ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第201話 何よりも強い武器
前書き
~一言~
細かく書いていたらまたまた、戦いまで行かなかったです……。じ、次回から きっと! 戦いまで行くかと思います! もしも、ありがたい事に 期待をして下さっていた方がいらしたのなら、すみませんっっ! 次回をお楽しみにして頂ければ、と思います!
最後に、この二次小説を読んでくれて、ありがとうございます! これからも、がんばります!
じーくw
キリトとリュウキの2人は、シノンと一旦別れて、衛星スキャンにて周囲の状況を確認しようとしたのだが、ここで予定を変更した。いや、変更 と言うよりは当然の行動と言えるだろう。
衛星スキャンを確認しに行く、と言う事は 自分も衛星がスキャンが捉えるこのGGOの島の空の下へと赴く必要がある。故にリュウキは 遊撃と言うスタイルを取る以上は、キリトと離れている状況が相応しいだろう。これは 裏の裏、とも言える。
死銃と死神は、自分たちが合流している事はもう判っている筈だ。
そして、自分達のSAOの世界での戦いを知っている。今確認した衛星スキャンの状態では、確かに離れていたとしても、恐らくは 2人で戦おうとする。2人でシノンを守っている、と思うだろう。その更に裏を掻く。
「……向こうが更に裏、って可能性も捨てきれないがな。……どっちでも同じ事だ」
キリトは、軽く笑っていた。洞窟を出たのはキリトの方だ。
もうこの空は夕焼けの赤は、殆ど消え去っており 最後の残照が仄かな紫を一筆、さっと流すのみだ。『現実世界と同じ時をリンクしているのだろうか?』とキリトは思えた。今の時間帯は 現実世界でも夜だ。この空と同じ様に。 ただ、違う部分はある。この世界、GGOの空には 星が殆どなかった。
この世界の設定、……そう言ってしまえば、身も蓋もないが、この世界ではずっと昔に大規模な宇宙戦争が起きて文明が衰退し、人類は過去の技術遺産に頼って生存しているのだと言う。
まさか……、銀河の星々をも消滅、ごっそり破壊してしまったわけではないだろうか? と疑ってしまいかねないの程の空疎な夜空だ。
「(……或いは暴走した、どっかの悪の魔法使い達に、丸ごと攻撃魔法として、落とされたのかも)」
キリトは、そうも感じていた。
そう思ってしまうのは……当然、必然だったのかもしれない。この世界GGOに来る以前まで、プレイしていた。……いや、暮らしていたと言える世界、《ALO》での出来事だ。
そこでの事を思えば。ある戦いでは、雨霰の様に隕石が飛来。片方が繰り出してしまえば、忽ち負けず嫌いなツンデレ女魔法使いが意固地になって 魔法を繰り出す。マジックポイント、MPを大量に消費する魔法だから、無限とまではいかないが、其処ら中を焼け野原にするのではないか? クレーターだらけにするのではないか? と、大地の崩壊を心配して程だ。ただの魔法発生直後のエフェクトだ、とは思っても、それでも心配してしまう程……。
「っ……っと、妙な事を考えてたら 本気でやられかねないから、この程度でも……。もう、止めとこ」
キリトは、苦笑いしつつも 少し慌てて口を閉じた。
今は世界が違うし、聞かれる訳がないのだが、それでも こういった考えをした後で、色々とお仕置き、と言う名目で やられるのは恒例になりつつありそうだから。
だが、思い出に浸るのはこれまでだった。
時刻は、丁度午後9時45分。第3回BoB本大会が開催されてから、7回目の《衛星スキャン》が行われる時間だから。無限の暗闇を南西方向から高速で切り裂く小さな光が現れた。流れ星――ではなく、人工衛星。前文明によって 打ち上げられ、運用する者がいなくなっても、愚直に情報を送り続けている。
