ソードアート・オンライン〜Another story〜
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GGO編
第189話 死神は再び笑う
バレット・オブ・バレッツ本大会の開始から、既に30分以上が経過している。
シノンは、常に冷静に、感情を凍らせる。ただ、それだけを考え、立ち振る舞いを続けていた。
その結果、これまでの戦績での狙撃は2発2中、2人を退場させた。だが、全体で何人生き残っているかは15分事の監視衛星が送信してくるデータを見ないと判らない。早く監視衛星が見たい自分が、何処かにはいたんだ。
最初の監視衛星の位置情報を見た時に確認したプレイヤー情報が勿論リュウキだった。そして次いでキリト。(勿論、悪態をつきつつ)
それは最初の大体の位置を把握するだけであり、速攻で撃ち込みに行こう等とは考えてはなかった周囲の状況を考え、その時間帯での最善を尽くす。それが勝利への鉄則だ。だから、決して無理しない範囲で、あの2人に出会い……そして、倒す。それだけだった。
そしてもう1つ確認出来たのがその目標の1人、リュウキの周囲には複数のプレイヤー情報が集中していると言う事。500m以内の位置に7人が集中している。乱戦になるのは間違いないだろう、とシノンは思い、そして……『絶対に殺られるんじゃないわよ』と、この時呟いていた。
本戦に出場するメンバーはその殆どがGGOの歴戦の猛者達だから、少なからず心配もしていた。即ち自分以外の弾丸で倒れてしまうと言う事。約束を果たせずに果ててしまうと言う事だ。
だけど、その心配は杞憂だった。……いや、杞憂どころの騒ぎじゃない。
『……はは』
2度目の衛星。それを確認した時、シノンは思わず苦笑いをしてしまった。再びプレイヤーの位置情報を示す光点が、グレーになるのは死亡した証だ。リュウキの周囲にいたプレイヤーは、その殆どがグレーとなり、死んでいた。残ったのは2つの点。……それも先ほどよりも、リュウキから離れている。状況を考えたら、恐らく逃げの一手をしたのだろう、と思える。正直、歴戦の猛者達と言っていいBoBトッププレイヤー達複数を纏めて始末されたことに、複雑な思いも持ち合わせていたが、リュウキと言う人物を知った今は、その手の感情はない。……片方の男と違って、彼は剣ではなく銃を使っているから、と言う点が大きいだろう。
「そう来なくちゃ、ね……。負けてらんないわ」
シノンはそう言いながらへカートを握り締める。
そして、左手首のクロノグラフで時刻を確認しつつ、先ほどの高精細な地図に示される情報を頭に叩き込んだのを思い出した。ここから、もっとも近いのが、北東600m程離れた位置を西に向かって移動している《ダイン》、そしてそのダインを追随しているのが《ペイルライダー》。そして800m南で静止するのが《獅子王リッチー》
この中で情報が全くないのがペイルライダーのみだ。
侮っていい相手は1人もいないが、動かないスタイルである獅子王リッチーは省き、一先ずペイルライダーとダインに狙いを絞る事にした。リュウキとキリトが話していた相手の事は気になるが、邪念として閉め出す。自分の戦いとは別の話だからだ。それに、そのペイルライダーと戦い勝つことが出来れば……更に近づけるかもしれないから。自分の中で最強と呼べるあの2人に。
そして、この右手と肩にかけられた愛銃と一緒なら、きっと……。
リュウキの状況。
それは、シノンが考えていた様な生易しい戦いではなかった。
