ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第191話 死神の鎌
睨み合う両者。
「………」
「………」
一触即発、刀光剣影、そして両虎共闘。
それらの言葉がこれほどまでに、当てはまる場面が早々に始まろうとは一体誰が思っただろうか?
いや、かの2人の因縁、そして関係、性質を知る者はこの世界には限りなく少ない。
現参加プレイヤーで言えば キリト、そして 事実を教えられたシノンのみであり、シノンに関しては死神の事は知らない。……そして、キリトもまさか死神がこの世界にいる事を知らないのだ。故にこれから始まる戦いの意味を理解している者は少ないだろう。……別の世界で見ている彼女達を除いて。
「白と黒。……その中に赤を追加してやるから、期待をしておけ、か……。今日がその日になるな」
不意に死神と呼ばれる男、(これより名を死神と称す)がその歪んだ口を開いた。その言葉は、この男から言われた言葉ではない。自分の事を白と言う言葉で表したのは思いのほか少ないのだ。
イメージされているのは銀の方が色濃く、そしてまるで好んではいないが白銀と言う名前の方が圧倒的に多い。
だが、笑う棺桶との戦いの際は、いつも周囲が薄暗かった。
その中で見せる輝きは銀ではなく、発光する為、最終的に視界に捉える色は光、即ち《白》
自分の事を、《白》と言い、そして色に血の色である赤を混ぜるといったのは、あの男だ。
「……所詮はお前も他の連中と同じ、か。 ただPoHに惹かれた憐れで愚かな連中と」
この男はNo.2と呼ばれている。
それは自称している訳ではなく、周りが決め、囁いた事だった。本当に実力のある者は、自称などせずとも、後からついてくるのだ。良いイメージも悪いイメージも。
そして、その死神は、殺しの数では、メンバーは愚かPoHをも凌駕しているとも言われている。
様々な噂が蔓延る中、結果的にはPoHよりも恐ろしいイメージを植え付けられたのも無理は無いだろう。だが、PoHの言葉を思わず使ってしまう、真似てしまうと言う事は、所詮は死神も、かの男のカリスマ性、所謂悪のカリスマ性に惹かれた無数の男達の1人に過ぎないという事実も考えられる。
「お前は所詮、あの男の、《PoH》の真似をしてるに過ぎない。……何が死神だ。身の程を知れよ」
リュウキは更に眼光を強め、デザートイーグルのグリップを強く握り絞った。
……無論、この男が他の変にプライドが高いだけの下手人、下衆であれば、それ程苦労は無かったかもしれない。PoHがその圧倒的なカリスマ性から、立ち上げ、纏め、1つの悪の形になったのが笑う棺桶。笑いながら、死者を受け入れる。……寧ろ生者を引き込む《死の箱》となった。
この男はPoHの影に隠れたもう1人のトップ。
確かに 切欠は、PoHなのかもしれない。PoHが引き起こした厄災だとも言える。……この男もその悪を内包している。圧倒的な狂気、……その全てが云わば、PoHと同じなのだ。だからこそ、No.2だと言われているのだ。
「……くく、安い、な」
意図が判っている、と言わんばかりにそう呟く死神。リュウキ自身には意図的に考えていたモノではなく、ただ心底嫌悪している、憎悪している連中の1人だから、出た毒舌の様なモノだ。
死神は、それを挑発と受け取った様だ。にやりと嗤うと、更に当てつけでもする様に淡々と返した。
「You would know?《知らないのか?》 No……, you can't have that I do not know.
