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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
  対峙

ふわり、と形容するのが相応しいくらいに重量を感じさせない着地を決め、【尾を噛む蛇(ウロボロス)】ギルドマスター、フェイバルは廃都の舗装されたアスファルト上に降り立った。

廃墟都市エリアは、その名の通り荒廃した大都市が広がっている。網の目のように張り巡らされた道路以外の場所を競うように席巻しているのは、無残に壊れたりひび割れたりしている高層ビル群。

亀裂がクモの巣状に広がり、また乗り捨てられたのか、はたまた事故ったのか、あちこちに壊れた車の残骸が存在している。

その、中央。

フェイバルと対峙したのは、瞳に強い力を宿した《剣士》だった。

「くすくす。君が最初に来るのは、少し意外だったなあ。絶剣」

「……フェイバル」

緊張した口調で放たれた言葉の反面、こちらに向けられた光剣の切っ先は僅か程のブレもない。

そこら辺はさすがに《攻略組》ってところか、と軽く納得し、黄色を纏うプレイヤーはくすくすと嗤った。

「六王の末席……本来ならそこは最弱の位のはずなんだけど」

そこで一拍置き、フェイバルはこう告げる。

「何だって()()()()()()がいるのかな?」

返答はない。

ただ、ズァッ!という音とともに片側三車線ある道路が真横に《融断》された。

融解したアスファルトに含まれる硫黄、窒素、炭化水素系化合物が膨大な熱量によって強引に分解反応が引き起こされ、腐卵臭にも似た不快な臭気が辺りに撒き散らされる。

数秒遅れ、圧倒的な熱波が今更のように辺りの大気をかき乱し、それをやった少女の髪を蹂躙する。

強い瞳を持つ少女は、強い口調で、強い言葉を放った。

「レンに……構わないで」

「………………」

くすくす、と。

ただ、フェイバルは嗤った。

だが、ユウキにとってその嗤いだけで充分。

交渉は決裂。

ここからは、哄笑の混ざる決闘の時間。

対人戦――――しかも己より圧倒的に格上の存在相手のそれに、少女の意識は刃物のように薄く研ぎ澄まされていく。

電気が切れかけているネオンの点滅が数段遅くなったように感ぜられ、ユウキは周囲の景色まで若干放射線状に引き伸ばされていることを知覚した。両の手に握る二振りの光剣すらも、両者の合間に流れる絶大な殺気の応酬に耐えかねたようにパチパチと刀身から火花を散らす。

その火花が宙空を流れ、地面に触れた瞬間。

それが合図だったかのように、二人の強者は爆発した。

黄色の過剰光(オーバーレイ)を宿す針が、弾丸など比較にならないスピードで突き進んでくる。

その数が一本であるはずがない。

真横から降る雨のような物量をもってして、少女を削り取らんと迫りくる。

対して、ユウキは速やかに行動に移っていた。

たった一手から放たれたのが信じられないほどの面攻撃に対し、少女は僅かに体勢を低くすると、足元のアスファルトを丸々めくり飛ばす勢いを持って突進を開始する。

左右の紫色の発光体(とうしん)が、それを倍加する光量を持つ心意の光によって上書きされ、正確に、そして無慈悲なほど冷静に己が身体に当たる針だけを迎撃していく。

ゾガッギャギャギャギギギギギギッギギザザザッッッ――――!!!

金属同士でもなければ、他の物質が打ちあった音でもない。もっと硬質な――――意思のぶつかり合う声が、大気の悲鳴となって吐き出される。

そこにはとても針と剣という、弾かれ弾く関係を持った物はない。きっちり同程度の剣身が打ちあうような苛烈さが、そこにはあった。

一般的に、心意(インカーネイト)システムというのは、通常のシステム判定より上位の位置にある。そのために、相手の心意が――――意思の硬度がこちらより上ならば、ちっぽけな石ころが圧倒的に質量が上の巨岩を押し返すことも可能なのである。