キリトは、端末を取り出し、周囲マップを呼び出した。現在のフィールドの地形と周囲の状況を念入りに確認していく。
「……やっぱり、オアシスや岩山が点々とあるものの、殆ど全体が砂漠、か。狙撃向き、とは言えないな」
キリトは、直ぐ傍にある岩山の壁に背中をくっつけ、極力姿を隠すように意識、留意しながら睨み続ける。
「……意外、だったな。この辺 周囲5km範囲は プレイヤー無し、か。死神と死銃、《赤羊》と《スティーブン》が映らないのは、当然としても。……ん、リュウキとシノンも見えないな。だが、洞窟の場所もこの衛星で、はっきり判る。確かに 悪手だと言っていいな。……映らないんなら、簡単に手を打てそうだ。 ん……この砂漠の周囲に、死体が散らばってるのは、多分……狙ってきていて 鉢合わせをしたのか、或いは……」
死銃と死神の能力を考えれば、音もなく始末するのは容易いだろう。特に、銃声のない攻撃、あのライフルで狙撃をすれば、更にだ。万が一にでも、視覚的に発見したとしよう。だが、死銃の傍らには死神がいる。……名前だけを考えれば 死神を人間が倒そう等と言うのは幻想だと言える事だろう。死神は ただ死を齎すのではない。……死ぬべき者の魂を迎えに来ているだけなのだから。
――だが、それは有り得ない。
キリトは、首を左右に振る。
ただ、死神と言う名前は異名であり、ただただ、SAOの世界を忘れられなくて、現実世界でもPKをしたくて……。それだけの犯罪者だ。リュウキに何度もそう言われた。恐らく、自分にもそう言い聞かせているのだろう。
「こっちは、《闇風》か。……確か、前回BoBで出てたって言う……っと。この2人も殺られた、か。ん? 違うな。多分相討ちになったみたいだ。……ここに来て これとは。う~ん。南無南無……」
基本的に衛星スキャンで位置情報を把握するのは、皆が行う行為だ。そして、調べてみれば、びっくり! 壁一枚隔てた場所に、敵影があるではないか。と言う事で 僅かながらにでも、パニックになってしまって、銃撃なり、グレネードを使った爆撃なりを行い……。と言う光景は想像しやすい。位置情報、地形情報を見る限り、それしか浮かばない。
ここまで 勝ち抜いてきた猛者たちとしては、甚だ不本意な退場だろう。
「それに……《立てこもり・リッチー》と言う渾名を持ってる彼も、もう死亡、か。……んっ!?」
その時、だった。
突然、静寂な世界で、自分の僅かな声が漏れるだけの、聞こえるだけの世界で、 こつんっ! と 何かが当たった音が聞こえたのだ。反射的にキリトは光剣を取り出し、振り向いた。光の刃こそは出してはいないが、いつでも攻撃・反撃できる様に備える。
だが、それは杞憂だと悟る。
振り向いた視線の先にいたのは……。
「リュウキ……か」
ほっと、撫で下ろすキリト。洞窟の入口。衛星スキャンで把握される、ギリギリの位置でいて、軽く手を上げていたのだ。そして、何やら端末を指さしている。
「……ああ、成る程」
キリトは頷いて、リュウキの意図を察した。あの位置からでは、衛星スキャンは使用不可だ。だが、キリトが開いていて、そして それを覗き見る。感じにすれば確かに出来そうだ。基本的に、他人が覗けない様に識別不能にしている訳ではない。このバトルロイヤルに於いて、誰かとチームを組むなど、そうそうある様なものではないらしいから。
「だけど、見えるのか? そっちに戻ろうか?」
キリトは、指さしたが リュウキは首と手を振った。キリトがいる位置が、この洞窟から離れすぎず、更に周囲の索敵に一番 適している場所だからだ。キリトもそれは判っているのだが。
「……見えるのか? そんな位置から……って、アイツなら訳ないか」
疑問に思うキリトだったが、直ぐに疑問を愚問に変えた。