リュウキの周囲を囲む様に現れたプレイヤー達。それは意図して、巧妙に仕組まれた罠だったのだ。自動でアルゴリズムで動くAIではなく、不確定要素の塊であるプレイヤーをも利用した罠。
『……囲まれたか』
四方に殆ど同時に現れたプレイヤー。
それは意図して包囲された訳ではなく、互いが驚愕した様子でだった。閉鎖された隔離空間、室内戦宜しくの大銃撃戦が勃発したのは言うまでもない。だが、流石のBoB経験者であろうプレイヤー達も、大会中に突然の大勢に出くわすシーンは中々無いらしく。ただ、我武者羅、遮二無二にマシンガンを撃ち、弾倉を空ににしていく事しか出来なかった。その全員が衛星端末を確認しながら、移動場所を選んでいるのだ。無茶な戦い方はしないから、突然の状況に困惑した、と言う理由もあるだろう。
そこを冷静に捌いたのはリュウキだった。
狙いを正確につけるのではなく、ただ只管、銃弾を散蒔く相手の攻撃を冷静に視て躱すと、デザートイーグルを素早くホルスターから抜く。
デザートイーグルを片手で、更に横に構えると、まず1人を撃った。
正確に、頭部にHitした弾丸は、致命的な一撃となり相手のHPを全て奪う。そして、カスタマイズされているマグナム銃、通常のデザートイーグルのそれより強くなった反動を利用。リュウキは、横に構えたまま、跳ね上がりを利用し、周囲にいる相手を次々となぎ払う様に撃った。
姿勢を低く、相手の弾道を読み回避しながら、水平上のなぎ払い。
その銃声は、マシンガンの銃声に隠れた。……そして、立っている者はリュウキ以外にはいなかった。
『マジで!? ありえねぇだろ! 4人が一瞬で倒された!』
やや後方で漁夫の利を狙っていた男は、唖然としていた。ここからは死屍累々……、同士討ちも含めたらそんなに生き残らないだろう、とタカを括っていたのだが、結果を見れば1人のプレイヤーに全滅させられた。……それも、拳銃、サブアームで(リュウキにとっては、メインアームだが、遠くからはそう見えた)。
もう近距離だった事、そして 相手に気づかれた事を考え、照準器を使わずに腰だめ撃ちで軽機関銃を撃ち放つが。
『遅い』
『……は!?』
それは、目の前からまるで消えたかの様だった。あっと言う間に側面を取られてしまった。……そのプレイヤーの運命は先ほど倒された連中と同じだった。
リュウキは、周囲のプレイヤー達を倒す事が出来たのだった。……時折不穏な気配を感じながら。
「……この、戦い方は」
あの無数の弾幕を掻い潜り、反撃、撃退していた時にも時折思い出していたのだ。その記憶の奥底にいる扉の中の記憶、あの世界での戦いを。
無数の敵、モンスターに囲まれた状況。それも意図して仕組まれた物、即ちMPKと呼ばれるPK手段の1つ。基本的にはAGI型のプレイヤーがモンスターを引き連れて走り、そして他人にそのタゲを擦り付ける。《トレイン》と呼ばれるMPKの手法が常套手段だ。
だが、あの男は違う。
巧妙に計算しつくし、多少なりとも、アルゴリズムにイレギュラー性が現れてきたモンスター達の行動のパターンを全て見る。無数のモンスターの全てを把握しているかの様に、その行為こそは最悪。本当に死ぬあの世界では悪夢の手段だ。だが、それでもその手際は鮮やかとも言える。ロジックを積み重ねた手法。それを安易に生み出す事が出来るのだから。
『……死神はいつも君を見ている。この世界でいる限り、君達を見ている』
闇から闇へと忍び寄り、背後を取り、そしてその首を刈る。笑みを見せながら、命を摘み取る。
