ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
Down the stage
フェイバルの感覚器は、逃げる三人組の反応を事細かに知覚していた。
「………………」
だが、素顔を晒した少女は動こうとはしない。ただ己の右拳をジッと見つめるのみだった。
やがて内包する煙をすべて出し切ったグレネード弾は、僅かの間アスファルト上を吹き荒ぶビル風に転がされていたが、やがて幾多のポリゴンの欠片となって消失する。
それをぼんやりと眺めていたフェイバルは。
ゆっくりと。
知らず、握りしめていた手のひらを開いた。
GGOに内蔵された感情表現エフェクトは、手のひらに汗という表現を適用していた。
それを見、次いで少女はゆったりと己の限界まで吊り上がっていた口角を下げる。
うん、と唇が動き透き通った声が漏れた。
「そうだよね。急に会うのは、気まずいよね」
気まずいし、戸惑うよね。
ふふ、と素顔を晒した少女は短く切り揃えられた髪を少しだけ揺らした。
少女のように、その顔は晴れやかだった。まるで、長い間待っていた恋人が帰ってくると判ったように。
くるくる、と。
嬉しさから舞う少女は、満面の笑みをふと傾ける。
その方角は、レン達が消えた方向とは違う。孤島の南部の方向だった。
「……ちぇっ、約束は約束か」
約束は守るためにあるんだしね、と上機嫌を隠そうともせず、フェイバルは鼻唄交じりにそう言葉を紡いだ。
代わりに、心の中で呟く。
―――さぁ行こうか、《狂哀》。君で最期だよ。
―――…………。
何かが応えを返すのが伝わってきたが、その声はあまりにも押し潰され過ぎていて言葉にはなっていなかった。
しかしそんなことは気にも止めず、少女はふんふんと旋律を奏でる。
「Seven little boys cutting up their tricks.One broke his neck and then there were six.」
笑う。
嗤う。
哂う。
華麗なソプラノは仮面を外した後でさえ、どこか歪んで響き渡った。
「狂……哀?」
出た声は、自分でも著しく困惑していると自覚できる程度には震えていた。
少年をおぶって必死に足を動かす逃走劇の最中、耳のすぐ真横で消え入るような声が言ったのはそのような単語だった。
レンの容体は、正直言って想像の埒外だ。
六王において、《冥王》よりも早く《絶剣》として末席にだが腰を据えていたユウキは、その分一般プレイヤーには出回らないような情報に触れることは多かった。その最たるものが《災禍の鎧》である。
歴代《鎧》保有者は、かの【笑う棺桶】首領のPoHを除いてただの一人も自我を保っていた者がいない。まさしく呪われたアイテムを持った者にふさわしい、呪われた末路を辿ることになる。
前例はあるものの、ユウキはその時のPoHの様子を伝聞でしか知らない。自我を保っていた、というが、それがどのレベルなのかは分からないのだ。
ただ、喘息のような少年の呼気を耳元で聞いている限り、決して楽観的な状況でないのは確実だろう。
眼の焦点すら合っていない少年は時折ユウキと会話しているにもかかわらず、ブツブツと不明瞭な言葉にもなっていない声を口内で転がす。
その様子に声をかけたかったが、その行為がどのような結果を招くとも知れず、結局少女は口を閉ざす。その代わり、レンの口から語られた言葉をゆっくりと咀嚼した。
五代目《災禍の鎧》討伐から発生した、歴代《鎧》の中でも屈指の異常事態。
それまで五代に渡って暴走を止められ、仕留められてきた《鎧》が、壊れ、その三つの残骸が散らばった。
五代目討伐作戦は、ユウキにとってもつい昨日のことのように思い出される。いや、歴代の保有者達と戦った時の事は、ほぼすべて思い出される。
四代目で完全に消滅していたと思われていたので、五代目の出現でざわついた一面もあったが、おおむねそれまでと対応は同じだったはずだ。つまり、そのような異常が起きたのはこちらではなく、《鎧》のほうが限界だったのだろう。
だが、アイテムとしての《鎧》は限界でも、《災禍》は終わりを許そうとはしなかった。
復讐は、妄執に。
終結は、赦さなかったのだ。
結果、散らばった三つの破片のうち一つは近くにいたレンに。もう一つはALOにて激突しあったが、これも結局は少年が下したらしい。
そして、最後の一つ。
攻撃の《狂怒》
精神の《狂楽》
そして、防御の《狂哀》
いくらフェイバルがかつて六王にいたほどの実力者だったとしても、いくらなんでも高レベルの精神感応系心意と同じほどの防御系心意を会得するなどナンセンスだ。ありえない。
たとえ末席だとしても《絶剣》の全霊を賭した心意技をノーガードで生還するなど、初めから無理な相談なのだ。
今から思うと、と少女は先刻の記憶をリフレインする。
レンの一撃。
あれでフェイバルが初めて外的要因によって体勢を崩した時、首にできた空間の軋みとでも言うべきものは、それだったのではなかろうか。
《絶剣》の全力で可視化すらできなかったものが表面化された瞬間。その証。
「……………………」
ユウキは、思わず黙った。
技をもってして届かない高みを、言外に突き付けられているようで。
自分などいらないと、言われているようで。
―――って今はそれどころじゃない!
