておた。表に出る人格を無理やり交代させられ、ゼロが表に出てきていたのである。
「いい機会だ。あの怪獣をぶっ倒して、ワルドを見返してやる!」
ゼロは、非常に腹を立てていた。自分たちウルトラマンを不要の存在と見下してきたワルドの勝手な言い分に。真のウルトラマンを目指す。その目標のために戦い、努力してきた自分のことを否定されて我慢ならず、サイトの意識をそのままに彼の体を一時的に乗っ取ったのである。
『ゼロ!』
焦るゼロをいさめようとするサイトの呼びかけを無視し、ゼロはサイトの姿から本来の姿の上に訓練用プロテクター『テクターギア』を装備した巨人態『テクターギア・ゼロ』へと変身した。
「セア!!」
ゼロは掛け声をあげながら空中爆転しながらネクサスたちの下へ降り立った。
ネクサスにとって、ゼロの登場は天の助けにも受け取ることができた。誰かにファウストの足止めをしてもらえば、メタ・フィールド内にラフレイアを引き込み、周囲の被害もなく殲滅することが可能だ。すぐに彼に作戦を伝えようとネクサスはゼロに話しかけようとした。
「平賀才人、と言ったか。ファウストを食い止めてくれ。その間に俺は…って!」
が、予想に反してゼロは真っ先にラフレイアの方へと向かって行ったではないか。
「人の話を聞け!!」
自分を無視してラフレイアに突撃するゼロに苛立ちながら、ネクサスは彼を追いかけようしたのだが、彼の前にファウストが立ちふさがってきた。
「フフフ…仲間割れか?お笑いだね」
「ファウスト…!!」
あざ笑ってくるファウストに、不快感をあらわにしながらネクサスはファウストを睨み付けた。こいつをなんとかして突破しなければ…。
「ウオオオオオオオ!!!」
頭に血を登らせたまま、ゼロはラフレイアに突進した。最初はタックルで体当たりし、ラフレイアに掴みかかり、ジャブストレートで拳を連続で叩き込むと、コンボの締めに飛び蹴りを食らわせてラフレイアを怯ませた。
ラフレイアも敵であるゼロに向かって突進し、ゼロはそれを正面からラフレイアの花弁を掴むことで受け止める。掴んでいた腕は振りほどかれ、ラフレイアはゼロの腹に頭突きをする。皮肉にもテクターギアのおかげなのか、大きなダメージではなかった。
『ゼロ…!!』
『っせえ!しばらく黙ってろ!!!』
ネクサスが何か言いかけていたことを気にしていたサイトだったが、ゼロはラフレイアとの戦いに集中しすぎていて、周りを見る余裕を保とうとさえしなかった。しかも、無理やりサイトを自分の意識の底へ押し込めてしまったのだ。そのせいで、サイトは戦いの間一切口を利くことはできず、ただ見ていることしかできなくなった。
(ワルド…俺をナメた言葉、撤回させてもらうぜ)
ひじ打ちを打ちこみ、さらに蹴りを加えてラフレイアを突き飛ばすゼロ。足払いを仕掛けられたが、問題なくゼロは飛び上がってそれを回避した。
ラフレイアが、ゼロに向けて今度は花粉を飛ばしてきた。いかにマスクで顔が覆われていたとしても、ゼロのマスクの口元が露出されている形状だから当然のごとく効いてしまう。
「グ、このやろ…」
するとその時、ゼロの周囲の空気に大きな風が巻き起こった。怪獣を吹き飛ばすような風力はなかったものの、ラフレイアの持つ花粉を街の外へ追い払うにはちょうどいい。
その風を起こしたのは、グリフォンにまたがっていたワルドだった。まがりなりにもゼロを助けてくれたのだ。
「僕は今のうちに街の住人の避難を手伝う。君はその魔物を倒してくれ」
ワルドはそう言って、まだ地上にいる、ラ・ロシェール軍の負傷者たちの下へ降りた。
余計なことしやがって…。ゼロは感謝の気持ちを起こそうともしていなかった。
こいつにだけは助けられたくなかったからだ。ウルトラマンを否定しておきながら俺を助けたと言うのか?それが余計にゼロを苛立たせた。
ゼロは仕返しに、乱暴にラフレイアに右手で掴みかかり、膝蹴りでラフレイアの腹を蹴りつける。花粉を吸った程度で倒れるほどゼロは脆くはなかったようだ。
戦闘は、ゼロの方が優位に立っている。しかし、その現状は望ましい結果なのかそうでないのか微妙なものだった。
「デア!!」
何としてもファウストを突破してラフレイアの下へたどり着かなくては取り返しのつかないことになる。ネクサスはさっさとファウストを抜けてゼロとラフレイアの下へ行こうと、ファウストにまず飛び蹴りを放つ。それを防いだファウストはネクサスが着地すると同時に両手で連続でジャブを放つ。それを両手で叩き落とすように受け流し、ネクサスはファウストを前方に向けて蹴り飛ばす。胸を強く打ったが、やはり致命的なダメージに至っていなかった。
ファウストは、思った通り強い。これでは時間がかかってしまう。その間にゼロは、あの必殺の炎の蹴りでラフレイアを倒すだろう。ラフレイアは可燃性だから、一発でも火を浴びれば死に至るにしても、周囲への被害は凄まじく、深い爪痕も残るに違いない。急がなければ、急がなければ…!
