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女人画

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4部分:第四章


第四章

「職業も専業主婦だったり学生だったり」
「OLや看護士もいたな」
「そうです。完全にバラバラです」
「顔つきもだな」
「髪の長い人もいれば短い人もいますよ」
 それも色々であるというのだった。
「顔だって。二重もいれば一重もいますし」
「美人さんや可愛い人もだな」
「本当に何の法則もありませんね。ただ」
「そうだな」
 ここで二人の言葉が止まった。相模はここで鹿せんべいを出してそれを鹿に食べさせるのだった。すると何処からか他の鹿達が急に寄ってきたのであった。
「美人なのは同じです」
「器量が悪い人は一人もいなかった」
「顔は様々ですがそれだけは一貫していましたね」
「当然と言えば当然なのだがな」
 間は言った。
「美人画で有名な人なのだからな」
「それだけに面クイってことですか」
「そうなるな。まずそれがある」
「ええ」
 間の言葉に対して頷く相模だった。
「そしてそれを選ぶ画伯はというと」
「実に謎に包まれた人物だな」
 その大島画伯についても話されるのだった。その間相模はずっとせんべいを鹿達にやっている。鹿達は彼がせんべいがやる側から次々に食べていき際限がない。
「私生活も不明だ」
「一応顔はありますけれどね」
「写真を見る限りではごく普通の人間だ」
「はい」
 間はここで一枚の写真を取り出した。そこに映っているのは髪がかなり薄くなり白くもなった和服のごく普通の老人である。温厚な顔でにこにことしている。
「この写真を見る限りはな」
「特におかしなところはありませんが」
「そうだ。外見はな」
「ですが私生活はというと」
「全く知られていない」
 そうなのであった。
「誰一人として知りはしない」
「勿論俺達も」
「それをまず調べていく必要があるが」
「どうしますか?」
 ここで鹿達から顔を離して間に対して問うのであった。
「どうやって調べます?それで」
「まずは周囲に入る」
「周りにですか」
「懐に入ってこそ全てがわかる」
 彼の持論である。
「虎穴に入らずば虎子を得ずだ」
「それで母虎に見つかったらどうしますか?」
「その時はその時だ」
 こう返す間だった。
「方法はある」
「強引に、ですか」
「君はそちらの方が得意だったな」
「まあそうですね」
 そのことを否定せずに真剣な顔で答える相模だった。
「否定はしませんよ。嘘じゃないですから」
「そうだな。もっとも私も不得意ではないが」
「ですが実力行使は最後の手段ですね」
「そうだ」
 そのことははっきりと言う間だった。
「それはな。いつも通り最後の手段だ」
「ですね。じゃあまずは相手の懐に入りますか」
 あらためて言う間だった。
「いつも通り」
「そうだ。それでは行くか」
「はい」
 間の言葉に対して頷く相模だった。こうして二人はまず奈良市郊外のその画伯の屋敷に向かった。そこはよくある静かな住宅地だった。
 並ぶ家々を見て相模は。間に対して話してきた。
「とりあえずここは静かですね」
「そうだな」
「鹿もいませんし」
 鹿のことを不意に出してきた。
「それでかなり静かですね」
「鹿か」
「ええ。あんなに来るとは思いませんでした」
 先程の鹿達のことを思い出しかなりうんざりとした顔になっていた。
「周りから次から次にって」
「それが奈良の鹿だ」
「そうなんですか」
「そしてだ。気をつけるようにな」
「気を!?」
「そうだ。いらぬ悪戯をする」
「ええ」
 相模は間の言葉が何処か剣呑なものになってきているのを感じ取っていただがそれがどうしてかまではわからなかったのだった。
「するとだ」
「どうなるんですか?そうしたら」
「復讐をされる」
 そういうことであった。
「隙を見せた時にな。その角でだ」
「鹿の角でですか」
 相模もその話を聞いて剣呑な目の色になった。
「またそれはえらく物騒ですね」
「角がなくても鹿の頭突きは利く」
 彼はこうも述べた。
「体重をかけてくるからな」
「またそれは碌でもない生き物ですね」
「なまじ人馴れしているからそうなる」
「ですか」
「そうだ。だから用心するようにな」
「わかりました。じゃあ奈良の鹿にはちょっかいを出しません」
「それが賢明だ」
 相模のその言葉に対して頷くのだった。そしてそのうえでまた相模に言うのだった。
「君子危うきに近寄らずだ」
「そういうことですね。じゃあまあ」
「そうだ。仕事の話だが」
「特に何か感じますか?」
 相模は周囲を見回しつつ間に対して問うた。周りにあるのは立派な家々とその家々を取り囲む塀、それにそこにある木々だけである。妖しいものは見えもしないし感じもしなかった。少なくとも彼は。
 
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