MÄR - メルヘヴン - 竜殺しの騎士
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008話
「………ああ糞……ああもう……如何して、やっちまったんだ……」
チェスの駒の一人であるグリールを討ち取ったジークはウィングを使用せずヴェストリの村へ歩き続けていた。ゆっくり、ゆっくりと一歩一歩足を無理矢理動かすようにその足取りは酷く重々しかった。
「くそう!!」
力一杯殴りつけた腕、岩場にぶつかった腕は岩を粉砕しながらも無傷だった。傷つく事さえなく岩を容易く粉砕できてしまった、傷つきたくても傷つけなかった。
「クソッ……クソォ……!……クソォオオ!!!」
己の中に出来てしまった形の無い葛藤と形容しようの無い虚無感、それを晴らそう自傷行為に走ろうとするがそれさえ出来ない。この時ほど自分の力が憎く感じた、確かに自分はこの力を望んだ。だが、今はそれが恨めしい、憎い!!
彼が傷つかないのはサーヴァントがサーヴァントで至らしめる物、その英雄に関する伝説や逸話が具現化した物。あるものは剣、ある物は槍、ある物は弓と異なるが彼の持つ宝具はある意味で異端だろう。"悪竜の血鎧"それが彼は傷つけない原因となる宝具である。
悪竜の血を全身に浴びた事で得た常時発動型の宝具、Bランク以下の物理攻撃と魔術を完全に無効化し、更にAランク以上の攻撃でもその威力を大幅に減少させるという防御においては超一流の能力を発揮する物。それによって自分が生き残れているのは間違いないが今は傷つきたかった。何故なら
「俺は……俺は………人の、命を奪った、んだ………」
チェスの駒の一人の命を奪った、それが原因であった。―――人の、儚く脆い一生を自分の手で摘み取り壊した。バルムンクは血で染まっている、それが更に恐怖と虚無感を煽る。だが相手はこの世界を、メルヘヴンを侵略し破壊している連中だ、それなら別に……
「言い訳が、無い!!!人の命は皆同価値だ、悪人だろうが善人だろうが俺が人を殺したのは変わりないんだ………」
生前は平和な日常で過ごす一般人だった彼、事故による死や病気などの死はある程度の近くにあったがそれをまじかで体験した事などなかった。誰かが死ぬなど"知っている"だけで自分とは"無関係"だと決め込んで無視してきた。
いままで平和という庭の中で過ごしてきた青年は、初めて命という重さを知る。戦争だとしても、これはもう……
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫んだ、喉が張り裂けんばかりの声を張り上げ叫んだ。心の、魂の奥底からの声は天に届いたのか徐々に太陽が陰る。
「うわぁぁああああああああああ………ぁぁぁぁぁ………」
人は虫を殺しても罪悪感を感じづらいだろう、ならば同じ人間を殺した場合は如何だろう。同じ存在を殺したとすれば罪の意識を感じるだろう、特に元は一般人だった彼からすれば余計に。
蹲り地面を強く殴りながら涙を流すジーク、倒すべきものを倒して初めて理解してしまった戦いと言う物の重さ。命のやり取り、自分と相手の全てを賭け生か死しか齎さない、たった一度与えられた命という名のチャンス。それを無くすか活かし続けるか、それがこれから自分が進もうとしている道だ。自分が奪った命を重みを、身体に、心に刻み込んで生きていくしかない。そう決めても心のしこりが取れる訳ではない、重い足取りのままヴェストリへと向かうのであった。
「あ~ジーくぅぅうん!!」
重すぎる足を動かしヴェストリに着く頃には既に夕方になっていた。入ると直ぐにやってきたのはドロシー、突撃してくるドロシーを受け止めるジーク。そして何時もと同じように強く抱きつきながらキスをしようとするドロシーだがジークの異変を感じ取った。
「……ねぇスノウ」
「何ドロシーさん?」
「なんかジーくん疲れてるみたいだから端っこで休ませてくるわね!暫くはそっとしといてね!」
「解りました~あっエドちょっと手伝って」
「はい姫様」
スノウの了承を取りながらいまだ口を開かないジークを連れて村の外れの岩場へと連れ込む。周囲の岩が壁のようにそり立つ地形、余程入念に探さなければ見つかる事はないだろう。
「此処なら大丈夫そうね……ねぇジーくん、一体如何したの」
「………」
先程からずっと黙り込んでいるジークを酷く心配するドロシー、今まで見たことがないようなジークの表情と瞳。満ちているのは虚無感、それだけ。
