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ロード・オブ・白御前

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踏み外した歴史編
  第8話 紘汰の描く世界




 紘汰は四方をテラスに囲まれた池に来た。

 あれから何度か、舞に呼びかけた。台詞を変え、アプローチを変え、声を変え。だが、舞はうんともすんとも答えなかった。

「舞……」

 想いでこの手に戻らないというのなら、もう力に訴えるしかない。――そのように、紘汰の思考は追い詰められていた。

 サガラから渡された黄金の鍵を使うほどに、食欲がなくなっていくほどに、傷の治りが速くなっていくほどに、自分が人間離れしていっているのは薄々気づいていた。

「……いいのかよ、舞。さっさと出て来ねえと、俺のほうからお前の側に行っちまうぞ?」

 虚空に声をかけても、いらえはない。

 幼い頃からいつでも一緒だった。まだ高司神社があった頃は、舞と境内を遊び回り、小学校、中学校、高校と付き合いは重なり、一つ大人になるごとに接し方も互いに変わっていき。
 今さらながら思い知った。
 葛葉紘汰にとって、高司舞はかけがえのない相手だった。

 来ないというなら、こちらから迎えに行く。ただ待つなど男らしくない。行って、手を取って、そして――紘汰は、世界を――

 そのためにも、紘汰の手がヘルヘイムの果実に伸びる――


「紘汰さん」


 突然の呼びかけに、肩が跳ね上がった。

 濡れ羽色の黒髪をなびかせ、公園の階段を下りてきてこちらに歩いてくるのは、関口巴だ。

「なんだ、巴ちゃんか。びっくりさせんなよ~。俺に何か用事?」
「あなたに一つ、教えてほしいことがあります」
「俺に?」

 巴は紘汰へと歩み寄り、紘汰の正面に立った。


「あなたは知恵の実を授かった時、それを使って世界をどうするおつもりですか?」


 ――一人くらいには紘汰の正しい意を伝えて行ってもいいかもしれない。
 そう思ったから、紘汰は手摺に両腕を預け、口を開いた。

「前にどっかで聞いたんだよな。黄金の果実――知恵の実は世界を塗り潰す力だって。それを使うってことはつまり、俺が守ろうとしたもの全てが無駄になるってことだ。そんなの冗談じゃない。お断りだ」
「では、どうやって世界を救うと?」
「ここじゃない、どこか……宇宙の、ずっとずっと遠く。何の命もない世界。そこへヘルヘイムにまつわるモノを、全部連れてく。舞が俺を選んでくれたら、舞と一緒に行こうと思ってる。新しい世界を一から創りに」
「ヘルヘイムにまつわる全てを連れて――」

 巴は近くの手摺に片手を置き、ため池を見下ろすように紘汰から目を逸らした。

「先に聞いておいてよかった。あなたに知恵の実が渡っていたら、碧沙も亮二さんも無事じゃすまなかったかもしれない」
「碧沙ちゃんと、初瀬? どういうことだ?」
「わたしの一身上の都合の話です」

 巴は長い黒髪を翻し、背中を向けた。

「わたし、これから舞さんを呼び戻そうと思うんです。そのためにこれから、きっとこの沢芽で最も神聖な地であるだろう場所へ行きます」

 沢芽で最も神聖な地――紘汰に思い当たるそのような場所といえば、鎮守の森跡地しかなかった。舞の生家があった場所。大きな大きなご神木を囲み、幼い舞と、名も知らない少年と遊び回った日々。

「紘汰さんも来ますか?」
「行く。本当に舞が帰ってくるなら、この際、何でもいい」

 巴は雅やかに口の端を吊り上げた。

 その笑みに悪寒を覚えなかったと言えば嘘だ。だが、紘汰の中では舞との再会が最重要事項なので、悪寒はその場の何かの間違いとして脳内処理した。

 後にそれこそが予感だったのだと、今は知ることもなく。 
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