その焦りが、ネクサスの動きを鈍らせる。〈シュトロームソード〉を出してファウストを切りつけようとするネクサスだったが、バックステップやバック転などの軽快な動きでファウストは次々と回避していた。ファウストは滑稽に思ったのかくっくっくと笑う。こいつは今、ゼロを止めることに頭が行き過ぎて冷静さを失いかけている。
そもそも、今のゼロとネクサスは、知り合う以前に会ったばかりで息が合っているような間柄ではない。もし息を合わせるだけの関係ならば、ファウストの相手をゼロに任せ、ネクサスはメタ・フィールド内にラフレイアを閉じ込めるといった、最善の手を取るはずだ。それができていない辺りからしてファウストは、今のこいつらは自分の敵ではないと断言できる。
「フン!!」
ファウストは光弾〈ダークフェザー〉を連発すると、ネクサスは剣でそれらを切り落として無効化していくが、ほんのわずかな隙を見極めたファウストはネクサスを被弾させ怯ませる。その間にファウストはネクサスを背後から羽織締めて動きを封じ込めた。
その時、ネクサスとファウストの視線の先に、足の炎を纏ってラフレイアと対峙するゼロの姿がうつった。
「離せ…!!」
まずい!ネクサスはすぐにでもファウストを振りほどこうと必死にもがくが、ファウストの力は強く、半端な締め付けではなかったために振りほどくことは叶わなかった。
「止めだ…!!」
この一撃で、ワルドの妄言を撤回させてやる!!
ゼロは、最悪なことに足の炎をまとわせ、ついにラフレイアに向けて飛び上がった。
「止せえええええ!!!!」
ファウストに羽織い締めされ、身動きが取れないままのネクサスは、ファウストの腹に肘内を叩き込んで脱出し、ゼロをとめようと駆け出したが、もう手遅れだった。
〈ウルトラゼロキック!〉
ゼロの必殺の蹴りが、ラ・ロシェールの住人たちにとっての悪夢の呼び水となった。ネクサスがファウストの拘束から抜け出た瞬間に、ラフレイアの体がゼロの蹴りによって炎に包まれた。
瞬間、ラフレイアの体内の可燃性の花粉が引火した。
「!」
気付いたときには、もう遅かった。ラフレイアの花粉に引火したことで、まるで世界大戦にて使われた破壊兵器が使われたかのような、ほとばしる大爆発がラ・ロシェールの街から起こった。
「「「「!!!!」」」」
ルイズ・ギーシュ・ワルド・マチルダもそのあまりの爆風に、呆気にとられていた。条件反射で自らの身を腕で覆ったりする間も与えられず、爆発はあっけにとられる彼女たちに襲いくる。
凄まじすぎる爆風だった。街の窓ガラスは一斉に割れて散り、爆破が起きた場所付近の建物はあっと言う間に屋根から粉々に砕け散っていった。
街はたちまち火の海となった。
ただ、一部を除いて。
「ぐ…!!!」
ピコン、ピコン、ピコン!!!
激しく鳴り響く点滅音と共に、爆発の張れた場所からネクサスの姿が現れた。彼の体から煙が吹いていた。ついさっきまで、彼の体にも爆風の熱気が襲い掛かり、酷いやけどを負わせてしまったのだ。彼のちょうど背後には、窓ガラスが割れたり爆風で壊れた建物もあったが、かろうじて火の海にならず、扇を象るような形で街は辛うじて完全壊滅を免れたのだ。
あの爆発の寸でのところで、ネクサスはファウストにひじ打ちを食らわせ、〈サークルシールド〉を用いて自らと街を爆風から守ったのだ。その結果、爆風が光の盾に遮られ、斜め方向に逸れたことで、街の形が扇状になったのである。
しかし、扇形の外側の位置の街は、建物は焼け落ち、そこにいた人々の焼死体がいくつも発見された…。
「ああ、街が…俺たちの街が!!」「私の家が…そんな…」「あ、なた…あなたああああああああ!!」「ママああああああ!!」「ディ、ディックが…うああああ…!!!」
大切な人たちと、住み慣れた町の変わり果てた姿に、ラ・ロシェールの街の住人達は絶望の声を次々と挙げていた。
「……………」
―――守れなかった。
爆風に紛れたのか、いつの間にか消えたファウストのことなどもう眼中になかった。ネクサスの拳が、強く握られた。そんな彼を、マチルダは地上から見上げていた。彼女にとってこれが初だった。ネクサス=黒崎修平と言う男が感情を露わにしたのを見たのは。あまりにも悲しそうで、悔しくて、自らの不甲斐なさを怒り呪いながら身を震わせていた。
そして、彼の怒りの矛先は…ある男に向けられた。
「ぐ…くそが…!」
テクターギア・ゼロ。この場で最も間近で爆風を受けたのだが、訓練用であるため実践では足かせでしかないテクターギアが彼のみを守ったため、ダメージは全くなかったわけではないが、痛みは大きく軽減されていた。だが、これで今日も怪獣を撃破することはできた。
しかし…ゼロが達成感を感じる一方で、周りの反応は冷たかった。…いや、冷たいと言う一言さえ生ぬるかった。
ネクサスが、ゼロの下に歩み寄ってきた。その足取りは、あまりにも重みを感じさせられた。そして、彼から発せられている負のオーラは、彼を見たときのゼロを黙らせ、圧倒するのに十分だった。
――――バキィイイ!!!