「――――く……ぉッ!」

息が荒くなっていることを、過激なまでにヒートアップする身体と相反して冷たい脳裏でユウキは知覚する。

重い。

針の一本一本が、非実体である刀身を貫こうと迫って来る。

突き、という行為は通常、一長一短な行為である。点で攻撃するその軌跡は、線である普通の払いによる斬撃と違い、防御しにくい攻撃だ。だが終わった後のリスクが高い。

仮に放った突撃が敵の身体に突き立ったとし、その後はどうだろうか。至近距離で、しかも両端が敵の手のひらと己の身体の二点にて固定されているのだ。刃を避けてしのぎの部分にヒットさせたら、武器破壊をすることは容易だろう。

だが、《投針》スキルは違う。

そもそも、防がれたとしても投擲手(フェイバル)には関係ないのだ。防がれた針が地面に落ちるよりも早く次弾、次々弾が肉薄しているのだから。

彼我の距離は決して遠くはなかった。むしろ、完全な遠隔戦型のフェイバル相手に、近接戦型のユウキでは願ってもない絶好の距離だったと言っていい。

だが、無数に舞い襲い来る針――――を通り越し、半ば衝撃の塊と化しているそれは、その距離を縮めることを認めすらしなかった。

戦況が硬直状態に陥る寸前、ユウキは無理矢理にでも行路をこじ開け、横っ飛びに針の雨の範囲外まで退避する。

くすくす、と。

嗤いが耳朶を抉り取る。

「どうしたの?構わないでほしいんじゃなかったのかな?」

のっぺりとしたマスクに顔が覆われ、表情は窺えない。だが少女は、その内にある口角が焼け爛れたように吊り上がっているのを寒々と感じた。

「――――ッッ!」

手加減はできない。

否、手加減する方がおかしかったのだ。

かつての六王第三席を圧倒するほどの強者。おそらくユウキ相手など本気すら出していない。

―――本気で……全力で!

頭蓋骨の裏側に異様な熱が籠る。

一段どころか、数段スッ飛ばして意識を加速させた少女は、手の中に溢れた過剰光が眩いほどの光を放ったことを視界の片隅で確認した。

《絶剣》の持つ、ただ唯一の心意技。

聖母十字(マザーズ・ロザリオ)おおぉぉぉォォ――――ッ!!」

十字の閃光が。

炸裂する。










赤寄りとも青寄りとも言い難い紫紺色の輝きが視界を塗り潰し、たっぷりとした余韻を残して引いていく。

遠くのビルか何かを粉砕したのか、ガラガラという落下音が辛うじて応えを返した。

ユウキの持つ唯一の心意技《聖母十字(マザーズ・ロザリオ)》は、第一象限『範囲を対象とする正の心意』だ。内包する属性は、《射程距離拡張》と《攻撃威力拡張》。

システムを超越したその一撃一撃は、下手な拳銃の射程より遠く、苛烈な攻撃を与えることができる。その威力のほどは、ALOでの決戦で群がってくる守護ガーディアンの肉の壁を丸ごと粉砕し、その後ろの発生装置を破壊したほどだ。

――――だが。

アスファルトが溶岩に変貌しているオレンジ色の地獄。

そこから立ち昇る白い臭気を振り払うように、薙ぎ払うようにして、小さな人影が姿を現す。

くすくす、と。

いつもの、人を見下すような、嘲るように軽薄な嗤い声を響かせながら。

()()()?」

ノドが、干上がった。

防御すら行われなかった、という事実が、毒のように少女の心を犯す。

嘘、という呟きは小さく零れ落ち、熱されたアスファルトの上に吸い込まれた。かき乱された心は、混乱した脳は、正常な応えを返さない。

フェイバルは、歩みを止めない。

仮面の下で浮かべる薄ら笑いの音が、ぐつぐつと煮えたぎる地面の音を背景にしてもゾッとするほど鮮明に響く。

「………………………………ぁ」

じゃり、と。

足元で音がする。

それが後退りした結果だということを理解するのに、脳に染み渡るのに、どれくらい時間が経ったろう。

「くすくす……来たかい」

くぐもったその声の意味するところが分からず、一瞬小首を傾げようとした――――

瞬間。

ゴッッッッッッッッッンンン――――ッッ!!!!!!