《眼》に関する項目は、その項目に関する疑問や不安は、正直な所、リュウキには無用だと思える。その気になったら、この衛星スキャンを自らが体現しそうだ。……そう言えば、多分『出来るか、バカ』と言われそうだから、キリトは直接は言わないけど、何だか怪しい気もするのも事実だった。
そして、そのリュウキの隣には、シノンもいる。その表情は 呆れている様子だ。その後、へカートⅡのスコープを覗いていた。多分、リュウキがしようとしている事が判ってるらしく、共学を通り越して、呆れている様だった。スコープを使っている訳ではないのに。
「シノンは、へカートのスコープで 見えるか。……まるで、狙われてるみたいで、すげー怖いな……」
そう感じてしまうのも、無理はない事だろう。
シノンと共闘をしてから、いや 予選でも あの銃の威力は目の当たりにしている。出会い頭の共闘では、腹部に着弾した途端、その身体が真っ二つに分かれ、吹き飛んだシーンなど、ちょっとした衝撃映像だ。
元々、剣の世界で 相手の身体を切り裂くシーンなど、見慣れていると言えばそうなのだが、やはり銃弾の速度は とてつもなく早いから、よりいっそう 怖く感じてしまう。獰猛な怪物が口を開けて構えているかの様だ。
と、キリトは思いつつ、現在の情報を 事細かに指差しジェスチャーで説明した。生き残りと周囲の状況、そして 死神・死銃が存在しない事を。
ある程度、説明をした後、衛星情報も終了し、キリトも洞窟内部へと入っていった。
そこでは、巨大なライフルを抱えた狙撃手少女と、両腰のホルスターに 大型拳銃と高貴な銃と言われているらしい、回転式拳銃。胸元に備え付けられているコンバット・ナイフを携えている。あの世界では屈指の剣士だが、この世界では銃士である彼が待っていた。
「恐らくは 残り6人、か。光迷彩で 衛星に映っていない死銃と死神。そして 南西6km地点に闇風。……後はオレ達か」
「あの距離で、それもスコープ無しで、見えた異常性はこの際はスルーしとくわ」
リュウキが淀み無くそう言うところを見て、何処か呆れた様子のシノンだったが、直ぐに表情を引き締め直した。
「……後、たった5,6人。でも もう1時間45分経ってるし、前回が2時間ちょっとだったから、まぁ 妥当なペースと言えばそうね。例え人数が前回より多くなっていても、フィールドの広さは変わってないんだし。正直な所、誰もここにグレネードを投げ込みに来なかったのが不思議だけど……」
「恐らく、あの2人だろう。あいつらが片っ端から倒した、って線がある」
「そうだな。死銃は、聞こえない銃を持ってるし。……死神は 他人を操る術に長けている。……知らず知らずの内に誘導され、知らないままに、誘導された者達は 手足の様にアイツに使われる。そんな場面が前の世界ににも、この世界にでもあったが、流石オレ達を探している最中にでも、他のプレイヤーに遭遇したら、やるだろう。あの銃とあのナイフで」
キリトは、自分の推測を、そして リュウキは思い出しながらそう言う。
確かに、死神の《ミスディレクション》を要いた手法は驚嘆に値するモノだ。だが、それは序盤、即ち数多くのプレイヤーがいてこそ、できる芸当だろう。
後半戦に入りプレイヤー数もめっきり減ると、そうもいかなくなる。その状態で、誰かを巧みに操る様な事を出来る者は、催眠術の類を使えなければ無理だ。そんな魔法の類のスキルが存在しない以上、不可能だと言える。
「それだとしたら、まず間違いなく、マックス・キル賞は、あいつらの内のどちらか、ね」
複雑そうに肩を竦めているシノン。それは仕方がない事だろう、と思える。今回は異常事態だと言う事を考えたとしても、これまで恐らくは誰よりも真剣にこの世界と向き合ってきたであろう彼女だからこそ、姑息で卑劣な手段で戦っている者達がいる事を考えてしまえば。