ネクサスはゼロの首を左手で掴むと、骨まで砕いてしまうほどの勢いで彼の顔を右拳で殴り飛ばした。
「ガハ…!!!な、なにしやが…」
地面にダウンさせられたゼロは訳も分からず、反射的にネクサスを睨み付けた。するとその時、ラ・ロシェールの人々は、ゼロに向けて一斉に罵声を浴びせた。
「てめえ!よくも俺たちの町をぶっ壊しやがったな!」
「ドンパチやるなら他でやれよ!」
「あたしの店がめちゃくちゃよ!どうしてくれるのさ!」
「お前が余計なことをしたせいで、余計な犠牲が出たじゃないか!!」
「俺の妻を返せ!!お前が起こした爆発のせいで死んだんだぞ!!」
「私の坊やは、今の爆発で死んだのよ!!なんてことをしてくれたの!!」
ゼロは、街の人たちを見て呆然としていた。怪獣をやっつけることが、ラフレイアに襲われたこの街の人々の望みだったはずなのに、それを叶えた自分が恨まれている。
ふと、ワルドの姿もゼロの目に映る。その時のワルドの目を見ると、手に取るようにゼロをどう思っているのか読み取れた。さっきの戦いで怪獣を倒すために周囲のことを顧みなくなったゼロを、酷く軽蔑していたのだ。ワルドはルイズとギーシュと合流するため、自分が乗るグリフォンを街の中へと飛ばした。
ネクサスはゼロに背を向けて歩き出すと、彼の視線よりも突き刺さるような目でゼロを睨み返した。その視線を受けてゼロは思わず息を詰まらせた。そして、ゼロにとって最も屈辱的で、ショックを受ける一言を言い放った。
「この恥知らずが…!!」
あまりの剣幕に、ゼロはこれまでサイトと喧嘩腰で会話していた時のように言い返すことができなかった。
ゼロを軽蔑していたのは、無論ネクサスや町の人たちだけじゃない。
『なあゼロ。聞こえてんだろ。町の人たちの、お前に対する恨みの声が…怨念の叫びって奴が!』
彼と肉体を共有している、サイトからもだった。
「…」
『お前、真のウルトラマンになりたいんだろ?なのに…このありさまはなんなんだ!皆、俺たちを見て悪者扱いしている!これがお前の望みだったのか!?』
ゼロは、何一つ言い返すことができなかった。
ワルドを見返すつもりだった。ただそれだけでよかった。なのに、その結果がこのざまだった。ワルドを見返すどころか、寧ろ彼以外からも罵倒と軽蔑・憎悪の対象にされている。
「……………」
誰にも、何も言い返せないままのゼロは青白く発光した後、逃げるように姿を消した。
ゼロから肉体の主導権を返されたサイトは、酷く苛立った表情のまま、ルイズたちと合流するため街の中を歩いていた。ラフレイアの爆発で、窓ガラスがすべてわれてしまっただけでなく、焼け落ちたり粉々に吹っ飛んだりした建物。自分たちが守ろうとした街の有らぬ姿を見て、サイトは苦い思いを味わう。
あの時ゼロを責めはしたが、街をこんなふうにしてしまった責任はゼロと同化している自分にもあるのかもしれない。だが、もうゼロに頼ると言う選択肢はない。あんな奴は、やはりウルトラマンを名乗る資格さえもなかった最低野郎じゃないか。
ならば…。
「ゼロ…俺は、もうお前には頼らない!俺の手でルイズたちやこの世界を守って見せる!」
事実上の決別宣言だった。ゼロを見限ったサイトは、自分が持っている怪獣やウルトラマンの知識の知識や、ルイズとのコントラクト・サーヴァントで刻み付けられた『ガンダールヴ』の力で、仲間たちとこの世界を守ると決めた。
憤りの収まらない状態で、ルイズたちの下へ戻っていくサイトを、物陰から見ている男がいた。
網代傘を被り、法衣を纏うその男はどう見てもハルケギニアの人間から見れば奇抜というか、稀有な格好…地球でいうなれば『托鉢僧』の姿をしていた。
網代傘の端を上げて、僧はその鋭い目でサイトをじっと見届けていた。
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