《いや…… 知らない筈無いよな》」
あの男は、……PoHは、多数の外国語を操るマルチリンガルだ。
これに関しては真似で出来る様なモノじゃない。この世界では、翻訳機能はあっても、学習プログラムの様なモノはない。……元々そう言う系統のゲームジャンルではないから当然といえばそうだ。だから、この流暢に話す、極自然に話す死神の言語、英語はこの男、死神自身が備え付けてきた物だ。
模倣とは言えないであろう完成度。
ククリ・ナイフの峰部分を肩に当て、その光る蒼い眼をリュウキに向けながら続ける。
「The relationship between me and PoH.《オレとPoHの関係を》 That I say it with him and I'm the same.《奴とオレは同じだ》」
右手にはククリ・ナイフが握られており、空いている左手を大きく広げた。
「The thing is like looking at a mirror.《鏡を見てる様なもんさ》 Therefore, it isn't turned even to provocation.《そりゃお前、挑発にすらなってねぇって》」
そうシめると、ククリの切っ先をリュウキへと向けてきた。死神の名に恥じない殺気を、殺意をリュウキに向ける。
だが、それを視たリュウキも軽く一笑。
「別に挑発のつもりは無い……」
軽くそう言うと、更に続ける。
「貴様がPoHと同じだろうが何だろうが……オレがする事は変わらない。お前らが屑だという事実も変わらないし、な」
死神とここまで会話を交わした事があるだろうか?いや、あの世界では会話よりも武器を交わした数の方が多い。さしの死神も、リュウキの返答に。……英語が通じている事にやや驚いている様だ。
「へぇ……、ただのゲーム馬鹿、って訳じゃなかったんだなぁ」
広げた右手に握られているのは、あの銃。先ほどの男を撃ち、そして消した銃だ。いつの間にか、短機関銃から、あの銃に持ち直した様だ。
「オレと同じく、返してくれりゃ格好良いって物じゃないのか? 鬼よ」
「御託は十分だ。……さっさと来い。お前の存在は、この世界には毒だ」
そして周囲の音が消えた。それは銃の世界では、有り得ない。何処にいても、銃声が響く硝煙渦巻く世界が一変したのだ。それはまるで無音の世界へと。
そんな中、一本の枯れた樹木の枝がへし折れた。
それが合図であったかの様に、2人の男は互いの距離を一瞬で縮めた。
かつての戦いの再来を連想させる様に。
GGO内、BoB本戦ではでは至る場所で様々な銃撃戦が展開される。
そして、この場所では珍しい組み合せ。光剣使いと狙撃手の共闘だ。
通常であれば、狙撃手が相棒を組む者とすれば、観測手が一般的だ。狙撃に集中させるために、周囲の状況の把握、命令伝達や接近する敵の排除を受け持つのが観測手。……ちょっぴり、適さない気もするが、彼も周囲の敵の排除、と言う役割は十分に務める事が出来ているから、そうでもないかもしれないけれど、観測手~とは呼べないだろう。
元々意思疎通がスムーズに出来る相手に限ると言う場合が多いため、パーティを組む事は多くても、個人的にパートナー関係を築く事は、彼女には中々適さない事だろう。一時的に、とは言え、だ。
シノンとキリトの共闘。
それは、襲撃してきたプレイヤー《夏侯惇》にとっては凶報以外の何でもない。一気に2人とも始末出来る場面に遭遇して、幸運と思ったのかもしれないが、そうはいかない。キリトの反応速度の領域は最早銃弾のそれよりも早い。
彼を撃ち抜こうものなら、シノンが保有するへカートで射程距離限界ギリギリからの狙撃に限る。としか成功するとは言えないから。
この世界で長く戦ってきたキリト。如何に鈍ってきている、と言われても、それでもあの世界で培ってきたのは事実だから。
「シノン、今だ!!」
夏侯惇の第二射撃も全て叩き落としたキリト。
キリトの声に反応して、最早自動的に引き金を絞るシノン。照準も、機械の様に正確で、そしてその凶悪なへカートの大口径の銃弾が夏侯惇の胴体を穿った。
「う……そぉ……」
夏侯惇のその最後の言葉は一体何をさしての事だったのだろうか?キリトに銃弾を弾かれた事? 或いは、シノンに撃ち抜かれた事?それは彼自身にしか判らない事だろう。
だが、もうその身体は動く事はない。
あまりの威力、そして近距離から、へカートの一撃を喰らってしまったその身体は二つに分かれ、吹き飛んでしまったからだ。もう、口も聞けぬ所謂『ただのしかばねのようだ……』状態になってしまったから。
