White Clover
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
流転
異端審問官との決別Ⅱ
膨大に膨れ上がり続ける魔力。
その魔力を目の当たりにしてか、私の瞳にはヴラドの笑みが邪悪に、醜悪に映る。
「一興ついでじゃ。主の人としての力を見せてみよ」
そんなヴラドの前へと立ちふさがるアーシェ。
すでに炎の翼を出し、表情に余裕は無い。
「魂ごと消し去るつもりなの?あなたに頼った私が馬鹿だったわ」
「退け。邪魔だ」
ヴラドが軽く腕を一降りすると、強烈な魔力の衝撃波が彼女を襲う。
「ヴラドッ」
炎の翼でそれを防ぐも、その翼の炎の羽は吹き飛ばされその大きさを失う。
「本気で殺すわよ」
アーシェの額に血管が浮かび上がる。
本気だった。
彼女は本気でヴラドを殺そうとしている。
「いけません、アーシェ様ッ」
アルバートが大声をあげるが、それだけ。
この重圧にアルバートは身動き一つとれない。
「面白い。余興というわけだな」
いつの間にか、ヴラドの口調からはふざけた態度が消えていた。
ヴラドへと手をかざすアーシェ。
刹那、巨大な炎の渦が彼を襲う。
その炎熱はいままで見て、感じてきたどれよりも比べ物にならない。
放っただけで魔術を遮断するはずの壁がみしりと悲鳴を上げる。
炎に包まれるヴラド。
しかし、触れただけで、いや…眼前に迫っただけで塵へと帰すであろうその炎の中で、彼はゆるゆると歩を進める。
「未熟」
ヴラドの言葉は冷たく。
少年の風貌でありながらも、その存在感は絶望を与える。
「主はオーラムの使い方を分かっていない。それではそこらの同胞と何らかわりはない」
そう言い捨て、ヴラドが腕を薙ぐと炎は一瞬にして霧散する。
「もう一度言う。退け…儂とその男の戯れだ」
ヴラドの背後より這い出る無数の触手。
その先端は鋭利な槍と形作っている。
「昔から…あなたの魔術は気持ち悪いのよッ」
アーシェへと襲いかかる触手。
しかし、彼女は炎の剣を形成しそれを切り払って行く。
「聞き分けのない女だ」
触手はその数を増して攻撃の手を一層激しくする。
やがてその圧倒的な数に押され始め、彼女の身体には少しずつ傷が刻まれて行く。
「止めるのですヴラド様ッ。無意味に力を振るってはいけませぬッ」
アルバートの言葉はヴラドに届かない。
彼は狂喜の笑みを浮かべ、確実にアーシェを追い込んで行く。
「どうした小娘?この程度の魔術を対処できぬとは…その様で目的を果たすつもりでいたのか?」
「なめるんじゃないわよ」
凄まじい眼光と同時に、彼女の翼は再び燃え盛り周囲の触手を焼き払う。
「いつまでも子供の私と甘く見て…馬鹿にして…それが気にくわないのよ」
膨れ上がるアーシェの魔力がヴラドの魔力とぶつかり合い、ついに部屋全体が震え始め天井よりばらばらと塵が降り始める。
「変わらんよ。いつまでも主は小娘のままだ。物事の理解せず、ただ直情的にそうして向かうところもな」
焼き払われた触手が再び形作られ、彼女へと襲いかかる。
きりがなかった。
切り裂いても、焼き払っても、無限にわきだす触手。
彼女は彼を殺すどころか、近づくことすら出来ない。
「理解せよ。その力を…主の目的の先には待つものを」
触手を相手するアーシェの両脇に出現する魔方陣。
青白く発光したかと思った次の瞬間、漆黒の光が彼女へと向かい両方から同時に放たれる。
「反応が…ッ」
一瞬の反応の遅れだった。
彼女の身体が光に飲み込まれる。
アーシェッ―――。
私の身体は重圧から解き放たれていた。
駆け出し、倒れこむ彼女へと駆け寄る。
「くっそ………」
瀕死とまではいかないがかなりの重症だった。
身体中から血が流れ、痛みに顔を歪めている。
これは、必要な事なのか―――。
「必要ではない。いっただろう…戯れだ、と」
ヴラドの言葉に、私の中で何かが切れ、弾けたのを感じた。
悪戯に傷つけるなど―――。
貴様も奴等と同じだ、ヴラド―――。
私は剣を抜いた。
異端者殺しの剣を。
抜き放ち、ヴラドへと真っ直ぐに向ける。
相手しよう―――。
「そうこなくてはな。主の力を…終末へ向かう世界を救うだけの器か見せてみろ」
ページ上へ戻る