だが、シノンは直ぐに切り替える様に言った。
「それはそうと、問題は《闇風》よ。彼の端末に表示された生存者は キリト。あなた1人なんだから、間違いなく接近してくるとしたら、あなたね」
「だな。……基本的に衛星に捕らえられたのはキリトだけだ。だが、その位置が洞窟の傍、と言う事である程度の警戒はしていると思うがな」
リュウキとシノンは、衛星に映る場所にはおらず、映っているのは キリトだけだ。……そして、今回の戦いの闇を知る由もない闇風が 高確率でキリトを狙うだろう。……そして、虱潰しに、隠れているであろう洞窟の中を狙ってくる、と推察できる。
「うぅ~ん。まぁ 姿を晒した時点である程度は覚悟をしていたし……。それより、その《闇風》って強いの? 訊いた事がある名前だけど」
「……キリトには、下調べ、っていう言葉は無いんだな。ぶっつけ本番命か。……SAOでもそうだったっけか?」
「はぁ……」
リュウキとシノンは呆れ顔だった。キリトは、バツが悪そうに苦笑いをしている。
「前回の準優勝者よ。バリバリのAGI一極ビルドで、《ランガンの鬼》とか呼ばれてる」
「ん。だったな」
「……ら? らんがん?」
キリトの頭の中では《?》マークが盛大に泳いでいる事だろう。それを見たリュウキはとりあえず、先に進める為に、さっさと説明をした。
「《Run&Gun》、この銃の世界で以外でも、色々と使われる用語だ。この世界での意味は その単語の意味通り。『走って撃つ』 それを繰り返す。スタイルだ。ん…… 流石に《闇風》の細かな詳細は知らないから、シノン宜しく」
「はいはい……。ったく、リュウキくらい、この世界の事 勉強してきなさいよ」
「うぐっ……」
キリトはうなだれてしまっていた。因みに、リュウキがいるだろうから、知識は最低限。後はゲーム内で収集する程度でイイだろう、と思っていたのはまた別の話だ。
それを考えていたのを悟っているのだろうか? キリトと目があった瞬間、リュウキは ため息を吐いていた。
「闇風の武器は 前回と一緒なら、超軽量短機関銃《キャリコM900A》。前回大会では ゼクシードのレア銃とレア防具に競り負けて2位だったけど、実力では、闇風の方が上っていう声もある」
シノンの説明を訊いて、若干顔をしかめるキリト。
「前回優勝者より上って……、それはつまり、GGO日本サーバーで最強かもって事か……」
「……この終盤戦にまで生き残ってきている事を考えても、そうだな。……あいつらが 闇風を狙わなかったのか、それとも たまたまなのかは判らないが」
この銃の世界が生易しいものではない事くらいは十分すぎるほど承知だ。様々な、有り得ない光景を生み続けてきたキリトとリュウキでも、決して油断など出来る相手じゃない。AGI一極上げ、と言う事は完全な速度重視。全ての攻撃を躱してのける実力を備えていると言う事だろう。だが、リュウキは笑った。
「……あくまで、枠内での話だ。……なら、いけるだろ?」
「リュウキみたいに、そんな強気にはなれないって……。死銃達の事もあるんだし」
「……それがネックだ。こんな事でもなかったら、正面からでも良かったんだが、そうも言ってられないからな」
あくまで、自分たちの決勝は死銃、死神、其々との一騎打ちだ。2:1になる危険性も勿論あるが、そうなれば どちらかが必ず2:2の状況にする様に行動をする。そして、シノンもいるから3:2になる可能性だって高い。
が、連中の性質、あの死神の性質上 最初にシノンを狙ってくる可能性も十分すぎる程にあるんだ。
2人が色々と考えていた時、シノンがどこか決然とした声を上げた。
「あのさ……。実際に人を殺しているのは現実サイドの共犯者、って言うのが リュウキの推測なんだよね。その推測が正しいのなら、《死銃》と《死神》が今殺せるのは私だけってことになるよね。だって、共犯者は私の家に張り付いてないといけないんだから」