勿論胴体の上半身部分に、ちゃんと《DEAD》のアイコンも表示された。
それを見て、ふぅ、と息をつきながら立ち上がり、残り少なくなったへカートの7発入りの弾倉を交換、相棒を右肩に背負ってキリトの方を見た。
「今の戦闘音でもっと集まってくる。……どこかに移動しないと」
「ああ」
キリトは頷くと、鋭い視線ですぐ近くの川面に向けた。
それは、先ほどペイルライダーとダインが戦い、そして……あの死銃が現れた錆びた鉄橋の下に流れる川。死銃は、ペイルライダーを葬った後、鉄橋の影に入り、そして姿を現さなくなったのだ。……その数秒後に確認出来るサテライト端末にも、写っていなかった。
故に、答えは1つしかない。あの川に潜っていると言う事。
それは、キリト自身が体現している。
全ての装備を外した状態であれば、川を潜って進行する事が可能。そして、それであれば衛星端末にも映らない。
「《死銃》は川沿いに北に向かったはずだ。いったんどこかに身を潜めて……、9時のサテライト・スキャンで次のターゲットを決めるはらだろう。リュウキとも合流を早めたいが、これ以上の死……被弾者が出る前に奴を止めたい。アイディアを貸してくれ、シノン」
思いがけず頼られてしまったため、何度化瞬きをしてしまってから、慌てて頭を回転させるシノン。
この時のシノンは、少し別の事を考えていたから。
戦うキリトの背中と、正面から戦ったあのリュウキの姿。それらの姿は、やはりかぶってみる。今までは、リュウキの事は……とりあえず別にしたとしても、全身全霊を振り絞って、その強敵を倒す事が出来れば、きっと……と思ってきた。でも、それと同時に他の感情も芽生えたのだ。
2人が戦ってきた世界の事を知りたい、と思ったのだ。何を考え、何を感じ、そしてどう戦い抜いたのかを。
そして、彼が現実世界ではどんな人なのかも、知りたいと思った。
それは、心の中に固く蓋をしていた願望だった。気付かないふりをしていた願望だった。
だけど、もう誤魔化す事は出来ないだろう。同じ空気をその身に纏うこの目の前の光剣使いと共闘してから、それを強く感じる様になってしまったのだから。
「……いくら妙な力があるといっても、《死銃》は、この《死銃》は基本的には狙撃手だわ。遮蔽物の少ないオープン・スペースは苦手のはず、でも ここから北に行くと、川向こうの森もすぐに途切れる。その先は島中央の都市廃墟まで、ずっと見通しのいい野原よ」
何とか、感情を押しとどめつつ、言葉を口にする事が出来たシノン。それを聴いたキリトは頷きながら。
「つまり、奴は次の狩場に、あの廃墟を選ぶ可能性が高い……って事か」
呟いて、キリトは遥か北の地平線上に霞むビル群のシルエットを見やった。それなりに遠くに感じるのだが、直線距離にすれば3km程。この目の前の男の様に、なんにも気にせずに、走る様な事をすればあっと言う間に着くが、危険だ。……でも警戒を十分にしながら進む事も可能な範囲の距離でもある。
「よし、オレ達も街を目指そう。衛星端末はアイツも見てる筈だ。事前に色々と確認知てたけど、互いの位置に関してはある程度は把握しておこう、って協定も立ててるし」
「はぁ、あんた達 バトルロイヤルをなんだと思ってるのよ」
「え、えっと、まぁ。オレ達にも色々とあるからな。……それに、共闘は別にズルって訳でもないだろう?」
「まぁ……そりゃそうだけど」
シノンはため息をしながらも頷いた。
確か、大会前にリュウキは、『共闘するつもりはないが情報の共有は……』的な事を言っていた筈だ、と思い出していた。バカ正直に話すのもどうかと思うし、信じにくいこの事態が本当なのだとしたら、仕方がないのであろう。……でも、『共闘しない』と言っておいて、と ちょっと腹が立つ想いだった。
「(……って、なんで、ここまでムカついてるんだろう、私)」
シノンは、ふとそう考えた。
確かに、色々と思う所はある。……これまででは考えられない程だ。何かをそこまで知りたいと思う気持ちは久しく無かった事だし、触れた温もりについてもそうだ。
それに、BoB本戦前に、彼からあの言葉を聴いた時、一段と心が揺れ続けていた。
この本戦が始まる頃には、何とか戦いモードに戻ることが出来ていたが。シノンは、自分の感情がここまで判らなくなってしまうのは、初めてな気がする、と思う。
――……一体自分はどうしたいのだろうか? ……彼とまた出会って、真実を知る事が出来て、その後はどうしたい?
