手のなる方へ
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6部分:第六章
第六章
「お茶とお饅頭を忘れておったわ」
「忘れていたの」
「済まん済まん」
申し訳なさそうに皆に謝ってもきた。
「うっかりしておったわ」
「もう、神主さんたら」
「しっかりして下さいよ」
女の子たちは明るい調子で神主に声をかける。同じ村の顔馴染みということもあり実に打ち解けたものだ。誰もおかしいとは思っていなかった。
当然恭子と須美もだった。二人は顔を見合わせて苦笑いを浮かべたうえで話していた。
「神主さんって昔からね」
「そうよね」
恭子が須美に対して頷いていた。
「ここぞっていう時にうっかりするのよね」
「そうそう、前の村の相撲大会でも」
相撲は元々が神々に捧げる行事である。だから神道とは深い関係がある。簡単に言うと力士は神主の親戚みたいなものだ。だからこの神主も出て来たのである。
「お祓いの前に一杯やっちゃって」
「そのせいでこけたしね」
「あれ皆笑ったわよね」
「そうそう」
恭子は須美の言葉に笑って頷くのだった。その間に皆座布団を敷いてそこに座りだしていた。部屋のそれぞれ両端に一列ずつ縦に座布団を並べそこに並んで座っていた。恭子と須美は同じ列に並んで座った。正座をして行儀よくしたうえで話をしているのである。
「いきなりだったしね」
「頭も打って」
このことも話すのだった。
「痛そうだったけれどね」
「見ている分には。悪いけれど」
二人で話す。
「笑っちゃったわよね」
「お酒飲まなかったらいいのに」
「全くよ」
こんな話をしていると神主と彼の女房がやって来た。それぞれお茶が入れられたお盆と饅頭を入れた箱を持っていた。
「待たせたのう」
「皆御免ね」
神主と女房がこう言いながら部屋の中に入って来た。皆二人よりも彼等が手に持っているものに目をやっているのだった。そのお茶と饅頭をだ。
「ささ、どんどん召し上がってくれ」
「一杯あるからね」
「お饅頭一杯って」
「何か凄くない?」
女の子達は今の話を聞いて笑顔で言い合うのだった。
「来たかいがあったわね」
「神主さん太っ腹ね」
「女の子に欠かせないことじゃからな」
神主はまた笑顔になってこう述べるのだた。
「じゃからじゃよ」
「欠かせないこと?」
「まずは饅頭じゃ」
また言う神主だった。
「腹一杯食べてくれ。ささ」
「お茶もあるからね」
女房もすかさずといったタイミングで茶を出すのだった。女の子達の前に饅頭とお茶が置かれていく。余ったぶんは部屋の真ん中に箱ごと置かれる。こうして皆饅頭を食べだすのだった。
饅頭は予想通り紅白饅頭だった。その饅頭を食べながら恭子と須美はまたお喋りに興じるのだった。今度は学校に関することではなかった。
「昨日のあのクイズ番組だけれど」
「ああ、あれね」
「見た?」
恭子が須美に問うていた。
「昨日の」
「観たわよ」
くすりと笑って答える須美であった。
「昨日も凄かったわよね」
「あの人いつもあんなのよね」
「学校出てるのよね、確か」
「高校まで出てるそうよ」
恭子もまた笑顔で答えていた。
「一応は」
「一応なの」
「だって。ここじゃ大体皆同じ高校じゃない」
「ええ」
田舎なのでどうしても通う高校も皆同じになってしまうのである。隣の村や町に行くのにもバスは少ないうえに相当な時間がかかるからだ。田舎故の話である。
「けれど他の所じゃ違うからね」
「だからなのね」
「そうよ。違うのよ」
また答える恭子であった。
「そういうところがね」
「じゃあやっぱりあの人が通っていた高校って」
「相当無茶苦茶な学校だったと思うわ」
「やっぱり」
須美は恭子の言葉に納得した顔になった。
「そうなるのね」
「そうならないとおかしいでしょ」
恭子はまた笑って話す。
「そうじゃないと幾ら何でも」
「昨日だってねえ」
須美は語る。
「幾ら何でも二束三文をニ三十円って」
「私達でもわかったわよね」
「当たり前よ。他にもあの番組」
そうした回答が注目されている番組なのである。
「くだを巻くとネクタイって答えたり」
「それ答えた人玄人の逆新人って答えていたわよ」
これにしろ彼女達でもわかることであった。中学生でもだ。
「素人よね」
「そうよ、素人」
「普通間違えるかしら」
「わざとじゃないわよね」
「違うでしょ」
また答える恭子であった。
「絶対に」
「じゃああっぱり」
「凄過ぎるわよね」
「そういう人もいるのね」
「まあそうね」
そう話をしながら饅頭を食べていく。饅頭は二人にとっても皆にとっても美味く見る見るうちに減っていった。気付けばもう一つも残っていなかった。
「美味しかったわね」
「ええ」
恭子は須美の言葉に頷いていた。見れば二人共実に満ち足りた顔になっている。
「こんなに美味しいなんて意外ね」
「あれっ、知らなかったの?」
須美は恭子の顔に目をぱちくりさせるのだった。
「神主さんの奥さんって料理上手なのよ」
「そうだったの」
「特にお菓子がね」
上手だというのだ。
「得意なのよ。お饅頭だってね」
「そうだったの」
「あんたも今までにも何回か食べた筈よ」
「気付かなかったわ」
首を捻って須美に答えるのだった。
「それはね」
「ちょっとうっかりし過ぎ」
「御免なさい」
ぺろりと舌を出して謝る恭子であった。
「けれど美味しかったわ」
「これで覚えたわね」
「ええ」
今度は普通に頷くことができた。
「美味しいものはすぐに舌が覚えてくれるから」
「また随分と便利な舌ね」
「おかげでいい思いさせてもらってるわ」
お茶を飲みながらにこにこと須美に話をしている。
「まずいものはすぐに忘れてくれるし」
「さらにいいわね」
「いいでしょ。さて、と」
部屋を見回す。確認したがもう饅頭は一個も残ってはいないのであった。
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