あの世界で最も恐れられた部類に位置する殺人鬼。
笑う棺桶の幹部の一角。
いや、PoHに次いで、畏れられている存在だ。故に、かの男は 実質No.2とも言われていた。
「……ラフコフの中で、来ているとすれば、アイツの可能性が、出てきたな。さっきのマント男か」
リュウキは、そう直感的に感じた。
それは先ほどの無数のプレイヤー達が戦っている場面に遭遇した。その合間を縫って、攻撃を繰り返してきた。まるで、幽霊の様に連続して死角からの攻撃。他のプレイヤー達の攻撃の中に紛らわせてはいたが、確かに感じた。攻撃手段こそ、違うがこの独特な殺気は、どうしても覚えがある。
あの戦いを経験している自分だからこそ、だ。
あの戦争の時、確かにアイツの殺気を感じた。……眼を使用した訳でもなく、ただ直感的に、デジタルの世界だと言うのに感じた。多分、キリトや他の皆も同じだろう。それ程の狂気を身に内包している男。
そして、何よりもあの男には因縁があった。
「………」
リュウキは、拳を握り締める。あの世界を、思い出しながら。
~追憶のアインクラッド~
『やっぱし、おめーはハンパねェわ。 っつか、入ってくれよ。ウチのギルドに』
確かに思い出す事が出来るあの時の事。そう、攻略会議の時よくあった光景だ。
『なぁ、リュウキ! 今度一緒に狩りいかね? ちょっとでも技術盗みてぇ……ってのは冗談で。たまにはコンビ組もうぜー! キリト以外でもいいだろ?』
それは 陽気な声。
色々な事があり、攻略組達からも一歩、いや二歩は退いていた自分に、分け隔てなく接してきてくれる数少ないプレイヤーの1人。
『ん~~、相変わらずいい腕だ。マジで入らね? ウチのリーダーになってくれよ。攻撃の』
『むむっ……!!』
当時、リュウキはわからなかって無かったが、何故かよくレイナが噛み付いていた。
そう、レイナはリュウキが盗られる! と思ってしまったようで(同性趣味は無い!)あり。彼に突っかかっていったのだ。勿論、レイナのあからさまな態度は、攻略組の中でも有名であり、それを目当てでからかったりする者もいた。……嫉妬心を出すプレイヤーも多かったが、友好関係を築く者達の殆どは、温かい目で見ていたり、からかったりだった。
その時だ。
記憶の底から、地の底から呼び声が訊こえてきているかの様に、耳に届いた。
『死神は……』
「っ!」
声が、聞こえてきたのだ。その瞬間、リュウキは 完全に意識を集中させていた。
その地点、目算で言えば 15m程の距離だが、その声がはっきりと聞こえた。銃撃であれば十分すぎる程の射程距離。だが、攻撃は不思議としてこず、ただ見ていた。
「また、現れる。……鬼よ。決着をつけに再び。此処に降臨した」
ボロマントの奥に光る目は、青い。不吉な青。……あの悪魔、青い眼を持つ悪魔のそれよりも禍々しさを視た。
「……開始35分」
リュウキは、クロノグラフに目を一瞬だけ向け、現在の時刻を確認し、発した。
「こんなに早く来るとは正直思わなかった」
そう言うと、ゆっくりと近づいていく。目の前のあの男に。
「く、くくく。オレも会いたかったぞ。だが、もっと面白い展開にしようか」
芝居がかった口調から、まるで何か面白い玩具でも見た様な顔をしていた。
そして、左手の指先をフードの額に当てた。
さしのリュウキもその行為の意味が判らない。……だけど、警戒させるのには十分だった。それだけの相手、だったから。男は、次いで胸へと動かし、そして左肩へ、そして最後には右肩へ。
――……十字を切る行為。死にゆく者への餞。