満足のゆく答えが一切出ないまま、シノンは歩き始めた。
「とりあえず、行こう。道中には気をつけながら進んで、その上でアイツに合流出来たら御の字だ。……派手に戦った見たいだけど、まだ大丈夫みたいだしな」
キリトはそう言って、指をさした。リュウキの位置についてはキリト自身も知っている。……無数のプレイヤーに囲まれている事もそうだし、潜っていた間は見れていないけど、先ほど確認した。多くのプレイヤーの位置情報、アイコンが死亡表示になっている事を。
「(……それにしても、いきなり多数と戦うなんて、珍しい気もする。 バトルロイヤル戦の事話しても『……周囲に気を配る、なんて当たり前だろ? それに、オレ達が戦ってきた場所、あの相手を考えたら……、だろう?』って言ってたし。突然囲まれた、なんて事態になるとは思いにくいし)」
銃撃戦をして、音を聞かれて集まられる。と言うのはシノンの話でもあったけどあり得るだろう。だけど、リュウキの事を考えたら……どうしても違和感が拭えなかった。
『アイツだったら、大丈夫だろう、現にほとんど全員倒しているみたいだし』とキリトは思い、シノンと共に廃墟を目指していくが、背中にずっと蔓延る不穏な気配を拭えずにいた。
~ALO~
BoB本戦、銃の世界内で現れた存在。
死神の存在、そして 新たに現れたもう1人の死銃。ただでさえ、死神が現れた事で場が騒然となっていた時に、もう1人の死銃が現れた、映された事で、更に混乱を極めた。その上、リュウキとあの死神の戦いはそんなに中継されることはなかった。
中継カメラは、特に激しい銃撃戦の方に向かう。
それなりに盛り上がりを見せる為、なのだろう。だけど、事実を知っている彼女達からすれば、最悪だ。あの戦いを最後まで見る事が出来ないのだから。
「どういう事、なの? ただのバイトって言ってたじゃん」
口を開いたのはリズだった。
ただの調査だとアスナから、レイナから聴いた。だけど、蓋を開けてみてみれば、あの世界の闇が再び光の世界に戻ってきた様な感覚を覚える。これがフィクションなのであれば、燃える展開だと言えるだろう。
……だけど、違う。これは現実だ。
あのアインクラッドは、仮想世界だが実際には死と隣り合わせだ。……故に仮想世界ではなく異世界だと言えるだろう。そんな世界の、あの殺人鬼がこの世界に。……それも彼らがいる世界に来ているのだから、気が気じゃない、慌ててしまうのも無理はない。
「……わたし、一度落ちて、キリトくんの依頼主と連絡とってみる」
そのリズの言葉にそう返したのはアスナだ。
死神の姿を見て、あのぼろマントのもう1人の死銃の姿を見て、……そしてキリトが、リュウキがあの世界にコンバートして。もう、偶然のリンクだとも信じることができなかった。
何かがあるという事を理解した。……依頼者、菊岡の眼がGGOに向く事になった理由、キリトとリュウキがGGOの世界に向かった理由を。
「お姉ちゃん……、わ、わたし……」
「うん。わたしも同じ気持ちだよ。……レイ。だから、呼んでくる。皆と一緒に待ってて」
アスナは、わずかに身体を震わすレイナを見て、そういった。気持ちは同じだから。アスナが言うのが、行動が少しでも遅ければレイナが立ち上がっていただろう。わずかにアスナの方が早かったのは、姉故……と言う理由が一番近い。
「ちょ、ちょっとまって、アスナ、知ってるの!?」
連絡を取るという行動が決定になった所で、リズはアスナを少し引きとどめた。まだ、判らない事があるからだ。その依頼主の事。
「うん。本当はみんなも知ってる人なの。……ここに呼び出して問い詰めるわ。絶対に何か知ってる筈だから。それとユイちゃん。わたしがログアウトしている間に、GGO関係の情報をサーチしておいてくれる? ……あの死神の事は、判らないかもしれないけど、あの死銃という事は分かるかもしれない」
死神というプレイヤーが生まれたのは、アインクラッドだ。GGO内で仮にそう名乗っているプレイヤーがいても、不思議ではないけれど、あの男に行き着くとは思えなかった。クラインがしっかりとその異名までを、雰囲気から覚えていたから繋がったのだから。
「了解です。ママ!」