真横から飛来した莫大な衝撃波が、たった今溶岩の中から這い上がってきたフェイバルを叩いた。

大鐘楼が打ち鳴らされたような、野蛮だがどこか美しい空気の悲鳴が轟くと同時、ユウキの一撃をノーガードで受けても欠片も動じなかった、黄色一色で構成された細身の体がよろめく。

いや、よろめいたのではない。

熱波のせいで陽炎が揺らめいているが、少女の眼にははっきりと見えた。

毒々しい黄のギリースーツ。その深く下ろされたフードの首部分に、奇妙な《軋み》があった。

まるで、フェイバルのアバター表面に、同じ形で透明なガラスでも張り付けてあるかのような。そしてそれが割れているような、そんな軋み。

それは瞬きするほどの一瞬で消えてしまったけれど、仮にも六王の一員である彼女が見逃す道理はなかった。

だが、それに対して言及する時間は与えられない。

フェイバルはもうユウキのことなど眼中にないかのように、己の左側――――先刻衝撃が飛んできたほうにマスクの前面を向けていた。

いけないとは分かっていても、どうしても少女は首を巡らせてしまう。

そして――――



足音があった。



そう感じた頃には、ユウキの身体は圧倒的な力で押され、宙を舞っていた。

別に、誰かが投げ出したのではない。《両者》が激突した余波の、その一端だけで軽々と薙ぎ払われたのだ。放られたアバターは、数十メートルもノーバウンドで吹き飛ばされ、ビルの壁面のガラスをブチ破り、そのさらに中にあるコンクリート製の柱にめり込むように激突して止まる。

身体中が軋むとともに込み上げてくる痛覚に逆らわずにいると、醜い呻き声が漏れた。

「……ぐ…………ぅッ!」

痛みに掠れる目線を上げると、今度は声が聞こえる。

否、絶叫。

それは――――その声は、ユウキが心の端っこで求めていたもの。

しかし、この場では最も聞きたくなかったもの。

少女は嘆く。

自らの非力さに。

床を叩く腕がじくじくと痛んだ。










自らの本来の得物を手にしたレンは、《冥王》と呼ばれた頃の迫力を余さず全身に漲らせていた。

しかしそれでも、本体であるフェイバルの心意を帯びて操られている《死体》の相手は尋常なことではなかった。事実、今の今まで彼はずっとあの《死体》と硬直状態の戦況だったのだから。

それが突如、相手の動きがあからさまに鈍化し、首を捻りながらも首を刈り飛ばしながら、その横を駆け抜けたのだ。

今ならその理由が分かる。

本体であるフェイバルがユウキと交戦を始めたことによって、末端であるところにまでコントロールが覚束なくなったのだ。

このことから、ヤツの心意が無限でも無敵でもないことが窺える。

そもそも、なぜ最初レンがいた地点では、コンタクトに三十分もかけたのか。恐らく、フェイバルの方でも正確なレンの位置まで把握していなかったのではなかろうか。

そのため、最初のサテライト・スキャンで自分の位置を探り、あらかじめ《種》を仕込んでいたものを散発的に送り込んでその場に釘付けにする。そして二度目――――三十分のスキャンによって、自らの《声》が正確に届けられる媒体となりうる《死体》が標的(レン)の近くにいることを確認し、満を持してコンタクトを取った。

だが、懸念はまだある。

大きなところで言えば、なぜユウキがここにいるか、である。もっと言えば、自分の脚より早く。

確かにレンは道中、フェイバルが繰る《死体》の迎撃を受けた。その対応に時間が割かれたのは言うまでもない。しかし、それではどうして同じ頃に行動を開始したと見えるユウキは迎撃を受けていないのか。

持ち前のほぼ全ての心意を使い、荒れ狂う暴風雨もただのつむじ風に見える少年は、その動きに反して冷静な心の中で思う。

いや、それは予感だ。

幾多の、吐き捨てるほどの死地の中で少しずつ砥がれてきた本能が、見えない敵の真意に警鐘を鳴らしている。

―――なんだ!?何がそんなに怖い!?