「「………」」
リュウキとキリトは、かなりの驚きを見せていた。眼前の彼女、シノンの どこか猫を思わせるその小さな顔を2人は見つめた。
リュウキは、最後まで説明をする事を迷っていた。躊躇っていたんだ。それは、当然だろう。
『現実世界に置き去りの自分の体を、見知らぬ殺人者が狙っている』
そんな事を訊けば、それも間違いないのであれば……、誰しもが恐怖する。その恐怖は、ある意味 あの世界。自分たちが経験してきたあのナーヴギアとデスゲーム・ルールによる拘束以上だとも思えるのだ。
だが、シノンのその藍色の瞳には、勿論恐怖はあるのだが、それに立ち向かおうとする意思の光も見える。
キリトは、リュウキに抱きしめられた事で、勇気が芽生えたのではないか? とも思えた。
これは、別にふざけて茶化している訳ではない。からかっているつもりもない。だが、恐怖し、震えている時に 支えてくれる人の温もりは、本当に自分に力を与えてくれるモノだから。あの世界、最後の最後で力をくれたのは 愛しい人と、親友の力、仲間の力だったから。
暫く絶句していたキリトとリュウキに向かって、シノンは落ち着いた声で、更に続けた。
「つまり、闇風があの2人に本当に殺される心配はないって事じゃないかな。なら、闇風には悪いんだけど、この際彼にも囮になってもらう手もあるんじゃない? 死銃がL115で闇風を撃てば、そして 死神がスミオKP/-31で撃つにしろ、ナイフで斬るにしろ、位置情報は判る。キリト1人が囮役をするよりは確実だわ。……それに、考えようによっては、私だって、似たような事をやってるわけだし」
最後の言葉。それは現実世界の自分の身体が、殺人者を引きつけている、と言う事なのだろう。語尾が僅かならに震えているのにも関わらずに、そこまで言い切ってしまえる精神力は驚嘆に値する。
「間違いない」
リュウキは、一呼吸おいた後、シノンにそう言っていた。
「え……? 何が? 作戦、のこと?」
シノンは その猫の様な眼を、何度か瞬かせながら、そう聞く。
「いや、違う。シノンは強いって思った事が、だ。……きっと、オレよりもずっと」
リュウキの言葉を訊いて、キリトも頷いた。全くの同意見だからだ。自分達が強い、と言われているが それはあの2年間があったからこそ、言える事なのだ。だが、シノンは違う。確かに深い闇を持っていると言っても、違うのだ。
それを訊いて、頷いているキリトを見て、シノンは唇をほんの少しだけ、緩めた。
「……別にそんな事ない。ただ、考えないようにしているだけ。ただ 昔から怖い事に目を瞑るのは得意だったから」
何処か自嘲的な台詞をすぐに続く言葉で上書きをした。僅かながら頬が紅潮してしまっているのは、恐らく気のせいではない。
「そ、それは兎も角、今の作戦は、どう? 『間違いない』って言ってたのを一瞬期待しちゃったけど、違うんでしょ? それに、使えるモノはなんでも使うべき状況だと思うんだけど」
「ん。……確かにそうだ。基本的には、オレも出来る範囲での手段は選ばない」
「そうだな。……だけど」
キリトは、ぎゅっと手を握り締めた。勿論リュウキも大体察している。
「あいつらは……、まだ何人残っていたか、覚えているか? リュウキ」
「ああ。……正確な数は把握していない。……が、ゆうに10は超えている筈だ」
「? 一体なんの話を……」
シノンは2人の会話が判らなかった。だから そう聞いたのだ。
リュウキは、軽く頷いて再びシノンの方を見た。
「間隔が 短すぎる、と言う事なんだ。シノン」
「間隔?」