ユイは、アスナの肩から、レイナの肩の方へと飛び移り、そして瞼を閉じた。ネットの混沌から情報を拾い出す作業をする為に。
「……じゃあ、みんな、ちょっとだけ待ってて。直ぐに呼んでくる」
そう叫ぶと、アスナは水色のロングヘアを揺らっしてソファーの背を飛び越え、素早くメニューウィンドウを出した。もう一度、全員に頷きかけてからログアウトボタンを押し、この世界から戻っていった。
「……リュウキ、君」
残ったレイナは、今、画面に映っていない愛しい彼の名前を呼び、そして両手をぎゅっ、と握った。
無事に帰りを願う。……無事に帰ってきてくれる事を祈る様に。
検索を続けていたユイだったが、その所作が目に入った様で。彼女も同じ様に手を握り合わせていた。
~BoB本戦~
この世界、ガンゲイル・オンラインという世界は、昔ながらのRPGで言うところの《戦士》や《魔法使い》的な職業という概念はシステム上存在しない。能力値が其々筋力、敏捷、耐久、器用……等、全6種類。後は数百種類にも上る技能でキャラを育成させ、自分だけの能力構成を作るのだ。
リュウキやキリトの様にコンバートする際に、連動されるのは基本的に他の世界と同じく能力値のみであり、技能に関しては改めて取得しなければならない。
だが、技能をとっていないからと言って、必ず劣勢に立たされるか?と言えば首を横に振る。
この世界にきて間もないキリトは、技能を上げる事こそしていないが、選んだ武器が剣であることから、能力値だけでも十分。……いや、十分すぎる程に戦える様になっているからだ。だが、リュウキは一足早めにこの世界に来ており、取得する技能を決めていた為、重点的に上げた。
それが、近接戦闘。
この世界でリュウキにとっての、銃とナイフ以外の攻撃方法である。
死神との戦闘は続いていた。
だが、時間にしては決して長くはない。……だが、時を圧縮されたかの様な体感時間だった。その長きに感じる戦闘でも、圧しているのはリュウキだ。
「はぁっ!」
死神のククリがリュウキの右肩に入る。丁度袈裟斬りの様に。だが、それを正確に自身のコンバット・ナイフでいなすと。死神の手首を取った。
「ちっ……!」
死神もそれを一瞬で感じ取ると、関節を極められる前に、自ら飛ぶ。衝撃を吸収しつつ、状態異常効果、ダメージをもらわない様に。何度か受けていたが、ほとんどノーダメージで回避している死神の反応速度も驚嘆に値するだろう。
「……ここに来たばかりだと思ってたが、そうでもない見たいだな?」
ククリ・ナイフを構えた状態で、そう言う死神。何処となく楽しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
「……ふん!」
「おっと」
リュウキの返答は、伸ばされた右手から放たれるデザートイーグルでの一撃。だぁん!と言う鈍い音と共に、50口径の拳銃から放たれる弾丸は、死神のマントに風穴を開け、この場から消え去った。
「怖いね」
「……死神が、銃弾を畏れるとは滑稽だな」
口では色々と問答を続けているが、もう余裕は何処にもない。キリトと戦い、真剣勝負を、あの世界の戦いを思い出せているのはあるが、それを踏まえても、やはりこの男は超一流だから。
「そうでも無いさ。怖いものは怖い。それに死とは常に傍にある物。それが自然の摂理ってものだ。……だからこそ、死を運ぶ死神もいつも傍にいる。自然だ。そこに恐怖などは関係無いだろう?」
「さっきの言語以上に何言ってるのか判らん。……分かる言葉を話せよ」
続けざまに、2度、銃弾を見舞うが、躱される。反応速度もかなり高い。
「だがまぁ、ゲームは始まったばかりだ。鬼との戦いは楽しい、だがオレには、オレ達にはまだ殺らなきゃならない事があるんで……そろそろ一時離脱をしようか。楽しみは最後まで取っておくのが心情だ」
死神は、手首に備え付けられているクロノメーターを覗き込むと、そう呟く。
「まだ、オレにその銃弾を、死銃を1発も当ててないのに逃げるのか?」
リュウキは、そう返した。
今回のこれは、挑発だ。……この男を野放しにするわけにはいかないから。しなければならない事、そんなのは決まっている。……また、誰かの命を奪う事だ。その銃で誰かを撃つ事。