怯えが怖れを呼び、得体の知れない怖れは混乱を呼ぶ。

そんな少年に、心の底から楽しそうで《無邪気》な声がかけられた。

「あははっ!すごいすごい!ここまで……ここまで一気に目覚めるのか!!」

フェイバルはその時、ほぼゼロ距離にてレンと打ち合っていた猛攻を無造作に解いた。

まるで、抑えきれない歓喜の念を少しでも表に出したいように。

その隙を、《冥王》は如何なく埋めた。

ゴッッ!!!

空気が圧迫される音とともに、黄色に彩られる体躯に無数の拳撃が突き刺さった。

収まりきらなかった衝撃は、アバターを抜け、ストリートの突き当りにそびえるビルの基部を軽く粉砕する。

――――だが。

「う……そ…………」

無傷。

そんな結果を直接視認するよりも早く、突き刺さる拳から返される感触によってレンは絶句した。

分厚い核シェルターの扉でも殴りつけたかのような。衝撃が百パーセント返され、手首の辺りから嫌な音とともに握った指の合間から間欠泉のように血霧が噴き出す。

ただ、そんな攻撃にも意味はあったかもしれない。

いまだに絶えない少年の過剰光の向こうに佇むアバターの顔をすっぽりと覆うガスマスクの表面にピシリとヒビが入り、次いで豪快に砕け散った。

その向こうにあったのは、別にバケモノの顔とかではない。普通の――――少女の顔だった。

端正でいまだ幼さをおぼろげに残した瞳には、無色透明な液体が並々と盛り上がり、白い肌を伝っている。

ほっそりとしたアゴから静かに滴り落ちる涙を見た時、確かに少年の動きは止まった。

時を止めた少年に、静かに手はかざされる。

「《茨蔦の戒め(ソーン・アイヴィー)》」

ゴボリ、という音がレンの真下。足元のアスファルトから噴き上がる。

「――――ッ!」

視認すらも難しい速度で黒い地面を突き破って現れたのは、黄緑に輝く細い茨だ。いや、あまりにも細すぎて、はたから見れば少し太い有刺鉄線という感じだろうか。

茨のツタは少年の小柄な体躯に瞬く間に取りつき、その動きを封じる。

レンは悪態をつきながらも自らの身体に過剰光を纏わせ、一刻も早く払おうとするが、締め付ける茨の線は喰い込みこそすれ、離れる気配は一向にない。

もがく少年に対し、うっとりと、どこか背筋をゾッとさせるような、恍惚としたものを内包した声が投げかけられる。

「さぁ……最終段階だ」

同時。

先に戦闘していたユウキが吹き飛ばされたビルの一階。わだかまる暗闇のせいで見通せないそこから、甲高い悲鳴が炸裂した。

誰のものか、問うまでもない。

レンは、頭蓋骨の裏側で脳が沸騰したかと思った。

ギヂリ、とこれまでのもがきとはまったく違う音を茨から発せさせながら、少年は静かに口を開く。

「お前……何した……」

返答はない。

答えは、嗤い。

それだけで、事足りた。

後先すら考えていない、掛け値なしの全力で《冥王》が戦闘を開始する――――寸前。

じゃりっという紛れもない足音が、少年を静止させる。

その出処。

「ユウキねー…ちゃ……」

勢いよく出た声。しかしその声は出た時と同じ勢いで減速し、消滅した。

暗がりから姿を現した従姉の両腕には、禍々しい瘴気が貼りついていたのだから。 
 

 
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「このノリ久しぶりな気がするのは何でだろうなぁ!」
なべさん「あっ、はい、ごめんなさい申し訳ありませんでした」
レン「今日は何の日だぁい!?」
なべさん「……前の話から…二ヶ月でございます(汗」
レン「その間、何してたのかなぁお前は!?」
なべさん「うぅ……、お絵描きとかゲームとかしちょりました…」
レン「ていっ☆」
なべさん「ぶゅェ……ッ」




レン「はい、お待たせして申し訳ございませんでした。ペースは幾分落ちるかもですが、これからもよろしくね!」
――To be continued―― 
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