大正牡丹灯篭
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10部分:第十章
第十章
「さようならですね」
寂しい声で言う。
「私と一緒にいることはもう」
「いえ」
だがここで。彼は言うのであった。
「私は別れるために来たのではないのです」
「えっ」
「その逆です。私は貴女と一緒になる為に来たのです」
俯く麗華を見て言う。その言葉には何の偽りもなかった。
「私とですか」
「はい」
彼は澱みのない声で麗華に答えた。やはりその顔も何の澱みもなかった。
「その為に今」
「ですがそれは」
麗華はその言葉に顔を曇らせるのだった。それは彼を気遣ってのことである。
「貴方はここにおられる方です。しかし私は」
「それでもです」
だが藤次郎の言葉は強い。そうして彼女に言うのであった。
「それに貴女も」
「私も?」
「それを望んでおられるのではないのですか?」
そう麗華に問うのであった。じっと彼女の目を見て。
「違いますか、それは」
「それは」
麗華はそれを否定しようとする。だがそれはできなかった。彼女も藤次郎を愛している。だからこそまだここに留まっているのだ。しかしそれは。彼女は辛い狭間の中にいたのである。そうしてその中で悩み苦しみ続けていたのである。
「そうですね。ですから」
「それはそうです」
苦渋に満ちた顔でそれを認めた。
「私も。できるなら貴方といたい。貴方を見ていたいです」
「それならば」
「そう思い貴方をお誘いしました」
自分でそれを言ったのだった。全て彼女が望んだことであったのだ。
「それは事実です。ですが」
「迷っておられるのですか」
「貴方の御命を奪うことはできません」
麗華は藤次郎から顔を背けて告げた。それは本心からの言葉であった。
「それが私の今の気持ちです。お慕いしてはいても」
「それが。本心なのですね」
「はい」
顔を背けたままこくりと頷くのであった。悲しい顔で。
「ですから。もう」
「御会いできないと」
「全ては私の愚かな迷い故でした」
そう考えることにしたのであった。ここでは自分のことは自分の心の中に収めてである。そうして彼を気遣う偽りの心を述べるのであった。
「ですから。もう」
「それは貴女の本当の心ではありません」
それは藤次郎にもわかっていた。だからこそ彼女に対してそう言い返したのだった。
「そうですね」
「いえ」
それは否定する。
「違います」
「若しそうだとしても」
頑なになる麗華に対して勝負に出た。その言葉は。
「私は貴女と共にいたいのです」
「ですからそれは」
「何度も言います。私はその為にここに来ました」
そのことをまた麗華に告げるのだった。
「貴女と一緒になる為に」
「それでどうなっても構わないというのですね」
「その通りです」
これもまたはっきりと彼女に対して言うのだった。
「貴女と共にいられるのでしたら。死んでもいいです」
「死んでも・・・・・・」
「死を恐れる理由なぞ何処にもないのです」
それが藤次郎の言葉であった。
「一体何を恐れるのです?死なぞ」
「死ぬのが恐くないのですか」
「貴女と共にいられるのなら」
やはりこう述べるのだった。何処までも彼の決意は固かった。
「そんなものは。全く」
「左様ですか」
「はい。ですから」
じっと麗華を見て。もうその目を離すつもりはなかった。
「私は貴女と共にいたいのです」
「それで宜しいのですね?」
麗華はようやく顔を上げた。そうして恐る恐る藤次郎に問うのであった。
「藤次郎様は」
「貴女はどうなのですか?」
藤次郎はその問いに答えずに逆に問い返した。その表情はもう動かなかった。
「貴女は」
「私は」
「私と共にいたいのですね」
「それは・・・・・・」
言葉を偽ろうとする。そうして偽りの言葉を出そうとするがどうしてもそれは出なかった。そうしてそのかわりに出る言葉は一つであった。
「その通りです」
正直な言葉が出るのだった。それが出ることを止めることすらできなかった。もう彼女も自分の心を。偽ることができなくなっていたのだ。
「私も。藤次郎様と」
「それでは。よいのですね」
「貴方さえよければ」
麗華は遂にその言葉を言った。もう自分を偽ることはできなかった。
「御願いします」
「勿論です」
藤次郎の返事も既に決まっていた。そうして。
「一緒に。永遠に」
「はい。永遠に」
二人は手を取り合った。そうしてそのまま洋館の中に消えていく。藤次郎が見つかったのは翌日であった。心配して洋館に来た社長と住職が彼を見たのは二階のベッドの上であった。そこで穏やかな顔をしてあの振袖と袴を抱いて眠っていたのであった。
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