「ああ。……まず 死神が《ジーン》を銃撃した。そして、《ペイルライダー》を、……そして《シノン》を銃撃しようとした。訊いた話で計算すると、ジーンを撃った後に、ペイルライダーを撃つのに掛かった時間は約30分。そして、シノンに銃撃しようとした時間も、更に約30分」
「っ……」
シノンは、それを訊いて、理解する事が出来た。
『間隔が短すぎる』
つまり、人を一人殺して、更に移動し、また殺す。恐らくは家にいるであろう、本体を殺す為には、当然だが移動をしなければならないだろう。……だが、そうなってくると、3人を殺す為に掛かった移動時間は、其々30分ずつ。その程度で移動できる圏内と言う事になるのだ。
「だけど、それは都合が良すぎる事ないか?」
次にキリトがそう訊いていた。確かに、自分の行動範囲に、丁度殺す予定の人間が集まっていた、となれば 確かに都合が良すぎるだろう。
全VRMMO内で、最もハードとされているゲーム《ガンゲイル・オンライン》。
その世界でNo.1を決める大会に出場していて、且つ条件を満たしている相手が周囲に集まっていると言うのだ。
「……でも、そうとしか考えられないでしょう? じゃないと……」
眉を顰めるシノン。だけど、リュウキはゆっくりと首を振った。次にいうのは先ほどの会話に繋がる事だ。
「……あの世界から、生還した元《ラフィン・コフィン》の連中は10人以上は少なからずいるんだ。……つまり、あいつらがまた 殺人を始めたとするなら、共犯者が、1人だけとは限らないんだ。もしも、複数の《実行部隊》がいるというのなら、同時にほかの誰かが殺されているっていうことは十分あり得る。……己の力を誇示する事が目的だとしたら、GGOトップクラスの実力者である《闇風》は恰好のターゲットになり得るんだ」
「っっ!!」
シノンはそれを訊いて、息を吸い込み、巨大な狙撃中をいっそう強く抱きしめた。薄闇の中で仄白く光る顔が小刻みに振られる。
「そ、そんな……。こんな恐ろしい犯罪に、少なくとも4人以上が関わっているかもしれない、っていうの?」
「……オレ達が拘束した元ラフィンコフィンのメンバーは、ゲームが終わる半年も前から 牢獄エリアに閉じ込められていたんだ。つまり現実世界で連絡を取り合う方法を模索、今回の件の計画。……十分すぎるほどの時間はあった筈だ。あいつらは、あの世界ででも、SAOでも 様々な手段を編み出して、PKを続けてきたんだから……。閉じ込められたからと言って、それをやめるとは思えないんだ」
キリトも、はっきりとそう言っていた。
睡眠PKや麻痺毒を仕込んだPK。待ち伏せ。共犯者。
様々な方法で殺しを続けてきた連中を知っているからこそ、の考えだった。
「……そこまで、なぜ、そこまでして《PK》で居続けなきゃいけないの……。せっかくデスゲームから解放されたのに、どうして……」
震えるささやき声に、反応するキリトとリュウキ。リュウキは、ただ目を閉じて……腕を組んでいた。何かを深く考えている様子だった。
キリトは、乾いた喉から、苦労しつつ声を発し答えを出した。
「……オレが、オレ達が《剣士》であろうとし、君が《狙撃手》であろうとする理由と同じなのかもしれないな」
「…………」
シノンが怒るかと思ったが、ただ唇を噛み締めるだけだった。
だが、リュウキは軽く首を振る。
「違う。同じじゃない」
はっきりと否定をした。最初は、キリトと同じだった。そう言っていたリュウキだったが、考えが代わった様子だった。
「《PK》じゃない。今回のこれは。異常者。人殺し。相手は、……ただの犯罪者だ」
そのリュウキの言葉に連動したかのように強い光を目に宿すシノン。
「……私も同じ気持ち。そんな奴らに負けられない。《PK》じゃない。同感だわ。さっきの発言を取り消す。このゲームでも《PK》をやってる人は多いし、私も……その手のスコードロンに入っていた事あったけど、彼らもそれなりの、PKなりの矜持や覚悟がある筈。……リュウキの言うとおり。フルダイブ中の意識のない人間を毒殺するなんて、ただの卑劣な犯罪。……人殺し、だわ。……っ」
