怯え
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4部分:第四章
第四章
「それで呼吸困難になり危うく」
「だから昨日来なかったのか」
「じゃあ今はそちらにですか」
「入院してるんですか」
「はい、そうなっています」
また答える医師だった。
「命に別状はありませんのでご安心下さい」
「しかし。どうして大蒜を喉に?」
「それも生の大蒜でしょうか」
「はい、生の大蒜です。しかも一個丸ごとです」
まさにだ。その生のをだというのだ。
「それを喉に詰められてです」
「ううん、どうしてなんだ?」
「大蒜といえば吸血鬼の苦手なものだけれど」
「まさかそれで?」
「寝る時に吸血鬼への用心に口の中に入れて?」
「それでなのか?」
「その通りです。どうもあの方は吸血鬼を極端に恐れておられまして」
このことがだ。ここでも話されるのだった。
「病室でも。十字架を周りに持って来させています」
「やっぱりな。それか」
「それで大蒜を飲んで寝てたのか」
「お口の中に入れて」
「それでか」
「私も最初は驚きました」
医師は淡々と話す。それは医師らしかったがどうにも驚いているようには見えないのも事実だった。しかし彼はそのまま話していく。
「まさか。そんな」
「ううん、何かそこまでいくとな」
「ちょっとないよな」
「そうだよな。そこまでするなんて」
「吸血鬼が怖いのはわかるけれど」
「それでなのですが」
医師は話を変えてきた。今度の話は。
「あの方はかなりの強迫観念に陥っておられます」
「それではですか」
「そちらの方で治療をですか」
「それをされるんですね」
「そうだというんですね」
「そうさせてもらいます」
やはり淡々と話す医師だった。
「あのままではより大変なことになりますから」
「是非そうして下さい」
支店長がだ。最初に医師に御願いをした。
「そこまでいくともう」
「ええ、本当に頼みます」
「そこまですると流石にです」
「危険ですし」
他の行員達も医師に御願いする。かくしてメージャーはこれを機にその極端な吸血鬼への恐怖、脅迫観念を治療されることになったのだった。
それを見てだ。彼女はだ。戸惑う顔でまた先輩達に話した。
「メージャーさんって病気になるんですか」
「まあ。そうみたいね」
「強迫観念ね」
「それにね」
先輩達も呆れながら話していく。
「にわかには信じられない話だけれど」
「っていうか大蒜を喉にね」
「そこまでしてたのね」
「滅茶苦茶よね」
まさにだ。そうだと話す彼女達だった。
「吸血鬼の実在はともかくとしてね」
「いるかいないかは別にしてもね」
「あれじゃあちょっとね」
「有り得ないわよね」
「前からかなり凄かったし」
その大蒜だけでなく十字架に聖水に銀の銃弾に木のクイだ。ここまでしてはである。誰もが異様に思うのもだ。当然のことだった。
それを話してだ。彼女達はさらに言うのだった。
「けれどまあ。これで治療されるんならね」
「それでいいわよね」
「とにかく。今よりもましになって欲しいわね」
「あんなのだと本当にどうなるかわからないから」
かえってその治療をされることが喜ばれるのだった。何はともあれだ。目^ジャーのその吸血鬼への極端な恐怖心は治療されることになりかなりましにはなった。しかし彼のその脅迫観念のことはだ。銀行の誰もが忘れられなかった。人は誰でもそこまでの恐怖を抱くこともあるということを。
怯え 完
2011・5・25
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