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第五章

「日本自体が頑張れば」
「それで、ですね」
「よくなってきますね」
「米も」
「戻りますか」
「いい国は美味い米が食える国だ」
 はっきりとだ、勇悟は言い切った。
「それが食える様になりたいな、また」
「はい、本当に」
「米問屋にしても」
「そう思いますよ」
 店の者達も言うのだった、勇悟は米の味が戻ってきたこと自体は喜んでいてもまだまだだと思った。しかしこの時から。
 日本は復興し高度成長期に入りだ、オリンピックも経験した。昭和四十年代に入った頃に彼は十歳の娘と共に飯を食いつつ言った。
「昔の米は食えたものじゃなかった」
「戦争中の?」
「ああ、あの頃の飯はな」
「私が生まれた時はもうそんなに、よね」
「まずくなかった」 
 こう娘に言うのだった、日曜娘が家にいる時に家の中で二人で飯を食いながら。女房と高校を卒業して店で働いている長男は店の者達と一緒に働いている。彼は家の中で休憩時間に娘と共に飯を食っているのだ。
「三十年代はな」
「もうその頃はなのね」
「日本もかなりよくなっていてな」
「お米もなの」
「美味くなっていた、むしろ戦争前よりもな」
「そうなのね」
「米の味は色々と教えてくれるんだよ」
 勇悟は飯を食いつつ娘に真剣な顔で話した、おかずはコロッケと豆腐の味噌汁それに野菜炒めである。
「その産地も日本自体のこともな」
「美味しいとなのね」
「日本がいい状況ってことだ」
「そうなの」
「戦争中は食えればよくてな」
「終わったすぐ後もよね」
「ああ、もう古い米でも何でも出して食って」
 それでというのだ。
「とんでもない味だった」
「そうだったのね、お父さんいつも言ってるけれど」
「こんな美味い飯食えるなんてな」
 しみじみとした口調だった。
「夢にも思わなかったんだよ」
「戦争前の御飯より美味しいのよね」
「ずっとな」
「そうなのね」
「今度電子ジャーっていうの買うからな」
「それで御飯炊くのね」
「もう竈じゃなくなるな」
 米を炊くのもというのだ。
「むしろうちは古かった」
「ずっと竈っていうのが」
「周りもそろそろ竈じゃなくなっているからな」
「電子ジャーの御飯ってどんなのかしら」
「それは食ってみてわかる」
 まさにその時にというのだ。
「楽しみにしていような」
「うん、それじゃあね」
 こう話してだ、そしてだった。
 勇悟は今食っている飯の美味さを娘に話しながら日本が豊かになったことを嬉しく思った。だがこれ以上はと思ったことも確かだ。
 しかしその思いは裏切られてだ、平成に入ると。
 家業を継いだ息子や結婚して外に出たが里帰りで家に戻ってきた娘、孫達にだ。女房と一緒に飯を食いながら言った。
「飯がどんどん美味くなっていってるな」
「おいおい、親父またそう言うかよ」
「もう子供の頃から聞いてる言葉よ」
 息子も娘も彼に笑って言う、女房が作ってくれたカレーライスを食べながら。
「昔の飯はまずかった」
「特に終戦間際と終戦直後の御飯は」
「それがどんどんよくなっていっている」
「こんな美味い御飯はないって」
「本当のことだからな」 
 笑ってだ、彼は子供達にも孫達にも言う。
「このことは」
「そんなにか」
「昔のお米は酷かったのね」
「日本の悪い時は」
「お米もなのね」
「そうだよ、悪い米を食う時代は可哀想な時代なんだよ」
 ここでも言うのだった。 
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