塔の美女
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4部分:第四章
第四章
「フランス王家はブルボン家のに。何を血迷ったことを」
「血迷ってはおらん」
しかし声はさらに言う。
「何故ならばだ。わらわはヴァロワ家」
「ヴァロワだと!?まさか」
今の言葉はダルタニャンにとっては耳を疑うに足るものであった。
「そんな筈はない、ヴァロワは滅んだ筈」
「滅んだと申すか」
「違うというのか」
ヴァロワ家は確かに王家であった。しかし断絶しその傍流にあたるブルボン家が王家についた。これが今のブルボン朝であるのだ。濃い血縁関係にあるのは確かだがそれでもヴァロワ家ではなくブルボン家なのだ。
「私の言っていることが」
「ならば見せてやろう」
今ダルタニャンは部屋の周りを見回したがそこは豪奢な一室だった。ベッドもあれば机もある。しかもそのベッドは豪奢な天幕のものだ。塔の上にこうした部屋があるとは不自然極まりなかった。
「その証拠を」
「見てやろう」
辺りに警戒を払いつつ声に応えた。
「貴様のその言葉が真かどうか。この目でな」
「では見るのだ」
声はダルタニャンに対して告げた。
「わらわの姿をな」
「!?馬鹿な」
不意に自分の目の前に現われたその女を見てダルタニャンは思わず驚きの声をあげた。そこにいるのは着飾った貴婦人だった。
茶の髪をカールにさせ黒い目の白く細長い顔立ちの美女だった。目は少し垂れておりそれが穏やかな印象を与えはする。しかし全身から漂わせている妖気がその印象を打ち消していた。
「貴女は、いえ貴女様は」
ダルタニャンはここで言葉を一旦訂正させた。
「マルグリット様、どうして」
「流石にその名前は知っておるな」
ダルタニャンがマルグリットという名前を出してきたのを聞いて満足気な笑みを浮かべてみせてきた。
「伊達にブルボンの名を出すわけではないわ」
「だが。騙されはしない」
ダルタニャンの言葉がここで険しいものになる。
「マルグリット様は既に亡くなられている」
「如何にも」
女もそれは認めた。
「その通りじゃ」
「では貴女は何者か」
険しい顔になり女に対して問う。剣を前に出す構えている。
「その御顔。まさかマルグリット様の」
「妹といえばどうする?」
「妹だと」
「そうじゃ。聞いてはおらぬか」
「!?そういえば」
ここで彼は己の中の記憶を辿った。そしてそれは一つの答えを出させたのであった。
「聞いたことがある。カトリーヌ様のお子様は姫様は二人おられた」
そのうちの一人がマルグリットというわけだ。カトリーヌとはカトリーヌ=ド=メディチのことだ。あのメディチ家からフランスヴァロア朝のアンリ二世の下へ嫁いでいる。子はフランソワ一世、シャルル九世、アンリ三世という三人の王、そしてマルグリットという娘がいた。娘は一人なのだ。公式には。
「しかしその御一人は確か」
「幼くして死んだというのだな」
「違うのですか?」
怪訝な顔で女に対して言い返した。
「それは」
「もう一人は生きておったのじゃ」
「生きていた」
「そうじゃ。それがわらわなのじゃ」
「貴女様が」
「我が名はディアナ=ド=ヴァロワ」
「ディアナ=ド=ヴァロワ」
ダルタニャンにとってははじめて聞く名であった。
「それが貴女様の御名前」
「左様。アンリ二世とカトリーヌ王妃の二番目の娘じゃ」
「アンリ二世陛下のことは御存知です」
ダルタニャンはここでまた己の記憶を辿った。
「ディアヌ=ド=ポワティエ様との間に御子がおられたことも」
「詳しいのう。そこまで知っておるか」
「その御子ではなく貴女様は」
「何度でも言うぞ。わらわはカトリーヌ王妃の娘じゃ」
このことをまたダルタニャンに告げるのであった。
「二番目のな」
「しかし何故この様な場所に」
「それは知らぬようじゃな」
今のダルタニャンの言葉を聞くとこのディアナの顔に嘲りと不吉なものが宿った。
「流石にな」
「貴女様は王家の方」
ダルタニャンはこのことを強調する。
「それがどうして。この様な場所に。そもそも」
「知れたこと。幽閉されたのじゃ」
「幽閉!?」
「左様、ここにじゃ」
忌々しげな声でダルタニャンに語ってきた。
「他ならぬあの男の手によってな」
「あの男!?」
「そう、先の王じゃ」
「先の王。まさか」
ダルタニャンはこの言葉ですぐに事情を察した。
「それではやはり」
「左様、アンリよ」
アンリ四世のことだ。現フランス王であるルイ十三世の実の父でありブルボン朝の開祖である。ダルタニャン達にとっては神に等しい存在だ。
「あ奴にのう。閉じ込められたのよ」
「!?どういうことだ」
「わからぬか。わらわはヴァロアの者」
「それは承知していますが」
「若しわらわが世におり子でも生まれればどうなるか。わかるのう」
「ええ、それならば」
こう言われればわかるダルタニャンであった。伊達に王の側にいるわけではない。宮中というものは常に陰謀が渦巻いておりダルタニャン達銃士達もそれを目にすることが多いのだ。彼にしろ若いながらそういった事件には色々と関わってきているのだ。
「わかります。だからこそここに」
「わかったのう。元は姉君の影であったが」
「マルグリット様の」
「姿形がよう似ておるじゃろう」
「ええ、確かに」
鏡に映したようだ。顔を見ればまさにあのマルグリット=ド=ヴァロワと瓜二つだ。それを見れば確かにヴァロワ家の者だ。
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