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人柱

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1部分:第一章


第一章

                    人柱
 室町時代の最初の頃の阿波での話だ。南北朝の争いが激しくその中で暴れ回る悪党達もいた時代である。
 その悪党達の中に大江為五郎もいた。彼は強力を誇り向かうところ敵無しの剛の者であった。その剛を誇って暴れ回りそれこそしたい放題であった。だがそんな彼もある僧に出会い彼の言葉によって心を入れ替えた。つまり改心したのである。
 改心してからの彼は出家し世の為人の為に尽くした。それにより次第に多くの者が彼を認めるようになった。だがその中でも彼の過去を忘れてはおらず恨みを抱き続けている者もいた。そうそう過去は忘れられはしないのだ。
 彼等は何時か為五郎に対して何かをしてやろうと考えていた。その機会を虎視眈々と狙ってもいた。そうしたある日のこと。国の大名が新たに城を築くことにした。彼等はこれを聞いてその機会が遂に来たとほくそ笑んだ。
「遂にその時が来たな」
「うむ」
 誰もいない暗室の中で話し込むのであった。
「ようやくあ奴への恨みを晴らすことができる」
「我が家を壊しおって」
「娘を手篭めにしあまつさえ手にかけおって」
 実際にそれだけの悪事を為五郎はしてきたのである。これは紛れもない事実である。過去のことであるのだが事実なのだ。事実は消えはしないものだ。
「この機会に。さて」
「仕掛けてやろうぞ」
 彼等は一計を案じた。まずは彼にああだこうだと理由をつけて宴に誘った。そうしてその場で酒を勧めたのである。
「むっ、酒は」
 出家した身である。酒は慎んでいたのだ。それですぐに断ろうとした。
「拙僧は宜しいです」
「いやいや、これは般若湯です」
「般若湯ですか」
「左様、般若湯です」
「だから飲んでも宜しいのです」
 俗に酒のことを般若湯と呼んでいた。こう呼んで酒ではないとして飲んでいたのである。こうした部分はこの時代においてもかなりいい加減なものであった。
「ですからどうぞ」
「お断りなきよう」
「仕方ありませんな」
 ここまで言われては断るわけにもいかなかった。為五郎もその盃を受けることにした。
 そうして飲んだ。無類の酒好きでもある彼はそれこそしたたかに飲んだ。相当な量を飲み干したその直後にはもう酔い潰れてしまった。皆完全に潰れて眠りこける彼を見てまずは暗い笑みを浮かべるのであった。
「これでよし」
「後は」
 縄を出してきた。それで何重にも縛る。酔い潰れているとはいえ油断はしていなかった。
 縛ってから連れて行く先は築城中のその城であった。城の石垣のところに深い穴を掘りそこに埋めるのであった。ところがその埋める時のことであった。
「なっ、これは」
 その為五郎が目を醒ましたのだ。酔いから。
「どういうことだ。まさか」
「くっ、醒めたか」
「だが。まあよい」
 しかし彼等はもう恐れてはいなかった。何故ならもう彼を穴に入れてしまいそこから土をかけだしていたからである。もう後は埋めてしまうだけであった。
「御主はこのまま埋めてやるからな」
「人柱としてな」
「人柱だと」
 縛られ完全に身動きができなくなりその上から土をかけられている中でそれを聞いた。それを聞いて顔を強張らさざるを得なかった。
「拙僧を。どうして」
「知れたこと。過去の罪よ」
 土を入れる者のうちの一人が彼に告げた。
「それ以外に何があるか」
「わかったらそのまま死ぬがいい」
「馬鹿な、どうして」
 改心し罪を償った筈だ。少なくとも彼はこう思っていた。
「それで拙僧を」
「罪が消えるものか」
「戯言を申せ」
 これこそが彼等の言葉であった。
「拙僧は罪を。それは」
「忘れるものか」
「そうだ」
 彼等はそう主張する彼に対して。冷たく告げたのだった。そこには一切の寛容も妥協もなかった。そこまで至った極端な言葉であったのだった。心のままの言葉だった。
「誰が貴様なぞ」
「そんなに罪を償ったというのなら」
 そして出した言葉は。恐ろしい惨事の前触れとなるものだった。
「ここで人柱になれ」
「そうして死ね。潔くな」
「・・・・・・そうか」
 為五郎もその言葉を聞いて遂に認めた。己がどうしても許されないことを。それは諦めと共にそれ以上に憎しみを浮かび上がらせるものであった。
「わかった。もうよい」
「わかったか。ならよい」
「ならば。今ここで死ぬのだな」
「拙僧は。最早罪を償うことはせぬ」
 憎しみに満ちた目で彼等を見上げて告げる。その彼等の上にある漆黒の夜空には月が浮かんでいた。赤い、血の色そのままの月であった。
 
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