一体誰への?とリュウキは思えた。まさか、あの距離から自分を殺す事が出来るとでも思っているのか?とも。如何に、妙な銃弾を撃とうが、あの距離からなら当たらない。……当てれない。
死銃と呼ばれる銃だとしても、所詮はハンドガンだから。
「ふふ……」
だが、その次の瞬間。嫌な笑みを見せた。その笑みには覚えがある。……あの世界での戦いの時、確かに見た。同じ人間がする事じゃない行為をする時の笑みだ。
反射的に、リュウキは駆け出した。
まだ、何をするのか判らない。でも、何をするつもりでもさせてはいけないと感じたのだ。
――だが、遅かった。
男は、懐から取り出した。それは黒い銃。
……ぱっと見た時、その銃はトカレフだろうか。と感じた。その銃を突き出すと、……男は躊躇わず引き金を絞った。
狙いは自分じゃない。
自分に破れ、倒れているプレイヤーの1人。
「この世界の死は、あの世界に比べたら生温い。……物足りない、だろう? 鬼よ。……死神が思い出させてやろう。かの世界の味を」
乾いた銃声が響いた後に、男の声が響いた。
死に体となっているアバターに撃った所で、どうにかなる訳ではない。もう既にその相手は動けず、退場しているも同然だからだ。だが、この世界ではその意識はそこに残っている。つまり、真の意味では死んではいない。
そして、数秒後。《DEAD》と表示されたそのアイコンが変わった。
いや、変わる寸前にそのアバターが完全に消滅したのだ。ただ、その身体があった場所に、《DISCONNECTION》と言うアイコンをだけを残して。
「く、くく……、これが力だ」
目の前で起きた事に、流石のリュウキも立ち尽くしていた。
男は、それを満足そうに見た後。注目プレイヤーとして中継カメラに囲まれていたリュウキ。そのカメラの1つに銃口を向けた。
「死神の力は、死を齎す。……死神が持つ銃の名も、死銃。……まだ、何も終わってない。くく、何時かお前達の前にも、現れる。死神は、何処から現れるか判らない。……死神はいつも傍にいる。死はいつも直傍にある」
そして、一呼吸置いた後。
『イッツ・ショウ・タイム』
高らかに、そう宣言した。
――死銃は複数いる。
それは、事前に話をした結果でもあった。だが、同じ大会に2人存在しているとは考えてなかった。
それは、死神とリュウキとの出会いより数十分後の事。
「私は、私は認めたくない……そんなプレイヤーがこの世界にいるなんて」
「いるんだ。あいつは、あのぼろマントは……!」
シノンとキリトが合流をしていたのだ。そして、彼女は全てを悟った。……この世界に忍び寄る闇を。……悪意を。
それは、丁度シノンは自身に掲げたプランに沿って、交戦中であろうダインとペイルライダーを狙おうとしていた時だ。
ダインは、シノンの考えのとおり、森エリアから飛び出し、そして錆びれた鉄橋に突入。その鉄橋を越えた先で、伏射姿勢を取っていた。位置的にそこが最も最適だと思えるポジション。橋を渡ろうとする者を一方的に撃ちまくる事が出来る良い位置取りだと、シノンは感心したが、残念ながら脇が甘い。
『どんな時も、後ろに注意よ、ダイン君』
いよいよペイルライダーとダインの戦闘が始まる所で、水差す様でギャラリーには悪い、と思うが、躊躇するハズも無く、シノンはへカートのトリガーにそっと指を添えた。
その瞬間だ、シノンの首筋にぞくりと冷たい旋律が疾るのを感じた。自分の後ろに誰かいる、と。
――バカ! 自分こそ、狙撃のチャンスに夢中になって、背後の警戒を怠った!