下向きに傾き始めた心を無理矢理上方修正し、少女は頭を回らせる。
まず問題なのは、言うまでもなく少年の中身の問題である。SAOであれほどの猛威を振るった《災禍》が再臨することだけは避けねばならない。
しかし、逆流現象――――現実世界での悪影響の可能性と、何よりBoB大会中はログアウト不可能に設定されている現実が立ちはだかる。つまり、仮にこの場でユウキがフェイバル以外を全員HP全損に追い込み、自分で自分を殺して大会を無理矢理終わらせたとしても、問題の根本からの解決とはならないのだ。
ネックなのは、元凶であるフェイバルを倒したとしてもレンの中の《鎧》は消えない、ということである。
どうすれば、と頭を抱えそうになる少女に、傍らから「止まって」という鋭い指示が飛んだ。
このGGO内で数少ない顔見知りと呼べる存在の片割れであるリラは、レンを背負いながら走るユウキに追走しながら辺りをきょろきょろ見回していた。
言葉に従ってすぐさま急制動をかけたユウキは、そこでようやく足元の地面がアスファルトではなくなっていることに気が付いた。
見渡す限りの砂の世界。あるのは点々と生えるように突き立つ奇妙な形の自然岩とサボテンのような奇怪な植物のみだ。
頭の中で孤島の全体図を思い浮かべると、いつのまにか北部の砂漠地帯に入っていたらしい。
砂の轍だけが今来た道を示してくれる世界のド真ん中で立ち止まり、傍らのリラはしきりに首を巡らせていた。
「こ、ここがどうかしたの?」
ここまでついて来ておいてなんだが、ユウキはこの逃走の目的地が分かっていない。ただただ目の前の少女の後ろにくっついて半ベソ状態になっていただけだ。
しかしリラは何も返答せず、ただ口内でチッと舌打ちをした後、両手を口を包むように囲む。
「ミナァ!いるんでしょ!?出てきなさい!!」
小柄な体躯から発せられたとはにわかに信じがたい声量が迸った。
強大な敵と戦った余波なのか、思わず辺りに目を配ってしまうが、今のところ他プレイヤーが騒ぐような兆候は見当たらない。
しかし、応えはあった。
警戒するような声が、少し離れたところにある赤茶けた岩山の向こう側からひょっこりと小さな顔が姿を見せる。
両側でゆるく結われた滑らかなブロンドと、エメラルドのような碧眼は間違いなくリラのコンビのもう一人、ミナに違いない。
いつもの気弱な視線ではなく、紛れもなく狩人の眼光を鋭く投げかけてくる相棒に、リラは両手を軽く挙げて戦意がないことをアピールした。
「……なに?どういうことリラちゃん」
「イレギュラーよ、イレギュラー。コイツら、とんでもないモン引っ張ってきたわ」
言い返したいが、素直に言い返せない。
少なくともフェイバルの目的が自分達以外だということは考えられないだろう。
いよいよもって申し訳なさが募ってくるが、それを今嘆いても始まらない。
こちらを不審げに見ていたミナは、それでも個人対戦である本大会での集団行動にただならぬものを感じたのだろう。渋面で可愛らしい顔を歪ませながらも、アゴをしゃくって「ついて来て」と言った。
ぽっかりと現れた洞窟は予想より広く、車一台や二台ほどなら入れるほどのスペースがあった。奥は暗いが、壁に反射して仄かに届く夕陽のおかげで、真っ暗闇というほどではない。
まず最初にリラ。それにレンを背負ったユウキが続き、最後に周囲を油断なく見回すミナが手近な壁面の出っ張りに小ぶりなお尻を乗っける。
「……それで、どうしたの?説明してリラちゃん。共闘は、参加してる他の誰かがしない限りはやんないって約束だったでしょ……!」
相当腹に据えかねているのか、微かに怒気のこもった――――否、怒気を通り越して殺気すら浮かべ、少女は透き通るソプラノを歪ませた。いつもは自信なさげに俯きがちな言葉も、鋼を打つほどの強さを持って襲い掛かってくる。
その口撃に、砂の地面の上に何とも男勝りなあぐらをかき、リラは黙考した後に軽く肩をすくめてこちらにチラリと視線を送った。
「それはあたしも同じだっての……むしろあたしが言いたいわそのセリフ」
リラはこちらを見据えながら、説明してくれるわよね、と言葉を続けた。
「『アレ』が何か。あんた達がGGOに、本当は何しに来たのか」
「――――ッ!」
ユウキは思わず出そうになる吐息を必死に呑み込んだ。
リラは、いや恐らくミナも、自分達の目的が決してゲームをしたいという純粋な目的ではないことに気付いていたのだ。
「言っとくけど、言い逃れはしない方がいいわよ。レンおぶったまんまであたしらと張り合うってーのは、すこーしだけ頭が高いんじゃない?」
「…………リラちゃん。それ、調子に乗ってるって意味?」
「……そ、そうとも言うわね」
ほほほ、と苦しい誤魔化しを図りながら、ともかく、とリラは言い放つ。
「きっかりきっちり話してもらうわよ。――――どっちにしろ」
少女は首を巡らせ、ユウキの背にて荒い息を吐く少年に視線を投げた。
「――――何か要り用なものとかあるんじゃない?」
「………………………」
重苦しい沈黙の後、ユウキは意を決したように顔を上げた。
隠し事をする段階は、もう過ぎている。何より、彼女たちがそれを許さないだろう。
わかった、と唇の隙間から音が漏れ出た。
「二人には聞いて、分かってほしい。ボク達が今、何と戦っているのか。そして、ボク達は何なのかをね」
後書き
なべさん「はーい始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「前回はまさかのリラが登場ってことで、場がいい意味でかき乱されたね」
なべさん「ぽっと出の使い捨てキャラじゃなかったんやで」
レン「違ったのか…」
なべさん「そんな素で驚かれるとは…」
レン「はい、自作キャラ、感想を送ってきてくださーい」
――To be continued――
ページ上へ戻る