「久しぶりに、感触も掴めたし。それにジーンを殺ったばっかだしなぁ。まだまだ殺る相手は多くて多くて。……それに、鬼よ。お前も死人が増えた方が力が出るだろ? ……思い出さないか」
にやっ、と口元が怪しく歪む。
「笑う棺桶で、あの男を殺った後のお前。……良い眼、良い顔してたんだぜ? お前と対峙したどの瞬間よりも、よ」
死神の言う言葉の意味は直ぐには理解出来なかった。
そして、ククリナイフを首元に持っていき、首を狩るように沿える死神。
判らなかったけれど、その瞬間に悟った。……この男はあの戦いの時の事を。リュウキ自身が一度に4人の命を奪ったあの時の事を言っているという事。友を失ったあの時の事を言っているという事。
「……貴様ァァッ!」
……それこそが、リュウキのトラウマでもあった。
人を殺めてしまったと言う事実。そして、……友を失ってしまったと言う事実。2つの闇が、後悔が、リュウキの心を闇に染めたのだから。仲間達が支えてくれなければ壊れてしまっていた筈だから。
「そういえば、あの時の礼がまだだったな。死神はこう見えて仲間思いなんだ」
如何にリュウキであっても、怒りのままに動けば単調になるし、隙も生まれる。
が、隙といえど、単調といえど、そこまであからさまではない。常人では捉える事は難しいだろう。だが……そこを狙い、外さないのが、強者、あの世界の生き残りだ。
死神は、リュウキの弾丸を、ナイフを躱すと。
「……その礼だ。……見せてあげようか」
死神は、ゆっくりとした仕草の様に見えた。いつの間にか、ククリを持っていた手には何も無く、マントの奥に手を引っ込めていた。そして、小さくも重くのしかかる様な声で呟く。
「――……死神の見えない鎌を」
一体なんの冗談だ? と怒りのままであるが、思うリュウキ。だが、何かをしてくるのには違いない。この男ははったりは言わないから。
相手の持つ銃を、そして、見えていないナイフを十分に警戒しつつ、更に攻勢に出ようと一歩更に深く踏み込んだ瞬間。
「!!!」
どしゅ……、と言う鈍く、そして嫌な音が響いた。そして、肩から右胸辺りまでにかけて、赤いラインがくっきりと生まれる。自身の視界の右下に表示されている白いライン、HPバーも減少している。
それらが意味するのはたった1つだった。
――斬られた? 一体いつ? 何も見えなかったのに?
突然の現象に戸惑いを隠せない。だが、攻撃を、一撃を入れられたのは事実だ。咄嗟に通常の倍程の間合いを取り直した。
幸いなのは、切創後が浅いという事、そして全武器中 最弱の武器だと言う事、だった。
「……楽しみは取っておこう。精々、気をつける事だ。死神の鎌は、まだ狙いつけている。死銃も、狙っている。……あの女を、狙っている」
「!!」
目を見開いたその瞬間、死神は何かを取り出した。深緑色の筒状の代物。
――手榴弾!
死神と死銃の標的、そして……得体の知れない攻撃を受けた後。それらがリュウキに不協和音を生み出してはいたが、それでも回避行動を取る事が出来る状態ではいた。
足に力を溜め、一気に爆発させる様に後ろへと跳躍した。それとほぼ同時に、場には強烈な光が生まれた。
爆音と閃光が周囲に迸る。
その爆弾の正体が、非致死性兵器である閃光手榴弾だと言う事に気づいたのは、その閃光を浴びたコンマ数秒後だった。周囲に迸る強烈な閃光は、リュウキの視界を奪う。
いつものリュウキであれば、見切るのも不可能ではなかっただろう。だが、得体の知れない攻撃を受けた事によって、僅かながらに動揺をしてしまい、次の行動。最適な行動を取る事が出来なかった様だ。
咄嗟に、防御の体勢、一番ダメージの通る頭部を庇う様に両手を交差させた事から、直接目に閃光が叩き込まれた訳ではないが、それでもゲーム仕様である状態異常効果は少なからず発生した。
『鬼に2度目は通用しない手だと思うが、思いの外、効果は覿面だった様だな。……さて、守れるかな? 死神と死銃から、……あの女を』
視界が白く染まるその世界の中で、確かに聞こえてきた。死神の不穏な声が……。
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