脳裏でそう絶叫するシノン。
だが、これほどまで接近を赦すのは有り得なかった。背後にいたのは、高台から動かないリッチーだけであり、重機関銃装備であるから、距離的にも、こんな短期間では有り得ないし、重装備の持ち主の足音に気付かないのも有り得ない。
一体誰が背後を取れるとでも言うのだろうか?とシノンは絶叫と殆ど同時に思った。
そして、脳裏に過ぎったのは。あの男達。シノンは、超接近戦は決して望むところでもないし、得意でもない。玉砕覚悟でサブアームのグロッグを撃ち尽くそうと構えたその時だ。
『待て!』
『っ……!?』
シノンが持つグロッグは押さえつけられ、更にのしかかる様に左手に構えるファイブセブン。それは、頼まれそして見繕った銃だ。それを見た瞬間、相手が誰なのかを悟った。やはり、間違いではなかった。……あの男達の内の1人。
これが、シノンとキリトの戦場での出会い。
キリトの最終目的、死銃を追う事。
その候補の内の1人、ペイルライダーを追っていた所でシノンに出会ったのだ。シノンとの戦いについては、望む所と言いたいが、今は銃撃戦をして相手に気づかれる訳には行かなかった。だから、休戦協定を出したのだ。
そして、共にペイルライダーとダインの戦いを目の当たりにした。
結果は、ペイルライダーの圧勝。最低限度の軽量装備、三次元機動力をブースト。そして軽業スキルを駆使して、ダインの《SIG》を全て回避し、《AR17》を炸裂させ、ダインのHPの全てを奪った。
確かに、その戦いは驚くべきものだった。
散弾銃使いと言う所にも反応したけれど、あの男程の何かを感じた訳ではなかったけれど。
それでも、それ以上に驚いたのは次だった。
ペイルライダーが音もなく倒されたのだ。…発砲音が全く聞こえなかったから、サプレッサー付きの銃でやられたのだと判断。そして、撃たれた弾丸は《電磁スタン弾》と呼ばれている代物であり、超高額弾丸、基本的には大型のMob狩り専用とされているモノだ。
それも勿論驚きに分類されるが、……次に現れたそれは驚愕の次元が違った。
全身を覆うぼろぼろのマントを羽織った男が現れた事だ。
その男は《サイレント・アサシン》と呼ばれる超レア大型ライフル《アキュラシー・インターナショナル・L115A3》を持ち、音もなくペイルライダーを沈黙させた。へカートに迫るほどの銃身であり、やや細身。特徴的なのは中の先端に装着された長い減音器。いや、このライフルは最初からサプレッサー使用を前提とされている。
その射程距離を合わせ、撃たれた者は、その狙撃手の姿を見る事もなく、更には銃声も聞く事が出来ない。故に、こう呼ばれているのだ。
――《沈黙の暗殺者》と。
だが、ここで不可解な事が起こる。
あのライフルを使用する事無く、取り出したただのハンドガン。そのハンドガンを持ち、十字に切ると、ペイルライダーを撃ったのだ。そして、彼は……姿を消した。《DISCONNECTION》と言うアイコンだけを残して。
キリトは、あのぼろマントが撃つ前に、シノンに撃てと指示した。あの銃の事を知っていたがゆえに、咄嗟にそう叫んだのだ。
『頼む、撃ってくれ! アイツが撃つ前に!』
切迫した声だった。
思わず、シノンはその行為を止めようとへカートを撃ち放ったが、躱されてしまい阻止する事が出来なかった。
アイツが誰かを消す、殺すのを……。
ぼろマントの男は、中継カメラに何やら銃口を向け、呟いた後に鉄橋の影に姿を消しそこから出てくる事は無く、衛星端末でも名を確認する事が出来なかった。
その後、シノンはキリトに事情を説明して貰った。あれが死銃だと言う事、そして現実世界で実際に2人の人間が死んでいると言う事。それを止める為に、自分とリュウキがこの世界に来たと言う事を。
シノンは信じられなかった。
もう、キリトとリュウキがあの世界からの《生還者》だと言う事は疑いようがない事だ。そして、それらが真実なのだとしたら、死銃も然り。だけど、そうだとしても、認めたくなかった。