「(心が……ごめん、無理矢理っぽくて気が引けるけど許してね)ディメンションARM ハートシー」
懐から取り出したハートの形をしたARM、それは対象とした人間の心を除き見る事が出来るディメンションARM。これを使う事で本来覗く事が出来ず、形になる事もない心を見る事が出来る。
「………っ」
ジークの心に入り込み何故こうなってしまったのかを見ていくドロシー、そして同時にジークがチェスの駒と戦っていたときの光景を目にする事になった。深く深く焼きついている戦いの記憶、初めて人の命を奪い取った、それが彼の心を蝕んでいる理由だった。
「そう、だったんだね………」
「ドロシー、俺の心を、見ているのか………?」
「うん、ごめんね勝手な事しちゃって」
「いや、いいよ……」
ARMを仕舞いジークを座らせその隣に座る。彼の気持ちは解る、人の命を奪うのはそれだけ重い事だ。
「ジーくん、私ちょっと安心しちゃったんだ。氷の城ででもチェスの駒相手に無双してた時に、もしかしてジーくんって人を殺す事に何も思わないんじゃないかって」
「あの時は……急所は外して、いたし……」
スノウが自ら氷漬けになっていた城でもチェスと戦ったジーク、あの時もチェスを相手に一方的な戦いをしていたが相手は全て生かしていた、それでも相手は瀕死寸前だった。
「ジーくんは本当に優しいんだね、チェスが相手でもその命を慈しむんだもん」
「………」
「それで良いんだよ、悲しんで」
そっと、優しくジークを抱き寄せるドロシー。何時もとは違う慈愛に溢れた彼女の気持ちが伝わってくるかのような甘く優しい抱擁にジークは思わず身体を震わせた。
「辛くなったら私に言って、そしたら何度でも抱きしめるから。ジーくんは何も間違ってないから………生き物は結局は最後は死ぬ、生まれ出でて死ぬ、早いか遅いだけだよ」
「ドロ、シー……俺は……君は、如何して俺に此処まで………」
「簡単だよ、シンプルな答え。―――あなたに惚れたからだよ」
眩しく直視出来ないような明るい笑みを浮かべる彼女、そんな彼女の笑みに心の澱みが溶けて行く。
―――確かに自分は人を殺してしまった、それは覆しようが無い事実だ。それは身体に、心に深く刻まれている。だからこそ人は前に歩いていくしかない、そして自分が言った言葉を思い出した。
"生き物は結局は最後は死ぬ、生まれ出でて死ぬ。それは生命のルールでもある、何もせずに死ぬなど唯のゴミだ"
思わず乾いた笑いが滲み出た、自分は既に諦めていたのかもしれない。人を殺した時点で諦めて唯心を殺し、道を進むだけの楽な生き方を選ぼうとしていた。だがそれは選択の一つだが過ちでもある。自分がすべき事はそのようなものなどではない。
「―――ああ、そうだなドロシー。解ったよ」
この世界を救う、英雄の力を得たからではない。自分が、個人がこの世界を救いたいと強く願っている。自分ひとりでは何も出来ないかもしれないがギンタという可能性がある、その可能性を大きくする為の歯車にはなれる。
「全く情けないな俺は………恥ずかしいったらないな」
「ふふふっ元気になってくれてよかったよ」
「ああ、有難うドロシー。心の奥底から嬉しかったよ」
「なぁら~お礼が欲しいなっ♪なんてね♪」
舌を出しながら笑う彼女に思わず自分も笑みを溢す、思えば彼女は自分を好いてくれるのだった。そして自分もそんな彼女に惹かれている、彼女を守りたいとさえ思っている。だからこそ彼女の代わりに戦ったりしたのだろう。
「いいよ、お礼はこんな感じでいいかな?」
「えっ(ちゅっ)ふぇ!!?」
不意を着きドロシーの頬にキスを落とすジーク、そんな行動をされたドロシーは一瞬で顔を真っ赤にし口をパクパクしながら驚いたまま硬直してしまっている。
「ジジジジジイジジジジジジジイイイイくん!!!!?い、いままままままななななななにをををををっ!?!??」
「はははっ俺からの愛の証明、かな?俺も君の事、好きみたいだから」
「ええええええ!!!?」
「はははははっ!!」
驚くドロシーを置いて岩場を飛び越えてヴェストリへと走り出すジーク、そんな彼を大急ぎで追いかけるドロシー。
「ちょ、ちょっと待ってよぉおおジーくん!!私の事を好きっていってくれたの!?も、もう一回言ってよぉ~!」
「さぁ~て何の事かなぁ~?」
「待ってってばぁ~!!」
後書き
結構あっさり立ち直ったジーク
だけどこれから先、もっと恐ろしい事が彼を待っている!!
次回、ウォーゲーム開始!
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