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リア充ストヲカア

作者:zrid
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―――

俺達は付き合うことになった。

喜びと共に沸き上げてくるのはやはり悲しみであったのだ。背反となるべき二感情をどうにも呑み込めないA君はいつの間にか鳥の囀りを聞くまでになっていた。

「眠い」

口癖になってしまったこの言葉は大して意味もなく、早朝のぼやけた空気に吸い込まれていった。
A君はまずほどよく温まった布団から這い出、エアコンの電源を入れる。機械音に遮られ鳥は聞く影もなくなり、代わりにしては風情のない母親の足音が響いた。この家は築何十年だかの古き良き木造建築で、どこで何をしていようと筒抜けである。寝間着のままで無駄に急な階段を下り、リビングのこたつに滑り込む。と同時にテレビ、はすでについていた。

「あれ、珍しい。自分から起きてくるなんて」

つけて間もないこたつのせいで返事をするのも億劫だ。こんなことならいつものようにギリギリまで寝ておけばよかった。後悔からか、こたつに頭まで潜り、暗闇の中で携帯を開いた。Bさん専用フォルダにはすでに2000を越えるメールが保存されている。
上から一つ一つ、時を遡るようにゆっくりと眺めていく。すっかり定型文となってしまった愛の言葉に意味がないと言われればそれまでだが、想いはあるのだろう。そうしてみるとBさんへの愛がとてつもない大きさをもってA君の心を支配しているのがわかる。

「好きだ」

独り言に泣きそうになりながら、さっきからカチャカチャと煩い食器を確認する。明太子と味噌汁。シンプルイズベスト。問題ない。
心が満たされるとお腹もいっぱいになるとは良く言ったもので、これだけ腹が減っているのは満たされていない証拠なのだろうか。Bさんも腹が減るのだろう。

腹ごしらえもそこそこに、横に置いてあった青のバンダナの巻かれた弁当を持って二階へと駆ける。理由は一つ、寒い。


今日は俺の方が早く着く。

確信を常識に変えるため、高校の最寄り駅まで奔走する。
朝の時間というのはとても長く感じる。昼間はさほど気にしない1分1秒が惜しく思えるのだ。睡眠時間然り、今の待ち時間然り。逆にその惜しさ故に、高揚感に包まれ、それはそれは有意義な時間でしかなかった。
ふと振り返ると、Bさんがいる。向こうも気付いたようで、目を見開いて、笑顔で駆け寄ってくる。

かわいい。

抱き締めてあげたいのだが、何せ自転車を押しているのでおあずけとなってしまった。

「おはよう」

挨拶など、Bさんと以外小学校以来していない。此処に何らかの意味があるのかと考える。通過儀礼として、景気づけとして。どちらにせよしなければ胸糞悪いのだが、そのような状況に成り果ててしまったのは何故であろうか。鳩が忙しなく首を動かすのと同じような呑気な理由がどこかに転がっていないだろうか。
Bさんとの他愛もない会話の裏で現実逃避しながら、器用なことが出来るようになったものだと自信の成長に、悲しんだ。

さて、授業が始まる。月曜一限は数学だ。数学と聞くと鬱々とする人も多いようだが、A君は相変わらず少数派であった。メモ用紙と化したノートと最低限の筆記用具を準備する。
今日は特に気になる問題も無いので、書くのは板書、ではなくCさんの横顔であった。
Cさんはかわいい方だとは思うが、A君が惚れたのはその点ではない。その才気溢れる言動に惚れたのだ。

それは中三のある日の国語の授業。各各マニフェストを掲げ、その優劣を競うといったものであった。まず5,6人のグループになり、代表を一人選出、代表が集まって最終討論を繰り広げる。A君は即席で造り上げた飛び級制度の推進で代表に選ばれ、Cさんも選ばれていた。
そこでA君はCさんの言及を受けて、目覚めたのだ。嗚呼、この人は神だと。ディベートに関しては少々自信があったのだが、Cさんの前では無意味であった。穴という穴を全て突かれ、的確につぼを押されているような感覚で、寧ろ快感であった。
滅多打ちにされたその後、さすがCさんと言ったところであろうか、批判の出ない置きに行ったマニフェストで優勝となった。
A君は性質上、一定数の民意は得られたが、滅多打ちによって票を削られてしまった。ただ、得たものは大きかった。

あれ以来ストーカー紛いの行為を続けている。高校生に成り立ての頃には盗撮などもしていたし、今では仕方なく決して上手くないデッサンを行っている。

一限終了と同時に、A君は数少ない友人の席へと向かう。こういう友人関係はそれなりには楽しいのだが、こんな幼稚なことに付き合わされるぐらいならBさんと居た方が大分ましだ。しかし残念なことに休み時間には話しかけてほしくないらしい。講習の面前で愛を叫ばれるのがそれほど不快なことなのか、自分にはわからない。もちろん、尊重はする。

授業を七時間分しっかりやり過ごし、演劇部へと向かう。次の公演は新入生歓迎会であるので、前回行った正月公演と同じものである。
Bさんにスポットライトを当てる。

「……!」

音響係が居ないお陰ではね返りの設定がされておらず、演者の声は全く聞こえない。出来ればこの暇な時間をBさんの声を聴いて過ごしたかったが、動作を見るに留まった。幾度とない練習の甲斐あって、役割を間違えることはない。欠伸をして、姿勢を正す。

A君は演劇部に興味が有ったわけではない。Bさんと同じ部活に入りたかっただけだ。
A君は演劇に興味が無かったとは言い切れない。ナルシストに近い性格は人前に出ることを厭わなかった。
Bさん、加えてCさんは演劇に興味があった。にもかかわらずCさんは演劇部ではない。しかし、A君にとっては好都合であった。

一通り劇の流れを追ったあと、程無くして部活は終了し、Bさんと帰ることになった。

手を繋ぐことを求めたが、やはり難しいようだ。なので登校時と同じように他愛のない話を繰り広げた。

Bさんは嫉妬深い。A君が他の女性の名前を口にするのさえ嫌がる。A君も嫉妬深い。しかしBさんが楽しそうに男子との思い出を語るのは肯定せざるを得なかった。ちなみに、両方ともA君の所為である。

楽しい時は早く過ぎる。誰が気づいたのか、はたまた自分が帰納的に導いたのか、常識と化しつつある非論理的事実は今まさに体現され、BさんとA君の帰路の分岐点に辿り着いてしまった。

「じゃあ私塾だから」

笑顔で手を振り、見えなくなるのを惜しんだ。
あと何時間経てばもう一度あの愛らしい姿を拝めるのか。いっそこのまま半日ほど待ってしまうのも良いのではないか。

その日は特別に疲れていた。

THE END 
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