シノンにとって、この世界はあくまで《優しい世界》なのだから。
この世界には本物の悪意や殺意は存在しない。憎しみも殺意も生まれない。生まれたとしても、それは悔しさだけだ。敗北を喫したあの時。……完敗だと言っていい戦いをしたあの時も自分はそうであったから、そしてこれまで打倒してきた相手もそうだと信じたい。
だからこそ、現実世界の弱い自分と過去の忌まわしい記憶との緩衝装置に選んだ。いつか、必ず怨念の深さよりも築いた自信の総量が上回る事を願っていた。
そして、まるで運命だったと思える様な出会いした。……全てが良い方向に向いていたと思った。
自身の心を見て、……その闇の深淵と向き合う事が出来る。この戦いとは違った形から、向き合う事が出来る気がする、と心の何処かで芽生え始めてきたと思っていたのに。
……そう思ってきたハズなのに。
「ノン、……シノン!」
不意に名前を呼ばれ、はっと両眼を見開いた。遠ざかっていた視界がはっきりと映り、キリトの気遣う顔が現れた。清楚さ、妖艶さが等しく含まれた美貌を持つ……男。小憎たらしさが、どうしても、この男女には思えてしまう。
「……大丈夫。ちょっと驚いただけ。正直だけどあんたの話を直ぐに信じられないけど、でも全部が嘘や作り話だとは思わない。……アイツの言葉だってあるし。1本に繋がる所もあるから」
「ありがとう。今はそれで十分だ。……それで、シノン。何処か安全な場所に隠れていてくれ、なんて聞いてくれないよな?」
まさかの提案をいわれて、シノンは大反応をした。
「当たり前でしょ!! アイツとの約束だってあるし。それにあんたとの決着だってつけれてないんだから! それに、《立てこもりのリッチー》みたいな真似なんて、冗談じゃないわよ!」
「……オレだけじゃない。これは、アイツきっての頼みでも、あったんだったんだ」
「……はぁ?」
キリトの返しの言葉にシノンは思わず絶句した。リュウキ自身の頼みでもある、と言う理由が判らないのだ。リュウキも、必ず会うと言う約束をしたハズなのに。
「この戦いは最早、純粋なゲームじゃなくなってるんだ。……オレもそうだけど、リュウキは誰にも死んで欲しくないと強く願ってる。……これまで色々とあったから」
「………」
シノンはキリトの言葉を聴いて、視線を落とした。
あの予選決勝で言っていた言葉が、彼の全てだと思えたからそれを思い出していた。
「死銃の話。それを信じてくれる人なんて、殆どいない。……信じてくれる。ましてや、大会中に話を聞いてくれる様なプレイヤーも殆ど無理だろう。だけど、少ない可能性でも信じてくれるなら……」
「……嫌」
シノンは、はっきりと再びキリトにそういった。
「あんたにも、あんた達にも、色んな思いがあると同じで、私にも戦う理由がある。……絶対に聞けない。それに、この世界で絶対安全な場所なんて無いわ。衛星の届かない洞窟が北部にあるのはあるけれど、そこもグレネードを投げ込まれたりすれば即死だし」
それもあるのだ。
戦いを放棄し、逃げの一手をした所で、安全な場所なんて何処にもない。剣での戦闘であれば、何とかなるとは思うが、銃でとなると攻撃範囲が広すぎるから。
「……判った。じゃあ、ここで別れよう」
「え……あ、あんたはどうするのよ」
思いがけない言葉についそう言い返していた。
「オレは、まずはリュウキと合流。衛星端末をアイツも見てるハズだし、オレを見つけたら合流しようとするだろう。……本気の戦いはとりあえず予選でしたし。何よりも死銃を先に止めなきゃいけない。あの死銃が1人じゃない可能性だってあるから」
「……え? あんなのがまだ他にもいるかもしれないっていうの??」
「ああ。……まだ確証は無いけど。警戒する事に越したことはないんだ。……シノンも知らないプレイヤーが5人。《ペイルライダー》 そしてあの死銃を除けて後3人」
キリトは、指を折りながら人数を数えた。
