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旱魃

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1部分:第一章


第一章

                    旱魃
 室町時代中頃のことである。この時京の都は旱魃に苦しんでいた。水が何ヶ月にも渡って降らず人々は渇きに苦しんでいたのである。
 佐藤左衛門は将軍家に仕える武士であった。謹厳実直で勇敢な男であったがどうにも酒好きで女好きという困った性癖の男であった。英雄色を好むというがまた度が過ぎていた。
「女房だけでは物足らぬのじゃ」
 彼はいつも仲間内でこう言っていた。その髭こそないが豪快な顔をさらに豪快に笑わせて。
「それでじゃ。妾も正直もう一人欲しいのじゃ」
「もう一人だと?」
「左様」
 胸を誇らせての言葉だ。実は既にもう若くて美しい妾が二人いるのである。だがそれでもこう言うのである。そうして酒をぐびりとやるのが常だ。
「もう一人。誰かおらぬかのう」
「それは自分で探せ」
「そうじゃ」
 仲間達は素っ気無く彼に言うのであった。
「わし等の方こそ欲しい位じゃ」
「既に二人もいて。まだ欲しいというのか」
「何じゃ、冷たいのう」
 仲間達のそんな言葉を受けてその四角くエラの張った顔を少し情無いものにさせる。
「そんなことを言うとは」
「欲しければ自分で探すのが常であろう」
「戦場の敵と同じじゃ」
 こうも言われた。
「わかったな。それでは一人で探せ」
「よいな」
 仲間達にはいつも言われていた。彼としては誰か探して欲しかったのだが生憎そういうわけにはいかないのが常であった。彼は機会があればもう一人の妾を探していたが中々見つからなかった。この旱魃の間も探しているが見つからないままであったのだ。
 旱魃であっても政治の仕事はあるもので彼は夜中に将軍からある公卿に手紙を渡すように命じられた。無事それを果たした帰りに鴨川の辺りを馬で進んでいた。辺りは真っ暗で何も見えないがそれでも鴨川の水が殆どないことはわかっていた。彼はそれを真っ暗闇の中で思うのであった。
「全く。困ったことじゃ」
 彼は旱魃について眉を顰めさせていた。彼も旱魃のことを憂いていたのである。
「早く水が降ればいいのじゃがな」
 このままでは死ぬ者すら出て都は大変なものになるのではないかと思っていたのだ。彼もまた武士であり宮仕えする立場であったので憂うのは当然であった。しかし幾ら祈祷をしても効果がなくこのまま渇きが進むだけであった。
 それを憂いても彼にどうこうすることもできず悩むだけであった。顔を顰めさせたまた夜道に馬を進めているとふと目の前に一陣の風が起こった。黒いつむじ風であった。
「むっ!?」
 風が起こったと思ったらそこに一人の少女がいた。歳の頃は十七、八であろうか。黒い美しい髪に切れ長の目を持ち穏やかな笑みを浮かべている。その服は武家の娘のものであり気品のある美貌をそこに見せていたのであった。
「もし」
「何じゃ、御主は」
 左衛門はその娘の言葉に応えた。
「わしに何か用と見たが」
「はい、御願いがあるのです」
 娘は穏やかな声を彼にかけてきた。
「御願いじゃと?」
「実は。家に帰る途中なのですが」
「うむ」
「何分夜道で危ないので」
「わしに護りを頼みたいというのか」
「そうです」
 穏やかな様子をそのままに彼に告げてきたのであった。
「宜しければですが」
「ふむ、そうじゃな」
 ここで彼の持ち前の好色さが出たのは事実である。しかしそれと共に武士としての責任感があった。彼はそれに従い娘の言葉を受けることにしたのである。
「よいぞ」
「宜しいのですか?」
「うむ。娘が夜道で一人で歩くというのはまりにも危険」
 彼は言う。
「だからじゃ。わしでよければ護りになろうぞ」
「左様ですか。有り難うございます」
「では。乗るがいい」
 娘に自分の馬の後ろに乗るように言った。
「よいな。では参ろうぞ」
「はい。それでは」
 こうして彼は娘を連れて娘に案内されるまま都の外れに向かったのである。そこにあったのは質素だがそれなりの大きさがある一軒家であった。そこに案内されたのであった。
 
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