古城
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1部分:第一章
第一章
古城
イングランドに代々古い屋敷を持つ伯爵ヘンリー=オズワルド卿の趣味は旅行だった。それこそ世界各地を回り旅をしていない国はなかった。
よくある話だが彼は異国情緒を愛していた。とりわけインドのそれを愛していた。
「あの国はいい」
ことあるごとに話していた。
「悠久でな。あれに勝るものはない」
いつもこう周りの者に話していたがある日のこと。その周りにいる者の中の一人にこう言われたのだ。
「インドもいいですが母国もどうですか?」
「母国もですか」
「そうです。母国です」
国内旅行を彼に勧めるのであった。それを聞いたオズワルド卿の白い口髭が興味深そうに動く。ワックスで奇麗にまとめた白い髭である。白い髪を後ろに撫でつけ彫刻を思わせる端整で気品のある顔立ちをしている。服もスーツで決めてステッキのかわりに傘を持っている。殆ど映画に出て来るようなイギリス貴族だが彼はそう思われるのまたいいものだと思ってそんな服装をしているのだ。そうした洒落が効くのもイギリス貴族であった。
「それなら随分回ったがな」
「趣向を変えてです」
その者は笑いながら彼に告げるのだった。
「旅行の仕方を変えてみられては」
「変えるというと」
「ですから。今までは面白い場所を巡っておられましたね」
彼はまずそこを問うた。
「それです。その面白いというものを変えまして」
「どうするのか」
「あれです。心霊スポットなんかは」
「心霊スポットか」
それを聞くと不意に卿の目の色が変わった。まるで子供が珍しいものを見たように輝いていた。
「そうです。イギリスには一杯ありますね」
「それこそ数えきれない程にな」
「そこなのです」
イギリスの名物といえば幽霊だ。ロンドン塔やボーリィ牧師館といったおそらくは世界的に有名な心霊スポットもある。その他にも多々ありイギリス人はそれに親しんでいるのだ。これに関しては自らを典型的イギリス貴族であることを自認している卿も同じであった。
「そこを巡られては」
「ふむ」
彼の言葉に考える顔になった。
「そうだな。それもいいかもな」
「ではそれで決まりですね」
彼が乗ってきたところで強引に話を進めてきた。
「次の旅行はそこを巡られるということで」
「よし。執事と話を進めていくか」
彼は旅行に関しては自らの執事と話し合って決めているのだ。執事は彼の若い頃から一緒であり最も信頼する家の者なのだ。
「では。そういうことでな」
こうして次の旅行の目的が決まった。後は場所であるがそれもすんなりと決まった。自分の屋敷で執事と話をして決めたのだ。
話した場所は書斎だ。様々な旅行ガイドをテーブルの上に置きそれを見ながら話したのである。
「スコットランドですな」
「あそこか」
イギリス人だけあってそこがどうした場所かは卿も詳しく知っていた。
「ネス湖には何度か行ったがな」
「ネッシーは御覧になられました?」
「残念だが」
それはないというのだった。
「ただ。いるとは思っている」
「いますか」
「私個人としてだがな」
こう前置きしたうえでまた話す。
「あそこにはまずいるだろうな」
「いればいいですがね」
「あの写真だけではない」
有名なトリックだとわかったあの写真のことだ。しかし彼はあれがトリックだったとしてもネッシーはいると主張しているのだった。
「他にも多くの写真に目撃例があるからな」
「だからですか」
「この目で見ていないのが残念だがな」
こう言うのだった。
「だが。間違いなく存在している」
「ではそれを見に行かれますか」
「いや、それはいい」
だがそれは断るのだった。左手を小さく横に振る。
「別にそこまでは」
「いいのですね」
「怪獣とは別のものを見たい」
これが彼の考えだった。話の最初通り幽霊に興味があるのだ。
「幽霊をな。さて、それだとすると」
「いい場所がありますぞ」
執事は彼に静かに告げてきたのだった。
「いい場所がか」
「はい。スコットランドにはまだ古城が多く残っています」
「うむ」
イングランドと比べても多いようだ。しかもスコットランドは山岳地であり森も多い。霧の都ロンドンにも幽霊にまつわる話は多いがそれ以上に森と城のスコットランドには多いのだ。卿はそのことを考えるのだった。
そしてそのうえで。彼は言った。
「では城を巡るか」
「幽霊の出る城をですね」
「幾つか回りたい」
これが彼の考えだった。
「それで手配してくれるか」
「畏まりました」
執事は卿の言葉を受けてこう述べた。
「それではそのように」
「うむ。頼むぞ」
こうして彼はスコットランドに幽霊の出る城を巡り旅をすることになった。旅にはいつも通り執事も同行し男二人主従の旅となった。まずは城を幾つか巡った。不倫の疑惑の末に殺された夫人だの戦で攻められた騎士だの陰謀で殺された領主だのの話であった。卿はそれを見聞きして山地を通る鉄道の中で執事に声をかけた。二人は特等席に座っている。そこで窓の向こうに見える緑の森と青の河を見ながら彼に話していた。
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