《銃士X》《ジーン》《赤羊》《スティーブン》その名前の誰かが死銃だ。
だけど、状況を考えたら死銃以外の他の3人も完全に無視なんて出来ない。
「……警戒する事に越したことはないんだ。それと」
キリトは、続ける。
「直接 死銃と対面すれば、きっと思い出せるハズだ。あいつの、昔のあいつの名前を。……そうすれば……」
そこまで言い切ったところで、唇を強く引き結んだ。ひと呼吸おいてシノンを正面から見る。
「シノン。極力、あのぼろマントには近づかないでくれ。一応オレと戦う約束もしてるし、それは必ず守る。次にどこかで出会った時は全力で戦う。……本当にありがとう、さっき、オレを撃たずに話を聞いてくれて」
「……っ! 待ちなさいよっ!」
離れようとしたキリトを呼び止めた。へカートをしっかりと肩に背負うとシノンは続けた。
「……私も行くわ」
「え?」
「だって、あんた達は《死銃》と戦う気なんでしょ? 2対1ならあんた達2人なら、って一瞬思ったけど、まだいる可能性もある。……それにあいつの腕だって相当立つ。これだったら、さっさとその死銃ってのをこの島から、BoB本大会から叩き出した方が確実だわ」
シノンの提案は3人の共戦。
敵の数が明確でない以上、人数は多い方が確実だ。……シノンにとっても自分が戦っている世界を汚す様な事をされて内心では許せないんだろう。
「いや、ダメだ。 シノンだってさっきの戦闘を見ただろ? あいつは本当に危険なんだ。撃たれたら、現実世界の君自身に危害が……」
「その《死銃》が何処に行ったか判らない。更には複数いるかもしれない。……ここまでの不安材料があるって言うのに、一緒にいようがいまいが危険度は同じでしょ。それにこんなオープンスペースを周りも見ずに走ろうとするような素人に心配なんてされたくはないわよ」
「う……」
キリトは言葉に詰まった。
確かに、銃撃戦、サバイバル戦での心得は無いに等しい。絶対的に経験が足りないとは言え、的を射すぎてて返す言葉が見つからない。
「それに、さっさとりゅ……あいつとも合流するわよ。正直、どっちかといえば、アンタの方が危なっかしい印象が強い」
「そ、そんな事ないぞ! どっちかといえばあいつの方……っ!」
キリトがそう言い返そうとしたその時だ。キリトの手に握られた光剣の柄から青紫色のエネルギーブレードが伸長した。シノンはそれを見て、いきなりの不意打ちをするのか? それでまだ戦っていない、と言う事を無しにするつもりか?と息を呑んだが、キリトはあっさりと視線を外した。キリトが見ているのは、西側。シノンもつられて視線の先を確認したら、その100m程先の大きな岩陰から何本もの赤いライン、《弾道予測線》が殺到してきた。
その瞬間、一気にフルオート連射撃を受けた。
何者かの銃が吠え、迫ってくる中、シノンは突然の事で動けず、動けたのはキリトのみ。その光る剣を巧みに操り、迫り来る銃弾の嵐を次々と叩き落とした。
この光景は、未だかつて、GGOの中では見た事の無いものだ。
その剣捌きは、芸術とも言っていい程であり、連射する弾丸をほぼ全て弾いていく。……あのゲームのタイトル通りの剣技だった。
「うっそぉ……」
キリトが全弾弾いたところで、ぽかんとした様な声が響いた。戦場で間の抜けた様な声を出すやつがいるか! といつもの自分なら思ったかもしれないが、流石にこれは相手に同情する。不意をつき、アサルトライフルで連射したと言うのに、モノの一発も当たらず、叩き落とされたのだから。
「一先ず、アイツからだな。今からオレが突っ込むから、援護宜しく」
「………了解」
本当に妙な成り行きだ。これが心底思った感想。戦って殺すべき相手と共闘をするハメになる。
――……なんかの映画かなんか、かっての。
そう思いつつも、へカートのウッドストックに頬を付けつつ照準を合わせていくのだった。
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