シノンはこの時ある事を思い出した。
GGOをそれなりにプレイしているプレイヤーであれば 1度は必ず見る場所がある。《新生MMOトゥディ》もそうだし、大手の攻略サイトだってそう。そしてもう1つが、GGO専用の提示版だ。
様々な情報が行き交う事もあれば、色んなストレス、GGO内で受けたものの捌け口ともなっている場所。シノン自身は、そんな所は見たりはしない。攻略の情報に関しては 確認する事はあっても、自らの中の失態。……以前負かされた相手を考えたら、確かに屈辱的な敗北だったが、それを 第三者が多く観覧している様な場所に打ち込んだりはしない。
したいとすら思わない。
だが、彼女の知り合いが その場所を見ているのだ。そして その場所で《ある事件》が起きた。
突如、大手の運営が管理している巨大サイトである場所が、《ハッキング》されたのだ。
突然の事であり、対応が後手後手になってしまったのは仕方がないだろう。GGOが生まれて、サイトが生まれて、そのような事は一度たりともなかったからだ。それなりに、セキュリティには気をきかせていた様だし、ネット・パトロールもしていた。だが、それは突然やって来たのだ。
そして、一方的に 場を荒らし、炎上に近い形になった。それでも 直ぐに消えた事、それ以降は何もなかった事だったから、悪戯の範囲内と言う事で、深くまで調査はしなかったらしい、との事だ。
そのハッキング主がした事は、《死銃》に対する挑発行為。
特に、最後の一文はそのフォントを変え、更に大きさも変え、色も変えた。現れた言葉。
―――ただの犯罪者だ。
「ひょっとして…… あれは……」
「ん?」
シノンは、それを思い出しつつ、口にだしていた。
だが、最後まで聞く事はなかった。
リュウキは、また目を閉じていたし、キリトは どうかしたのか? と言った表情をしていた。
もしも、それをリュウキがしたのなら、彼はずっと追いかけていた事になる。この犯罪を止めようと。そして、止まらなかった事を悔いている可能性だってあるのだ。
いや、或いは……その挑発行為が 誘発させてしまった可能性も捨てきれない、とも考えているかもしれない。
『自分の責任』
それを口々に言っていた。だからこそ、シノンはそれ以上は言えなかった。誰かを助ける為に 行動を彼は、彼らはしているんだから。
だからこそ、シノンはその言葉を呑み込んだ。呑み込んだと同時に別の言葉を吐き出す。
「いや、何でもないわ。ただ、絶対に負けない。それを改めて思っただけ」
「ああ、そうだな。これ以上奴らの好きにはさせない。この戦場で全て終わらせる。死銃と死神、そして現実世界の共犯者ともども」
「同感だ。……奴らは 現実でも《牢獄》が相応しい。出すべきじゃないんだ。罪を、全て償わせるまでは……」
キリトとリュウキの言葉、それは半ば自分達にも向けた言葉でもあった。
それが、果たすべき最初の責務。自分たちが奪った命、その償いをする。
2人とも、それを口には出していない。だけど、それを思い続けた筈だ。……互いにそれは判る事だった。 ただ、そんな中で巻き込んでしまったシノンの事をも思う。
今回の相手が2人である以上は、当初から考えていた『残り4人になった時に 皆で自爆し 大会を終わらせる』と言う手段は難しくなってしまっている。
死神にしろ死銃にしろ、腕だけは間違いなくトップクラス、そして 最も厄介なのが身体を透明にする迷彩服《メタマテリアル光歪曲迷彩》を持っていると言う事だ。以上から、かなりの確率で、生き残っていると思われる。最後の2人になったのが、死銃と死神の2人なのなら……、物言わぬアバターとなったシノンを悠々と撃つ事だって出来る。
それは、闇風にも言える事だ
全てを倒さなければ、ならない。そして、それは決して簡単ではないだろう。
だけど、1人じゃない。1人じゃないからこそ……必ずやり遂げる事ができる。
キリトもリュウキも、互いにそれを意識し合っていた時だ。
「闇風は、私が相手をする」
シノンが再び決然とした声で言った。
「え……?」
「………」
キリトもリュウキも、考え込んでいた為、はっきりと認識する事が出来なかった様だ。だが、シノンはそれに気づかずに 更に続けた。
「あの人は、確かに強い。例えあなたたちでも、そう 2人掛りだったとしても、瞬殺する事は出来ないわ。その人の強さ、経験だってこれまでに積み重ねてきている筈。寧ろ彼は一体多数は得意分野。長引けば長引く程……、死銃に、死神に狙われやすくなるわ」
「そ、それはそうかもだけど……」
「そうだな。シノンが適任だ」
「っ! りゅ、リュウキ……」
口ごもっていたキリトだった。だが、リュウキだけは 頷いていたんだ。シノンの事を考えれば、前線に出て欲しくない。寧ろ存在を知られたくない。だからこそ、撃つ行為そのものをなるべく除外したかったと言うのは言うまでもない事だ。
「3人で戦う。と、決めただろう? 確かに この場で誰よりも危険なのはシノンだ。オレも……シノンには隠れていてもらいたいってずっと思っていた。だけど、この世界は、あの世界の様に。第1層の様に安全地帯なんて何処にもないんだ。……なら」
リュウキは拳を差し出した。
「シノンを、そして、キリトを。……仲間を信じて、自分の背中を任せたい。全力を、ただ自分のできる全力、その全てをそれに集中させたい。……オレたちだったら、出来る。そう、だろ?」
「っ……」
向けられた拳、そして 微笑み。……シノンはそれを見て 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、また その顔に、魅入ってしまっていた。
――……この戦い、その全てが終わった後は どんな顔をしているんだろう?
シノンの頭の中に、それが過ぎっていた。
――キリトを倒した時のような顔? それとも あの撃ちゲームをクリアした時のような顔?
これまででの、様々な表情が浮かび上がる。
中には、むかっ! と来た様な表情も確かにあった。だけど、それは全て良い思い出となっている。いつの間にか、自分の中で良い思い出に……。
――見たい。……見て みたい。
シノンは、愛銃の床尾板部分を岩肌剥き出しの地面に置き、自分の身体に立てかけ、拳を握った。僅かだが 仄かに彩っている色彩。色白い顔にもう1つの色が染まりつつあるのを、懸命に隠しつつ、リュウキの拳に添えた。
そして、キリトも拳をつけた。
3つの拳が合わさった所で、頷き合う。
「オレ達はパーティだ。……そして、オレが生きている間は、パーティメンバーを殺させやしない」
「ああ。それだけは絶対に嫌だ」
殺される。
その言葉の重みを誰よりも深く、感じ続けていたのだろう。だからこそ、その言葉の重みを、シノンも感じる事が出来たんだ。
「……宜しく」
だからこそ、死地へと向かうかもしれない戦場で、笑う事が出来た。
――……戦場で笑う事が出来る者は強い。
それは、シノンが曾て思い馳せていた事だ。この時の彼女は、それを考えてはいないだろう。だけど、確かに 笑えている。
その笑顔が意味する所は、当時とは随分違うと思えるけれど、それでも シノンは確かに《新たな武器》を得る事が出来たのだった。
《信頼出来る仲間》と言うかけがえのない、どんなレア銃よりも、何よりも強いものを。
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